第百三十ニ癖『白き闇語りし、暗闇の過去』

 迫り来る巨大な死の刃。その刃渡りはざっと見てもここにいる剣士を全員飲み込めるほど。


 防御に徹するべきなのは分かっている。

 でも死の概念を内包するきめ細やかな物質で構成された刃をどう防御する!?


 燃やす? でもあの量を短い時間で燃やし尽くせるかどうか……。

 さらにここは都市の中心部。こんなところで焔神えんじんの炎をフルで使ったら大規模火災になりかねない!



死逢しあわせにぃ、なれ──ッ!」



「や、ヤバい!」


 色々と対処法を考えていたら、刃はもう何メートルもない距離になってしまっていた。


 こうなったら身代装甲スケープアーマーの性能に賭けるしかない!

 最悪閃理や舞々子さんら上位剣士を守れればそれで良い。


 死んでしまうのは怖いが、ゾーヤさんに後で生き返らせて貰えば──


「私に任せて!」


 最高戦力剣士の盾になる覚悟を決めかけたその時、不意に横を走り抜く人影が。

 白い塊のような髪を揺らしながら、死の凶刃に向かって走って行くのは────



「これ以上あなたに人殺しはさせないわ!」



「アルヴィナさん!?」


 ロシアからの剣士、アルヴィナさんであった。

 その人は走りながら持っている長柄の武器を構え始める。


 普段の気品のある優雅な立ち振る舞いとは裏腹に、その聖癖剣はアルヴィナさんの輪郭からはみ出るほどの大きさをした大斧型!


 しかし戦斧のイメージにあるような太ましさはなく、針金細工みたいに細く、まるでアート作品と言われても差し支えのないくらいに美麗。


 もしやあの聖癖剣で受け止めるつもりなのか?

 しかし遠目から見ても比較的大型であることは分かるけど、相手はそれの数十倍もある大きさだ。


 とてもじゃないが受け止めきれるとは思えない──そう考えるけど、予想していた動きをアルヴィナさんとその聖癖剣はしてくれない。


「はああぁ──っ!」


 死逢しあわせの巨刃が命中するよりもかなり早いタイミングで、前方に向かって全力の横薙ぎをした。


 よもや空振り!? そう思うのも束の間、あろうことか一瞬にして白い霧のような物が出現。

 というかその霧はいつの間にか俺や閃理、他の剣士たちの周りどころか周囲一帯に展開されている。


 これは一体……? 向こうの景色すら見えなくなるくらいの濃霧の中で何をするというのか。



「白き闇は全てを飲み込むわ。怒りも悲しみも、憎悪だって。あなたの感情、私が打ち消してみせる!」



【聖癖開示・『白髪はくはつ』! 暗闇くらやむ聖癖!】



 発動されるのは開示攻撃。エンブレムが輝きを放つと、変化はさらに立て続けに起こる。


 この場所は歓楽街の中心近くに位置するだけに、街灯や建物の明かりが目映い所だ。

 でもアルヴィナさんの聖癖開示が発動された瞬間、その輝きが一瞬にして消え失せた。


 いや……今の表現には若干語弊がある。もっと正確に例えれば──が近いのかも。


 だって街灯、ネオン、建物の明かり。それらから輝きが消えたように感じるにも関わらず、でもしっかりと明かりが点いているというのは認識できている。


 光の輝きを認識出来なくなった、はもっと砕いて言うと、光を眩しいと感じなくなったが正しいのかもしれない。


 そんな世界に急変した現場にて、更なる変化が起きている。それが──



全て白と化す闇ツゥマ・カトレヤ・ディリエャタ・ヴィス・ビィレェア



 呟くような言葉を発すると、白い霧はより深くその色を深める。


 その直後、死の刃は聖癖開示の領域へ侵入……した次の瞬間には全て散ってしまう。

 霧の中に入った途端、花弁が溶けるように消滅していき、花弁の一枚すら残さず消えてしまったのだ。


 無論俺たちは全員無傷。それどころか空と地面の花弁さえも消滅していた。


「私の死逢わせが……!?」

「言ったでしょう。あなたにこれ以上の人殺しはさせないって」


 全てを死に至らしめるつもりで振るったであろう死逢しあわせの巨刃が、いとも簡単に消え去ってしまったことに驚きを隠せない我妻さん。


 それは俺も同様。周囲の変化といい、一体何が起きたというのか。


 細身ながらも剣士とほぼ変わらない大きさの戦斧を一回転させてから地面に柄頭を突き立て、アルヴィナさんは語り出す。



白神剣禍倖しらがみけんふしあわせ!】



「私の聖癖剣、禍倖ふしあわせは闇を司る……でもただの闇なんかじゃない。聖癖剣の力を抑制する『封印』の権能よ」


「封印……!?」


 自身の聖癖剣を相手へ教えるアルヴィナさん。

 それを後ろで聞いている俺も、その驚愕の権能に再び驚かされることとなる。


 禍倖ふしあわせて……。ネーミングはまるで死逢しあわせと対になっているようだ。

 それにしてもまさか『封印』の権能とは。刃封ばぶう以外にも存在していたんだな。


 なるほど。そりゃ増援に抜擢されるわけだ。

 封印の聖癖剣が二本もあれば、禁忌の剣相手でも強気に出れるのもわけないことか。


「ヴィーナ! 足止めを頼んでもいいか?」

「勿論よ。任せてちょうだい」


 するとここで珍しく閃理が叫ぶ。アルヴィナさんに我妻さんの相手をさせるようだ。

 向こうの返事は了承。そのまま禍倖ふしあわせを構え直して我妻さんに向かっていった。


 ううむ、いくら封印の権能持ちかつ本人の許可が下りているからとはいえ、一人で任せてもいいものなのかな?


 一人より二人、二人より三人だ。味方の数が多ければ完封だって不可能ではないと思うんだが……。


「本当に一人でいいの? 相手は一応剣道経験者だけど……?」

「仕方あるまい。あいつの権能が展開されている今、俺たちの剣も権能が使えない。禍倖ふしあわせから放たれるこの『闇』に封印の力が含まれているから、これの範囲内の聖癖剣は木偶となる。敵味方問わないからな」

「え、な、何だソレ!?」


 ななな何ですとォ!? アルヴィナさんの聖癖剣って味方も巻き込むのかよ!?

 辺りに広がっているこの白い霧みたいなのは閃理曰く『闇』とのこと。


 これには先ほど本人も言った封印の力があるそうで、範囲内にある全ての聖癖剣を無差別に無力化してしまうらしい。


 大声で当人へ呼びかけて珍しいなーとは思ったが、まさかそういうこととは。

 じゃあ一人で任せるっきゃないな。刃封ばぶうとは別ベクトルでクセが強いぞ。


 そんで後ろの方にいた他の剣士たちと合流。

 一応誰も死んではいないようで、そこに一安心しつつ、向こうの警戒もしながらこれからの動きについて指示を受ける。


「全員無事だな。では俺たちはヴィーナが戦っている間に被害者を現場から離れさせるぞ。彼らがいるお陰で我々も本気を出せないからな」

「了解です! ……とは言いますが、自分たちに危険が及ぶのではないでしょうか? それに戦いの邪魔になったりとか……」


 これから俺たちは戦闘の妨げになる被害者を回収しに動く模様。


 今も白闇の範囲内にいることに変わりは無いため、発言者の輝井の目も真っ暗になってるな。

 それはそうとこれから行うことについて若干の不安があるらしい。その気持ち、分からんでも無い。


 我妻さんの目的は、ここにいる人全員を幸せに……もとい死に至らしめること。

 死=幸せと考えている以上、相手の目的は人の殺害にあるわけだ。


 近付いたら標的をアルヴィナさんから俺たちの誰かに切り替える可能性があるってわけ。それを輝井は危惧しているみたいだな。


「それは割り切るしかあるまい。幸いにも剣の加護までは抑制されないから、ターゲットにされたらすぐに逃げろとしか言いようがないな」

「具体的な対処法はないんだな……」


 とのこと。流石の閃理も権能が使えないとなれば逃げるを選択するらしい。


 でも身体能力上昇効果は白闇の中ではいつも通りに発揮されるのは唯一の救いだろう。

 少なくとも死逢しあわせとの仮契約下にある我妻さんからは走って逃げることが出来るわけだ。


 まぁ上手くターゲットにならないよう立ち回ることが一番の対策か。


「では開始する。被害者は戦いの影響を受けないやや離れたところに安置してくれ」

「了解!」

「なーんか不安なんだけど……」


 ということで被害者の回収を達成させるために、それぞれが散って動く。


 戦うアルヴィナさんと我妻さんの邪魔にならないよう慎重に脇を通って、処理班が出来なかった場所の人々を運び出す。



「くぅっ……どうして、なんで出ないの? 私のフラワーシャワーが……!?」

「言ったはずよ。あなたの剣の力は封じた。これ以上人を殺させないために!」


 人を運ぶ合間に戦況を確認。権能抑制の力はかなり効いているようで、我妻さんは機能停止した死逢しあわせ禍倖ふしあわせに抵抗している。


 でも戦斧の一撃は重い。基本的に縦振りと横振りの攻撃方法のみにも関わらず、防御される度に衝撃を受け切れずに吹き飛ばしている。


 それのお陰で二人の位置は徐々に移動していき、回収が難しい場所に転がっていた被害者たちを移動させることが出来るようになっている。


 いくら権能を抑制しているとはいえ、剣道経験者で剣の素人ではない相手に反撃に移させないとは。

 アルヴィナさんって結構パワータイプなんだな。


 ひっそりとそんなことを思いつつ一人目を安全な所へ置き、二人目に取りかかろうとした時だ。



「剣の力が使えないのなら────直接狙う!」


「しまっ……」



「嘘だろっ!?」


 不意に刺すような鋭い視線と目が合ってしまった。

 それと同時に足が一瞬止まる。こ、これは……恐怖による硬直ってやつか!?


 やべっ、俺がターゲットになってしまったか!?

 そう実感する間もなく、相手はアルヴィナさんの戦斧を振った隙を突いて動き出す。


 一瞬にして車二、三台分もあった距離を詰められてしまう。

 おいおい、これ本当に仮契約中? 今まで出会ってきた剣士候補たちよりも素早い動きだぞ!?


 それに間に合うよう腰に提げる鞘から焔神えんじんを抜……けるか?

 遺体に傷が付くと蘇生率も下がるらしいから、抜剣自体も気をつけなければならない。


 こんな戦うに不自由な状態で迎撃出来るかどうか……ええい、それでも一か八かだ!

 鞘に触れる──でも、その刹那で死逢しあわせを構えた我妻さんが目の前に…………ッ!?


「そうはさせないわ!」


 不意にアルヴィナさんの叫びが耳を突く。そして、驚くべき事が起きる。


 急に目の前の白闇が濃くなったかと思えば、そこから突如としてアルヴィナさんが現れたのだ。

 そのまま死逢しあわせの一撃を禍倖ふしあわせで受け止め、俺を守ってくれる。


 い、今のは何だ!? そこそこあった距離を一瞬で移動するなんて、どういう原理だ?


「大丈夫かしら? 焔衣くん」

「あ、はい。なんとか……」

「そう、良かった。……悪いけど大事な後輩にも手出しはさせないわ!」


 背中越しに俺の心配をしてくれるアルヴィナさん。

 とはいえ助かった。もし今の瞬間移動が無ければ切られていたかも。


 ほっと一安心……とはまだいかず、目の前には相変わらず我妻さんがいることに変わりは無い。



「人の死逢わせの邪魔ばっかりして……許さない! 剣の力が使えなくなったとしても、私には経験があるわ。例え斧が相手でも……負けない!」



 うおお……な、なんて凄まじい気迫だろうか。

 これが操られているも同然の状態の人から出ている物とは思えない。


 権能を抑制され、不意打ちにも失敗した我妻さんの怒りのボルテージは目に見えて上昇している。


 人を殺害するのが目的みたいなところがある以上、それを妨害するジャミングを放つアルヴィナさんにヘイトが向くのは当然のこと。


 戦いの行く末はどうなるんだ……? 取りあえず早いとこ被害者を安全な場所に移動させるか。

 こうしている間にも、アルヴィナさんと我妻さんの戦いはヒートアップしていく。


 そんな中、二人の間に会話があることを耳が捉えた。それに聞き入る。



「あなたのこと、色んな人から聞いたわ。婚約者に騙されて沢山の物を失ったそうね。その気持ちは心中察するわ」

「……あなたに何が分かるの? 関係、無いでしょ……ッ!」

「確かにそれは否定できないわ。でも、深く悲しみに満ちたその感情、多少ベクトルは違えども私にも経験があるわ」



 意識は二人の会話に向けつつ、俺は抱えていた被害者を安全な場所へ下ろすと、改めてその会話に耳を傾けた。


 鍔迫り合いも同然といった体勢で近接戦闘をしている最中、もしかしてアルヴィナさんは我妻さんを説得しようとしているのか?


 暴力に頼らずに止められるのならそれに越したことはないが、果たして人を殺して笑っていられるような精神状態の人に通用するのだろうか……?



「あなたの話を聞いて、私は少しだけ似た者同士だなって思ったの。誰かに裏切られたことで大切な何かを失った過去が私にもあるわ」

「…………嘘よ。そんな都合良く私の気持ちを理解してくれる人なんか現れない。そんな嘘で私を止められると思わないで!」



 しかし、説得も虚しくここで我妻さんの暴走が再開。死逢しあわせの刃が再び振るわれた。


 対するアルヴィナさんだが、話し合う姿勢は崩していない。

 攻撃を受けても防御のみに徹している。一切反撃に移ろうとせず、隙を窺いつつ再度説得に出始める。



「嘘じゃないわ。現に私は……父を亡くしてからは長いこと塞ぎ込んだものよ。その間に何度死のうと思ったことか……数えだしたらきりがないほどだわ」

「っ……! 私だって、私だって何度も自殺しようとしてる! 人生が行き詰まったら、どん底になったら……その先にあるものなんてみんな同じなのよ!」



 そんな言葉を口にした途端、一際強い攻撃が火花を散らしながら弾き返される。

 我妻さんが大きく後ろへ弾かれたことで、両者の間から戦闘が一時的に消えた。


 ここを息を整えるチャンスと見たか、我妻さんは深呼吸をする。

 本心かどうかは分からないが結構叫んだりもしてたし、体力も消耗したみたいだ。


 対するアルヴィナさんは全然息が上がっている様子は無い。

 戦闘中の問答にも冷静になってたし、流石は上位剣士といったところか。



「それは違うわ。どん底になった人生にも救いはある。だってそうじゃなければ……こんな私に価値を見出してくれる人たちがいないはずがないもの」



「ヴィーナ……まさかを見せるつもりか……!?」


 すると、ここでアルヴィナさんが禍倖ふしあわせを掴む右腕の袖のボタンを外し始めるという行動に出た。


 あと今気付いたけど、少し後ろにあるバス停の陰にゾーヤさんが隠れていたみたいだ。

 アルヴィナさんがこれからしようとすることに驚いている模様。そんな冷や汗をかいて驚くことなのか?


 そういえば暑さでダウンしてても長袖の制服を脱ごうとはしなかったな。

 人前で薄着になるのが抵抗あったのだろうと思っていたけど、単にそれだけが理由じゃないのか?


 閃理から聞いた話だと、アルヴィナさんは昔酷く病んでいたって。所謂メンヘラ……そんな感じだったそうだ。


 決して脱がない長袖、元精神疾患者メンヘラ……これらのワードから察するに、もしかして今見せようとしているのは……!?


 不吉な妄想が脳裏に展開される中、ボタンを一つ一つ丁寧に外していく。

 最後の一つを外し終えると、ついに袖を完全に捲り、腕に刻まれた物を見せつけた。


 それを遠目から見てしまった俺は──絶句する。



「…………!? それは……」

「どう? これを見ても、まだ私の言葉が嘘だって思うかしら?」



 それは暴走状態に陥っている我妻さんでさえ止まってしまうくらい困惑させるほどのもの。


 本来は白く綺麗な肌だったであろうその腕には、手首から捲った袖の下にまで一切の隙間無く刻みつけられた線状の傷跡。


 見せつけたのは────やはりリスカ痕。

 しかし、それでも予想していたような一回や二回なんて甘っちょろい回数を遙かに上回る無数の痕跡。


「あれ、全部リスカ痕か……? な、何十……いや、何百回やったんだ!?」


 おびただしいまでのそれを見て、一瞬よぎった妄想で背筋が冷える感覚を覚えた。

 あれは普通じゃない……一目でそう分かるレベル。


 俺も塞ぎ込んでいた時期が四年と少しくらい続いていたけれど、それでもリスカや自殺なんてことは考えもしなかった。


 精神を病んだからといって自殺に走るかどうかはその人次第とはいえ、見た人の言葉を失わさせるほどの衝撃を与える傷跡を付けるなんて……。


 こんな所で病んでた頃のアルヴィナさんの一片を感じ取ってしまった。

 当人らにとってはすでに終わった話とはいえ、かなり恐ろしいことだ。



「手首を切った回数はもう忘れるくらいしてる。手首に飽き足らず首にも数カ所痕があるわ。それと服毒、飛び降り、絶食……立ち直るまでの十年間であらゆる自殺を試みた。多分あなたが考える方法も全てやったと思うわ」

「そ……、そんな物を見せて私にどうしろっているの……!? 他人事で私を困らせないで!」



 めちゃくちゃ自殺未遂繰り返してるじゃん……。これは最早ドン引きなんてレベルじゃない。


 相手を擁護するわけじゃないが、我妻さんの言葉は正論だ。

 凄まじいリスカ痕と自殺未遂歴を聞かされたら誰だってそうも考えるだろう。


 ただ、少なくとも暴れるほど病んでいる我妻さんに最も気持ちを寄り添えられる人物になった、という成果は上げられたかも知れないけど。



「両親から貰った身体と、神様から受けた命を粗末にしてしまった私と違って、あなたの身体はとても綺麗よ。その指先、その体型スタイル、その香り……私生活にとても気を使っているのが分かるわ。だから──」

「な……止めて、来ないで!」



 するとここでアルヴィナさんが更なる行動に出る。

 あろうことか禍倖ふしあわせを道路に突き刺し、そのまま前へと歩き始めたのだ。


 行く先は……まさか我妻さんのところ!?

 警戒を解くためなのか、丸腰のまま優しい笑顔と自虐の籠もった賞賛の言葉でゆっくりと近付いていく。


 でも我妻さんは拒絶の意思を見せている。

 武器を構え、これ以上の進行を阻止しようとしているが……そんなのお構いなしにと言わんばかりにアルヴィナさんは接近を止めない。


 お互いの距離までもう何メートルも無くなった。

 いくら権能による能力行使が抑制されているとはいえ、刃物を持った相手に武器も無く近付くのは無謀極まりない。



「今ならまだ間に合うわ。私は、あなたにこれ以上の────」



 近付くことを許さないという意思の表れである死逢しあわせの切っ先すれすれに、アルヴィナさんの顔が近付く。


 自殺未遂を繰り返した末に手に入れた度胸なのか分からないが、本当に危険過ぎるぞ!?

 突拍子の無い行動を前に硬直している我妻さんへ、そっと手を差し伸べようとした…………その瞬間。



「目標補足! 剣士が一名攻撃を受けている様子を確認。迎撃に移ります!」



 不意によく通る声が後ろから聞こえた。

 そして、俺が隠れる建物の路地の奥から勢いよく何かが飛び出した。


「何だ──……って、ほ、骨!?」


 真上を通過して通りに出てくる白くて長い物体……よく見ると背骨のような形をしていた。


 まるで蛇の骨格。それが後ろの暗がりから現れると、あろうことか生き物のように身体をくねらせて空を滑るように動く。


 先端にあるどの生物とも言えない頭骨が、アルヴィナさんと我妻さんのいる方向に真っ直ぐ飛びかかった!


 あれが一体何なのかは置いといて、今突っ込んで行くのはまずいって!



「はっ!? 危ない、避けて!」

「えっ……?」



 次の瞬間、我妻さんからアルヴィナさんを引き離すかのように骨蛇が飛び込む!

 地面へと衝突する音と一緒に何か軽い物が砕けるような音が現場に響く。


 でも一瞬見えた。命中しそうになる直前、アルヴィナさんは我妻さんを押し飛ばして骨蛇の直撃を避けさせたこと。


 そして、アルヴィナさん本人は────回避出来なかったのを。


「ヴィーナッ!!」

「あ、ちょ……!?」


 イレギュラーの乱入に、後方にいたゾーヤさんの絶叫が耳を突く。

 平和的に解決しようとしていたところを、骨の蛇みたいな物に邪魔されたんだ。


 ましてや攻撃が当たったのは我妻さんではなく、アルヴィナさんという不運。

 こんな事態を黙って見ていられるわけがないのだ。相方であるゾーヤさんという人は。


 すぐ側にターゲットがいるのも厭わず、止める間もなく土煙が舞い上がる場所へ全力疾走していく。

 しかし今の骨蛇は一体何なんだったんだ? まさか闇の剣士による奇襲?


 でもあの時聞こえた声、どこかで聞き覚えがあるような無いような……?


「今の攻撃は……命中? したかもしれません。途中で各感覚が消失してしまったので確証はありませんが」

「それちょっと曖昧過ぎでしょ。で、どっちなの?」

「今の叫び声は敵に向けられる発言には思えませんでしたが。とにかく確認に向かいます」


 するとまたしても不意に声が届く。

 方や骨蛇が出現する直前に聞こえた声と、もう二人分の女声。やや低い声の方には聞き覚えがある。


「今の声はまさか……あっ」


 声に釣られて後ろを振り向くと、三人もの人影が路地の奥から小走りでやって来たのが見えた。

 そのまま俺の横を通り過ぎ、その人たちが明るみに出る。あの人たちは……!



「そこまでです! 犯人は手を上げ、大人しく投降しなさい!」



 現れたのは──そう、特権課。

 廻警部、その部下である乙骨巡査と犬居巡査の三人組だった。


 多分……一番最悪なタイミングで増援が来てしまった────のかもしれない。

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