第百三十三癖『不信の高まり、過ちを解く』

 遅れて登場したのは特権課の面々。

 俺でも分かるぞ、このタイミングでの登場は明らかに良くないことを!



「あなたたちは……あ、またあの時の人……」

「我妻あやめさんですね。我々は警視庁特殊権能現象処理課。あなたを強盗殺人および聖癖剣不正行使罪他数件の容疑で逮捕状が出ていますのでご同行を。もし応じなければ──強制連行という手段を取らせていただきます」



 今回の事件を起こした犯人に呼びかける廻警部。前回とは違い、きっちり本当の部署名を公言する。


 部下二名による拳銃と聖癖剣による威嚇をしながら、我妻さんへ逮捕状を突き付けた。

 しかもよく見るとあの骨蛇……乙骨巡査の聖癖剣から伸びてるぞ!?


 こっちはこっちでさっきの犯人だったのか! どんな権能なんだ、あれは。

 それはそうと刑事ドラマとかで見る犯人に投降を促す警告を聞くことになろうとは。


 実感が無かったわけではないが、やはり本物の警察官なんだなぁというちょっと場違いな感想を抱く……のも束の間、予想にもしない事が起こる。



「おぉぉ前ぇぇかあああァァァッッ!!」



「え────ゲボァッ!?」


 それはもうこれまで聞いたことの無いような激しい怒声が鳴り響いた。

 次の瞬間、全力ダッシュで詰め寄って特権課の一人に本気のドロップキックをブチかました者が現れる。


 吹っ飛んでいくのは特権課の黒一点、乙骨巡査。

 あまりにも唐突極まりない攻撃に為す術無く蹴り飛ばされ、同時に剣から伸びていた骨蛇もバラバラになって消滅する。


 多分五メートルはいったんじゃないか? カッコいい登場から一転、いきなり一名が撃沈してしまった。

 一同の視線が特権課に注目していたおかげで、一瞬その人の存在を忘れてしまっていたんだ。



「おい、お前ェ! 今お前が何したのか分かってるのかクソ野郎ッ! それでも警察かァ!?」

「ぐぶっ、ちょっ……な、なん──ギャアア!?」


「え、えぇ!? 何事ぉ!?」

「な、何をしているんですか!? 落ち着いてください!」

「いや本当に何してんだゾーヤさん!?」


 乙骨巡査を蹴り飛ばすだけに留まらず、馬乗りになって殴り始めるのはロシアの上位剣士。その人一応警察だぞ!?


 一切の躊躇の無い暴行に場は騒然とする。殴られている当人も状況を理解出来ていなさそうだ。


 この様子を見るに相当お怒りらしい。聖癖剣を使ってないだけ理性はあるかもだが、それでもやりすぎだって!


 当然特権課の二人と、その近くにいた俺含む協会の剣士数名がそれを止めに入る。


「ちょっとちょっと! マジで止めないとヤバいですって! うわ力強っ」

「離せ! こいつが泣くまで殴ってやる! 死んで詫びろこのクズ!」

「顔ボコボコになってて分かりづらいですけど、この人ものすごい泣いてますよ!」

「うーわっ、全然止まんないわ。ヤバいわこの人」


 協会剣士組は自ずとゾーヤさんを取り押さえる役割に回る。

 しかしなんという怒りのパワー……! 三人で取り押さえているにも関わらず今にも抜け出されそうだ。


 普段はちょっとコワモテでクールな印象だったのに、今はまるで鬼神の如し。別の意味で怖いぞ。


「だ、大丈夫? 生きてる……?」

「…………」

「駄目みたいです、警部。あとで香典を買いに行きましょう」

「なんてことを……」


 俺たちがゾーヤさんを抑えている内に犬居巡査と廻警部が乙骨巡査を引っ張って救出。


 しかし意識の確認をするも手遅れの模様。完全にのびてしまったようだ。

 これには廻警部も頭を抱えざるを得ない。到着早々仲間が一人駄目になったしまったんだからな。


 あーもうある意味さっきよりめちゃくちゃな状況だよ。どうしてこうなった?


「……あっ、そういえばアルヴィナさんは!? さっきの骨にぶつかってなかったっけ?」


 怒り狂う上位剣士を抑えつつ、俺は一つ遅れて先ほどの光景を思い出す。


 骨蛇の接近に気付いたアルヴィナさんは、咄嗟に我妻さんを避けさせて身代わりになったんだ。

 ゾーヤさんが暴れる理由。大切な相方が予想だにもしない攻撃を受けてしまったのが原因とされる。


 じゃあそのアルヴィナさんは今どうしてるんだ?

 気になった俺は先ほどまで戦闘が繰り広げられていた道路の方を見る。



「…………っ」



 見やった先には、地面に横座りをして俯くアルヴィナさんの姿があった。


 腕を押さえている姿を見るにやはりさっきのが当たってしまったのか? もしそうだとしたらゾーヤさんの怒りも納得。


 アルヴィナさんとはただの親友同士って感じの間柄じゃなさそうだからな。

 それ以前にロシア組の二人は増援であると同時に国外からのお客人。


 問題を起こさないよう接する際は注意しろって支部長に釘を刺されている。

 そんな人に誤爆フレンドリーファイアしたんだ、この国の警察は。


 この件が無事に終わったとしても、めちゃくちゃ面倒なことになりそうな予感が……。



「お前たち! 揉めてる暇は無い。そっちに行ったぞ!」



 先のことに思いやられていると、不意に大きな声が俺たちに向けられて言い放たれた。


 ここよりも遠い位置にいる閃理が何かに気付いたらしい。それにより遅れて気付く。

 そうだ……忘れたつもりはなかったが、こんなことしてる場合じゃない。


 揉めに揉める俺たちの上を何かが通過した。

 闇夜の空を跳躍して、より離れた場所へ向かったそれは────



【聖癖開示・『ウェディングドレス』! 嫁ぐ聖癖!】



死逢しあわせ、満ちて逝け!」



「なっ、しまった!」


 目が追った先、地面へと着地した瞬間発動する開示攻撃により、再び花弁が作り出された。


 我妻さん……! 俺たちの混乱に乗じて禍倖ふしあわせの影響範囲から脱出したのか!?

 触れれば死ぬそれが展開されるのは流石に怖い。


 戦意を失う……まではいかなくとも、本能的に後退を選択してしまった。



「ふ……ふふふ。アハハハハ! やっぱり嘘じゃない。私を懐柔しようとしてやることは不意打ち……あの時と同じ。一瞬でも信じたのが間違いだったんだわ! もうあなたに……あなたたちには騙されない」



「あーもうやっぱりだ。我妻さん、特権課が乱入したせいで不信になっちゃったじゃん。さっきはなんか良い感じに言いくるめそうだったのに」

「まさかこんなことになろうとは……」


 またしても場違いな笑い声を上げる我妻さん。

 あの言い方を察するにどうやらアルヴィナさんの話をほんの少しは信じようとしてたらしい。


 それを特権課が突入したせいで台無しになってしまった。嫌な予感が大当たりだ。


 最悪な結果を目の当たりにし、最早呆然とするしかない廻警部。普段の気怠げな表情もどこか青ざめている。


 これ公務執行妨害の帳消しで釣り合うかな? どーなんだろうなぁ。

 まぁそこらへんのことは支部長の判断に委ねるとして……さて、この状況はかなりヤバくね?



「今度こそ……全員まとめて、死逢わせになれッ!」



「まずい……ッ!」


 一連のやりとりが自身を騙すための小芝居だと勘違いしている我妻さんは、怒りの籠もった叫びで花弁を動かす。


 ざああっ、と音を起てながら展開される青い花弁。

 最初の時と違い、今度は地面を広範囲に占領し、死の権能を一帯に蔓延らせていく。まるで青い波だ。

 

 ジャンプして回避したいところだが、それだけでは多分不十分だろう。


 一応『バニー聖癖章』は持っているけど、それを全員の剣にリードさせる時間はないし、俺だけ使うのもそれはそれで良くはない。


 となればここは白闇の中に戻るのが得策。敵味方問わず権能を抑制するんだから、反撃は出来なくとも被害は抑えられる!


「早くアルヴィナさんのところに戻りましょう! いくら身代装甲スケープアーマーがあっても、あの量は身代わりにしきれない!」

「ですがここで退いたら犯人に逃走する隙を与えてしまいます。逃せば次の被害者が増え、都市機能に更なる影響が出かねません。逃げるわけにはいかないのです」


 撤退を進言するも、廻警部からは別の意見が出る。

 ううむ、それも一理あるな。半分焦っていてもそれくらいのことは理解できる。


 多分俺たちが後退したら我妻さんは逃げるはずだ。

 いくら頭一つ飛び抜けた性能の聖癖剣を持っていて、なおかつ戦いに心得があるとしても──いや、あるからこそ数で勝る相手に真っ向から立ち向かうなんてしない。


 故にこの攻撃には本当の意味で人を殺める意図は無く、単に俺たちが退かせるのが目的か。

 素直に逃すか、黙って死ぬか……なんて悪辣な二択なんだ!


「警察官である前に私も聖癖剣士。特権課が犯してしまったミスは我々自身が返上します。犬居巡査!」

「了解です!」



賦警剣丸罰ふけいけんまるばつ!】


幼戌剣匂獲こいぬけんしゅうかく!】



 しかし退く気の無い特権課はそのまま臨戦態勢へ。

 二人がそれぞれの聖癖剣を抜剣。廻警部は拳銃のホルダーと一緒にぶら下げている聖癖章ホルダーから一つを剣にリードする。



【聖癖リード・『絶対領域』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



「ここにいる者は私が守ります。展開、防壁のマル」


 読み込ませた権能を発動。迫り来る死の権能に対し、能力を行使する。


 まず『絶対領域聖癖章』なるものをリード。堂々仁王立ちの体勢のまま、この場にいる全員を包囲するようにライオットシールド型のバリアが展開された。


 これにより死の花弁の波はバリアに衝突。突破しきれず、俺たちを避けるように左右へ流れていく。

 敵の攻撃は何とかなった──でも、それだけで事態が好転したわけではない。


 周りは青の花弁で覆われた状態だ。ここからどう動く……?



「今度は私の出番っ!」



【聖癖リード・『バニー』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



「え!? 『バニー聖癖章』!?」


 次に動き出すのは犬居巡査。狭いバリアの中で助走を付けると、匂獲しゅうかくに聖癖章をリード。


 承認と同時に外へと飛び出す……けど、ちょっと待て! 今リードした聖癖章って、俺が持ってるやつと同じじゃなかったか!?


 それを裏付けるように弾かれることなくバリアの向こうへと飛び出した犬居巡査は、空中をジャンプして地面一帯に拡散している花弁に触れず進む。


 出自が闇側にあるから俺以外に同じ物を持ってる人はいないと思ってたけど、まさかいるとは。

 闇の剣士を捕まえた際の押収品とか? 今は追及はしないにせよ、とても意外だ。



「はぁ──ッ!」

「こっちに来た……! まだやるつもりなの……!?」



 空中ジャンプを繰り返して我妻さんに接近する犬居巡査。これには相手も驚いている。


 死の権能に対して臆さず攻め込む。果敢に攻撃を続けるその姿、なんか最初のイメージにあった猫なで声の人とは思えない。


「ぐ……犬居巡査だけに、犯人の相手をさせるわけにはいきません……!」

「うおっ!? あ、起きてる!」


 向こうの戦いを見守っている最中、足下から声が。

 どうやらゾーヤさんにボコボコにされて気を失っていた乙骨巡査が目覚めたらしい。


 とはいえすでに満身創痍で動くには不自由のはず。

 それにバリアを超えた向こうには死の花弁が道路一杯に拡散しており、無闇な出撃は死を意味する。


 この状況で一体どうやって犬居巡査を手助けをするっていうんだ……?


「乙骨巡査、無理は禁物ですよ」

「いいえ警部。このミスは僕のせいで起きた物です。責任は……僕自身が行動で取ります!」



尖惚剣百骸さきぼれけんひゃくがい!】



 廻警部も心配する中、乙骨巡査はその手に握る剣を横になりながらももう一度構えた。


 自身が状況を悪化させた元凶であることを自認しているようで、瀕死の状態でも責任を取るべく行動に移そうとしている。

 

 それはそうと特権課が現れた時にもちょっとだけ見たけど、乙骨巡査の聖癖剣は魚の中骨をそのまま剣にしたかのような見た目をしていた。


 変わった形をしてるなぁ。でもさっきまではその先端から骨蛇が生えていた気がしたんだが……。

 今はただの骨っぽい剣でしかない。覚束ない手さばきを見守りながら、乙骨巡査は権能を行使する。



【聖癖暴露・尖惚剣百骸! 百度往来せし己惚れの連鎖!】



「行、け……! 蛇連骨刃だれんこつじん!」


 瀕死の身体で発動したのは聖癖暴露撃。

 すると剣の先端にあの時の蛇頭が生成されて頭が付くと、より魚の骨感が増す。


 うつ伏せの状態から上半身を起こして剣を振るうと、あの魚の中骨みたいな刃が勢い良く伸び始める!

 空中を這うように進む骨蛇。展開されるバリアを突き抜け、再び我妻さんへと攻撃を仕掛けに行った。



「きゃあっ!? またさっきの骨みたいなのが……!?」

「あらら。なーんだ、香典は用意しなくてもよさげっぽいね」



「勝手に殺さないでください……。そんなこと言わずに真面目にやりますよ!」


 今度こそ我妻さんへ向かって骨蛇は頭から突っ込んでいく。直撃こそかわされたが、怯ませることには成功。


 この援護攻撃に犬居巡査は冗談っぽく反応する。それに呆れ半分で返事をすると、ここで特権課の剣士のコンビネーションが炸裂する。


「犯人は……逃さない!」


 どこまでもその刃を伸ばしていく百骸ひゃくがいは我妻さんの周辺一帯を完全に包囲。


 これでそう簡単には逃げられなくなった。しかし、一見すると味方の行動にも制限がかかるように見えるけど、この包囲網に犬居巡査はどう動くか。



「ははっ、じゃあアレやるか。──ぃよっと!」



 しかし当の本人は問題視はしていなさそうだ。それどころか待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべている。


 すると刃の上に乗り、曲芸師さながらそこを難なく走り始める!

 なんつー身体能力だ!? あれは剣の加護があっても簡単には出来る芸当ではない。


 ただでさえ足場として細すぎるのに生き物みたいに動く聖癖剣の上を走るなんて……聖癖剣の特性を生かすだけでなく、剣士自身の能力も高い。これが特権課の剣士か!



「へーい、隙ありっ!」

「ああっ……!?」



 遠くで感心していると、犬居巡査の飛びかかるようなすれ違いざまの攻撃が背中に命中。我妻さんは小さな悲鳴を上げて倒れ込んだ。


 いくら剣道の経験があれど、狭い範囲を縦横無尽に飛び回れる相手をどうにか出来るほどではない。

 今までの戦いの疲労もあることだろう。我妻さんの限界が見え始めてきた。


「い、行ける!? このまま捕まえられるんじゃ……」

「そうですね。頃合いでしょう」


 一瞬期待がかかる。強力無比な権能を完封して勝てる可能性を見てしまうのも道理。


 廻警部も勝機を認めている。動くのなら今なんじゃないか!?

 再び聖癖章ホルダーへ手を伸ばしているのを見るに、とどめは廻警部が刺す模様。


 早くも決着か。多少のいざこざこそあったが、やはり特権課の参戦は事態を収束に向かわせる力があったようだ。



【聖癖リード・『ストーカー』『バブみ』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】



「犬居巡査、直ちにそこから離脱してください。私がとどめを刺します」


「了解ですっ!」



 二つの聖癖章をリードさせ、戦線に立つ部下に退避を命令。

 廻警部が読み込ませた権能は『封印』と『追跡』を司る聖癖剣士お馴染みの組み合わせ。


 警察が『ストーカー聖癖章』を使うのはなんかアレな気もするけど、そんな野暮ったいことを言う気にはならない。


 そして、犬居巡査が百骸ひゃくがいの刃を蹴って後方へと跳び、戦線から離脱。

 この瞬間、廻警部の聖癖剣が唸る。


「これで決着です。封印のバツ!」


 封印の力が乗った丸罰まるばつの衝撃波がバリアをすり抜けて我妻さんへ迫る。

 とどめとなる攻撃に向こうは勿論気付いている。でも百骸ひゃくがいによる拘束で逃げることは叶わない。


 決まった──この状況、そう思わざるを得ない。

 でも予想外の出来事というのは連鎖していく。そのことをまたもや思い知らされることとなる。




「────待って!」




 その声が聞こえた瞬間、再び周囲に満ちる光の輝きが消滅した。

 続いて立ちこめる白い霧。これはまさか……!


 この場に本来あってはならない物が存在していることに気付いた刹那、現場を取り巻く環境が激変する。


「……! バリアが……」

「これって……白闇!?」


 俺たちを取り囲むバリアは一瞬にして崩れ去り、周辺に拡散する青い花弁も残らず消滅。

 さらに百骸ひゃくがいから伸びる骨蛇、そしてたった今放たれた封印の一撃も目標に着弾する前に消えてしまう。


 権能による事象が全て抑制されていく……間違いない。これは禍倖ふしあわせの力!

 この場に発生していたあらゆる権能は、ほんの数瞬で何もかも消し去られてしまったのだ。


 そんなことが出来るのはたった一人だけ。

 案の定、それを仕向けた人がこっちにやってくるのが見えた。


「はぁ……はぁ……、痛っ。ごめんなさい、横やりを入れてしまって」


「アルヴィナさん……」

「ヴィーナ! だ、大丈夫なのか……? 血が……」


 右腕を押さえながら、少し覚束ない足取りでこっちにやってくるアルヴィナさん。


 やはり百骸ひゃくがいの攻撃は命中してしまっていたらしい。よく見るとほんの僅かだが血が流れている。

 剣士の身体を傷つけるなんて、結構な威力だったってことだ。身を挺して我妻さんを守った代償か。


 しかし何故にアルヴィナさんはこのようなことを?

 助太刀ならまだしも、今にもとどめを刺せそうだったこのタイミングで……。


「な……アルヴィナさん、あなたの仕業なのですか? 何故に攻撃を中断させるような真似を……!?」

「本当にごめんなさい。私に、彼女とお話をする機会をちょうだい。私たちの対話はまだ終わっていないわ。お願い……!」


 あと一歩のところでお預けをくらう廻警部。流石の特権課もフレンドリーファイア返しをされれば混乱するか。


 わざわざ味方の権能を抑制し、もう一度フラットな状況を作り出した理由。

 それは、我妻さんとの対話を続けるというもの。平和的に解決するという考えを捨ててはいないらしい。


 しかし……それはもう厳しいんじゃないだろうか?

 だって特権課の介入のせいで向こうは不信感を募らせてしまっている。


 ほぼ傍観に徹している俺でさえ今は強硬手段に出ることが正しいって判断してるくらいだ。

 だからアルヴィナさんの行動は完全な不利益。組織の足を引っ張る行為に他ならない。


 そうしてまで我妻さんの説得に拘る理由とは一体……?



「私も予想してなかった妨害が入っちゃったせいで、あなたとのお話が途中になってしまったわ。ごめんなさい。決してわざとじゃないのよ」

「……何が、何がごめんなさいよ。いい加減にして! そうやってまた私を騙すんでしょう!? もううんざりよ、そんなこと……!」



 廻警部の返答を待たずにアルヴィナさんは歩みを再開。今一度目標の前に立つと、一言謝罪を入れつつ会話の続きを望む。


 でも一方の我妻さんは対話に拒絶反応を起こしている。この様子を見るに相当警戒しているな。

 当然だ。知り合いでもない相手を信じるなんて、今の我妻さんの精神状態では不可能。


 ましてや人を幸福にする名目で殺害を行うことを止める側の発言に傾ける耳もあるまい。



「早くいなくなって! あなたたちの顔なんて、もう見たくない。死逢わせにする価値もないわ!」



 身勝手かつ無差別に他人を不幸しあわせにしようとする今の我妻さんにそんなことを言わせるとは。

 こりゃ相当怒らせてしまっているらしい。こんな状態の相手を説得するのはもう無理だろう。



「そんな悲しいこと言わないで。私たちはあなたをいじめに来たんじゃなく、救いに来たの。さっきのは単に接し方を間違えただけ……同じ仲間内でも相互理解は完璧じゃない。ただの不幸な事故だったのよ。だからお願い。私を信じて」



 拒絶されても、なお諦めない。特権課の介入と攻撃という誤解を解くべく説得を続行。

 怒る相手に臆することなく、もう一度接触しに行く。


 アルヴィナさん……中々根気強い人だ。そんなにあの人に感情移入してるんだろうか?

 最初の説得でも似た者同士って言ってたし、親近感というか放っては置けないのかもしれない。


 ここまで親身になって関わってくる人はそうそういないだろう。

 二度目の交渉、果たしてどうなる……?



「……嫌よ。もう信じない。あなたたちがいなくならないのなら私が帰るわ。こんなところで私は止まるわけにはいかないのよ」

「あっ……、待って!」



 しかし相手の反応は概ね予想通りの形を取る。

 アルヴィナさんの言葉を一蹴し、立ち上がって背を向けた。どうやら撤退をするつもりらしい。


 後ろ姿からして、とても苛立っているというのを感じる。俺たちと関わるのはこりごりって感じか。


 何もかも思い通りにいかない戦い、不意打ちによる強襲……そりゃそうもなる。少なくとも剣道が出来るだけの一般人がしていい戦いではない。


 逃げるのであれば、これ以降はやる気を無くして部屋に引き籠もるでもしてくれれば作業を楽に進められるのだが、本当にそうなるのもいただけない。


 仮に大人しく引き下がったとしても、再度暴走する恐れだってある。

 出てくる度に被害者を出すわけにもいかないんだ。可能な限り今仕留めないと……!


 アルヴィナさんも逃げようとするのに待ったをかける。そして、相手を引き留めるために出した言葉に驚かされることに。



「警察! 今、警察があなたの元婚約者の行方を捜しているわ。捜しているんでしょう? その人のことを」

「…………!? どうしてそのことを……?」



 ここで持ち出したのは例の我妻さんが捜し求めているであろう人物のことについて。

 食いついた……! それを聞いた途端、どこかへ向かおうとしていた足は止まる。


 我妻さんはもう一度こっちを振り向き、やや怪訝ながらも驚きの表情を見せている。

 こっちは理明わからせによる読み取りや特権課の取り調べなどから大方の情報は取得済み。


 我妻さんの目的──それは自分を裏切った男を殺害すること。

 死逢しあわせの影響を鑑みた結果弾き出した予想。反応から察するにそれは概ね的中していると言ったところ。


 本当に元婚約者の男を捜していることが判明したのはいいとして、捜査してることを言っちゃっていいものなのか?


 普通に警察側の守秘義務に触れる内容のような気もするけど。



「あなたがこうして街中で暴れ出したのは、きっとその人を捜すためなんでしょう?」

「……そうよ。心の赴くままにここへ……いや、あの人と一緒に歩いたこの場所。私は思い出を頼りにあの人を捜していた。あっ、そうだった。なんで忘れてたんだろう……?」



 素朴な疑問を抱くのはさておき、向こうでは再び対話が始まっている。

 今回の事態を引き起こした理由というのが、元婚約者を捜すためであるとのこと。


 思い出の地に行けば会える……そう考えて大勢の人々を死に追いやったのか。なんてもの悲しい犯行動機だ。


 よく見ると我妻さんの様子も変化してきている?

 静かな怒りは鳴りを潜め、落ち着きというか、どこかぼーっとし始めているような……?



「でも……私が死逢わせにしていった人たちの中に、その人はいなかった。当然よね、こんな所で見つけられたら苦労しないもの」

「手段は肯定出来ないけど、あなたの気持ちは察するわ。だからこそ私とをしましょう。これはあなたにとってもメリットになるわ。損はさせない」



「え、何それ。そんなことするって言ってたっけ?」


 ここでアルヴィナさんが何やら提案を持ちかける。

 俺何も聞かされてないんだけど……もしやそういう作戦が密かに計画されてる感じ?


 そう思って周りの反応を見てみるが、どうにもそんな雰囲気では無さそうだ。

 もしかしてその取り引きってのはアルヴィナさんの独断なのでは!? それやっていいのか……!?



「私たち聖癖剣協会と特権課はあなたに元婚約者との再会を叶えさせてあげるわ。その代わり彼を見つけるまでの間、あなたは誰も傷つけてはいけない……悪い話じゃないと思うけれど、どうかしら?」



「な!? アルヴィナさん、あなたは……何を言っているのですか!」


 この話を聞いた途端、隣の廻警部が悲鳴を上げる。

 本当に独断でこんなことしてるのかよ! 現職の警部にこんな声出させるなんて相当だぞ。


 取り引き内容はまさかの元婚約者の男を引き渡す代わりに見つけるまでの間人殺しを止めるというもの。


 それじゃ結局元婚約者の男を犠牲にすると言っているも同義!

 向こうにとってはメリットでも、こっちはデメリットでしかないぞ。


 確か俺が知る範囲の計画では、男を見つけ出したらそれを囮に我妻さんを誘い出し、特定の場所で一網打尽にする予定だった。


 元婚約者の男は結構なクズと聞いている。よって囮として協力してもらうと同時に灸を据えるつもりだったらしい。


 俺たち光の聖癖剣協会は活人の剣。犠牲を出すこと無く目的を達成させるのを掲げる組織。


 確かに一人の犠牲で大勢が助かるのならやり得だ。

 でもそれを選択してしまったら闇の聖癖剣使いと同じになってしまう。


 本当に良いのか? 組織の信条を破ってまでして、相手の有利になることを優先するなんて……。



「……分かった。その取り引きに応じてあげる。ただし一週間だけ。もし守れなかったら……」

「その時は全力であなたを止めるわ。でもそうなってしまう前に必ず連れてきてみせる。この私……アルヴィナ・ロマノヴァ・ポチョムキナの名に誓って」



 想定外の行動に困惑しつつも心配する中、向こうに動きが。

 何と取り引きが成立してしまった。疑り深くなっていた我妻さんを了承させるとは……。


 何気に交渉者スキルが高いな、アルヴィナさん。

 そして契約が成立したら、今度は何をするのか。俺だったら────



「それじゃあ約束よ。それまでは大人しくしてあげる…………ああ、楽しみ! あの人に早く会いたいわ」



「あっ、待てッ!」


 そう撤退だ。我妻さんはアルヴィナさんから数歩離れると、そのまま振り返ってどこかへと走り去ってしまう。


 反射的に追おうとする特権課。でも距離的に間に合わず、白闇のフィルターがかかる闇夜の街に消える姿を傍観するだけとなる。


「逃げた……。これで終わったのか?」

「ああ、今はこれでいい。無駄に長引いて被害者を蘇生出来なくなるよりかはな」


 しんと静まり返る歓楽街。さっきまで剣がぶつかる音が鳴っていた場所とは思えない。



 あっけらかんとしていると、ゾーヤさんが動く。これから被害者らの蘇生に駆り出されるからか、この状況を一旦良しと見ているらしい。



 ひとまず戦いは終わったと見るべきだろう。

 追うべき目標は消え、計画外の取り引きの発生により一時休戦という形で事態は集結した。



 でもこちらにとってはデメリットの多い不平等な内容。さらに多くの問題がこの戦いで起きてしまった。



 この後は一体どうなることやら……。剣士として色々不安になるな。

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