第百三十四癖『窓辺に佇む、白闇の想い』
場所は変わって支部内の支部長室。結果を報告するために出撃した剣士全員がここに集まっている。
しかしまぁ……概ね予想通りの展開にはなっているが。
「アルヴィナさん。やってくれましたね……」
「ええっと、本当にごめんなさい。引き留めるだけのつもりが、咄嗟にあんなこと言ってしまって……申し訳ないと思ってるわ」
眉間を押さえながら、物凄く不満げな表情で今回の結果を非難するのは鍛冶田支部長。
烈火の如くとまではいかないが、かなり怒っていることが見て取れる。
そりゃ当初の計画を崩してしまったんだからな。誰だって怒るわ。
とはいえ当人も反省の様子は見せている。
まさかあの交渉が全部その場凌ぎの発言だったとは驚きだったけど。
「アルヴィナさん、あなたは所属先は違えどモスクワ支部からここへ派遣されている以上、今は私の部下でもあります。ある程度の自由行動やミスは許容しますが、それでも限度というのがあります。今後そういったことは控えるように」
「ええ、本当に反省しているわ。ごめんなさい……」
声を荒げることなく静かに叱責する支部長と、それを素直に受け入れるロシアの上位剣士という構図。
格上の剣士でもこういう風に怒られるんだ……。
こう思ってしまうのも本人に申し訳ないけど、なんというか見ていて新鮮。
同じ上位剣士でさらにマスター直属でもある閃理にだってダメなところは沢山あるが、それでもこんな感じに叱られている光景は一度だって見たことは無い。
上位剣士も完璧な人間ばかりじゃはないんだな。
イメージ像が崩れたっていうか、ちょっとだけ親近感が湧いた気がする。
「……特権課の皆さん。そちらにも一言ありますので、決して他人事とは思わないように」
「はい……」
「ひぇ……」
「あぅ……」
片方を咎め終えたら、今度はもう片方に移る。
心なしかしょぼくれた声で応答する特権課の皆さん。こっちもそりゃそうだって感じだ。
何を隠そう特権課が最初に妨害行為をしている。
それもよりによって異国からのお客人に攻撃を当てるという大失態だからな。
協会の権限が特権課にどこまで通じるのかは分からないけど、相当なやらかしであることは分かる。
特に攻撃を当ててしまった張本人である乙骨巡査には合掌して今後を祈ってやることしかできないな。
そんなこんなで支部長のお叱りを受ける四人の姿を眺めるという報告会を終え、その場は解散となる。
ちなみに特権課は現場へとんぼ返りしていった。
そりゃ街を一時封鎖してるんだ。規模だけならいつぞやのショッピングモールの件よりも上だし、被害者の数だって少なくない。
恐ろしいな。
しかし何よりも信じがたいのはこの被害がたった一人の剣士による所業というのと、これでも比較的被害は軽い方だということだ。
これでまだマシな方なんだから、前回の暴走は阿鼻叫喚の内容だったんだろう。考えるだけでも頭が痛くなるぜ。
「にしても、まさか俺に狙いを定めにくるとはな……あの時はマジで焦ったわ。アルヴィナさんがいなかったらどうなっていたことやら」
そんな俺は仲間たちと別れ、自室に帰る前に支部の休憩スペースに立ち寄って軽く休憩を取っていた。
寝る前の水分補給は大事だ。自販機から飲み物を買い、一気に飲み干す。
なんだかんだ疲れてるし、どうせ拠点内の冷蔵庫の飲み物は誰かさんのせいで消えてるだろうからな。
そんな中で思い出すのは数十分前の出来事。
我妻さんの恐ろしい目に捉えられてしまったあの瞬間を不意にリフレインしてしまう。
あの瞬間は名状しがたい恐怖を覚えたもんだ。
自慢にはならないが、俺もパッと思いつけるくらいには相手から殺意を向けられてきている。
でも我妻さんと相対した瞬間の殺意は、今まで出会ってきた
なんて例えれば良いのやら……。蛇に睨まれたカエルが一番簡潔な気もするが、やはりそれだけでは何かが足りない。
そういえば何かの本で、本物の殺意は時に相手の精神を破壊する力を持つって書いてあったな。
もしかしてそれだったのだろうか? まぁ何であれ良くないものは早く忘れるに限る。
「なんか嫌なこと思い出したらトイレ行きたくなったな。用を足して寝るか」
さっきの一気飲みのせいかあるいは別の要因か、不意に尿意を催した俺は、急ぎでお手洗いへ向かう。
もしかしたら思っている以上に緊張状態だったのかも。自分の体って案外分からないもんだな。
そんなことを考えながらトイレに直行し、用を終えれば手をしっかり洗浄。
やることを終えて拠点へ帰ろうとした時だ。
「ん? あれ、アルヴィナさん?」
「あ……焔衣くん。ごめんなさい、みっともない姿を見せちゃったわね」
帰路の途中、ふと視界に映った人影。月明かりが照らす薄暗い通路の窓際に誰かが立っている。
夜でも分かる白くてふわっとした特徴的な長髪。その人物の特定に時間はかからない。
珍しい邂逅だ。まさかのアルヴィナさんである。
お説教……もとい報告会の後、自分の部屋に戻らなかったのかな? にしてもどうしてここに?
「あ、泣いて……」
「気にしないで。ゾーシャがいないとつい涙が出てしまうの。いつものことよ」
それはそうとアルヴィナさんは一人で泣いているようだった。
もしや支部長に怒られたのが原因か? そう思ったが、どうやらゾーヤさんがここにいないことが理由とのこと。
被害者の蘇生のためにゾーヤさんは現場に居残って作業をしている。さっきの報告会で不在だったのはそのためだ。
外を眺めていたのは遠くで頑張っている相方のことを心配していたからなのだろうか? だとしたら何とも健気な人である。
「……ごめんなさいね。私のせいで支部のみんなに迷惑をかけてしまって」
「え? あ、そんな気にしなくても……」
色々と考えていたら、不意に謝罪の言葉を投げかけられた。
でも急にそんなことを言われても反応に困るな。
だって俺に謝られてもどうもできないというか、個人的にはそこまで気にしてないというか。
いや確かに立場上迷惑にはなっているけれど、そもそもまだ始まってもいない作戦がおシャカになっただけだし……。
「私自身分かっていたの。あの時、特権課の攻撃を抑制していなければ勝てたって。でも私個人の考えでそれを台無しににしてしまったのは……許されることじゃないわ」
「個人の考え?」
突然の謝罪に困惑する中、アルヴィナさんはさらに言葉を続ける。
上位剣士の目から見ても、あの時の状況は俺たちが優勢だったらしい。
でもそれに待ったをかけたのにはきちんと目的があったからだという。
ぼそりと聞こえたワード『個人の考え』。一体それはどんな内容なんだ?
ちょっと気になるな……。勇気出して教えてくれる範囲のことまで聞いてみるか。
「その考えって一体……?」
「先日、私はメイディさんから様々なことを教えて貰ったわ。あなたが手配してくれたでしょう?」
「あ、そういえば……」
二人で窓際の壁にもたれ掛かりながら、ちょっとした会話が始まる。
疑問に対する回答として出たのは、意外にもメイディさんの名前だった。
そういえばそんなことを頼んでたっけ? 自分でしたことなのにすっかり忘れてたわ。
何やらメイディさんとしたであろう会話が関係しているとのこと。一体何を聞いたのだろうか?
「私が彼女に聞きたかったこと……それは前回の
「マジですか!? ってことは、その始まりの聖癖剣士がメイディさんだった……?」
「ええ、そうよ。具体的な名前こそ記録には残されていなかったけど、本人の証言もあるから間違いないわ」
おお、これはまた意外な事実。何とメイディさんは前回の鎮圧に協力していたという。
知らなかった……というか、ばあちゃんに仕える以前のメイディさんのことはほぼ知らないことだらけだからな。
協会の剣士だったこと以外はどこでどんなことをしていたのかは全く知らない。
でもまさか
「前回のことを聞いたって、具体的には何を?」
「色々よ。例えばどうやって倒したとか、被害者はどうしていたとか。当時のことを鮮明に記憶してる人は始まりの聖癖剣士を除けば誰もいないわ。だから直接聞きたかったの」
メイディさんの経歴については一旦横に置いておき、話を戻すための質問をして、その答えになるほどと唸る。
大昔故に知る者がいなくなった当時のことを、協会の公式記録より信頼できる情報源として機能してるのなら、道理で会いたがるわけだ。
そういえば閃理も始まりの聖癖剣士は生きた歴史書とか何とかって例えてたっけ?
随分と大袈裟な例えだなと思ってたけど、案外そうでもないらしいな。
「私は彼女に一番気になっていることを訊いたわ。どうして前回の
「あ、そっか。前の剣士は確か……」
ここでアルヴィナさんは今まで俯き気味だった頭を上げ、窓の外に浮かぶ月を見ながらそれを教えてくれる。
先代
確か暴走中のことは全部覚えていて、その罪悪感に押し潰されたと言うのが組織の見解らしい。
悲しい事件だ。被害者も剣士本人も救えず、事の隠蔽も不完全に終わった黒歴史に近い出来事である。
「ええ。話によると先代の
「それがジェノサイドの内容か……」
流石は生きた歴史書。恐らく組織の情報には記録されていないであろう事細かな情報もきちんと覚えていた。
デザイナー……今回のような結婚願望のある人物ではなく、ドレスを作る側の人間だったのか。
前回の真相を聞いても悲惨だ。自分が手がけたドレスを着た人を殺害するなんて……。
「結局、当時の
「救えねぇ……本当に止められなかったんですかね」
「難しいと思うわ。だって彼女、服の仕事に戻れないって嘆いていたって言っていたもの。ちょっとだけ当時のことを訊いたの後悔してるくらいよ」
「う、きっつ……」
現実は非情だ。先代の剣士は悲しいけどもう二度と元の生活に戻ることが叶わなかったのか。
やはり殺人という経歴が付いてしまうと元の生活には戻れなくなるみたいだ。
百万人殺せば英雄だなんておっかない名文があるけども、それは所詮創作物の中の話。
昔も今も何人殺せどそれはただの犯罪であることに変わりはない。
なんか……めちゃくちゃ気の落ち込む話を聞いてしまった。
身も蓋もない言い方だけど、他人事でしかない俺でも何か気持ちが萎えるのを感じる。
「……ごめんなさい。あんまり長々としゃべりすぎてしまったわ。要するに……我妻さんには前回の剣士と同じ目に遭って欲しくないの。身も心も傷付いているのにそれを無視して力でねじ伏せて解決……それじゃあ以前の二の舞になってしまうわ。それだけは絶対にあってはならないの」
「だから説得を諦めなかったのか……」
話が湿っぽくなってきたのを察してか、ここで昔話を切り上げるアルヴィナさん。
どうやら
それについては俺も同意見だ。少なくとも暴走を止めるために剣士の生命を脅かして良いと考えている者は組織にいないだろう。
ただでさえ多くの物を失い、心身共にボロボロの我妻さんに殺人歴という取り返しの付かない経歴が付けば一体どうなってしまうことか。
下手すると前回と同じ事態になってしまう。すでに何度か自殺を試みているらしいし、可能性としては十分あり得る
多分そのための説得だったのだろう。
戦いと平行しながら、我妻さんのメンタルを保たせるために。
「でもそう上手くはいかないものね。結局私の恥を晒すだけじゃなく、組織に迷惑をかけてしまった。私自身の甘さを再認識したわ」
右腕をさすりながら、アルヴィナさんはまたもや悲しそうに失敗を嘆く。
自身の行ったやりとりに関してネガティブな受け止め方をしているようだけど、説得を諦めなかったから一週間という確実に犠牲者が出ない時間を設けることが出来たんだ。
そこまで悲観することかな……? とは思うけど、それはきっと優しさの裏返しなのかもしれない。
じゃなきゃ他人にここまで優しくしようと思わないはず。人の痛みをよく分かっているんだろう。
「甘いだなんて……俺はそうは思いません。少なくともアルヴィナさんはあの状況で打てる最善手を選べたはずです。俺だったら同じ判断を選べなかったと思いますから」
「焔衣くん……優しいのね。ありがとう」
俺なりの考えでひねり出した励ましの言葉にどう思ったのか、アルヴィナさんの目にはまたしても涙が浮かぶ。
でも当人の反応を察するに、これはただの涙ではなく嬉し涙のようだ。
そんなに感激されるような内容じゃなかったと思うんだけど……まぁ喜んでくれたのなら幸いである。
「……ふぅ。何だかお話していたら気持ちがすっきりしたわ。誰かと会話をするって、やっぱり心地の良いことなのね」
「あれ、戻るんですか?」
「ええ。いつ帰ってくるか分からないけれど、ゾーシャのためにも部屋は明るくしておかないと」
俺との会話で気分転換できたからか、アルヴィナさんは軽く伸びをすると窓際から離れた。
どうやら自分の部屋に戻るつもりらしい。
近くの時計を見ると時間はもうすぐ深夜の0時になるところだった。
意外と時間かけて話してたんだな。
勿論帰るのを止める理由はない。誰かの役に立てたのならそれでオッケーだ。
「私とのお話に付き合ってくれてありがとう。そうだわ。お礼をしなきゃいけないわよね。何かあげられる物があればいいのだけれども──」
「え、マジですか?」
別れ際、何やら話に付き合ってくれたことへのお礼をしようとアルヴィナさんは衣服のポケットをごそごそと探り始める。
その気持ち自体は嬉しいが、別にお礼を目的に話しかけたわけじゃない。
困った時はお互い様というのも少し違うけど、さっきの戦いで俺はアルヴィナさんに助けられている。
だから、本来ならばむしろお礼は俺がしなきゃいけないくらいだ。
「あーいや、気持ちだけで十分ですよ。そんな無理しなくても……」
「そう? じゃあお言葉に甘えて……でもお礼は必ずするわ。渡すのはまた今度ということでいいかしら?」
「本当に無理しなくてもいいんですけど、そこまで言うのなら……」
俺の気持ちは理解してくれたが、お礼をする気持ちまでは変わらなさそうだ。
そこまで言うのであればこれ以上拒否する意思を見せる方が失礼というもの。奥ゆかしさは大事だ。
一体何が贈られるのか楽しみにしておこう。
ロシアだしマトリョーシカみたいなのかな? そんなわけないか。
「それじゃあ、おやすみなさい。また明日ね」
「はい。また明日」
そんなやりとりを経て、アルヴィナさんは自分の部屋へ帰って行った。
俺はその背を見送る。姿が完全に見えなくなったところで俺も手を振るのを止めた。
「いや~、にしてもまさかだったな。アルヴィナさんと二人きりで会話する機会が巡ってくるなんて」
今し方の邂逅に謎の感動を覚える俺。
何せ普段はコワモテのゾーヤさんと一緒に行動しているため、少し話しかけづらいからな。
あの人も決して悪い人ではないんだろうけど、ほら……特権課に暴行した件で良くないイメージが付いちゃってさ、なんか余計怖くなってきている。
だから、ああやって面と向かって交流できたのは何だかんだ初めてだった。
メイディさんもきちんと約束を守ってくれていたようで何より。ま、あの人が忘れるなんてしないだろうけど。
「そういえば閃理たちは大丈夫かな。あの人数を蘇生させるんだし、相当キツそうだよなぁ……」
思考中に出てきたゾーヤさんから、ふと現場の心配をしてしまう。
実は支部の剣士も特権課と一緒に現場へ戻っている。
閃理や舞々子さんといった頼れる面々に加え、孕川さんと朝鳥さんを入れた四人編成だ。
何故この選出かというと、今回の蘇生はゾーヤさん一人だけじゃ負担が大きいと判断し、回復とバフ要員を同行者として選出したそうだ。
まぁ力仕事や疲労による効率低下は
人手も処理班や特権課から引けば良い。あの二人がいれば支部の守りを削ることなく作業に取り組めるって寸法だ。
しかし被害は比較的軽いとはいえ、現場は大惨事であることに変わりは無い。
東京ほどではないが都市部だし、事件の隠蔽とか諸々を考えると朝までに終わるとは思えない。
他人事ではないけど、ありゃ大変そうだ。
何も出来ない俺の分まで頑張ってほしいところ。支部からみんなの健闘を祈るぜ。
†
「……よし、この人は終わった。次」
荒っぽい言葉で次の蘇生に望むゾーシャ。
施術開始から早数時間が経過。その間、三十人超の遺体に魂を戻し続けている。
しかし如何に負担の軽い方法で一人一人蘇生させているとはいえ、休まず続ければ身体に響くのは当然のこと。
蘇生待ちの被害者はまだ半分以上も残っている。ここで休ませなければ、今後に影響が出かねないぞ。
「ゾーシャ、そろそろ休め。お前とてこれほどの人数を蘇生し続けたことはあるまい」
「静かにしろ。魂が逃げる。それに私はまだやれる……!」
作業に没頭するゾーシャに俺は声をかけた。しかし返ってくる言葉はどこか弱々しい。
ふむ、かなり無理をしているようだ。そうでなければ話しかけた段階で強く睨みつけるだろうからな。
それをすらしないということは、よほど疲れが溜まっている証拠だ。もう限界は近いか。
であればなおさら止めなければなるまい。疲れるのは決して剣士の方だけではないのだから
「嘘を言うな。お前も、そして剣だって無限に働き続けられるわけではない。ここでどちらとも倒れられるわけにはいかないんだ」
「…………チッ」
本人だって理解しているはずだろうに。前回の
それはつまり、この事態は
もし無理が祟って権能が上手く行使出来なくなったりでもすれば、それこそ終わりだ。
被害者の蘇生という唯一の役割を任されている
「……この人の蘇生が終わったら休む。それでいいだろ」
「ああ。朝鳥の剣は疲労を一時的に軽減出来るから、それに頼ると良い。お前を心配するのはヴィーナだけではないことを忘れるなよ」
俺の説得が通じたのか、ゾーシャは今の相手を蘇生したら休むことを約束してくれた。
分かっている。彼女とてヴィーナのために医療の道を一度歩んだ人間だ。
当時の経験から、被害者の治療を最優先という考えで行動していたに違いない。
でなければ自分の疲労を無視してひたすら蘇生に没頭するはずないからな。
全く……相変わらず不器用な奴。そういう部分があるからヴィーナも心配するというのに。
「閃理さん、ちょっといいですか?」
「朝鳥か。どうした?」
不意に呼びかけられる。朝鳥が仮説テントにやって来たようだ。
丁度良い。何の用事かは分からんが、それが済んだらゾーシャの回復を頼んでおこう。
「実は街の中を走って行く人を何人か見たんです。ここ、まだ封鎖中ですよね……?」
「侵入者か。まぁこんな事態だ、気になってやってくる輩も出てくるだろう」
なるほど。どうやら警備の目を盗んで忍び込んだ一般人がいるようだ。
流石に現場を見られるのは不味い。早急に対処しなければ。
「分かった。俺がそいつを見つけに行く。朝鳥はここで待機しておいてくれ。じきにお前の力が必要になるからな」
「分かりました。お願いします」
早速侵入者の捜索に出向く。朝鳥には仮説テントで待機してもらい、
【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】
「
【──場所はここから500m離れた先を左に曲がった所だよっ】
【──人数は十六人と八機だよぉ】
「意外と多いな……それにしても八機? まさか機械を使っているのか? 車か……あるいは他の何かだろうか」
しかし、その予測は俺にとっても意外な情報を吐き出してくれた。
まさかの機械。それが索敵に引っかかった。
人以外の何かが人数にカウントされている場合は、それなりに大きい物を使用していることを意味する。
例えば車などの車両。あるいはドリルなどの工事現場で使うような大型機械を意味することが多い。
朝鳥の証言によると、複数人が走って行ったそうだが……だとすると車の線は薄い。
だとすれば他に何を思い浮かぶ? 警備の目を盗んで持ち込み、そして使うことのできる大型の機械とは一体何だ……?
「まぁいい。さっさと見つけてしまうか。仮に現場を見られていたとしても、そこは処理班に任せよう」
考えていても仕方が無い。俺は行動に移る。
予測した内容通りの道を進んでいく。今後一生同じ事は起きないであろうがらんとした通路を走ると、またもや
【──そこの建物に何かあるよっ】
【──誰かがいるよぉ】
「まさか犯人か──いやこれは被害者か? 何故こんなところに……?」
示された建物に入ると、そこには複数人もの人々が倒れていた。
どれも幸せそうに眠っているかのような表情から察するに
被害者の取りこぼしがあったこともそうだが──何故ここに被害者が集められているんだ?
横に綺麗に並べられているのを見るに、誰かが運んできたのは間違いない。
処理班や警察がわざわざこんな離れた場所に安置する道理も無いはず。
もしや侵入者の仕業? わざわざ封鎖中の場所に侵入してすることが、非公開組織の仕事の手伝いだとでもいうのか?
「まさか、侵入者したのは──」
うっすらと、あまり良くない存在の介入を考えたタイミングで、
【──闇の剣士が現れたよぉ!】
それを耳にした瞬間、俺はすぐさま後ろを振り向いた。
「ああ、何だもう見つかってしまったか。相変わらず隙は突けないね、君は」
「……クラウディ。侵入者は貴様のことか」
そこに居たのは────闇の剣士、クラウディ。
彼女を直接見たのは龍の聖癖剣士による襲撃の時以来実に数ヶ月ぶりになるか。
ああ、もう金輪際会わなくても良いと考えていた者の一人。
そんな憎たらしいまである奴が何故こんな所にいるのやら。まさか不意打ちを狙っての活動か……?
「今度は何を企む。俺たちが何をしているのか分かっているのか?」
「そんな警戒しなくても……。別に復旧作業の邪魔をしに来たわけじゃないよ。むしろお手伝いをしに来たんだ」
「何だと?」
今回の行動について問いただすと、意外な返事を貰う。俺らの邪魔をしに来たわけではないという。
それならば良い……ということにはならない。
奴ら闇の聖癖剣使いは協会の宿敵。口ではああ言っても、どうせろくでもないことを考えているに違いない。
「冗談はそのふざけた性癖だけにしておけ。本当のことを素直に言ったらどうだ?」
「んもう、疑り深いなぁ。現にそこへ並んでいる被害者は私たちが見つけたんだ。ある程度人数が揃ったら引き渡して撤退するつもりだったのに」
そう主張するクラウディ。悪いが奴の言葉はそう簡単に認めるわけにはいかない……が、しかし。
【──クラウディの言ってることは本当だよぉ】
「…………」
あろうことか
しかも、よく見ると奴は人を背負っている。恐らくあれも被害者の一人だろう。
「今は第三剣士グループ主体で遺体の極秘回収任務中でね。今回の件に私たちはこれ以上関わらないから、ここは見逃してやってくれやしないか?」
「関わらない……? まさか
ゆっくりと被害者が並べられている建物へ向かって歩くクラウディ。警戒は緩めず、避けるように道を渡す。
背負っている被害者を丁寧に地面へ安置すると、今回の行動についての真意を語る。
「ご名答。勿論組織的には喉から手が出るほど欲しいけど、剣一本のために貴重な剣士が犠牲になるのはいただけない。ボスはそう判断しているよ」
「……それと被害者回収を勝手に手伝うのとは何の関係がある?」
「それは私の独断さ。聖癖剣の存在が公にならないよう本物の侵入者を追っ払ったりもしてるんだし、今回くらい仲良くできないかなぁ?」
手を合わせて頼み込む仕草をするクラウディを見て、俺は少しばかり考える。
協会の邪魔をしないのは本当であると判明した以上は、無闇に戦闘へ持ち込みたいとは思わない。
相手は腐っても
無論、全てを信用することは無い。ただ、お互いに利害が一致している。
全く……面倒なことをしてくれる。まだ俺たちの隙を突いて攻撃してくれた方が対処に迷わなかった。
「……好きにしろ。ただし
「さっすが閃理くん、話が分かる剣士だ。普段からそれくらい寛容だったらいいのに」
「軽口を許すとまでは言ってないぞ」
俺の独断になってしまうが、ここは少しでも被害者の取りこぼしと情報漏洩を防ぐためにも協力……いや、見逃してやることにした。
本来であれば闇側の協力を要することはあり得ないことだが、状況は想定より逼迫している。
何しろ人口密集地で起こった事件だ。少なからずここで起きたことを目撃した者もいるだろう。
現在は処理班が対応しているが、完全な隠蔽は実のところ困難。散った目撃者を見つけるのは
しかし幸か不幸か、闇側には記憶を操れる聖癖剣をいくつか所有している。それを用いれば処理班や特権課では手の届かない部分の記憶処理も可能だろう。
非常に不本意だが、剣の存在を公にしないためには物事の隠蔽に長けた闇の剣士に頼るしか無い。屈辱だがな。
「クラウディ様! やっぱり見立て通り屋内に取りこぼしが多いみた──ええぇ!? 光の聖癖剣士!? ど、どどどどうしてここが!?」
「ん? ああ、ラピット。調査ご苦労様。警戒しなくてもいいよ。彼からはきちんと許可もらったから」
話が一区切りついたタイミングでクラウディの部下が現れる。
やって来たのはラピット。ショッピングモールの件以来か。
その後ろには何やら白い台車のような塊を
なるほど。
台車も蝋のような物質で構成されているのを察するに、キャンドルもいると思われる。
「というわけだ。しっかり仕事はしてるから安心して戻りたまえ。終わったら適当に合図撃っておくよ」
「本当に邪魔だけはしてくれるな。お前らは信用に値しないが、今回は相手にしてやる暇が無いから見逃しているんだ。それにこれ以上の加勢は必要ない」
「そんなツンケンしちゃって。君の部下の性癖が移ってるんじゃないかな?」
誰がツンデレだ……と反論したくなったが、ここで奴の言葉を真に受ければ向こうが調子付いてしまう。
あからさまな挑発は無視に限る。これだからクラウディという人物は苦手だ。
あんな奴に好意を向けられている焔衣が不憫でならないな。
そんなわけで、俺は奴らとはこれ以上の会話をしない。現場の仮設テントに戻って仕事を再開しに戻って行った。
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