第百三十癖『真実吐かせる、裁きの十手』
特権課との共同捜査から早数日。緊張状態は続いているものの、特にこれといった変化などは起きずにいる。
被害者も現状判明しているのは先日の分だけで、あれから増えている様子は無い。
それはそれで良いことではある。つまり我妻さんはほとんど動いていないということだからな。
目立った動きが無いならそれに越したことはない。
まぁそれも……数日ぶりの招集命令により、一旦の終わりを迎えるのだが。
「全員集まったようですね。では進展についてお話します」
剣士が全員集められた会議室にて支部長は話を切り出す。
わざわざ呼んだってことは、この数日間で多少なりとも進展があったってことだ。
その辺り、きちんと聞いとかないとな。
「ではまず特権課からの情報を。先日の被害者は全員蘇生に成功し、目を覚ましたそうです」
「おーすげぇ。本当に蘇ったんだ」
最初の情報というのは、
早速嬉しいニュースだ。一人も失敗することなく蘇ったということは、ゾーヤさんの言葉は被害者全員に伝わったことになる。
流石は上位剣士。わざわざ派遣されただけあって腕前は一流だな。
「スゴいね-。ケンティーから話は聞いてたけど、本当に人を生き返らせられるんだ」
「死の権能に対抗可能である所以ですね。幽霊の存在は怖いですが……」
その力がここでようやく証明されたようだ。幽霊が苦手な凍原は怖がってるけど。
当の本人を見てみると、やはりというかちょっと誇らしげな顔をしている。
そりゃ二十人超の数を遅くまで残って蘇生させたんだ。成果が報われて然るべきだろう。
「そして次に、我々の行動方針が大方決定しました。これからその説明をさせていただきます」
続く説明は、どうやら俺たちがこの件でどういう風に動くか……つまり作戦が決まったとのこと。
この言葉に初手良いニュースから始まったことでやんわりしていた空気が一気に引き締まる。
ついに来たか。強力無比な相手に対し、対抗手段があるとはいえ動くに困っていたからな。
内容次第とはいえそれが決まるのはありがたい。で、どういう風に動くのやら。
「目標がいつ活動を活発化させるかの予測が出来ない以上、我々聖癖剣教会は剣の確保を迅速に行うためにも少々手荒な手段で行動することとしました。その一つとして、この後特権課の権限を利用した尋問を行います」
「尋問……? 一体誰を?」
その言葉に困惑する俺たち。
わけが分からないと思うのもわけないこと。手荒な手段て……。
まさか我妻さん本人に突撃して聞きに行くわけではあるまい。誰が対象なのか思い悩む中、支部長はさらりと回答を明かす。
「はい。今回の事件の鍵となる人物……先日の被害者の一人、取り立て屋の男性です。本日留置施設へ護送された後、聖癖剣による尋問を行います」
「聖癖剣による尋問!? そ、それってオッケーなんですかね?」
衝撃の発言が繰り出され、ここにいる者は全員驚きを隠せない。
というかそれって本当に良いの? 仮にも俺たちは人々を守るために剣を取っているのであって、裏社会の人とはいえ剣とは無関係な人にそんなことをしても良いとは思えないが。
いくらヤバい剣をどうにかするための建前があるとしても、それは組織の意向に反することのように感じるんだけど……。
「尋問官役は誰がするんだろう? やっぱり権能が権能だから閃理さんとか?」
「いや、俺はそれに関わることはない。まぁ近くにいることにはなるが、尋問を行うのは特権課だ。俺が出る幕はない」
朝鳥さんがぼそりと呟いたのを閃理本人が回答。
どうやら尋問をするのは俺たち聖癖剣協会の剣士ではなく、特権課が行うとのこと。
そういうことね。俺たち組織の人間が一般人へ剣を使うのでは無く、公務として警察が使うから問題ないってわけか。
なるほど、なんか仕様の裏を突いた抜け道……正しく裏技って感じのやり方だ。
「念のためお伝えしますが、警察側の規定に基づいた尋問となるため、一部を除く他の剣士は立ち入りを禁じます。興味本位で来ることはないように」
「ちぇー、本物の取り調べを見れるかと思ったのに……」
注意事項に口を尖らせるのは孕川さん。警察庁に行った時もそうだったけど、この人漫画に使えそうなことなら何でも進んでやりに行こうとするな……。
それはともかく、一通りの流れは理解した。
取り立て屋の男を尋問することで何かしら犯人に繋がる情報を聞き出せると睨んだのだろう。
でも反社側の人間だから、ただでは口を割らないのは明白。そこで聖癖剣の利用というわけだ。
何せ
「それ以外の方々は別室にて
「了解したわ。それじゃあ早速始めるから、純騎と焔衣は前と同じく私の助手として来なさい」
「えぇ、またですか……?」
取り調べに非参加の剣士は、先日頼才さんが作った
直々に指名された頼才さんは、さも当然のように俺と純騎を小間使い……もといスタッフとして選択。
まだ解放されてなかったんだな……と、渋々それを承諾する。
「では取り調べに参加する剣士はここに残るようお願いします。他の剣士の皆さんは運動場へ向かってください」
号令がかけられると閃理、アルヴィナさん、そしてゾーヤさん以外の剣士は会議室から出た。
どうやらこの三人が取り調べの様子を伺う模様。まぁ納得の人選だな。
他の剣士は全員装備の試着のために運動場へ赴く流れとなる。
取り調べ組の動向に関してだが、ここから先のことは何も知らないから、どういう内容になったのかは全く分からない。
にしても聖癖剣を用いた取り調べかぁ……。
いくらイレギュラーな権能を相手にしているとはいえ、そんなことをまかり通さなければならないのだろうか?
俺一人が不安がったところで何が変わるわけでもないけど、向こうがどうなっているのか……やっぱり気になるよなぁ。
†
「時間ですね。行きましょう」
指定の時刻になると、私たち特権課は車から降りて施設の内部へと入館する。
ここは聖癖剣協会が保有する施設。主に拘束した闇の剣士を拘置する場所だ。
そこにはすでに、今回の事件の大元となった人物の行方を知るであろう人物が到着している。
通常であれば剣士やそれに関連する人物であっても立ち入ることが難しい場所だが、今回に限りそれは撤廃されている。
それもひとえに支部長様のお陰。あの方の権限でここを取調室として使わせてもらうのだ。
世界一安全な、という肩書きの付いた場所を。
収容施設という薄暗い名前の響きに反して明るく綺麗な印象を受ける受付に到着すると、そこには数名の人物が我々を待っていた。
閃理さんにロシアから来た二人の剣士。そしてそのもう一人がこちらに近付いて話しかけてくる。
「お勤めご苦労様です、廻警部」
「はっ。今回は犯人の取り調べのために施設をお貸しいただき、感謝致します、鍛冶田支部長」
「いいえ、特権課とは我々にとっても持ちつ持たれつの関係性です。お気になさらず」
日本支部の最高責任者である鍛冶田紫騎支部長のお出迎えだ。
警察官らしく特権課一同でしっかり敬礼を行う。この方への粗相は禁物である。
我々特権課は聖癖剣協会の日本支部から派生した組織の一つ。
現在特権課が所有する聖癖剣と聖癖章は、日本支部からの借用という形で保有の許可が下りている。
故に鍛冶田支部長は事実上の上司に相当する人物。
気分一つで特権課から戦力を削ることだって不可能ではない。文字通り頭の上がらないお方だ。
もっとも、そのような横暴を私的に振るう人物でないことは分かりきっていることだが。
「それではご案内します。内部は少々複雑なのでしっかりと着いてくるようお願いします」
「ありがとうございます」
ということで早速当の人物が収容されている場所へと案内してもらう。
当然だが特権課の警部という立場になって数年経つが、この収容施設に入るのは初。
今の歳になって感じるのも些か恥ずかしいが、少しだけワクワクしている。この感情、他の仲間たちには絶対に気付かれたくないな。
そうこう考えながら歩くこと数分。どこまで行っても同じような感覚に陥りそうになる通路を進み、ようやく到着する。
「こちらに今回の取り調べ先の方がいます。先日のメッセージでご説明した通り、我々は隣の部屋で取り調べの様子を窺いますので」
「分かりました。それでは失礼して……」
指定された部屋はまさしく取調室と言った感じの部屋だった。
よもやここまで似た部屋があるとは……これなら警察のやり方で、なおかつ聖癖剣士としての力を行使しながら取り調べが出来る。
私の剣は尋問に向いた性能をしているにも関わらず、警察庁内での使用がほとんど出来ない。そのため能力を使い余していたところだ。
……こう考えるのも良くないが、警察庁にも聖癖剣を自由に行使可能な場所を設けて欲しいと思う。難しいというのは重々承知なのだが。
職場に対する愚痴がつい思い浮かんでしまったが、今は犯人確保のための取り調べが先だ。
軽く身なりを整えてからいよいよ聴取が始まる。
「お待たせしました。今回の取り調べを担当する廻という者です。よろしくお願いします」
「誰が来るのかと思えば婦警か……。全く、どうなってんだよ。いきなり連れて来られるわ、散々待たされるわで面白くねぇ。俺にも人権あるって分かってんのか? あぁ?」
「それは申し訳ありません。我々も手際が良い者ばかりではありませんので、ご容赦を」
入って早々文句を垂れるのは、数日前に二件目の現場で見かけた厳つい顔の男性。
どうやら婦警である私のことを甘く見ているようで、持ち前の強面で威圧をかけにきている模様。
しかしこの程度何のダメージにもならない。長いこと警察を続けていれば慣れてしまうものだ。
そして何事も無いように予め用意されている椅子に腰掛ける。
まさか支部からこの人物が犯人確保の要になるかもしれないという情報をいただいたのは予想外だった。
どんな些細なことでも捜査の発展に繋がる可能性があるのなら見逃さない。あらゆる手段を用いても情報を得るのが特権課の仕事だ。
「では聴取の前にご確認を。お名前は
「ああ、そうだよ。で、俺に何すんだ? まさか婦警のあんたが俺に何かイイコトでもしてくれんのか? んん?」
当人の情報はこの数日間である程度揃えている。
県警の情報網に合った通り、裏社会に関わっている人物とされている。とはいえ聖癖剣とは無関係の人物であることに違いは無いが。
下卑た発言は無視しつつ本人確認を終えると、ここからが私の剣の出番だ。
どのみち素直に情報を吐いてくれるわけがないのは明白なので、権能に頼らせてもらう。
「そうですね。私の質問に対しきちんと返していただけたら考えてもいいかもしれませんね」
「へぇ。なんかあんた、他の奴らと違うな。俺も昔はこうやって何度も取り調べ受けてきたことあるが、そんな風に返してきたのは初め──」
【
「ええ、では早速……尋問を開始します」
相手の馬鹿げた返答を最後まで聞くことなく、聖癖剣を抜刀する。
私の剣は俗に言う十手。かつて大昔の日本において警察と似た役割を担っていた捕史などの役人が所持していた武器だ。
ただし普通の十手と比べ、やや大きかったり刃物として扱っても差し支えのない部分があったりなどの違いはある。
そんな
「な、なんだそれ!? おいあんた! け、警察がそんな物を俺に向けて良いのかよ!?」
「ご安心ください。あなたが私の知りたい情報を吐いていただければ傷付けることはありませんので。ただし、素直に応じなければ……分かりますよね?」
席を立ち、
私も移動するにつれて腕、肩となぞり、そして最後に首筋へ当てた。
その気になればいつでも暴力的な方法で情報を吐かせることも出来るが、ここは法治国家。
いくら事態が逼迫しているとはいえそのようなことは極力控えるつもりだ。
もっとも、相手の出方にもよる……とだけ。
何しろ特権課は聖癖剣に関連することという建前さえ成立させられれば、多少手荒な方法を使っても許されるという文字通り特権を与えられているのだから。
「ぐ……、分かった。それで、あんたは俺の何が知りてぇんだ? 取り立ての話か? それとも組のことか……?」
この密室の中、相手が武器を持っているという状況の悪さに気付いているらしい。
素直なのはよろしいことだ。伊達に何度も取り調べを受けているだけのことはある。
「勿論それらについてもお話をお伺いしたいところではありますが……今回あなたから聞きたいのは他でもありません。我妻あやめさん、という方はご存じですよね?」
「我妻? あ、ああ。俺のとこの金融から二百万借りてる奴か。それがどうしたってんだ?」
情報通りこの男は我妻あやめのことを知っているようだ。負債の額まできっかり教えてくれる。
この男が怪しいと教えてくれたのは、ロシア支部から来た剣士、ゾーヤさんからの筋。
何でも一介の借金取りであるにも関わらず、我妻あやめの個人情報を知りすぎているとのこと。
それが事実なら確かに違和感を覚える話だ。
元々知り合いだったとも考えたが、仮にそうであれば殺害に到る理由は無い。そもそも身内なら近所迷惑になる程取り立てに来ることもないはず。
まさかわざわざ教えた? あり得なくも無いが、闇金相手に個人情報を自らばら撒くなどよほど精神状態がおかしくなっていない限り考えにくい。
この男の情報源がどこからなのか気になる。そこも踏まえて聞き出す。
「現在、我妻さんには殺人の容疑が掛けられています。今回はその重要参考人として、あなたをここにお呼びしたのです」
「あの女が殺しを? マジか。そりゃ確かにいつ自殺してもおかしくない感じではあったが、まさか殺しをしていたとはな……」
一応この男も被害に遭った者の一人ではあるが、どうやら記憶の上書きに成功している模様。
マンションにて殺害された被害者たちには、建物内で発生した有毒ガスにより倒れたと説明している。
聖癖剣に関することは秘匿が絶対。故に被害者たちに残る殺害された当時の記憶はせん妄として処理し、偽の情報を伝えるよう病院側に指示していた。
それはそうと、この男も我妻あやめの行動は予想外だったのか、あからさまに驚きを見せている。
いつ自殺をしてもおかしくない……か。先日行った聞き込み調査で見た際は、当人にそのような雰囲気は感じられなかった。
むしろどこか幸福そうな雰囲気だったと言える。確かに
【聖癖開示・『婦警』! 裁く聖癖!】
「では質問に移ります。麿克さん、あなたは我妻さんのことをよく知っていますよね? その個人情報……どこで入手しましたか?」
ともかく真実は早期に暴くのに越したことは無い。
「個人情報だァ? そんなの……あの女の元婚約者から聞いたに決まってるだろ──あ? ん!? 口が勝手に……!?」
「なるほど。道理で詳しいわけですね」
自らの意思ではない何かによって真相の一部を自白した参考人は困惑の様子。一般人だからそうなるのも仕方が無い。
私の聖癖剣【
制限や制約が多い難点は抱えているが、聖癖剣士でもない一般人相手に行使する分なら無視できる。
尋問はまだまだ始まったばかり。真実を全て洗いざらい吐き出してもらう!
「我妻さんの元婚約者とはどのような関係ですか?」
「あいつは半グレの詐欺グループの一員で、スネヤスが人から金を搾取するのが上手い奴だって紹介された奴だ。末端でもいいから組に入れてくれって言われて、俺の部下として使ってやってたんだ」
権能は久方ぶりに使ってもなお効き目は抜群。ぼろぼろと真実があふれ出てくる。
それにしてもスネヤス……? そういえば被害者リストに『
察するに同じ組のメンバーと言ったところ。その人物からの紹介で知り合ったというわけか。
それに半グレの詐欺グループ……なるほど、準暴力団の存在まで絡むとは。これは重要な情報だ。
「ではどうして我妻さんのことを知ろうとしたのですか?」
「それは向こうが勝手に教えてくれたことだ。カモの女から金を巻き上げきったら、俺に売ってやるとか何とか抜かしやがって……ぐっ、また口が勝手に」
続く質問も簡単に答えてくれる。どうやらその半グレの詐欺師は相当な屑人間らしい。
金銭を集めるだけに留まらず、用済みとなった被害者をこの男に売ろうとしたらしい。
今の証言、流石に苛立ちを感じざるを得ない。
この男もその誘いに乗ったのかどうかはまだ分からないが、少なくとも半グレの詐欺師は許せない存在だということを良く理解した。
奴のせいでこの世にどれだけ危険な存在が誕生してしまったか……。罪は重くあるべきだろう。
「その男は今どこに?」
「それは知らねぇ! あの野郎は結局巻き上げた金を持ってトンズラしただけじゃなく、俺の金融からも金をせしめてやがったんだ。スネヤスも居場所は知らねぇって言ったし、そいつがいたグループも今は無くなってる。とんだクソ野郎だったんだよ、あいつは……」
尋問はもはや途中から男の愚痴になりつつあった。
意外や意外。どうやらその男は我妻あやめだけでなく、この男のとそ組にも迷惑を被らせているらしい。
暴力団相手に金を騙し取るとは相当なやり手である。姿も眩ませている以上、捜査は難航しそうだ。
捜索中に死の権能は一体どれだけの人々に被害をもたらし続けるのだろうか。
これ以上の犠牲者を出さないためにも、全ての原因となった愚か者には強制的に協力して貰わなければならないからだ。
「なるほど、今は行方知らずと。心当たりもないんですね?」
「ああ。少なくとも俺はどこにいるのか検討が付かねぇ。あいつのせいで俺の立場も危うくなってんのによぉ……」
再度行方について訊ねてみるも反応は同じ。
これ以上の情報は出ないと見ていいだろう。この男の連れも聞いてみるべきだとは思うが、今以上の情報が出るかどうか……。
「なぁ、婦警さん。もういいだろ? 我妻あやめに関する話はこれでよぉ。なんか、疲れが……」
「……ああ、そうだった。私としたことがこれのことを忘れるなんて……」
ここで男の方に異変が。先ほどまでくだらない下卑た冗談を言う程の元気があったにも関わらず、今は椅子に腰を深く下ろして項垂れている。
そうだ。すっかり記憶から抜け落ちていた。
そもそも何故有用な権能を持つ
この権能には厄介な副作用があり、それが権能の影響を受けている者は体力を消費させるというもの。
ろくに身体を鍛えていない一般人に対して使い続ければ疲労の症状を引き起こしてしまう。
人道的にあまりよろしくないというのが規制されている理由の一つ。
このことを失念するとは……。反省点としておく。
「分かりました。では一旦休憩にしましょう。被疑者のお話の続きはそれからということで」
【聖癖リード・『夢魔』『癒やし系』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】
「なっ、あぁ……!?」
そう告げると、懐から取り出した聖癖章を二枚、
読み取った二つの権能により力を得た
机に突っ伏すように倒れる重要参考人の男。
これはただ倒れただけじゃなく、特別な睡眠状態になっただけだ。
今読み込ませた『夢魔聖癖章』は対象を眠らせるだけじゃなく、その人物にとって都合の良い夢を見せる作用を持つ。
人にとって睡眠とは回復を意味する現象。それに加え『癒やし系聖癖章』の疲れにも効きめを発揮する汎用性の高い回復効果を合わせた回復法である。
効果は……持って三十分ほど。その間は私も軽く休憩を取ることにする。
取り調べはまだ始まったばかり。もう少しだけ男には情報を吐き出して貰わなければならないからな。
そうして取り調べはおおよそ二時間ほどで終了。
重要参考人の男には最後にもう一度眠って貰ってから病院の方へ護送してもらった。
取りあえず今はここまで。今回の取り調べで得られた情報をまとめ、取調室にて待機していた支部の関係者たちと共有する。
「……ご苦労様です。今回の情報はこちらも参考にさせていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
支部長から直々に労りの言葉を受け取りつつ、この業務は終了だ。
得られた情報を元に、我々特権課と日本支部が協力して今回の原因の一つとなった元婚約者の男を見つけ出し、身柄を拘束する。これが当面の目標だ。
日本支部は剣の回収のためには元婚約者の男が必要としているらしい。
奴は現在行方不明だが、聖癖剣の力があれば不可能ではないはず。協力する全ての剣士たちを信じよう。
「それでは我々はこれで失礼します。ご協力、ありがとうございました」
後は本部に帰還するだけ。他の同行メンバーを引き連れ、一礼してから通路を歩き始める。
戻ったら直ちに捜査本部を立ち上げ、元婚約者の足跡を辿らねば。
各都道府県警察へ連絡し、重要指名手配も──
「その……ちょっと良いかしら?」
そんな時、不意に呼び止められる。
声の主は白い髪の女性、アルヴィナさんのようだ。
彼女のことはある程度の調べは付いている。ロシアのモスクワ支部に在籍する上位剣士でありながら家業を継ぎ、若くして二代目社長になった女性。
わざわざ危険な剣の封印回収のためにここへ派遣された彼女が私のような凡夫に何を訊ねるのか。
「何でしょう」
「あの……まだ少し気が早いのは承知で訊ねるのだけれども、今回の剣士……我妻あやめさんという方は、今後どうなるのか教えて貰えないかしら?」
少しばかり言いづらそうにしてから、アルヴィナさんは質問を投げかけた。
内容は我妻あやめの処遇について。そのことを訊ねるとは……確かに些か気の早い問いである。
とはいえ不確定ながら概ねの処遇は決まっているようなものだ。
「すでに彼女は強盗殺人という罪を犯し、二十人超の被害を出しています。被害者が蘇っていても罪が軽くなるわけではありません。私自身裁判に直接関わるわけではないので分かりませんが、通常なら無期懲役罪、最悪死刑罪のどちらかになるかと」
「……そう。やっぱり難しいのね、あの人が一番の被害者なのに救えないなんて」
問いに答えてやると、アルヴィナさんの悲しげな表情がさらに落ち込んだのが感じられる。
だがそれとは別に気になるワードが出た。我妻あやめが一番の被害者とは……?
「……それは一体どういうことでしょうか?」
アルヴィナさんが口にした言葉……まるで我妻あやめ自身に非は無いと言っているように聞こえる。
私とて聖癖剣を専門に扱う課の人間。偶然剣を手に入れ、その力に溺れて犯罪を犯す剣士の成り損ないをこれまで何度も見てきている。
その殆どは自らの力を自覚し、我が物顔で権能を悪用する者ばかり。事件の発生率は高いわけではないが、それでも犯行理由の大部分を占める。
では今の発言は一体どういうことなのか。私が知る野良の剣士とは毛色が違うように感じる。
思わず気になってしまった私は、それについて訊ね返していた。
「
語り出すのはとある性質を兼ね備える聖癖剣の話について。
淡々と告げられる異常さに固唾を飲んで聞き入る。
「一部の剣には持ち主に影響を及ぼす物があるのは知ってると思う。例として
私も一介の聖癖剣士でもある以上、その程度の情報は既知の物だ。
聖癖剣の中には持ち主自身の性質に影響を及ぼしてしまう物がある。
例えると剣士になる前と後で好物が変わったり、以前よりも特定の行動に拍車がかかるなど、剣によって内容は様々。
例に挙がった
特権課にも同系統の性質を持つ剣がある。間近でそれを見ている以上、多少なりとも理解がある方だと自認しているつもりだ。
つまり話の流れを察するに、
しかし協会が危惧する程の影響力とは……? そのような物の存在は聞いたことも無いが。
「
「人格の……上書き?」
「そう。
告げられた真相は、私の目も大きく見開いて驚く内容であった。
破壊行動により幸福感を得る異常な性癖の付与……それほどまでの影響力を与える剣が存在するとは驚きだ。
人格を上書きするレベルの影響なんて聞いたことが無い。
なるほど。それが事実なら日本支部が元婚約者の身柄を預かりたがるのも納得だ。
それに先代となる剣士の自殺。これは恐らく自責の念に囚われた結果なのだろう。
自身の意思とは無関係に全て傷つけたことの後悔に押し潰された……と見るべきか。
確かに刑事的に見ても責任能力などの理由で減刑や無罪に成り得るかもしれない。
もっとも私からそれらを約束する言葉を口に出すことは出来ないが。
「……概ね理解しました。我妻あやめの殺人や強盗は自らの意思によるものでは無い可能性があると」
「ええ、恐らく……。前回の記録も不十分だからどこまでが真実なのか分からないけれど」
「なるほど。貴重な情報、ありがとうございます」
私はアルヴィナさんに向けて一礼をし、メンバーを引き連れて再び帰路へと戻る。
聖癖剣の影響により自らの意思とは無関係に犯罪を犯してしまうケース……か。
まさかここでそのような情報を知ることになろうとは。
もしかするとこれまで対応してきた聖癖剣絡みの犯罪も、持ち主の意思だけで起こした物では無いのかも知れない。
とはいえ流石に話を聞いてすぐ影響されるのもよろしくはない。
この件も一つの教訓として覚えておくことにする。今はとにかく、元婚約者の男の捜索だ。
──そう、
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