第百二十九癖『推理と秘策、それぞれの居場所にて』
「クソッ、あの男……汚い魂の色に違わずクソ野郎だったな……」
時刻は夜の八時を回った頃。病院で被害者の蘇生処置を行っていたゾーシャがようやく帰ってきた。
でも最後に別れた時と比べてかなり不機嫌そう。
部屋に入って早々悪態をつきながらベッドへ身を投げて、ブツブツと文句を垂れ流してる。
この様子を見る限りだと誰かと喧嘩でもしたって感じかしら? こういう姿になっているのを見るのは結構久しぶりね。
「お帰りなさい、ゾーシャ。何だか機嫌が良くないみたいね、何かあった?」
「どうしたもこうしたも、ただでさえ二十人近く捌いてもうすぐ終わるって時に追加の四人だぞ。その上最後の一人は性格最悪だ。久々にあそこまでイラついたな」
ソファに腰掛けてタブレットで書類の確認をしていた私は作業の手を止めて労りの言葉をかける。
不機嫌の原因を訊ねてみると、案の定変な人に当たってしまっていたみたい。
それなら確かに機嫌が悪くなるのもしょうがないって感じね。ゾーシャって結構短気なところもあるから。
「大変だったわね。でもきっと皆感謝してると思うわ。お疲れ様、ゾーシャ」
「ああ……。でもまだこれが続くんだと思うと憂鬱だ。
今回は相当疲れが溜まったみたいで、ベッドの上でぴくりとも動かずに返事をする友人に労りの言葉をかける。
彼女の聖癖剣、
肉体から抜け出てしまった魂には制限時間があり、それを超えると蘇生が不可能になってしまう。
そうなってしまう前に魂と対話をして身体に戻ってもらうよう説得して導かないといけないの。
でも魂だけになった人は本心が剥き出しになるらしくて、そのせいで様々な謂われもない言葉を言われるのもしばしば。
今回みたく良くない人間の魂を相手にすると暴言や恨み辛みを聞かされることになり、ストレスが溜まってしまうの。
だからゾーシャはこんなに不機嫌になっているというわけ。人の生死を覆せる代償ってところね。
「ヴィーナ、私は今日は疲れた。だから映画観ても良いか?」
「え、ええ……。勿論好きなだけ観ても良いわよ。私は遠慮しておくけど」
「ありがとう。迷惑かける」
と言ってベッドから起き上がると、そそくさと準備をし始める。
自前のタブレットをテレビへ接続し、そのまま画面とにらめっこへ。
「日本のホラー映画、どうしても観たかったんだ。大画面で字幕版を。ふふ、リクエスト通りマイナーな物まで揃ってるな」
画面をスワイプしながら笑みを浮かべるゾーシャ。
視線の先にある光景はテレビにミラーリングされているから私にも分かる。日本のホラージャンルの映画のタイトルがずらっと並べられた選択画面ね。
「『呪詛子vs娑婆子』……タイトルからしてB級臭が半端ないな。これにするか」
その中の作品名でお気に召した一作を見つけたゾーシャはそれを再生。
本編が始まるまでにソファを動かして大画面のテレビの前に設置し、冷蔵庫から飲み物とおやつも用意して鑑賞の姿勢に入る。
ゾーシャの趣味は映画鑑賞。それも普通の映画よりもホラージャンルがとても好きみたいなの。
一方の私はテレビに背を向くように移動して、一人黙々と別の作業に集中。
私が友達の趣味に付き合わないのは、単にホラー映画がそこまで好きじゃないのもあるけれど、それとは別にもう一つ理由がある。
ゾーシャはいつも私のことを第一に考えて行動してくれる。どんな時も常に一緒。母国でだってそれは変わらない。
何故そうなったのか……それは他の誰でも無い私自身のせい。
私が弱くて駄目な人間だから、ゾーシャは自分の人生に私の存在を縫い付けてしまっている。
そして、そんな私もあの子と離ればなれになりたくないと思っているのも事実。
一番酷かった時期と比べたら多少はマシになっているけど、根本は今も変わらない。
実際昼間にゾーシャと別れて別行動をした際も本当は寂しくて仕方なかったくらいだもの。
閃理君が言う通り私は友達に依存している。それはもう疑いようのない事実として受け入れているわ。
だからこそゾーシャには私のことを考えずにいられる時間があって然るべきだと思っている。
それが今の時間。趣味に没頭している時くらいは絶対に邪魔をしないって決めているの。
『ヴォ──! 呪呪呪呪呪!』
『イヤ──! キャ──!』
「はっ、何だこれ。何で全員ホバー走行してんだよ。笑える」
仕事の傍ら不干渉の誓いを振り返っていたら、映画の方も盛り上がってきているみたい。
ゾーシャも映画の出来には満足そう。ここからじゃ見えないけど笑顔になっているのが分かる。
うん、これで良いの。背負ってる物から解放されて、自分の好きなことをする姿も私は好きだから。
でもあの子のセレクトは面白味に欠ける内容の物が多いというか何というか……観ていて退屈になるような作品が好みみたいなの。
勿論本人の趣味趣向を否定しているわけではないのだけれども、そこは数少ない分かり合えない部分なのよね……。
「そういえばヴィーナ、現場はどうだった?」
「えっ?」
絶対に本人の前では言えない三つ目の理由に耽っていたら、不意に声を掛けられて変な声が出る。
てっきり映画に集中してるものだと思ってたから、急に訊ねられてしまうと驚くというもの。
色々と思い返しながら仕事をしていたら、あっという間に二時間が経過していたみたい。
映画は
それはともかく自分から聞きに来たとはいえ趣味の邪魔をするのは気が引けるけど……無視するわけにもいかないわ。
「ええ、それなりに進展はあったわよ。すぐに犯人は特定出来たし、色々な背景があることもね」
「そうか。流石閃理だな。私の読み通りだ」
ふっ、と映画の内容にはまるでそぐわない笑みが聞こえた。
ゾーシャも閃理くんのことは結構信頼しているのよね。何しろロシアにある聖癖剣士の家系で最も大きな家の出だもの。
十聖剣を保有することが認められている一族は高潔な精神を持つ者が多い。閃理くんはその例に漏れず、ゾーシャの選別に適った者の一人。
魂の色──つまり他者が持つ高潔さや純粋さを色で識別出来るゾーシャにとって、お眼鏡に適った人物が成果を出すことは自身の肯定感を得る材料にもなる。
要約すると気に入った人が功績を上げると、自分も嬉しくなれてハッピー! ……ということらしいわ。
「それで、結局犯人ってのはどんな奴なんだ?」
続けて訊ねられた問いも素直に教える。
相手が結婚詐欺被害者であること、すでに
タイミング良くエンドロールが終わると、タブレットの接続を切って私のいる方に身体を向け直す。
「やはりか。私も被害者の霊から青い花吹雪が襲いかかってきたと聞いている。閃理の推理はほぼ当たっているようだな」
「あら、映画はもう良いの?」
「今日のはもう十分楽しめたからいいんだ。それよりも結婚詐欺ってところ……もう少し詳しく聞いていいか?」
それはともかく、ゾーシャは結婚詐欺の部分に強く反応する。
霊との対話が可能な以上、説得中に何かしらの話を聞いていてもおかしくはないわよね。
一体何の情報を向こうで得ていたのかしら。
詳細についてはあまり知らないけれど、取りあえず私が知る限りのことを教えてみる。
「……対話中、顔の厳つい男は死ぬ直前のことをうわごとのように言っていた。催促する相手が結婚詐欺被害に遭っていることをよく知っているようだった。最初は何のことだと思ってはいたが、まさかこんなところに繋がっていたとはな」
ゾーシャは当時のことを振り返る。あの強面な顔の男性から聞いた話らしく、結婚詐欺云々についてはここからの筋みたい。
でも私は気付く。その人物の話した内容……その違和感に。
「ちょっとおかしいわ。どうして取り立て屋がそんな個人的なことを知っているのかしら?」
「ヴィーナも気付いたか。ああ、それは普通に変な話だよな」
この違和感に気付いたのはゾーシャも同じ。
そう、おかしいというのは取り立て屋の男性は金融の利用者である我妻あやめの個人情報を知り過ぎているのでは? という点。
借りるにあたってどんな風に使うかを訊ねられることはあっても、実際に借りてどんな風に使ったかを報告する義務なんてないはず。
それなのに貸し出したお金が詐欺で奪われたことを知っているなんておかしいわ。
日本だと契約に違いがあるのかもしれないけれど、少なくとも普通じゃないことは分かる。
「取り立て屋は目標の個人情報をよく知っている、目標が多額の負債を抱えたのは元婚約者が原因……。何かきな臭く感じないか?」
「もしかして……」
「ああ、元婚約者の男と取り立て屋には何らかの繋がりがあると考えられる。偶然の可能性も捨てきれないけどな」
ゾーシャの推理はまさかの繋がりを見出した。
元婚約者と取り立て屋の両方が裏で繋がっているかもしれないなんて……。とはいえ流石に考察が飛躍し過ぎなんじゃないかしら?
「曰く我妻あやめは他にも複数の金融機関から借金をしているらしい。仮として元婚約者が闇金を運営する裏社会と繋がりを持つ人間だとすれば、複数の金融から借りさせた金をせしめ、組織に還元することも出来るはずだ。
最後は個人情報をその手の奴らに渡して逃走。信用を失い、どこにも頼れなくなった残りカスになれば後は風俗に売り飛ばすなり人身売買されるなりで片付けることも出来るだろうな」
「……あんまり聞きたくない話ね」
淡々と出る言葉に私は少しだけ気を病んでしまう。
他人事かつただの憶測とはいえ、不愉快極まりない話を聞かされるのは好きではない。
勿論ゾーシャは悪気があってこんなことを言っているわけではないことは知っている。
これはただの推理。目標の背景を得られた情報だけで練って形にした妄想に他ならない。
でも、お国は違えど社会の裏側にいる存在が関わっているのもまた事実。
私にとってそれは、最も心苦しい物の一つ。
剣だけが関わっていればどれほど良かったか……。
「…………! すまん、少し無神経なことを言い過ぎた。大丈夫か?」
「ええ、私だっていつまでも昔のままじゃないわ。ちょっとくらいなら大丈夫……」
ここでゾーシャは推理の説明中に私が苦手としている言葉がいくつか出て来てしまったことに気付いたみたい。
今の話を聞いた私の心情は正直快くない。不愉快な気持ちになっているわ。
何しろ私自身が抱えるトラウマに触れる話だっただけに、少しだけ心が塞ぎ込んでしまう。
こうして無意識に身体を小さく縮めて防御姿勢を取ってしまうだけで今は済んでるけど、これでもかなりマシになった方。
昔だったら逃げ出したり吐き出しそうになるくらいの拒絶反応をしたでしょうね。流石に年月が立てば多少なり耐性はつくけれど。
「……今日は休もう。気を悪くするようなことを言ってすまなかった」
「別に気にしないで。その程度の話で落ち込む私が悪いんだから」
そう言ってゾーシャはこれまでしてきた話を切り上げると、就寝の準備をし始めた。
ああ、また気を使わせてしまったわ……。手早く準備を始める親友の姿を見ながら私は憂鬱に思う。
あの子は私のことを第一に考えるあまり、気を使わせてしまうことが多くある。
ゾーシャの人生に私という存在が深く寄生してしまっているという現実を見せつけられているようで、心が苦しくなってしまうから。
かといってその献身さを否定することも出来ない。
だって分かっているの。私が孤独を選べるはずがないことを。
「……本当にごめんなさいね、ゾーシャ」
「ん? 何か言ったか? ベッドは今直してる。もう少し待っててくれ」
「ううん、何でもないわ。そうね、早く眠って明日に備えましょう。それがいいわ」
ぼそりと呟いた謝罪の言葉は本人の耳に届くことはなかった。
でもそれでいいの。聞こえたところでまた変に心配をかけさせるだけだから。
手早く着替えと二台分のベッドメイキングを完了させたゾーシャは、消灯ボタンの前で私の準備が終わるのを待っている。
だからいつまでも椅子の上で丸まっているわけにはいかないわ。
後ろ髪を引かれる思いになりながらも書類やパソコンを片付け、着替えを済ませてベッドに潜り込む。
「おやすみ、ヴィーナ」
「ええ。おやすみ、ゾーシャ」
一日を終える挨拶をお互いに交わすと、部屋の明かりは消された。
秒針が刻む音が響く暗闇の中で、最後の最後にゾーシャへ迷惑をかけてしまったという些細な後悔が後から襲ってくる。
こういう時は決まって寝付きが悪くなる。
もう何度も経験したことではあるけれど、やっぱり嫌ね。憂鬱なままでいるのは。
そう考えながら先に寝落ちたゾーシャの後を追うように、静かな部屋で眠れる時を待ち続ける私だった。
†
「試作品だけど出来たァ──!! アァ──!!」
それが出来上がったのは深夜になる頃。
けたたましい叫び声は工房を突き抜けて運動場にまで響き渡った。
「うわ、うるさっ。でもこれでやっと眠れる……」
「あぁ疲れたぁ……」
この大声を直に聞かされているのは俺と純騎の二人。つまり絶叫の主は頼才さんだ。
夕方時の件で一時中断となっていた新アイテム開発の手伝いを再開し、それが今し方終わったところなのである。
内容こそ全部が終わった今は説明を割愛したけど純騎と戦ったりしたし、経験としては中々悪くなかったと言える。
いや-、とにかく重労働だったな。訓練以外でここまで疲れたのはいつぶりだろう。なんだか懐かしい気分だ。
「二人とも、ご苦労様。あなたたちのお陰で何とか形にすることが出来たわ」
「それは何よりです……んで、結局あれだけ繰り返して出来上がったのがそれなんですか?」
協力者へ労りの言葉を忘れない頼才さん。
俺は今回の開発に携わった者として、完成した試作品を見る。
制作者が持つそれは……白色をベースに青いマーブル模様をしたガントレット。他にも胸当てや足に付けるグリーブ等々、西洋風の鎧のような見た目の防具が並んでいる。
これが例の発明品。
「ええ、これは鎧としての機能だけじゃなく、敵の権能による効果を肩代わりさせる効果を持った装備……名付けて【
「あ、はい。もう大丈夫ですんで……」
うわ、何かものすごい勢いで説明をし始めた。別にそこまで聞いてないんですけど……。
その饒舌さにちょっと引きつつも、今回の発明品は中々に凄いとは思っている。
今し方の説明にも出たが、身代装甲は権能の肩代わり。その証拠に十数回にも及ぶ試験で効果は実証されている。
俺と純騎はそれぞれの権能に対応する試作の身代装甲を装備して、肩代わりの効果が発揮されるかを確かめ合うために試合という手段を利用したわけだ。
本当は戦うまではしなくても良かったんだけど、鎧を装備しながらの戦いは慣れてないから練習ついでに無理言ってやってもらったんだ。ついでに純騎本人の戦い方の確認もな。
試合の結果……は重要ではないから割愛するけど、やはり親が元マスター直属の聖癖剣士だっただけに
純騎の聖癖剣【
ちなみに身代装甲は
話は戻り、これの使い方はかなり熟知しているようで、攻撃を当てた箇所に部分的に鎧を形成して受けきったり、逆に俺へ鎧を生成して動きを鈍らせたりと変幻自在。
相手にして中々に厄介だと感じたが、やはり鍛冶師の方に重きを置いているだけに実戦経験が足りないという短所を見つけてしまうなどした。
うむ……実際に手合わせしてみたからこそ分かる。支部長の言うとおり剣士の才能は大ありだ。
そりゃ鍛冶師より剣士になれって言うのも道理かもしれん。この才能を腐らすのは勿体ないよな。
「焔衣さん? 何に頷いてるんですか?」
「え? あ、ごめんごめん。ちょっと一人で考え事してたんだ。純騎は気にしなくて良いって」
ここで不意に純騎から声がかけられる。どうやらいつの間にか長考に耽っていたようで、独りでに理解してうんうん言っていたらしい。
指摘されてちょっぴり気恥ずかしくなるけど、それを誤魔化しつつ意識を戻す。
そう、今は半ば強制的に参加させられた新装備開発の手伝いを終えたんだ。
最初に言っていた通り報酬を貰う権利が俺たちにはある! それを受け取ろうじゃないか!
「頼才さん! あの約束、忘れてませんよね? 手伝ったらお礼してくれるって」
「……あら、そんなこと言ったかしら? 覚えてないわー」
ああ──ッ! この人しらばっくれたぞ! 最初からタダ働きさせるつもりだったのかよ!
メルが調子良い時の頼才さんを怖がる理由もちょっと分かったわ。流石にそれは悪辣だぜ。
「嘘よ、嘘。私がそんな心の狭いケチくさい女に見えるのかしら? だとしたら流石に心外よ」
「あ、嘘か……」
しかしすぐに発言を撤回。笑うに笑えないジョークは人の心を傷つけるぜ!
こっちの時間を半ば強制で消費させたんだ。純騎の分も併せてきっちりお礼をいただくからな!
改めて開発に協力した俺たちのために、頼才さんは発明品を適当な場所に置いて行動をし始める。
そして一度中身を抜いていた
大釜になみなみと注がれた液体──曰くこれは“
「いいわ、さぁ何でも言ってちょうだい。あなたたちのリクエストに応えて好きな物を作ってあげるわ」
「え、えぇッ!? お礼ってそれ!?」
ここでお礼の内容が判明。何と錬金術の権能で俺たちが欲しい物を何でも作ってくれるという。
おいおい、それいいのかよ。というかいきなりそんなこと言われても思い浮かばないんだけど?
「一応言っとくけど物によっては時間かかるから、シンプルかつ現実的な物を注文するのがベストな選択よ」
「そう言われてもなぁ……」
「いらないなら別にそれでもいいわよ。次このチャンスが来ることはもう無いかもしれないけど」
「しっかりと感謝して考えさせていただきます」
急かされたので頑張って考える。俺が欲しい物……うーん。じゃあアレかなぁ。
「片付け出来ない閃理とつまみ食いが止められないメルを治す薬って作れます?」
「流石にそれは錬金術の範囲外ね。もっとシンプルなのにしてちょうだい」
でしょうね。流石にそこまで都合の良いことを起こせる権能じゃないか。
もしそれが出来るのなら是非頼みたかったところなんだけど、そんな上手い話はないよな、残念だ。
本当なら強くなれる薬でも頼みたいところだが、最初のリクエストを却下されたから無理だろう。
ふむ……いくら考えても候補が出てこない。仕方ない、ここは先輩が何を頼むのか聞いて参考にすることにしよう。
「純騎は何を頼む? というか先に頼んでてもいいよ。ちょっと参考にしたい」
「あ、僕はもう決まってるので。それじゃあお言葉に甘えて……頼才さん。もしあるのでしたら前のと同じ物をいただけませんか?」
ということで純騎に最初を譲って──元々順番なんて決められてなかったけど──様子を見る。
純騎のリクエストは最初から決まっているらしい。即決出来て羨ましい限りだ。
どうやら以前にもそれを頼んでいたことがあるようで、あたかもお店の常連が注文するようにリクエストを言う。
「前のと同じ物ね。ちょうど出来合いの物があるわ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
頼才さんもそれを分かっているようで、
それを受け取るとにっこり微笑を浮かべる純騎。よほど貰って嬉しい物なんだろう。一体何を貰ったんだ?
「それ、何?」
「賢者の石よ」
「あぁ賢者の──……って、賢者の石!?」
中身を訊ねた瞬間、衝撃の回答が出てくる。思わずワンテンポ遅れて驚愕してしまった。
純騎のリクエストってそんな大層な物だったのかよ!? ってか賢者の石って複雑過ぎて作れないんじゃなかったのか?
そ、そんな物をいとも容易くプレゼントするだなんて……いくら聖癖剣士の世界とはいえ、過去の錬金術師たちが聞いたら卒倒するぞ!?
「別にそんな驚くような物じゃないわよ。確かに製造には高度な技術と高価な材料が必要だけど、面倒なだけで私にとっては然したる問題じゃないわ」
「それにこれは漫画とかにあるような効果は無いんですよ。電池のような物だと思っていただければ分かりやすいですかね」
「で、電池? 賢者の石が? 何それ……」
一人驚愕を隠せない俺に対し、二人の反応は冷静だ。
曰く賢者の石は電池と大差ないとのこと。それも衝撃の事実過ぎて反応に困る。
不老不死の霊薬とか、等価交換の法則を無視する触媒とかじゃないのか……。ロマンが崩れる音が聞こえた。
そんな物を何に使うつもりなのか。明らかに参考にならない物を注文されてしまったせいで、また一から考え直す羽目に。
「うーん、うーん……。包丁? でも料理は全部メイディさんがするしなぁ。電化製品なんて複雑さの極みみたいなもんだし……。えーっと、俺の欲しい物……」
唸りながら候補を考える俺。ああ、駄目だ。全く思い浮かばない。選択に失敗したくないという気持ちもあって、考えが全然まとまらない。
思えば俺、あんまり物を欲しいって思ったことがない気がする。
物欲がゼロというわけではないが、多分中学生の頃に発症した考えが影響してるんだろう。
欲しい物があっても我慢して、買わなかった後悔を進んでする。これも数ある自罰行為の内の一つ。
まさかそれがここに来て影響を及ぼしにかかるとは……。クソッ、昔の俺を引っ叩きたいぜ。
「……しょうがないわね。もう夜も遅いし、考えがまとまったら教えなさい。時間に余裕もあれば多少なり複雑な物も作れるし、その方がいいんじゃない?」
あまりにも悩みあぐねる俺を見かねて、頼才さんは特別に考える時間を設けてくれた。
言われて気付くがもうすでに夜の11時。そろそろ寝ないと明日に響きかねない。
正直この提案はかなり大助かりだ。考える時間さえあれば何が欲しいのか決められると思う。
しかしそれだと結局頼才さんを待たせるだけなのでは? そんな疑問が浮かぶ。
「良いんですか? 逆に迷惑になりません?」
「そんなこと気にしなくても良いわよ。どうせ片手間で出来ることだもの。これでも上位剣士よ、私。知らなかった?」
そ、それは知らなかった……。まだ他にも上位剣士が日本支部にいたんだな。
とはいえそこまで自信を持って言ってもらえるのは助かる。安心して欲しい物を考えられそうだ。
そういうわけで俺のリクエストは後回しにすることが決まり、今日の開発は解散となる。
軽く工房の片付けをし、それぞれが自分の部屋に戻っていった。
さて、ひょんなことで思わぬチャンスを手に入れてしまったな。
一体何を作ってもらおうか……。ちょっと考えるのが楽しみになってくる。
未だにまとまらないアイデアを頭に浮かべながら、俺は自室への帰路に就くのだった。
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