第六十四癖『次なる縁、邂逅す』

 翌日の朝、朝食に手を付けていると突如として閃理のスマホに着信が入って来た。


 持ち主は着信元の名前を確認するや否やホールへ出て通話対応に。俺はそれを後ろからこっそり盗み聞いている。


「……やはりか。分かった、場所も近いから合流しよう。現在地は──」


 話の内容は半分分からないけど、合流というワードから察するに剣士の誰かか?

 通話もそこそこにダイニングルームに戻ってくる。気になった俺は誰と話していたかを訊ねた。


「閃理。誰からの電話?」

「ああ、第二班から電話が来てな、どうやらあちらも俺たちと同じタイミングで剣回収の任務を受けていたらしい。だがな……」


 何やら訳ありというか、ただの話じゃなさそうだ。

 通話の相手は舞々子さん率いる第二班。同じく行動部隊であるがため、任務を遂行中らしいのだが……?


「どうやらターゲットが途中で引っ越して行方を眩ませてしまったらしい。後を追うにも渋滞などに引っかかり逃したそうだ」

「へぇ~、そういうこともあるん…………って、引っ越し? 閃理、それって何日前のこと?」


 ここまで話を聞いた俺は妙な違和感を覚える。

 引っ越し。俺たちの方もつい最近引っ越して来た人がいるんだが?


 これって偶然かな。念のためにこのことについても聞いてみる。


「六日ほど前の出来事だ──察しの通り、孕川は本来第二班が担当していた人物のようだ。あちらの調べから名前や容姿も一致している。まさかの事態だな」


 フッと笑う閃理。おいおい暢気だな!

 しかし思わぬ展開になったもんだ。孕川さんの引っ越しの裏では俺たちの仲間の影があったとは。


 おおよそ行方が分からなくなって路頭に迷い、最終手段として閃理に頼って来たってところか?

 そりゃいきなり目標がいなくなるんだから焦るよな。舞々子さんらにしては良い迷惑だろうけど。


「一応距離としてはそう遠くない位置にいるらしい。第二班の任務が失敗扱いされるのも何だから来てもらうことにしたんだ」

「そっかぁ……。ボーナス貰えると思ってたんだけどな。残念」


 内心うっすらと追加報酬の四文字が消え去るのを悲しみつつ、食事に戻る俺たち。

 それにしても第二班と合流か。約一ヶ月ぶりの再会になるわけだけど、幻狼と凍原は元気かな。


 俺が教えた剣舞をどこまでマスターしてることやら。そして今の実力はいかほどか──気になるところだな。


「今来ても無駄じゃなイ? 孕川、剣士になるって言っタ。返事を変えるかどうか、分かんないけド」

「まぁそうだよな。来る前に剣を回収出来たりしたら来る意味無くなるもんな」


 もっともそれは人の仕事を奪ったっていう形になるんだけどな!

 俺たちはあくまでもよーくん……もとい幼内縁雅さんがターゲット。本来は孕川さんではない。


 でも昨日接触してからあっという間に剣士になるという言葉を聞いている。考えを改める可能性もあるとはいえ、来てもほぼ仕事はないんだが。


「だが放っておくわけにもいかんだろう。予定では昼頃には到着するはず。それまで訓練だな」

「そっか。じゃ、俺は今の内に昼食の仕込みやっておくわ」

「メルは模擬剣とか準備してくル」


 会話が終わる頃には朝食を食べ終えて、それぞれやることを率先して動いていた。

 俺は先の通り昼休憩に食べる物の仕込み。今日は何にすっかなぁ~。高たんぱく低脂質……ささみかな。


 そんな俺たちの日常が始まろうとする中、今日という日は少しだけ特別っていうか、ちょっとした変化が起きる。


「す、すみませ~ん。入っても良いですか~……? もう入っちゃってますけど~……」


 不意に誰かの声が拠点の中に響く。この声は……もしや孕川さん?

 料理の仕込み途中だけどすぐに玄関口へと向かう。一番近いのは俺だからな。


「あ、もしかしてお取り込み中だった?」

「そんなことは無いですけど……一体何用で?」


 来訪者は案の定孕川さんだった。何やら荷物を持って今にも住み込み出来そうな雰囲気である。

 エプロン姿の俺を見てかタイミングが悪かったかと言わんばかりのあちゃー顔を浮かべた。


 料理中とはいえただの仕込み。火も使ってるわけじゃないから別に問題ではないから良いんだが。

 とはいえ本当に何目的でここに? まさか剣士になるかどうかの結論を出したのか?


「突然来てごめんね。いきなり乗り込んで来ておいて訊ねるのもアレなんだけどさ、剣士の訓練を見せてもらうことって出来る?」

「訓練……ですか?」


 すると突然そんなことを頼み込んできた。訓練が見たいなんて、そんな部活動の見学じゃあるまいし。

 この申し出には流石の俺も困惑……というかどう判断すれば良いのか分からず固まってしまう。


「私の夢は漫画家でね、今回の件は絶対に今後の活動に役立つと思って参考にしたいの。あ、勿論もし企業秘密みたいなのがあったら諦めるから。その確認の上で見学ってオッケー?」

「え、でも夢は諦めたって──あ」


 語られた理由に違和感を感じた俺は、つい数日前に起きていた例の件かのことを思い出す。

 ……のだが、そのことをつい口に出してしまった。


「そういえば気になってたんだけど、君はどうして私が縁雅くんと喧嘩してるって知ってたの? それに夢のことについては一切言わなかったのに、挫折したなんてどうして知ってるわけ?」

「そ、それは……えっと……」


 言えない! 実は引っ越してきた当日に塀の陰からあの喧嘩を見ていたことなんて。

 いくら聞こえるくらいの声でやりとししていたとはいえ、盗み聞いていたのは場合によっては犯罪だ。


 嘘で誤魔化したいところだけど、生憎追いつめられている今の俺は冷静に対処する余裕はない。

 孕川さんの怪しい視線が突き刺さる。勘弁してくれよ……。


「それは俺の聖癖剣による能力で知ったからだ」


 するとここで第三者──別の仕事をしていた閃理が助け船を出してきた。

 つかつかとホールからやってくるリーダーの姿に俺は安心を覚える。助かった……。


「俺の聖癖剣は個人の情報をある程度読み取ることが出来る。故にあなたが幼馴染みと喧嘩中であること、夢が漫画家であること、今日の朝食がバナナと水だけであることを知っている。勿論プライベートに深く干渉するような情報は得ていないから安心してほしい」

「えぇっ!? それ、マジですか? そんな能力もあるんだ……」


 本当は違うんだけど、閃理の言っていること自体は事実でもあるから俺は何も言わない。


 何であれ助かった。俺へと向けられていた疑惑の視線を身代わってくれる形でどうにかしてくれた閃理には感謝だな。


「改めてよく来てくれた。今の説明通りあなたがここに来ることも、来た理由も分かっている。もう少しすれば訓練が始まる。好きに見学するといい」

「え、あ、本当に良いんですか? 剣士にならなきゃ見せられない企業秘密的なのは……」

「外部に口外さえしなければ問題ない。漫画のネタに使うつもりだとしても、我々聖癖剣士の戦いは端から見るとフィクションそのものだ。多少脚色さえしてくれれば問題はなかろう」


 あっさり見学の許可を出した閃理。まぁ確かに聖癖剣士のバトルは凄まじいというか何というか……言葉で表現するには難しい部分が多いし大丈夫か。


 久しぶりのお客さんを招き入れた後、途中だった昼食の仕込みをてきぱきと済ませれば、時刻はあっという間に十時。


 今日も訓練が始まる。メニュー内容はいつも通り筋トレから始まるぜ。

 まぁ、例によって訓練風景は割愛するけどな。


 その間、孕川さんの筆は沢山スケッチブックの上を走っていた。参考になってるようで何よりだ。











 時間はもう昼か……。俺は昼食代わりのシリアルバーをかじりながら隣の家を観察中だ。


 暇を持て余しているからこそ出来ることだが、人の動向を監視するという一歩間違えれば犯罪に繋がりかねないことをしている自覚は勿論ある。


 そうしてしまうくらいに昨日の出来事が気になって仕方がないのだ。気になり過ぎるあまり、数ヶ月ぶりに早起きしてしまったくらいに。


 昨日の夜、命徒はどこに行っていたのか。一緒に帰ってきていた男は何者なのか。

 そいつとは一体どういう関係なのか──気になりすぎて株なんて今はどうだっていい。


「あいつが朝出てから四時間……。帰宅してる様子は無し。コンビニに寄った後、あの謎の車に入ってから動いてないってことか……?」






 時を僅かに遡ること早起きした直後へ。俺は昨夜から考えていた監視作戦を決行していた。

 もしかすればあの時の男が命徒の家に来るかもしれないという絶望的観測の下、張り込みを開始する。


 程なくしてから予想通り動きを確認。それは命徒が荷物を持って家を出たことだ。

 その時に俺は声をかけようとしたんだが……やっぱりまだ勇気は出ずに静観を選択。


 だが、もしかしたら何か話す切っ掛けが出来るのでは──とも思い、ストーカー扱いされるのを覚悟でその後をつけることにした。


 後を追うとまずコンビニへ直行。弁当などを買ってから歩みを再開させる。


 ただの買い物か……? 心配し過ぎてたかな、と思ったその矢先、俺はとんでもない光景を目撃してしまうことになる。


 命徒が次に向かった先は近場の公園から少し離れた位置にある駐車場。そこへ行くと停められていた一台のキャンピングカーに乗り込んだのだ!


 その光景を見て俺は──また頭が真っ白になった。ならざるを得なくなった。


 命徒が車なんて持つはずはないし、仮に所有車だとしても、いきなりキャンピングカーなどという大層な車を選ぶとも思えない。


 あの車の中で何をするつもりだ……? まさかとは思うが、いかがわしいことでもしているんじゃないのだろうか……?


 幼馴染みの衝撃的な行動に脳破壊されかけた俺は、ほぼ直情的にその車の側へと接近。

 見た目は普通。変な改造はされてないし、失礼を承知で窓ガラスから車内を覗くも何も無い。


 多少古い車種だがしっかり手入れは行き届いている。パッ見じゃギラついた輩の気配は感じ取れないどころか人そのものの気配もない。


 中には命徒がいるはずだというのに、車はまるで無人のよう。たった今、命徒が中に入ったのを見ているのにな。


 不可思議だ……。このキャンピングカー、一体何なんだ? 謎はただ深まるばかりである。






 結局俺は三十分ほど車を見張り、変化が無いことを察して帰宅。そこから定期的に外を見て命徒が帰ってきてないかを確認し続けているというわけだ。


「まさかこの四時間、ずっと車の中にいるってことはないよな……? だとしたら少し異常だぞ」


 流石の俺も心配になり、もう一度外に出る決意を固めかけていた。


 俺だって先日の件での負い目を深く感じている。

 そもそもあいつがそう簡単に夢を諦められる人間じゃないのも理解していたはずなんだ。


 謝りたい。言えばすぐに許して貰えるだろうけど、どうも数日経っている今でも勇気が湧かない。

 こうしてチャンスを見つけると言い訳しておきながら、やってることはストーカー紛いのことばかり。


 我ながら小心者過ぎて笑えてくる。俺自身の夢が散ってから勇気を出すのが怖くなっているみたいだ。

 でも、もし命徒がヤバいことになってたらと思えば、きっと俺は何でも出来る……気がする。


 一度振り絞って出した勇気を再び出して家を出た。

 一日に二回以上家を出入りするのは久々。朝より人の目も多いが命徒のためなら省みない。

 早足で現場に向かうと、依然としてキャンピングカーは駐車されているままである。


「これも朝から動いてないのか……。マジでどうなってんだ」


 この奇妙なキャンピングカーの中に命徒はいる……のだろうか。俺がいない間に出た可能性もある以上、確証はないが。


 いや、竦むな俺。勇気を出せ。昔は人の家に入る程度じゃ怯えてなんかいなかっただろう。

 車だって同じこと──ちょっとノックしてやればいいだけだ。


 そう覚悟を決めて、俺は車を叩こうとした──その時である。

 ブゥーン、とエンジン音を鳴らしながら一台の車がこの駐車場へ入ってくる。


 それに驚いた俺は咄嗟にキャンピングカーの裏側へと回り込んで身を隠した。

 このタイミングで利用者が来るとは……なんとも運の悪い。空気を読めってのよ。


 だが驚くのはこれからだ。恨み半分でやってきた車を見やれば、あろうことかそれも同じ車種のキャンピングカーだったのである。


 これは偶然か……? 同型車が横並びするなんてどんな奇跡だ。何万分の一の確率だよ。

 頭から突っ込む形で駐車している車Aに対し、今し方やってきた車Bはバックで丁寧に真隣へ駐車。


 丁度後部座席へ入る扉が向かい合うようにしている。むぅ……これでは俺が入られないな。


「さてと、ようやく着いたわね」


 そして人の声。恐らく車の持ち主であろう女性が運転席から降りたようだ。

 さらに車体後部のドアが開く音。同乗者が降りてきたらしい。


「目標を見失うという失態をしてしまいましたが、これでようやく私たちの任務も達成出来そうです」

「はい。それに会わない間に焔衣さんはまた功績を上げてるので、僕らも負けないようにしないと」


 運転手とは別の若い男女の声だ。雰囲気からして子供……か? 親子とかそういうの?

 何であれ俺の邪魔をしていることに変わりはない。早くどっかに行ってくれ。


 するとあの親子連れ(仮称)は車Aを躊躇い無くノックした。

 何ィ……!? この人たちも俺と同じ目的でここに来たというのか?


 マジで何なんだこいつらは……。人の動向について文句を言う立場ではないんだけどさ。

 しばらく待つと扉を開ける音が。やっぱり人はいたんだ……!


「よく来たな、三人とも。さぁ、上がってくれ。お前たちの目標が待っている」

「あら、本当にいるのね。本当に手を回すのが早いんだから」


 車Aの所有者であろう男と会話を始める車B一行。俺はその間、息を止めて気配を殺す。

 目標? 待ってるってことは、人なのか?


 もしや……、その目標ってのはまさか、命徒のことじゃないんだろうか?

 車の中にいるであろう幼馴染み。朝に乗車してから一向に姿を現さないのはどう考えてもおかしい。


 まさか眠らされて捕まっているのでは!? 仮にそうであるとしたら、なぜ命徒は自分から車に入っていったのか謎になるけど。


 弱みを握られているとかか? 思いつく限りの最悪な状況を考えている間に、車Bの一行はどうやら車Aに乗り込んだようだ。


 ん? と、ここで俺はとある違和感に気付く。

 えー、今入ったのが三人と命徒で一人、所有者の男一人の合計五人がいるようだけど……。


 あれ、人数に対して車の乗車人数ギリギリ越えてないか?

 キャンピングカーとはいえ五人が一気に入るスペースなら相当大きくなければならない。


 だが、この車は人数に対し車体はそこまでではない。マイクロバスどころかハイエース並だ。

 何のマジック? 中身はどこかの異空間にでも繋がってんのか?


 次々と起こるイレギュラーに頭が混乱しかけている中、それは唐突に聞こえる。


「隠れてコソコソしていないで、気になるのであればこっちに来たらどうだ?」


「っ……!?」


 まさかバレた!? 息も気配もしっかり消して、さらに隠れてから一歩も動いてないから物音だって立ててないのに。


 まずい……今の俺は誰がどう見たって不審者。ましてや確認のためとはいえ人の車の中だって覗いてるんだ。最悪通報されておしまいになる。


 俺は咄嗟に逃げることを選択していた。この場から急いで立ち去り、家へと逃げ帰ろうとする。

 情けねぇ……。命徒のためにこうして勇気を振り絞って行動したのに、結局臆病者のままだ。


「ぐへァッ!?」


 が、この緊急事態にも関わらず、俺は日頃の運動不足が祟ってか激しくすっ転んでしまう。

 それはもう見事に顔面を地面にぶつけ、あまりの痛みに意識が揺らいだ。血も出たと思う。


「大丈夫か?」


 刹那に背後から聞き覚えのある声──さっきの男の声だ。


 朦朧とした意識で睨みつけるように奴の姿を拝む……ってか身長高っ!? 何cmあるんだってくらいの長身だ。


 驚きもそこそこに額から流れた血が汗のように丸い顎先へと伝ったタイミングで俺の意識は途切れる。

 後になって思えばここ数日間のストレスと今回の緊張状態が爆発したのが気絶する原因だったんだろう。


 意識が落ちる瞬間、「終わったな……」と思ったのは言うまでもない。

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