第六十五癖『悪縁、来たり』
時刻は昼。俺たちの訓練が一区切り付き、昼食を取るためにダイニングルームへと移動している。
「いやぁ~、想像してたよりもすごい物だった。聖癖剣士、あんなのがこの世に存在してるなんて!」
ホクホクとした笑顔でスケッチブックを纏める孕川さん。満足そうで何よりである。
そりゃ炎だの雷だのが変な音声と共に実際に飛び交うんだ。興奮しないわけがない。
俺も聖癖剣との出会い方がもっと平穏な物であれば、こういう風な反応をしていただろう。もっとも、そうなることはなかったんだけどな。
「ところで閃理さんはどこへ? 途中で出て行ったみたいだけど……」
「閃理、二班の出迎えに行っタ。この後、もう一組の聖癖剣士たち、来ル」
「えっ、本当!? もしかしてそっちも見せて貰えるかな?」
閃理は例によって一足早く訓練を切り上げてお客さんをお迎えをする予定だ。
何でも到着の予定が昼頃なんだと。何も顔見知りなんだしそこまでしなくてもいいと思うんだけどな。
それはそれとして第二班が来るという話に目をキラキラさせている漫画家志望の一般女性。そんなに聖癖の力が気に入ったのか、孕川さん。
「あ、そういえば二班に所属してる幻狼って奴は絵が趣味みたいだけど、もしかしたら孕川さんと話が合うんじゃない?」
「へぇ~、絵を描いてる人もいるんだ。ちょっと話をしてみようかなぁ」
そんなこんな駄弁りつつダイニングルームへと到着。朝の内に仕込んでいた昼食をてきぱきと容易しながら閃理と二班を待つ。
孕川さんにも食事を出そうと思ってたけど、どうやら来る前にコンビニで弁当を買ってたみたい。
二班もここに来るだろうから多めに用意してただけにちょっと残念。
そして扉の向こうから物音。人の声と一緒にダイニングルームへ入ってくる者たちが。
「お邪魔しますねぇ~。メルちゃん、焔衣くん。久しぶりね~」
「お久しぶりです、舞々子さん。凍原と幻狼も久々だな」
「約一ヶ月ぶりの再会ですね。焔衣さん、先日の支部で起きた件、お見事でした」
「はい。まさかまた
早々に挨拶を交わして剣士たちが入ってくる。舞々子さんに凍原、そして幻狼。いつも通りの三人組だ。
大体一ヶ月ぶりの再会になるんだな……思い返せばずいぶんと昔のように感じるぜ。
ぞろぞろとやってきた第二班の面々に孕川さんはというと、あり得ないみたいな表情を浮かべていた。
視線の先には凍原と幻狼の姿。まぁ理由は何となく察してるけど。
「え、子供? えっと、凍原……さんはともかく、君はおいくつで……?」
「あ、ああ……えっと。そのぉ……」
やはり俺の予想は当たる。どうやら孕川さん、幻狼の年齢が気になる模様。
俺の知る限り最年少の聖癖剣士なんだ。そういう反応が返ってくるのも道理だろう。
そんでもって俺より強いんだから驚きだ。今はどうかは分からないけどな。
案の定人見知りが発動してキョドる幻狼。凍原の後ろに隠れて見知らぬ人物とのコンタクトを拒絶する。
「ごめんなさいね。幻狼くんは少し人見知りなの。後でゆっくりとお話してあげてね」
「あ、はい。ごめんなさい……。それで、あなたたちが第二班の剣士ですか……?」
舞々子さんがフォローに入りつつ、ここでようやく二班が孕川さんとコンタクトを取ることに成功する。
この後、各々が自己紹介をしていくのだがそこは割愛。
一通りの挨拶とかも終わり、いよいよ昼食に移ろうかと思ったタイミングで最後の一人がまさかな人物と共にやってくる。
「おーい、全員揃っているところすまない。誰か手伝ってくれ」
「閃理? どうしたどうした──って、うわっ。何だよその人!?」
やいのやいのとしてきたダイニングルームに向かって、ここの
それを聞いて俺は真っ先に向かう。手も空いてたから丁度良いかなって。
中央ホール見やればどういうことだ? 閃理が誰かを運び込もうとしているではないか。
運び込まれている人はぴくりとも動いていない。
怪我人? 仮にそうだとしても、剣士に関係ない人を拠点の中に連れ込むか……?
「あれ、もしかして……よ、よーくん!? 何でいるの!?」
「え、よーくん? ……って、ほんとだ! よく見たら目的の人だ!」
異変が気になったのかぐいっと俺を押しのけてホールに出てきた孕川さん。
連れてこられた人を一目で何者なのかを判別する。なんと俺たち第一班の目標人物だとのこと。
確かに近付いて見ればフードから見える顔はよーくんそのもの。額から血を流してはいるが……って、これどこで付けた傷なんだよ。
「先ほどから車の周りをうろついていたようでな。舞々子たちの出迎えついでに呼んだら逃走し、途中で転けて気絶したんだ」
「頭の傷はそれか……。でも何で外にいるんだ? ニートでほとんど外出しないんじゃ?」
「恐らく孕川の後をつけて来たのだろう。さしずめ焔衣、お前と孕川が一緒に歩いているのを目撃したのが原因と考えるのがしっくりくるな」
そう言われて俺は「なるほどー」と納得する。
思えば昨日の帰り際、何度も幼内さん家から視線を感じていたくらいだ。相当気になっていたんだろう。
まさか追跡をさせるまでとは思わなかったがな。
こればっかりは予想だにもしていない行動だったから、その行動力には心の中で拍手しておく。
まぁ後はお察しの通り。気を失っているよーくんを空き部屋のベッドに寝かせるなどしておいた。
怪我の方も全然軽いものだから目覚めは時間の問題だと。何時間もしない内に起きてくるだろう。
「あの、私、縁雅くんと一緒に居てもいいですか? 心配する必要は無いとはいえ、やっぱり一人にさせておくのは……」
「ああ。側に居てやってくれ。その方が本人のためにもなる。もし起きたら俺たちの呼び出しと簡単で構わないから状況説明も頼みたい」
ついでのように目覚めた後のことも任せつつ、俺たちは昼食に戻る。
ここは幼馴染み同士、二人っきりの時間を作るべきよ。これで仲直りも出来れば一石二鳥だ。
少し想定外の出来事こそ起きてしまったが、むしろ結果はオーライと言える。
さて、果報は寝て待つとしよう。俺たちは腹ごしらえをしてから訓練に戻るぜ。
†
静かに眠る幼馴染みを見ながら、私は考えに耽る。よーくんはどうしてここにいるんだろうって。
勿論分かってる。彼もまた聖癖剣を持っていること──そして私を追ってここに来たことも。
きっと気にしてたんだ、喧嘩のこと。よーくんは昔からそういう人だったから。
何か不都合なことがあると表面上では何でもないみたいな風を装うくせに、内心じゃ気にしまくる。
変に真面目な上にあんまり素直じゃないひねくれ者……それが幼内縁雅という幼馴染み。
四年という時間が経っていても、良くも悪くも変わってない──……いや、むしろ変われないかな。
「う、うん……? ここは……」
「よーくん? 起きた?」
するとここでよーくんが目を覚ました。拠点内に来てから大体三十分くらいかな?
寝起きのように目をパチパチと見開きながら、周囲を見回す。そしてワンテンポ遅れてから何かを思い出すようにして飛び上がった。
「……ッ! どこだここは!? というか何でここにみーちゃ……いや、命徒が?」
「落ち着いて、よーくん。どうどう、どうどう……」
困惑する幼馴染みを宥めながら、私はこの場所について等々を言われたとおり説明をする。
とはいえ私自身分かってない部分も多いから説明自体はかなり曖昧なものだけど。
「聖癖剣? それを集める組織の移動拠点? えーっと、ちょっと待て。まさか起きて早々に漫画のネタとかの話を俺は聞かされてるのか?」
「い、いやネタとかじゃなくて……。正直私も未だに信じらない部分も多いけど、でも今言ったのは全部本当っていうか、とにかくこれを見て」
案の定というかよーくんは私の説明を理解しきれてないみたい。
そりゃそうだよね……と思いながらも、どうにか信じてもらわない限りは話が進まない。
だからある物を私は彼に見せる。それは勿論、この件に深く大きく関わっているアレだ。
持参してたバッグの中から取り出すのは小さな箱から飛び出す剣の柄。これは昨日の段階で渡されていた私の聖癖剣とそれを収納する鞘である。
【
柄だけが飛び出ている箱から取り出すと、ぬるっと湾曲した刀身が出てくる。
それを見たよーくんは想像通り声にもならない驚き顔を浮かべて私の方を見ていた。
「な、なんだよそれ……!? け、剣!? どうしてそんな物を持ってるんだよお前は!」
「私だって最初は分かんなかったよ。これのせいで上京中は大変な目に遭ってたし、昨日までどうしようもなかったんだから。でも、ここの組織の人がこの剣のことについて教えてくれて、対処してくれた。だから大丈夫。よーくん、心配はしなくていいの」
「いやでもお前……だからって剣は……」
聖癖剣を見せても未だに動揺を隠せない幼馴染み。
いや、理由は何となく分かる。多分よーくんは今、銃刀法違反云々を考えてるはず。
昔から無駄に生真面目で融通の利かない面があったから、幼馴染みが剣を所有しているという現実に混乱してるんだと思う。
それに元々心霊とかUFOとかを信じない類いの人だし、明らかに小箱のような鞘から出てきた剣の大きさが体積を超えていることも気になっているはず。
とにかく、今の状況は何もかもがよーくんの常識を覆す出来事で溢れているわけ。
もしかしたらキャンピングカーの中が別の空間で繋がってるって知ったら倒れるかも。
「とりあえず落ち着こ? 私だってまだここのことを全部知ってるわけじゃないからさ」
「…………あり得ない。夢でも見てんのか、俺? 剣だのなんだのと、訳が分からない……」
うーん、一応は落ち着きを取り戻してはくれたけど、やっぱり未だに信じきれてない模様。
こめかみに親指を押しつけ、目を隠すように手を眉の下に当てるこのポージング。思考に耽る姿は実に数年ぶりに拝む。
ちょっとぽっちゃりになっても昔と変わらない仕草に少しだけ懐かしさを感じるけど、気にしちゃいられない。
閃理さんらの話をスムーズに進めるためにはまず、よーくんには聖癖剣の権能について理解と存在の容認をしてもらわなければいけないと思う。
頭の固い彼のことだ。きっとおおよその話を聞いても現実的じゃないとしてマトモに取り合ってくれない可能性がある。
「まだ信じられないなら私が実践してあげる。私も使えるんだ、権能ってやつを」
「は? 急にどうした。お前何言って──……!?」
だからまず、幼馴染みである私が彼の疑心を解く。
私はよーくんの額に手を当てる。血は拭いてあるとはいえ、傷はまだ残ったままだ。
【聖癖開示・『ボテ腹』! 孕む聖癖!】
「おでこの傷、すぐに治るから」
聖癖開示を発動──。大丈夫、昨日のレクチャーが正しければもう以前までのようなことにはならないはず。
意識をよーくんの額の傷に集中させる。すると私のお腹に違和感が。
実に一日ぶりになる妊娠状態への変化。でもこの程度の傷ならお腹の膨らみはそこまで酷くはならない。
怪訝な顔を浮かべていたよーくんだけど、額に何かを感じるのか表情をまたも驚きの形に変えていた。
額から手を離すと、そこにはもう転んで付けた傷は跡形もない。擦り傷や切り傷程度なら一瞬だ。
「……嘘だろ? 傷が治った……」
「これで信じてもらえた? 私の権能は『治癒』なんだってさ。それもとびっきり強力なやつみたい」
頻りに自身の額を触りながら目の前で起きた奇跡に困惑するよーくん。
そりゃそうもなる。軽いとはいえ血が出た傷が一瞬で治ったんだから。
世が世なら恐れられるべき力なんだろうけど……肝心のよーくんはこれをどう思う?
半ば放心状態中の幼馴染みは現在沈黙している。次に動き出すのはそこから数分後のこと。
「……命徒」
「うん、何?」
「ここの人を呼んできてくれ。どうにも詳しい人から話を聞かなきゃならないみたいだからな」
今の力を見せつけられ、ようやく観念したのか詳しい説明を出来る人を呼ぶよう求めてきた。
もしかして剣のことを認めてくれたのかな? 何であれ閃理さんたちを呼ばないと。
心の中で念じれば
そこから僅か数分。今いる部屋に人が入って来る。
「失礼します。閃理さんから召集……もとい、応接間に来るようにとのことです。今からご案内しますので、どうぞこちらへ」
「うわ本当に来た。あ、いやいや、今から応接間ですね。分かりました」
やってきたのは確か第二班所属の凍原さん。クールな雰囲気を纏う女の子。
この人物の来訪目的は念じた通りである。ふーむ、
というわけで私はよーくんを連れて凍原さんの後を追って行く。
到着した部屋へ入ると、そこにはすでに案内人も含め六人の剣士たちが揃っていた。
「遅れながらだがようこそ。“光の聖癖剣協会”の移動拠点へ。俺がこの第一班のリーダー、閃理・ルーツィ。こっちが──」
「初めまして~。同じく第二班リーダーの封田舞々子よ。よろしくお願いしますね~」
「は、はぁ……。よ、よろしくお願いします……?」
入室早々各班のリーダーがよーくんへ向けて挨拶。
こうやって面と向かって他人と話すのは久しぶりなのか、平静を装いながらもキョドっている。
「あ、お前は……」
「ど、どうも。俺は焔衣兼人って言います。あー……昨日のアレは別に変なことをしてた訳じゃないんで」
でも余所余所しくしていたよーくんが唯一対面して表情をきつくさせた人物がいた。
そう、焔衣くんである。昨日の帰り際の所を見られてたからなぁ。それが原因でここに来ることになったわけだけれども。
後はまぁ他のメンバーとも軽く挨拶を交わしつつ、テーブルを挟んで向かい合うソファの上にかけさせた。私もよーくんの隣に座る。
「大方の説明は孕川から聞いているだろう。我々は聖癖剣と呼ばれる武器類を回収し、闇の剣士と戦う組織。その行動班と呼ばれる部隊だ」
「はぁ……。その聖癖剣、っていうのがあの剣なんですか」
「そうだ。君も持っているのも聖癖剣の一つ。ふむ、額の傷が治っているのを察するにその身で
「…………はい」
また自分の額を触りながら閃理さんの問いに肯定の意を表す。
流石にアレを体感した上で頑なに存在を拒むほど頑固じゃないとは思うけど、なんか少し心配だなぁ。
「最初に話を聞いてからずっと考えてますが、俺の中での結論は“あり得ない”としか言いようがありません。でも実際に『治癒』の権能とやらで俺の傷を治した──それもまた事実。魔法のような現象を前に今も混乱しています」
「そうだろうな。聖癖の
やっぱりよーくんが出していた結論は予想通りだった。でも、どうにも否定しきれない部分もある模様。
魔法ではないけどそれに限りなく近い現象────閃理さんの言葉はまさにその通り。
物体のみならず人体も影響を与えるんだから、まず科学では解明出来ないのは間違いない。
まさしく次元の違う存在を認めざるを得ないという事実。リアリスト思考のよーくんにとって、これほど理解に難しい物もないだろうに。
「……話を戻そう。俺たちの目的は君たち二人に剣士となるか否かを訊ねることだ。もし剣士なってくれるのであれば、我々と行動を共にしてほしい」
「あ、勿論書類上は会社の正社員扱いだし、しっかりお給料も出るから安心してね。住む部屋もあるからその辺りの心配は必要ないわ」
「よーくん、ここはそこいらの下手な会社よりホワイトだよ! これ一生に一度のチャンスだって。一緒にやろうよ!」
話は私も食いついた件になる。剣士として毎日訓練するのはきついかもしれないけど、それを差し引いても条件として良すぎるほど。
少なくとも私はここまでの好条件でスカウトしに来る人を見たことはない。一通り聞いて即決したくらいだし。
私だって幼馴染みと一緒の仕事が出来れば嬉しい。
それに伴って昔みたいな感じに戻るきっかけにでもなれば万々歳。
そもそもよーくんは悪く言ってニート。社会復帰という意味でも悪いことは運動がメインになることくらいだろうし。
その程度のことが悩む理由になることも無いはず。即決も辞さないまさに運命の分かれ道。でも────
「……すみません。ちょっと俺には……どう答えればいいのか分かりません。今すぐに答えは出せそうもないです」
よーくんの答えはある意味予想通りの物だった。
意外……とは言わない。本来ならば考えを保留して当然なわけだし、即決してる私がイレギュラーなんだって知っている。
昔は剣道とか柔道で助っ人頼まれるくらいの文武両道だったとはいえ、今は違うしそう答えるのもわけないこと。
何となくだけど場の空気が沈むのを感じる。明らかに今の発言が原因なのは明白。
特に暗く返答したことが断る前提で考えを保留にしたと思われたんだと思う。私とは全く正反対だ。
「……そうか。だが剣士にならないという道も正解の一つ。剣士になれば遅かれ早かれ後悔を経験するだろうからな。君の判断自体を否定するつもりはない」
「閃理くんの言う通りね。無理強いをするつもりは無いし、後でゆっくり考えた上でもう一度答えを聞かせて欲しいわ。私たちはしばらくこの街にいるから、いつでも遊びに来てね」
その言葉がお開きの合図だったみたいで、応接間に集まっていた剣士たちは部屋を出た。
さっきの発言を最後に終始無言を貫くよーくん。今は何を考えているのか、軽く会釈をした後、教えられた出入り口の方向に向かって歩いていく。
その姿はどこか寂しさというか哀愁とも言うべきなのか、何となく放っておけない雰囲気を放っていて、私は黙って見送ることは出来なかった。
「……すみません。私、縁雅くんの様子を見てきます。だから今日はここまでで……お邪魔しました」
「ああ、頼んだ。
別れ際、閃理さんがそう教えてくれる。やっぱり頭がこんがらがっているんだ……。
ただでさえ情報量の多さに殴られていた中で、更なる
多分、聖癖剣士というファンタジーに近しい存在のせいで彼のトラウマになっている『夢』の部分を刺激されたのかもしれない。
それに天の邪鬼になるよーくんもよーくんだけど……もう何年も前のことをいつまでも引きずっているのもダメだと私は思う。
私も急いで拠点を後にしてよーくんを追う。
お節介と呼ばれても結構! 大事な幼馴染みが落ち込んでるのに何もしないつもりはないから!
「よーくん!」
「……何だ、来たのか。静かにしてくれ。今疲れてんだよ」
車から降りて、真っ先に家へと向かっていた途中で近場の公園のベンチに座る当人を発見。
片手に持つ空ペットボトルと、濡れた髪の毛を察するに水を頭から被って、文字通り頭を冷やしていたみたい。
そんなことをしているのも学生の時以来だ。深く頭垂れる本人の隣に私も座る。
またしばらく沈黙が続いたけど、頭を上げたよーくんは話題を振る。
「お前、剣士になるつもりなのか?」
「え? あ、うん……。一応かなり前向きには考えてるつもり。閃理さんたちが言ったみたく、かなり条件は良いし仕事が無いと私も困るから……」
真っ直ぐ目の前を見ながらだけど、よーくんは私のことを聞いてくれた。
私自身、一晩考えた結論としては剣士になるつもりだということ。
仕事の内容は条件の良さもそう、何より剣士は剣に選ばれるっていう特別な存在にならないと出来ない仕事なわけで、まさに一世一代のチャンス。
少なくとも私はそれを振るなんて考えは浮かばなかったよ。資料としてもこれ以上のない体験だしね。
「よーくんは剣士にならないの? 確かにあの人たちとは初対面だし、いきなり信用しろって言われても難しいのも分かるけど、私や剣のこともあるし心配する必要は──」
「いや、俺はあの人らのことを信用してないわけじゃない。実際に権能を見せられた以上、聖癖剣とやらは信じるしかない。それに……」
私が訊ねた辞退の理由について、よーくんは意外な言葉を口にし始める。
リアリストな彼が権能を信じざるを得ないという選択をしていたのにも驚きだけど、まだ回答には続きがあるみたい。
「……いや、続きは見てもらった方が早いな。命徒、今から俺の家に来い。俺の聖癖剣を見せてやる」
「えっ!? それ、本気? ちょっと待って。心の準備が……」
「何キョドってんだ。昔は呼び鈴も押さず堂々と入ってきてたくせに」
それは子供の頃の話だからいいのー! 今はお互い成人済みの男女。今と昔じゃわけが違うんだから!
それはともかく話の続きにはよーくんが持っている聖癖剣が関わってるらしい。
そういえばずっと気になってたんだよね、よーくんの剣。
こっちは一体どんな形で権能をしているのやら。なんか子供の時みたいなドキドキが私の中にある。
ベンチから立ち上がって公園を後にする私たち。こうして二人っきりで歩いて帰るのも何だか久々────懐かしさが溢れ出る。
「そ、それと……この前のことはごめん。言い過ぎたって反省してる」
「へ?」
それは不意の言葉だった。いきなり謝られてなんのことか──って思ったけど、すぐに思い出す。
越してきた当日にやった
勿論私の答えはただ一つ。むしろ気にしていてくれて嬉しいくらいだよ。
「別に良いって。あんまり気にしてないよ。それに私、まだ漫画家の夢を諦めたわけじゃない。今はただのクールタイムだから」
「……そっか。ありがとな」
短い返答だったけど、よーくんらしいといえばそう。心配も杞憂だったなぁ。
夢に失敗してから引きこもりになって随分様変わりしたとはいえ、根の部分までは全然変わっていなくて私としても安心だ。
こうして
後は剣士云々の問題かなぁ。私としてはよーくんにも剣士になって欲しいと思ってるけど、どんな結論を出すことやら。
無言だけど心は通じ合った私たちの帰路。
昔は当たり前に感じていた、もう二度と来ないとさえ思っていた小さな幸せを噛みしめていた時────
「──がッ!?」
「えっ……? よ、よーく──うっ……!?」
突然隣から悲鳴が。一体何がと思ってすぐに横を見たら、今にも倒れようとしているよーくんの姿。
本当に唐突過ぎて固まる私の後頭部にも衝撃が落ちる。でも刹那に今の状況が何なのかを理解した。
もしかして、誰かに襲われた……!? 多分誰かかの不意打ちを食らってしまったんだ。
意識を落とされる直前ってこんなにもゆっくりと世界が遅く感じるものなんだなぁ……。皮肉にも創作者としての本能が冷静に状況を見据えている。
そして地面に倒れ込んで完全に意識が落ちる刹那、ぼんやりとだが私はある存在を視界に映す。耳もそれを少しだけ捉えてくれた────
「追っかけて正解だったわね。こんな所で目標を見つけられるなんて」
「ああ。これでリーバーさんに良い報告が出来る」
もく、ひょう……? まさか、閃理さんたちが言ってた“闇の聖癖剣使い”の人たち……!?
まさか本当に来たって言うの? そんな……。
だめ、もう意識を保てない。一体これからどうなっちゃうの、私たちは……?
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