第九十六癖『俺の覚悟、僕の決意』

「……なんか楽しそうだね、向こう」

「女三人寄らばかしましいというやつだろう。人数が七人ならば尚更だ」


 少し離れた位置で、男組の俺と閃理は周囲の警戒を兼ねた散策をしている。


 ううむ、姿こそ見られる心配は無いにせよ実は声はダダ漏れなんだ。林の中にあるとはえ、今の大笑いで近所迷惑になってなければいいんだけど。


「羨ましいのか?」

「は!? い、いやいや! そんなこと思ってないよ全然! 俺がいたところでさっきみたく変態扱いされて終わりだし」

「フッ、それもそうだな」


 不意に閃理が変なことを言ってくる。べ、別に羨ましいとかそんなこと思ってないんだからねっ! マジだからな!


 ツンデレみたいなことをまた思ってしまったけど、今はそんなことに頭のリソースを割けない。

 何せ別にやらないといけないことをしているんだ。閃理と一緒にその機会を待っている。


「……む、来たな。焔衣」

「お、来たんだ。あいよっと」


 そんなことを考えてる側から閃理は唐突に何かの反応をキャッチ。

 それを見てすぐさまその場に閃理と俺の分のイスを展開してドカッと座り込む。そして──



【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】



理明わからせ、奴らの会話を俺と焔衣に直接聞かせろ」


 剣にそう命じると、閃理だけじゃなく俺の耳にもイマジナリティ・メスガキではない何者かの声が届き始める。



【──『……もしもし。私、フラット。クラウディいる? いたら変わってほしい』】



「奴め、クラウディに電話をかけただと?」

「うわぁ、マジかよ。次の戦いに呼ぶつもりか?」


 その声というのはフラット。ちょいと言い方は悪いが聖癖剣の力を使って盗聴をしている。

 昼間にちょろっと会ってから姿を眩ませたフラットだが、あの後すぐに理明わからせで居場所を特定していた。


 今のアジトは温泉街を出て少し遠くにあるホテルに潜んでいるらしい。光照探索の範囲内ギリギリの位置に居たのは幸運と言って差し支えないよな。


 うむ、それもまぁしょうがないだろう。何せ宿泊していた旅館を自分で壊して営業停止に追い込み、宿から無断で出てったんだから。



【──『二日後、光の剣士と戦うことなった。あっち、応援呼んで一班とか沢山連れてきてる。こっちも増援欲しい』】



「どうやら奴もこちらと同じように剣士を集めるみたいだな。焔衣、次の戦いは下手出来ないぞ」

「ぐぬぬ、マジかよ。どんくらい来るのかな」


 電話相手であろうクラウディの声は流石に読みとれないみたいだけど、会話の内容は十分だ。

 応援部隊を呼んだ三班に対し、フラットも増援を呼んで対抗しようとしているとは。


 うーむ、これどうなんだろう。悪癖円卓マリス・サークル格は来て欲しくないけど、それに次ぐ実力者の剣士は必ず用意してくるはず。


 誰が何人来るのやら……。せめて同格レベルだけだと嬉しいんだけど。



【──『……うん、うん。戦う剣士、多分七人。私と『好翳シャドウ』で二人。だからもう五人。誰来るかは任せる……でもクラウディ来ないで。面倒』】



 お、ようやく人数が分かってきたな。俺たちの数に合わせて増援する模様。


 電話の相手クラウディは間違いなく俺目当てで加勢したいって言ってるんだろうな。断られてるのは流石に笑うけど。


 しかしちょっと違和感を覚える。フラットが言うにはシャドウとかいう剣士が近くにいるみたいだけど……そんな人一度も見てないぞ?


「閃理、シャドウって?」

「闇の剣士でフラットの部下。“影の聖癖剣士”と呼ばれているだけあって、奴は影の中に身を潜めることが出来る。昼間は一度も現れてないがな」

「影の中に!? そんなとこに隠れてる奴なんてどう攻略すればいいんだよ……」


 影の中ってマジで? そんな創作物にしかないような能力が存在しているとは。これまで何度も考えたことだが、聖癖剣マジやべぇわ。


 まぁいい。とにかく敵は五人来るわけだ。フラット一行を含めて七人。まだ戦いに慣れてない朝鳥さんと回復要員の孕川さんを抜けばトントンの人数。


 おそらく一対一の戦いで行われるであろう闇との戦い。誰と誰がマッチするかは二日後の話だな。



【──『ディザスト? 真的本当に? 来るの?』】



「は!? あいつも来るのかよ!」

「これはまずいことになったな……」


 おいおいおいおい! 絶対に悪癖円卓マリス・サークル級は来ないと思ってたのに、めちゃくちゃやべぇ奴が参加表明したぞ!?


 まさかここで俺の因縁の相手と再び巡り会うことになろうとは……。

 これには閃理も困惑。そりゃそうもなるわな。


 いやしかし……これはむしろ逆にチャンスってやつなんじゃないか?


 別に俺も日向たちみたく格上のあいつを倒せると高を括っちゃいないけどさ、実はどうしてもやっておきたいことがあるんだ。


 この考えはまだ閃理には言ってない。もしかしたら薄々察されてはいるかもだけど。



【──『分かった。じゃあ待ってる。それじゃ。うん、晩安おやすみ』】



「電話はこれで終わりのようだ。それにしても向こうも本気みたいだな」

「うん……」


 理明わからせによる盗聴はもうこれ以上の情報を引き出せないと判断してか、閃理は権能を終わらせて剣を仕舞う。


 分かりきっていることだが一筋縄ではいかなさそうだ。強力な相手であるフラット+αに加えた五人の剣士の増援。その内の一人がディザストだとは。


 編成は当日になるまで分からないとはいえ、おそらく上位剣士は悪癖円卓マリス・サークルを相手にするに違いない。普通はそう考えて当然だ。


 でも……今の俺はちょっとだけそれに反したい気持ちがある。だから、無理を承知で隣の上司に頼んでみることにする。


「閃理……あのさ」

「皆まで言うな。ディザストの相手を任せて欲しいというんだろう?」

「やっぱ分かってたか……。うん、その通りだ。出来るなら俺にやらせてほしい」


 案の定な返事。閃理には何でもお見通しだな。

 でも正直不安だ。何が不安っていうと、やっぱり俺にディザストの相手をさせてもらえないんじゃないかってことになる。


 だってついさっきまで格上に挑んだ日向と凍原を心盛さんは叱ったんだ。実力を弁えない行為だって。

 いくら俺が以前相手にして撃退させた経験があるとはいえ、結局それは相手側の手加減があってのこと。


 二度目も手加減してくれるとは思えない。今度こそ殺す気で……いや、剣士を辞めさせる気で来るはず。


「やっぱり駄目……かな。当たり前だけど、今の俺なら勝てると思って挑もうとはしてない。でも、どうしても俺はあいつともう一度会わないといけない理由があるんだ。だって──」

「確かめなければならないことがある。そうなのだろう?」

「……うん」


 言葉の続きは俺でなく閃理が言ってくれた。

 俺がディザストとの戦いを志願する理由とは、あいつに聞かなければならないことがあるからだ。


 怖くないと言ったら嘘になる。初めの頃とは違って、今の俺には背負ってる物が沢山増えたからな。

 それらを失うかもしれないリスクを自分から背負う愚かさをきちんと理解しているつもりだ。


 だが勿論、それらを覚悟した上で俺はディザストに挑みたい。

 この気持ちは紛れもなく本物。他の誰にも譲りたくない心からの願望のぞみだ。


 う~ん、でもやっぱり難しいかなぁ。っていうか、もしこの考えを心盛さんに聞かれたら俺もゲンコツを……いや、もっとヒドいことされそう。


「分かった。心盛さんにも話は通しておく。やってみるといい」

「……え、いいの?」


 と勝手に諦め半分の気持ちでいたら、まさかの了承を得てしまった!? しかも心盛さんの説得までしてくれるなんて……!


 いや、ありがたいけど……。どうして許してくれたんだ? やろうとしていることは昼間の出来事と何も変わらないのに。


「やらずに後悔するよりやって後悔するのがベストだ。どんな結果が待ち受けていたとしても、受け止めるんだろう?」

「……うん! そのつもりでいる」

「なら俺が止める理由は無い。心して行け」


 おお……! なんて、なんて器の大きい人なんだ!

 俺の我が儘にこんなにも寛大な心で受け入れてくれるとは思ってもみなかった。ありがてぇ……。


 理解のある上司を持てて俺は幸せだ。感極まって思わず泣きたくなる。しないけど。



「ふー……そろそろ上がるかぁ。あ、タオル持ってきてねぇわ」

「大丈夫です! 湯烟ゆけむりの権能なら湯冷めさせずに身体の水分を取れますです。そのまま上がていいですよ」

「便利だなぁ……」



「どうやらあっちもお開きのようだ。まだ行くなよ」

「へいへいっと。あー、ところで俺たちも温泉に入れんのかな?」


 と、このタイミングで温泉の方から女性陣の声が聞こえてくる。どうやら上がるみたいだな。


 勿論早まって行って女性陣から殴られるなんてラブコメにありがちな展開を期待するほど俺はバカじゃない。全員出るまできちんと待つさ。


 日向と凍原のために作ったとはいえ、朝鳥さんだけじゃなく俺も閃理も掘るの頑張ったんだから入浴する権利くらいあるはず。


 遠くからちょいちょい聞こえていた効能に驚く声。

 実はちょっと期待してるんだ。聖癖の力で作った湯がどれほどの効力を示してくれるのかを。


「……うむ、どうやら全員行ったみたいだな。俺たちも行くとしよう」

「やっとか。それじゃ、行きますか!」


 理明わからせによる案内で女性陣が去ったのを確認してから俺たちも結界へと移動。

 はてさて──文字通り森林の中で入浴するんだ。さぞ心地の良い貴重な体験になる……はずだった。


「あ、閃理さん、焔衣さん。ごめんなさい。お湯無くなたので入れないです」

「……は!?」

「なんということだ……」


 が──しかし。俺たちが温泉の前に立った時、衝撃の光景と事実を突きつけられてしまう。


 ちょっと申し訳なさげな温温さん。それもそのはずで、即席露天風呂にすれすれまで張っていた湯は今や半分以下にまで減少。


 形状は段差のあるすり鉢状で、中央部分の大きな窪み部分に湯が残ってるレベル。おいおい、これじゃ足湯と変わらんぞ!?


「そうか。元々五人が入っていた上で心盛さんの入浴。それで湯が無くなったんだ」

「マジで……? え、じゃあこれどうすんの? 日付変更前寝る時間までに入れる?」


 心盛さんが来てから聞こえたメルの悲鳴はそういうことだったのか……。


 確かにバリキレのマッチョウーマンだから入った後の湯の量を少し心配してたけどさ、でもマジでこうなるのは流石にナシだろ!


「え……と、次またお湯貯めるに二十分くらい時間かかります。片付けのこと考えると今日は止めといた方良いと思いますですけど……」


 残酷な現実がさらに俺たちを追い込む。俺たちが十分に満足出来る量を出すには時間がかかるらしい。


 おまけにこの温泉を放置するのわけにはいかない。すぐに片付けを行わないと遅かれ早かれ自治体の迷惑になる。


 そして時刻はもう十一時になろうとしている。つまり……男性陣おれらが温泉を楽しむ余裕は無い、ということだ。


「これじゃほとんどタダ働きじゃんかよー!?」

「あまり気を落とすな、焔衣。俺も気持ちは同じだ。残念だがこういう運命だったんだろう」


 これは流石にあんまりだ! 俺の、俺たちの温泉を返してくれよ神様ァ!


 こうして男二人は無念にも後始末だけをして今日を終えた。

 ふっ、でも別にいいし。今度他の皆には内緒で閃理とどっかの飯屋に行くって約束したからな。


 女性陣のことを恨んじゃいないけど、湯の量を残さなかった罪を知らないところで後悔するがいい。

 何故なら行くのはちょっとお高めなお店。例え目論見がバレても絶対に呼んでやらないんだからな!




 そして──俺たちの決戦の日はすぐに来る。光と闇の戦いが……また始まるんだ。











 昨夜、いきなりクラウディさんからの連絡を受けた僕は、とある支部へと急ぎで向かっている。


 召喚した飛龍に乗り、一分でも早く到着するよう操縦。前までいた場所はものの一時間たらずで遠く離れている。


 僕が急ぐのは何もあの人クラウディさんのためでは一切無い。むしろ変な内容であれば無視を決め込むつもりだった。

 しかし、そんな予想とは裏腹に提供された情報は僕を駆り立たせるには十分過ぎる理由を持っていた。


 だから今、こうして急いで指定された場所へと向かっている。



 その理由とは帰国してすぐ休暇に入ったフラットさんが早々に敵の第三班とはち合わせてしまったことにある。


 一度は休戦を受け入れたらしいけど、接触した相手に以前闇の剣士を単独で返り討ちにしたものの行方を眩ませていた剣士が含まれていたようで、それのスカウトを敢行したらしい。


 結果は勧誘に失敗。でも増援に来た光の剣士を二人戦闘不能にさせたとも聞く。

 そして、ここからが僕にとって重要なことだ。


 敵の増援には何と一班が動員されているという衝撃の情報を教えられたんだ。もうこの時点で僕が動く動機は確定的になる。


 炎熱の聖癖剣士……つまり焔衣兼人。彼ともう一度会えるチャンスが巡って来たんだ。


「兼人……」


 教わった情報を振り返っていたら、無意識の内にまた彼の名を口にしてしまった。

 それも下の名で……ああ、こんなことをしてしまえば嫌でも思い出す。


 一ヶ月前の出来事──遮霧さえぎりの奪還作戦で光の支部に突撃した件。

 僕はそこで、衝撃的な事態に遭遇してしまったんだ。今でも鮮明に思い出せるくらいに。


 クラウディさんの奇行に憤りを覚えた僕は兼人を救出するため、その人に戦いを挑んだ。

 仮にも仲間。それも応援として僕が来たにも関わらず味方に剣を向けるなんて裏切り行為そのもの。


 もし相手にしたのが他の剣士だったら今頃とんでもないことになっていただろう。

 ましてやボスに伝わっていたら、長期の謹慎どころか死に近い経験をすることになりえたかもしれない。


 一応は僕の味方を気取ってるクラウディさんの配慮のお陰で、報告書にはそれらしい理由で誤魔化してもらった。これといった罰は受けずに済んでいる。


 その点だけは恩に着る……と感謝はしているつもりだ。もっとも、僕はあの人のことを受け入れる気は一切ないけど。


「む、ちょっと考えすぎたかな。位置が少しずれた……もう少し左方向に進め」


 ふと前を見たら、飛龍の進行方向が目的地から逸れるように進んでいたことに気付く。

 僕の指示に飛龍は鳴き声を上げて返事をするでもなく大人しく従う。位置を調整し、再び直進。


 さっきまでの振り返りに戻ろう。そして、ここからが記憶のハイライトだ。

 いくら兼人のためとはいえ、呪いを発動させたくはなかったから隙を見て取り返す作戦で攻めていく。


 でも流石に経験差が離れすぎていた。本気では無かったとはいえ僕の攻撃は一切通らずことごとくかわされてしまった。


 おまけに気を付けて戦っていたせいで身体は疲弊。

 悪魔第三剣士の囁きに反論した時、突然その叫びが届いたんだ。



『──ちょっと格上程度の相手なんかに負けんな、ディザストッ!』



「…………嬉しかったな。また、昔みたいなことを言われたのは」


 応援してくれたんだ。焔衣兼人は、敵であるはずの僕を。

 そのエールを聞いた時、僕はかつての記憶を回帰させていた。昔の……大切な思い出をね。


 そして応援に応えるために疲弊した身体に鞭を打って、僕はついにクラウディさんに攻撃を命中させる。

 同時に拘束が弱まり、兼人は脱出。地面に放り出されるのを僕は黙って見過ごさない。



『──兼人っ!』



 呪いのことなど忘れ、身体は勝手に動いてその身を抱き留めていたんだ。


 当時は必死だったから気付かなかったけど、初めて下の名前を口に出してしまったことを後になってから不安を覚えてしまっている。


 だって──僕の正体をが知ったら、どんな顔をするのか容易に想像がつく。

 きっと苦しくなるほど辛い表情をするに違いない。それだけは絶対にさせたくないんだ。


「……だから兼人。君をこれ以上剣士として活動させるわけにはいかない。僕が止めてみせる」


 そうだ、僕があいつを剣士であることを辞めさせないといけない。他の誰でもなく、僕自身がしないといけない使命。


 戦えば戦うほど辛い現実に直面しないといけない運命があいつには待っている。そんな悲しいことをこれ以上経験させるわけにはいかない。



『──こいつに手を出すなら俺が相手になってやる!』



 ただでさえ自分の仲間へ剣を向けるという行動をさせてしまっている。呪いで弱った僕のために。


 兼人のことだから、あの時の三人とはきっと友達だったに違いない。仲間思いのあいつにそんなことをさせてしまった僕の罪は重い。


「……もうすぐ到着か」


 思考に耽っていたら、視界にサッと通り過ぎた鉄塔の存在によって目的地が近いことを悟る。

 これ以上の考えはよした方が良さそうだ。改めて僕はディザストとしての体裁を取り戻す。


 飛龍を加速させ、もう目と鼻の先にある空き地へと直行。そこにはすでに複数の人影が見えていた。

 もう全員集まっているらしい。龍を綺麗に着陸させるとその人たちは呼んでもないのに集合してくる。


「お待ちしておりました。ディザスト様」

「ほんとにディザスト様なのだ……」

「すごいねー。予定してたよりも一時間早いじゃん」


 そこにいた剣士たちはどれも別々の所属から遣わされた剣士たちだ。正直言って初顔の人もいる。

 僕は龍から降りると、その三人は確認も含めた挨拶を忘れずに行ってくれた。


「ご存じでしょうが改めましてご挨拶を。私は第二剣士『忘却オミット』様直属の“障壁の聖癖剣士”、名を『望護モナカ』と申します」


「この前会ったばかりだから知ってると思いますのだ。第三剣士『叢曇クラウディ』せんせ……じゃなくて様所属の剣士、“噛砕の聖癖剣士”の『咬號バイツ』なのだ」


「あーしは意外にも初めましてなんだよな~。第四剣士『這背スティール』さんとこに所属してる“触指の聖癖剣士”で名前は『蛸攻テンタクル』。そういうことでよろしくお願いしま~す」


「……よろしく」


 どうやら第二から第四までの上層剣士所属の三人が来てくれたようだ。


 彼女らをそれぞれ言葉に言い表すと、紹介順にシスター、子供、ギャルというでこぼこ加減。統一感がまるで感じられない。


 この人たちとこれから一緒にフラットさんの加勢しに行くのか。正直に告白すると少しだけ心配だ。

 馴染みのない面々と息が合うのかとか、命令を聞いてくれるのかとか────いや、待て。


「……もう一人は? クラウディさんから聞いた話では僕を含めたのはず。ここにいるのは四人だけど」


 ここで僕は一つの違和感に気付いてしまう。それは人数である。


 曰くフラットさんが求めた増援の数は五人。そして集められた剣士は五人。しかしここにいるのは僕を入れて四人。


 どういうことだ? まさかとは思うけど、クラウディさんの情報伝達にミスがあったのか……?


「そのことなのですが、実は……」

「元々来る予定だった第八剣士所属の人が急病とか何とかでドタキャンしちゃったんですよねー」

「でもそいつ、元々サボり癖のあるやつだから今回のは絶対仮病なのだ! 抗議するべきなのだ!」


 なんだ。どうやら少しだけ深読みしてしまったみたいだ。単に召集に応じなかっただけらしい。


 それはそれで別に問題だけども、第八剣士所属ならやって来る予定の剣士は大方女性だろうし、多分抗議したところでフェミニストのトキシーさんがうやむやにしてくるはず。


 だからやってもやらなくても意味はないようなもの。それに──


「……一人欠けていたとしても問題はありません。僕が二人を相手にして勝ちますから」

「ひゅー、かっこいー。流石最強の剣士」


 味方に冗談がましく冷やかされても動じない。だってそれは事実なのだから。

 僕は……強い。不本意だけど災害さいがいに選ばれるだけの素質が僕にはあった。


 この三人を同時に相手にしても勝てる上に、呪いの影響を考慮しなければ最低でも悪癖円卓マリス・サークルを一人だけならば同士討ちに持ち込められる自信だってある。


 たった四年。その短い期間で僕は強者の階段を登らされてしまった。第一剣士の教育、そして災害さいがいの選別は本物だった証拠だ。


「では行きましょう。移動は飛龍を使います。振り落とされないよう気をつけてください」

「え……電車ではないのですか? 一応往復用のお駄賃をいただいているのですが」

「マジで~? あーしは別に良いですけどぉ……バイツはどっちがいい?」

「ドラゴンに乗るなんて経験は滅多にないのだ。バイツさんはドラゴンに乗りたいのだ!」


 さっそくトラブルが発生してしまった……。曰く目的地まで電車移動を予定していたようだけど、僕は何も聞いていない。


 それに電車は僕には無理だ。あんまり顔を他人に見られたくないのもそうだけど、なにより龍を使って飛んだ方が圧倒的に早く到着出来る。


 そもそもシスター服や鎧姿の人らが電車に乗ったら一般人に勇者パーティーかと突っ込まれるだろう。

 人の目はなるべく避けていきたいから、電車移動の案は却下だ。



【龍喚曲解・『サディズム』! 悪癖置換・棘龍!】



 実質多数決で龍を使った移動に決定され、僕はすかさず龍を召喚する。


 聖癖章を読み込ませ、空中を切ることで望むままの形をした龍を顕現させる。災害さいがいの特殊な権能だ。

 現れた龍は全身に棘を持つ以外は実にスタンダードな体型の飛龍。何故この姿にしたのかと言うと……。


「では全員乗ってください。落ちないよう棘にしっかり掴まってください」


 僕は龍に指示を下す。翼を地面に着けさて階段代わりにし、乗車……もとい乗龍しやすくする。

 身体の棘は落下を防ぐための掴み棒。高速で向かうつもりだから、最低限の安全面を考慮したつもりだ。


「落ちたとしても私の剣でダメージは防げるとはいえ、やはりしがみつくだけでは不安定ですね……」

「じゃああーしの剣で身体を固定してあげんよ。ちょっとヌルってるけど」

「それもなんか嫌なのだ……」


 落下の防止については各自でやってもらう。それぞれが権能でもしもの事態に備えるようにやってもらいつつ、全員を乗せた龍は離陸した。


 大きく翼を羽ばたかせながらホバリングする棘飛龍。滑空状態に入ると、そのまま目的地方面へと突き進んでいく。


「うおお……!? こ、これはちょっと速すぎでは?」

「いや──ッ! 髪の毛崩れるんですけどォ!」

「すごいのだ! 速いのだ! カッコいいのだー!」


 飛龍のスピードに対する反応も三者三様だ。驚く者もいれば慌てる者、喜ぶ者といった感じに。

 ちょっとうるさいなぁ……。でも無理な移動を強制させてしまっているから文句は言わないけど。


 こうして僕たちはフラットさんのいる場所へと急行。およそ二時間のフライトで例の温泉地付近へ到着した。


 それ以降はこれといって特筆すべきことはない。目的の人物と落ち合って明日の戦いに備えた作戦会議をしたくらいだ。


 明日、一月ぶりに兼人と会える。また敵としてだけど、あいつの顔を見れるだけで僕は十分。

 今度こそ僕は炎熱の聖癖剣士を倒し、そして剣士としての使命からを解き放つ。


 絶対に……これ以上の不幸には遭わせない。焔衣兼人の剣士として、僕は本気で……“炎熱の聖癖剣士”を倒しに行く。






 そして、明日はすぐに顔を出す。闇と光の戦いが────また始まる。

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