第八部『滾る蒸気の、熱き志』

第八十一癖『闇の宴に現る、地平の帰還』

「えー、この度私クラウディは四ヶ月の休養と二ヶ月にも及ぶ第十剣士の補助任務を終えて、本日より正式に第三剣士として復帰することになりました! それを祝しましてこの場を設けさせていただきました──それでは皆様、ご唱和ください。えー、乾杯!」


「かんぱーい!」

「乾杯なのだ!」

「乾杯です!」


 六月某日。とある飲食店では大勢が集う宴会が行われようとしていた。


 うん、というかもう始めてしまった。私、第三剣士のクラウディによる直々の音頭に続くように十数人もの部下たちの声が重なり合う。


 それぞれ好きな飲み物を注いだコップをかち合わせてキンキンと高い音色が鳴り響く。宴の始まりだ。




 あの運命の日からおよそ半年……。その間に私の中ではかなり色濃い日々を歩めたと思っている。


 炎に焼かれ重傷を負った代わりに芽生えて久しい恋慕の感情を焔衣くんに抱いたり、まさか第十剣士と彼の間に因縁が存在することを知ったり、そして何より敵の支部に突入することにもなろうとは思いもしなかった。


 本当にいろいろなことがあったなぁ……。支部の件以降特に目立った動きはしていないんだけど、それでも濃い口の半年間を歩んでしまったものだ。


 音頭を取り終えた私は自分の席へと戻る。そこでは直属の部下たちが私の戻りを待っていた。


「クラウディ様! 今回の件、改めておめでとうございます! ……とはいえ、開いてから訊ねるのも今更なんですが、本当に良いんですか? 貸し切りな上におごりだなんて」

「そう遠慮しなくてもいいよラピット。今夜は無礼講なんだ。好きに注文して好きに食べるといい。こういう時くらい我が儘にならないと」


 席に戻って真っ先に声を上げたのはラピット。

 彼女もまた任務で謹慎を受け、そしてつい先日復帰したばかりの子だ。


 うん、どうやらこの宴会にかなり遠慮を見せている模様。真面目な彼女のことだから薄々気付いてはいたけど、やはりこういう場は慣れてないみたいだ。


 確かに十数名の人口を賄うお金を捻出するのは私の懐から。まさに財布危うしという状況に違いはないけど、私だって貧乏じゃない。


 それに私が離れている間は第三剣士グループとしての仕事はほぼ凍結状態になってしまっているから、部下たちには沢山の迷惑をかけている。


 だからね、こうして復帰祝いも兼ねていつぞやに失敬してしまったお店を貸し切って宴会を開いたのさ。

 つまりこれは部下たちへの迷惑料……もとい、お詫びみたいなもの。


 だから何も遠慮する必要はない。好きに飲んで食べて楽しむのがここの礼儀なんだから。


「そうなのだ。ラピットは真面目過ぎてて駄目なのだ。もっとこのバイツさんみたくなる方が良いのだ」

「うーん、言うことはもっともだけど、君はむしろラピットの謙虚さを見習って欲しいくらいなんだけどねぇ」

「んなぁっ!? 個性の否定は止めて欲しいのだ先生!」


 慣れない場におどおどしているラピットへ気さくに話しかけるこの少女。

 癖の強い跳ねっ毛の茶髪に白のメッシュを入れた、笑うと鋭い歯が輝く彼女もまた聖癖剣士の一人。


 私のことを先生と呼ぶこの子は“噛砕ごうさいの聖癖剣士”こと名を『咬號バイツ』。彼女もまた私の教え子であり、ここでは最年少の剣士だ。


 ああ、それと一つ付け加えれば、バイツだけでなく第三剣士所属の半数近くは私から勉学などを教授された者が多い。


 だから他の所属と比べても平均年齢の低さは随一。

 ラピットだってまだ二十歳になったばっかりだし、なんならバイツと同様成人してない子も多い。


 メインの仕事上そうなるのも当然かな。私の前職を最大限に生かした業務内容故の現象なのかもしれない。


「ところでクラウディさん。結局『絡繰ガジェッタ』さんは来ませんでしたね」


 次にこの宴会唯一の欠席者を気にかける剣士がメニュー表から悲しげな顔を上げた。


 常に泣き顔の彼だけど、本人的には別にいつも気分が落ち込んでるわけじゃない。こういう顔なんだ。

 そんな彼の名は“流涕りゅうていの聖癖剣士”こと『泪雫ティアリィ』。同じく私の教え子の一人だ。


 私と好きな性癖のジャンルが近いというか、類似している部分があるから部下の中でも特に話の合う人物。えこひいきこそしないがお気に入りの一人だ。


 彼の発言を切っ掛けに、私たちのテーブルではある一人の剣士の話で盛り上がっていく。


「ああ、博士は剣機兵ソードロイドに夢中だからね。それに元々こういう集まりには積極的に出向くタイプじゃないし当然さ」

「博士は機械いじりし過ぎなのだ。ボスに発明品を褒められてから特におかしくなった気がするのだ」


 十数名にも及ぶ大人数ではあるが、たった一人だけこの場にいない者もいる。それが博士という愛称で私は呼んでいる剣士。


 その人物の名は“機械の聖癖剣士”『絡繰ガジェッタ』。第三剣士グループの中では最高齢で、所謂変わり者──好きなことに没頭すると上司である私のことも無視するくらいの凝り性なんだよね。


 そんな博士が作り上げた新兵器『剣機兵ソードロイド』及びその強化版の『剣機兵改ソードロイド・ツー』。これは新たな戦力としてボスが直々に賞賛した傑作なんだ。


 これまで闇の聖癖剣使いでは戦力を得るために、非聖癖剣士に剣を与え、仮剣士に仕立て上げてから現場へと送り出していた。


 トキシーが遮霧さえぎりを渡した剣士や、キャンドルが剣の報復の身代わり用に『催眠聖癖章』で操った空き巣犯の二人組などがそれにあたる。


 これには相応のメリットもあるけど、むしろデメリットの方が多かったりもする。


 持ち逃げされる、剣士の実力が伴わない場合足を引っ張りかねない、やられても報復攻撃が発動しないから敵に奪われる可能性がある……等々、まだ他にも短所はあるけどこれ以上は割愛。


 だから従順に命令に従ってくれて、それなりの戦闘力もある。さらにツーでは携帯性が拡張され、聖癖章一つでキューブから人型へ変形。おまけに強さも向上した。


 二十年近く闇の剣士として活動している中でようやく納得の出来る発明をした彼は今、さらなる強化版開発に取り組んでいる。


 だからこの宴会に来ないのも納得だし道理。私はそう思う。


「クラウディ様、ガジェッタさんって今どうしてるか分かりますか? 私、今年に入ってからは一度も会ってないですけど」

「そっか、会ってないのかぁ……。一応元気そうだよ。ラボに籠もりっきりだけど」


 うーん、どうやら熱中し過ぎてコミュニケーションまで疎かになっているらしい。

 元々コミュ症気味な面もあるとはいえ、そこはちょっといただけないなぁ。


 元教師として部下生徒たちの不仲は無視するわけにはいかない。もし彼がメンバーの和を乱すのなら、少しお話することも考えなければならない。


「えー、でもこの前時計直してくれましたよー?」

「あ、私もスマホの画面割れを直してくれましたしぃ、別に距離取ってるって感じでもないっぽいかもぉ~」


「え、そうなのかい? なーんだ、少し心配して損したじゃないか。博士も博士でコミュニケーションを取ってるようでなにより」


 と、うっすら心配していたら別席の部下から博士とコミュニケーションを取っているという情報が流れてくる。


 どうやら心配は杞憂に終わったようだ。単にラピットが会ってないだけで、当人は相変わらず機械に強い特技を生かしている模様。


 一瞬どうしようかとは思ったものの、いつも通り私たちのグループは仲が良くてよろしい!


 半年近い凍結期間を経ていても変わっていないのは良いことだ。第三剣士グループの長としてこんなに安心出来ることはないよ。うん。


「ところで……ディザストくん。きちんと楽しんでいるかい? 何せ今夜は無礼講だからね! 好きなのじゃんじゃん注文していいんだからね」

「…………」


 博士の話は一旦区切りをつけて、私はとある席に向かって声を上げた。


 視線を向けた先は窓際の席……偶然にも前回ここを利用した時、たまたま光の剣士らが居座っていた席で一人黄昏るように着席する鎧姿の人物。


 言わずもがなディザストくんである。コップ一杯の水をテーブルに置くだけで私の声にも反応を見せない。まるで置物じゃないか。


「く、クラウディ様。常々気にはなっていたんですが、なんでディザスト様まで招待しているんですか……!?」

「そうなのだ! ぶっちゃけ怖くて好きにはっちゃけらないのだ! 人選ミスなのだ!」

「あんまりこういうのも本人に失礼なんですけど、ちょっと威圧感が……」


 改めて彼の存在を認知した部下たち。こぞって本人に聞こえないよう顔を近づけて抗議のひそひそ話をしてくる。


 そんなに否定的な意見が出るのか……。まぁ、彼のことをあまり知らない以上、そういう感情が出てもおかしくはないけど。


「別に良いじゃないか。だって私は二ヶ月間彼の補佐についたんだ。お世話になった人にお礼をするのは当然だろう?」

「それはそうですが……」

「だから良いのさ。それに、本当に嫌ならこうして参加しないだろう? 彼は彼なりにこの集まりを楽しんでいるのさ。あれでも私の教え子の一人、彼の考えはある程度は理解しているよ、うん」


 そう、私が彼を招待したのは仕事でお世話になったことに対する謝礼だけが目的ではない。

 彼は聖癖剣の運命に狂わされた者の一人。あの鎧の下には年頃の男の子が封じ込まれている。


 本当なら友達と遊び、勉学に励み、時には恋をしたり……そんな普遍的な青春を送る権利があった。

 でも、それを奪い取ってねじ曲げてしまったのは他でもない我々闇の聖癖剣使い。私たちのせいさ。


 彼が初めてここに来た時のことは痛ましいくらいに覚えている。

 元教師として流石に抗議したくらいだ。まさかしてくるとは思いもしなかったんだから。


 闇の聖癖剣使いは目的のために手段は選ばないとはいえ、【龍喚剣災害りゅうかんけんさいがい】が彼を選んだから連れ去った。それが如何に残酷なことなのか他人の私でも悔しいくらいに分かる。


 ……いつの間にか過去の振り返りをしてしまったが、何はともあれ私が彼を大切に思っているのはそれが起因する。


 悪く言えば同情になるが、あの件を嘆いた私はせめて彼の唯一の味方でありたいと願っているわけだ。

 まぁ肝心の本人からは私も敵視されているけど。うーん、親の心子知らずとはまさにこのこと。


 おまけに支部の件以降、心ここにあらずといった感じでねぇ……。今のようにぼーっとしていることも多くなっている。


 もうすぐあの日から一ヶ月経つのにまだ引きずっているみたい。あそこで焔衣くんと結構揉めてたようだからね。


「ところでクラウディ様。海外で任務を遂行している第六剣士様が一年ぶりに日本へ帰国するって噂は本当なんですか?」


 窓際の被害者を見つめて憂いに耽っていたら、ラピットがまた新たに話を切り出す。

 うん? 何やら第六剣士の話が広まっているらしいね。勿論詳細は頭の中に入っているけど。


「確かに事実だよ。明日には到着する予定だとは聞いているけど」

「第六剣士……確か『貧削フラット』さん、でしたっけ? 思えば会ったことないなぁ」

「基本海外で捜索任務ばっかりしてるから当然なのだ。悪癖円卓マリス・サークル中でも影が薄いのだ」


 そういうことはあんまり口にしちゃ駄目だよバイツ。そこは君の悪い癖だよ。


 とはいえ否定しづらいのがフラットという人物。身内が風邪でも引けばすぐ帰国することもある第一剣士とは違い、滅多に帰ってこない放浪癖があるからね。


 前回──今から一年と二ヶ月ほど前、会議を開くために他の海外遠征組ら共々一度帰ってきてはいるけど、すぐに任務へ戻って行ったくらいだ。


 ふむ、でも今回は召集なんてかけていない。会議だって開く予定も入っていない。一体どういう風の吹き回しなのやら。


 うーん、まぁ話は直接本人から訊くことにしよう。会えれば、の話だけど。


「さ、もう仕事の話はいいだろう。食事に仕事の話を持ち込み過ぎるとどんなに美味しい料理も味が落ちてしまう。今夜はぱーっと豪勢に──」


 仕切り直して宴会に集中するよう発言したその時、お店の入り口が開き、入店音が鳴った。

 おや、誰かが間違えて入ってきたのだろうか? 今は貸し切り中なんだけど。


 でもその瞬間、店内のざわめきが一瞬で収まる。

 ラピットやバイツ、ティアリィだけじゃなく、他の部下たちだって今にも臨戦態勢に入ろうとしている。


「君たち……ここは公共の場だよ。せめて剣は見えないようにしないと」

「ですがクラウディ様! もしもの場合があれば大変です。入ってきたのが光側の剣士なら……」

「バイスさんらの楽しみの邪魔はさせないのだ!」


 なるほどねぇ。ここが光の聖癖剣協会の支部からほど近い場所にあるから意識はしていたんだろう。


 ここを貸し切りだと分かって入ってくる一般人なんては普通は存在しない。いたとしたら余程の愚か者か蛮勇の持ち主だろう。


 仮にそれを承知の上で入ってくる者がいるとするのなら、そう何らかの方法で私たちがここに集まっていることを突き止め、襲撃をかけに来た敵ということになる。


 皆はそう考えたに違いない。いやはや、いくら無礼講を許しているとはいえ、剣士としての面を忘れていなくてなにより。


 だけど──それも杞憂に終わるみたいだ。


「申し訳ありませんお客様。当店は本日貸し切りになっておりまして、ご利用の方は──」

沒問題問題ない因為我也在同一個地方工作私も同じ所に勤めているから

「え……海外の方……?」


 貸し切りの看板を見ずにここで食事をしようとしているお客さんの対応に出るウェイトレス。

 しかし、当人の口から出たのはまさかの中国語──これには対応を渋らざるを得ないか。


「えっと……そのぉ……」

「…………。私、そこの人たち、同じ仕事。髪長いハーフの女の人、同僚。呼べば分かる」


 おっと、どうやらお客さんは言葉が通じない店員に気を利かせて、片言の日本語で私のことを呼んだみたいだ。


 まぁ、ここまで聞き耳を立てていれば誰がやってきたのかは見当がつく。予想していたよりも随分と早いご帰還じゃないか。


 そんな来訪してきた中国人の身分を明らかにするため、ウェイトレスがこっちに向かって来るようだ。


「ヤバいのだ。早く剣を仕舞うのだ」

「ちょっ待っ、剣が鞘の口に引っかかって……」

「ああ来てます来てます! 早く!」


 こっちにやって来ると分かるや否や、部下たちは急いでそれぞれの得物を仕舞って平静を装う。

 そして代表兼証人として私がウェイトレスの対応に出る。


「ええっと、お話中申し訳ありません。実は同じ職場に勤めているという方が来られて、髪の長いハーフの方を呼んで欲しいと言われたのですが……お客様のことでお間違いないでしょうか……?」

「ああ、その人は確かに私の同僚だ。すまないね、後から一人遅れてやってくることを伝え忘れていたよ。悪いけど通してやってくれないかな?」


 恐る恐る訊ねてくるウェイトレス。そりゃあ普段こういったことは起こらないだろうし、困って当然だ。

 責任を請け負いつつ、面倒な対応をしてくれたウェイトレスに一言謝罪をする。


 彼女の登場は当然予定外。けど拒む理由はないし、欠席した博士の分が空いているから何も問題はないよ。


 連れてきてもらえるよう頼むと彼女はすぐに入り口の方へ戻る。そして、何秒も経たない内に新たな参加者が会場に足を踏み入れる。


「やぁ。来るなら一言連絡を入れてくれないと困るよ、フラット」

不好意思すまない。 本部、誰もいなかった。あと直接会うのが礼儀として正しい、そう思ってここに来た」


 中国語で軽く謝りつつここに来た理由を話すこの女性こそ、悪癖円卓マリス・サークルが第六剣士“削減の聖癖剣士”こと貧削フラット


 先ほどまで話に上がっていた当人である。噂をすれば何とやらだね。

 フラットはそのまま私のいる席に近付くと、懐からある用紙を取り出して突きつけた。


 手にとって確認してみれば、これは組織が長年探し続けている例の物の候補地リストだ。確かアジア周辺を担当していたんだっけ?


「候補地、全部外れだった。あんまり収獲もない。でも約束通り、一ヶ月休み、貰う。問題ない?」

「おお、すごいね……。各国の秘境とか禁足地とかもあったのに全部行ったんだ」


 ははぁ、まさか本当にリストに載っている場所を全部行くとは。仕事とは言え組織の手も届きにくい場所だってあったのによく完遂出来たものだ。


 中国だけでも何百カ所もあった上にきちんと捜索しなければならない以上、何年も帰ってこなくて当然の業務内容。それなのによくこなしてくれたものだ。


 それならば一ヶ月もの長期休暇を取っても誰も文句は言わない。これをいち早く報告するためにここへ来たんだろう。


 まぁボスと謁見出来る上位四剣士の中で第一と第四は不在、第二は事務作業出来ない身体だから必然的に報告書を渡すのは私になる。


「ああ、このことは後日ボスに報告しておくよ。休暇の件についてもね。とりあえず、我感谢你的努力ご苦労様


 報告書を仕舞いつつ彼女の母国語で労いの言葉をかけておく。完璧にマスターしてるわけじゃないけど私も中国語を少しだけ話せるからね。


 フッと笑顔を見せたフラットは、あろうことかそのまま適当な席へ着席してメニュー表から料理を選んでタブレットから注文をし始めた。


「……フラットさんってああいう感じなんですね。もっと冷徹そうで笑わない人かと思ってました」

「すごいカタコトだったけど、悪い人じゃなさそうなのだ」


 初めてとなる第六剣士との邂逅にティアリィとバイツはひそひとと第一印象の相違に驚いている。


 まぁ普段の彼女は笑わないというか、無表情でいることがほとんどだからその気持ちは分かる。

 しかし、意外かもしれないがフラットは結構表情豊かな人物だ。


 虚言癖のあるウィスプや異性に排他的なトキシーとは違い、ただ言語の壁があるだけで話せば案外普通に接してくれる。


 滅多に会うことはないけど、私は彼女のことはわりと好意的に見ているよ。普通に良い子だからね。


「ああ、日本語を話すのは苦手な彼女だけど、言葉の理解は出来ているから発言には注意してね」

「うっ……。ご、ごめんなさい」

「日本語は喋れないのに理解はしてるって、それ矛盾してるのだ。どういう勉強してるのだ」


 それは確かにごもっとも──彼女も彼女なりの勉強をして日本語を片言レベルまで話せるようにはなっているものの、何故か日本語の内容は理解出来ている。


 一体どう勉強したらそんな風になるのやら。もしや発音につまづいたから先に言葉の意味を学んだのだろうか。


 まぁ何にせよ新たな参加者が増えて困──ではなく賑やかになったんだ。フラットの慰労も兼ねたパーティの始まりとしよう。


「九番テーブルでお待ちのお客様~。お待たせいたしました、こちらご注文のビーフステーキとライス大、海鮮カレーライスにエビピラフ、そしてご予約のパーティーセットになりま~す。商品にお間違えありませんか~?」

「うん、ありがとう。問題ないよ」

「ではごゆっくりどうぞ~」


 ここでようやくウェイトレスが料理を乗せたサービスワゴンと共に私たちの席へやって来た。

 ふむふむ、案外早かったじゃないか。私たちだけじゃなく、他の席にいる部下たちも行き届いている。


 そして配膳される五種類の料理。私がピラフでティアリィがカレー。バイツがステーキにラピットは……えっ、ライス? それだけかい!?


「ちょっ、ラピット。遠慮しなくても良いって言ったよね? どうして白米だけにしたんだい……!?」

「えっ……、パーティーセットのおかずもありますし、ご飯だけでも十分かなーって……」


 ウェイトレスが離れたのを見計らって、あまりにも謙虚過ぎる部下の注文につい口を出してしまった。

 本人曰く予約限定の特別なオードブルがあるから問題無いとのこと。


 ううむ、いくら生活に苦労していた過去があると知っているとはいえ、流石にそれは無しじゃないかな?

 それに今は貧乏から解き放たれた身。遠慮は無用と言ってもそう簡単に直りはしないか。


「もしかして好きな食べ物、分かんないのだ?」

「あ、うん。実はそうで……ははは、これも性分なんですかね」

「ラピットさん、自分の好物を知らないなんて……可哀相過ぎる。よければ僕のカレー、一口どうぞ」


 笑って誤魔化すラピットに対し、流石にこの貧乏癖に居たたまれない様子の二人。

 聖癖にちなみ、涙もろいティアリィに至っては自分の料理を分け与えるまでさせた。


 ラピット、悲しい子……。とはいえ私の教え子たちは大抵訳ありの過去持ちが多いから、これが普通と言えばそうなんだけど。


「……!? ぅ辛ァッ!?」

「あぁ、ティアリィは激辛派だから気をつけてって言おうと思ったのに、一歩遅かったか」


 おっと、ひっそりと悲壮していたら忠告するよりも早くラピットがティアリィのカレーを口にしてしまった。


 涙が滲むほど強い刺激のある食べ物を好むティアリィ。当然彼が口にするカレーの辛さはお店で選択出来る限界までの辛さに調節済みである。


 それを知らずに食べてしまえば最悪貧乏舌が壊れちゃうよ。優しさが生んだ悲劇だね。


「うぅ~~……!! 酷いぃ……」

「ご、ごごごめんなさい! 激辛のカレーにしていたのを忘れていて……」

「ここで無遠慮でいることが裏目に出たのだ。仕方がないから代わりにバイツさんのステーキを少しだけ分けてあげるのだ。感謝するのだ」


 まさかのトラップに涙を滲ませるラピット。慌てながら謝罪するもその涙の輝きに口角がちょっぴり上がってるティアリィ。そしてバイツはサイコロ状に切り分けた肉を数個オンザライスさせていた。


 優しさを失わないのも良いことだ。いくら闇を組織名に持つとはいえ、剣士たちも一介の人間であることに代わりはない。


 闇の剣士だからという理由で私たちに攻撃する慈悲の欠片もない光の聖癖剣協会の剣士たちとは違う証になるんだから。


 それにしても──フラット。何故日本で休暇を取ることを考えたのだろう。

 彼女は言わずもがな中国人。母国を中心に活動をしていたのだから、あっちで休むのが道理なはず。


 わざわざ日本に来たのには理由でもあるのかな。詮索は控えるべきだろうけど、気になってしまうのが人間のサガというものだ。


 ふとディザストくんの席を見やれば、鎧を外して注文のランチセットをお行儀良く食べていた。

 流石に食事をする時は外すみたい。角度の問題で顔はぎりぎり見えないけど。


 まぁ何であれ私も本格的に本業を再開させられるようになったんだ。

 それはつまり補佐期間中じゃ出来なかった事やディープな部分の情報の検索等が解禁されるということ。


 私はまだ諦めてないからね。焔衣くんとディザストくんとの関連性について。

 あの二人にはきっと何か深い繋がりがあるに違いないと睨んでいる。いつかそれを暴いてみせるさ。


 ともあれ本格復帰してからはやりたいこと、やらなければならないことは山ほどある。

 でもまずは──先に目の前の食事を楽しむこと。それが何よりも優先されるお仕事だ。


「美味しいっ! こんなに美味しい物が食べられるなら弟にも食べさせたかったなぁ……」

「ならおかずを持ち帰れば万事解決なのだ。一応持ってきておいたタッパーを貸してやるのだ」

「そ、それは流石にみっともないんじゃないかな……?」


 そうだよバイツ、いくら貸し切りとはいえそういうことは控えるべきだ。

 うーん、仕方ない。追加出費になるけど後で全員にお土産でも買って持たせてあげようか。


 全く……どこまでも可愛い教え子たちだよ。思わず笑みがこぼれてしまう。

 その無邪気さは失わないで欲しいものだ。剣士としてだけでなく人としても、ね。


 私の微かな望み。この世界はいつまで維持させてくれるのだろう。

 それはきっと今は誰にも分からない。所謂神のみぞ知る、というやつだ。

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