03:辺境で生まれ変わる俺

 俺の尊厳を奪っていたパワハラ幼馴染剣聖アルフィーネの元を離れ、馬車に揺られること二週間。


 馬車は無事に王国最果ての辺境都市ユグハノーツに到着していた。



 彼女と別れる時、装備や資金一切を返して出てきたが、一人で依頼を受けていた時に貯めた金で路銀はある程度余裕があった。


 街に到着すると、まずはアルフィーネに見つからないようにするため、彼女に出来損ないと言われ続けた容姿を変えることにしていた。



 彼女と同じである俺の黒目黒髪はこの世界では珍しい色なので、このままここで冒険者生活を送り少しでも有名になれば、速攻で王都にいるアルフィーネの耳に届き連れ戻される可能性がある。


 それを避けるためにも変装と偽名は必須だと思われた。



 せっかく暴君であったアルフィーネから解放され、俺のことを誰も知らない辺境都市まで流れてきているのだ。


 この際アルフィーネの付属品という印象が強いフィーンという名も捨て、新たに新米冒険者としてこのユグハノーツで暮らそうと思っている。


 そう決意している俺は街に着くと、まずは髪を切って染めるため床屋にきていた。



「すみません、この黒髪バッサリと短く切って、金髪に染めてもらえます?」


「にいちゃん、珍しい綺麗な黒髪してんのにありふれた金髪に染めるのかよ。もったいねぇ」


「まぁ、ちょっと事情がありましてね」



 床屋のおじさんは俺の黒髪を見てもったいないと言ったが、今後鏡でこの髪色と目を見るたび、アルフィーネのことを思い出して嫌な気分にはなりたくない。


 過去を捨て去る意味も込めて髪を短くして、色も染めるのだ。



「なんだ、にいちゃんは訳ありか。それならそうと初めから言ってくれればいいのにな。このユグハノーツは色んなやつが流れてくる場所だ。にいちゃんもいろいろあったんだろう。よっし、いっちょありきたりな金髪はやめてド派手に赤髪にしてみようぜ」


「赤髪ですか……派手過ぎじゃ……」


「それくらい派手にした方が、にいちゃんの顔立ちは映える。ユグハノーツ一の腕を持つオレが言うんだ間違いない」


「そうっすかね。じゃあ、お任せします」



 俺はやたらとやる気を見せている床屋のおじさんに全てを委ねることにした。


 おじさんが髪を切って、赤く染めてくれている間、旅の疲れも出た俺はぐっすりとねむってしまっていた。



「にいちゃん、終わったぜ。やっぱ、見立て通り男前だったぞ。こらぁ、街の女連中が騒ぎだすだろうな」



 眠っていた俺は肩をおじさんに揺すられ目覚める。


 目の前の鏡には短く刈り込んだ真っ赤な髪に精悍な顔つきの男が映っていた。


 ご丁寧に眉毛まで赤く染めてくれている。


「これが俺?」


「ああ、入ってきた時のくらーい顔のにいちゃんとは大違いだろ。目の方はオレの知り合いの偽眼士が魔法で色を変えてくれるってよ。訳ありって聞いては放っておけねえからな。変えるなら中途半端はいけねぇってことよ」


 床屋のおじさんの隣で、同じくらいの歳のおじさんが笑っていた。


「目の方も赤くした方が派手で見栄えがするらしいからな。これをはめ込めば目の色も誤魔化せるはずだ。薄いが丈夫に作ってあるんで、激しい運動しても外れたりしないから大丈夫だぞ。本来ならかなりの技術料をもらうんだが、訳ありの連中には格安で仕事をしてやってるから安心してくれ」


 床屋のおじさんの隣にいた人は偽眼士らしい。


 彼の手には小さくて薄い赤いガラス製品があった。


「目に入れて大丈夫ですかね?」


「心配ないって、ほらな」


 偽眼士のおじさんが俺の目に赤いガラス製品を入れてくれた。


 痛みはないし、視界も今までと変わりはないようだ。



 髪色と長さ、それに目の色を変えただけで、俺の知っている出来損ないと言われ続けたフィーンの顔とは全く違う人物に感じられた。


 これなら、万が一アルフィーネと出会っても一瞬では俺と分からないよな。


 それにしても、変わり過ぎだ……。



「あのお代とかっていくらくらいでしょうか?」


「格安三〇〇〇オンスでいいぜ」



 やっすっ! 王都と辺境都市で物価が違うのか?


 これだけ激変してたら数万オンスで足りないとか思ってたけど、たった三〇〇〇オンスですむなんて思わなかった。


 俺はすぐに財布から三〇〇〇オンス相当の銀貨を出すと、チップとしてさらに一〇〇〇オンスを追加しておじさんに手渡した。



「チップです。おじさんの腕がすごく気に入ったので、今後髪が伸びたらここにきますよ」


「にいちゃんは若いのに気が利くな。気に入った、にいちゃんはうちの常連として扱ってやるよ。オレはロランだ。このユグハノーツの街じゃちょっとは顔の知れた床屋だぜ。それで、兄ちゃんの名は何て言うんだ?」



 髪をやってくれたロランから名を問われた。


 フィーンという名はアルフィーネとの決別で捨てたので、新たな名を考えねばならない。



 なにかいい名前はないかな……俺が敬愛しているフレデリック国王から名前もらうか。


 フレデリックはちょっと貴族っぽすぎるから、フリック……フリックの方がしっくりきそうだ。


 今日から俺はフリックと名乗ることにしよう。



「フリックです。これからこの街で冒険者しようと思っているんです。ロランさんにはこれから世話になると思いますがよろしくお願いします」


「どこで髪切ったとか聞かれたら、その時はうちの宣伝よろしくな」


「これだけの腕前ならガンガン宣伝させてもらいますよ」



 それからロランさんの店を後にして、街中を歩いていると、来る時とは違って女性達からの視線が俺に集中している気がしていた。


 そして、こちらをチラリと見たかと思えば、女性同士でヒソヒソ話をして、またこちらを見るといったことを続けていた。


 俺はそんな女性たちの態度の変化に半信半疑であったが、冒険者ギルドを探そうとそういった女性に声をかけたことで、自分が騒がれていたと認識することができた。

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