エピローグ



 エピローグ



 フリック・エネストローサ帝


 ハートフォード王国末期、突如として辺境伯ロイドの領有するユグハノーツに現れ、冒険者として頭角を現す。


 剣を振るえば、並みの騎士では太刀打ちできず、魔法を使えば、魔物の集団すらも軽々と殲滅するといった異能を示した。


 そんな中、二〇年ぶりに発見されたアビスウォーカー討伐において、辺境伯ロイドに見い出され、その娘であり、魔法の師匠であったノエリアとの婚約を果たし、後継者としてフェルアド子爵の爵位を与えられ英雄ロイドの婿として迎え入れられた。


 彼が叙任された際に下賜された大穴を含むフェルアドの地は、のちに建国されることになる帝国の副都として栄え、その地に住む民は『フォーリナー』と呼ばれ、当時の技術水準からは抜きん出た技術を提供し、フリック帝の統一事業を支えたとされている。


 一介の冒険者から、大帝国の皇帝にまで成り上がったが、庶民からの人気は高く今もって彼の半生を描いた書物の発刊は続けられている。


 ただ、彼の前半生は一切謎に包まれており、そのおかげで、さまざまな逸話が世間に流布されていた。


 ハートフォード王国最後の王レドリックの隠し子説。


 異世界から到来した異世界人説。


 魔法文明期の遺産によって創り出された強化人類説。


 剣聖アルフィーネの幼馴染の青年だった説。


 その他、ありとあらゆる憶測が立てられ、世間に流布されていた。


 ここで、筆者たる私が帝室保管庫にしまわれている書籍を調べ回り、断片的な情報をかき集め推論した物を述べる前に、帝室エネストローサ家と同等の扱いを受けるロウグリッド家の話をしておいた方が良いと思われる。


 ロウグリット家は、ハートフォード王国最後の剣聖と言われたアル・ロウグリットが興した家だ。


 彼もまたハートフォード王国末期、彗星の如く現れ、辺境伯ロイドに認められた剣士であった。


 真紅の魔剣士と言われていた冒険者当時のフリック帝とも交流があり、その腕を賞賛された凄腕の剣士。


 困っている庶民を助けながら、剣の修行に励んでいた彼は、混乱の広がるハートフォード王国の現状を憂い、辺境伯ロイドの跡を継いだフリック帝のもとを訪ねると、その剣の腕を買われ近衛騎士隊長として最側近という破格の待遇を得た。


 正妃ノエリアも、彼を頼みとして親しく付き合い、いくさのおりにはフリック帝の身の回りの世話まで頼むといった信頼を示したとの記述が残されている。


 近衛騎士隊長となったアル・ロウグリッドであったが、生涯独身を貫き、家はいくさの際にフリック帝が拾った幼子を養子として迎え継がせている。


 ただ、ここでロウグリット家のメイド長であるマリベル・トラシュが残した日記に残された記述が筆者の興味を引いた。


『戦陣にてアル様の体調悪し、つわり酷く、立つこともままならず。フリック様に至急お伝えせねばならない』


 すでに原本は散逸し、アル・ロウグリッド伝に収集された本に一文が残るだけで前後の文脈を推し量ることしかできないが、アル・ロウグリッドの根強い女性説を補強する強い証拠の一つだと思われる。


 彼に根強い女性説があるのは、その剣の扱い方で、剣と小剣という違いこそあれ、ハートフォード第三代剣聖として歴史に名を残しているアルフィーネと剣筋が似ていると、当時の多くの剣術家が書き残しているからだ。


 アル・ロウグリッド=アルフィーネが同一人物であれば、のちに記述するロウグリット家の破格の扱いも腑に落ちる。


 ただ、研究者の間では『つわり』ではなく『矢傷』の書き間違いだとの説が有力だった。


 破格の厚遇をされたアル・ロウグリッドの存在によって、フリック帝は男色家だったとの疑惑が今に至るまで、世間で流布されている。


 では、フリック帝の男色家疑惑は横に置き、なぜロウグリット家が破格の扱いなのかの説明させてもらうとしよう。


 帝室であるエネストローサ家に皇位継承権があるのは、いたって普通なのだが、近衛騎士隊長とはいえ、一臣下にすぎないロウグリット家の長子にも代々皇位継承権が与えられているのだ。


 未だロウグリット家からの皇帝は出ていないが、普通では考えられないほどの厚遇である。


 なので、筆者としてアル・ロウグリッドの女性説を強く推したい。


 ロウグリット家のメイド長マリベルの記述が『つわり』であれば、戦陣にて出産をしていた証拠であり、フリック帝が拾いアル・ロウグリッドに養子に出したとされる子は、二人の間にできた子の可能性が高い。


 フリック帝の血を引いており、正妃ノエリアの許しを得てたことで、ロウグリット家の長子に皇位継承権が与えられたのではと思われる。


 それを裏付ける証拠として、アル・ロウグリッドの相談役として長く仕えたメイラ・シュトックハウゼンの手紙の一部を書き記しておく。



『親愛ならアルへ、色々と大変なことが続いてるけど、あの子のことは任せておいて。正妃ノエリア様と謁見し、事情はすべて伝えておいてある。心配は無用よ』



 この手紙も原典は動乱期に散逸し、採録されたアル・ロウグリッド逸話集に書き写されたものが現存しているだけだ。


 が、しかし、相談役を務め信頼の厚いメイラを、正妃ノエリアのもとに派遣した事情が『血統問題』なら、長年論争のもととなっている、あの手紙の内容も納得がいく。


 ロウグリット家の子孫には、フリック帝の血が流れているため、帝室に準ずる扱いを受けているのだと思わざるを得ない。


 この推測を補強するべく、正妃ノエリアの側の資料も当たってみた。


 帝室書庫の一角に、厳重に鍵をかけて保管されている特別書庫を開けてもらい、見つけ出した資料にその記述を見つけた。


 気になる記述があったのは、帝室初代メイド長、スザーナ・デミストラの書いた手記だ。


 幼少から正妃ノエリアの身の回りを世話してきたメイドで、フリック帝の義父にあたる辺境伯ロイドのもとで騎士隊長を務めていたマイス・デミストラの夫人となったあとも、メイド長の重責を果たした人物。


 彼女が最晩年に書いたとされる手記の原本が、特別書庫の奥の奥に収蔵されていた。


 その中にこういった記述がある。


『ノエリア様の最大の決断は、フリック陛下が剣聖アル・ロウグリッド殿を臣下に迎えることを認めたことだ。本来なら切れた縁。それを繋ぎ直す決断を下したノエリア様のお心の深さに触れ、生涯を尽くそうと心に決めた』


 また、同じ手記にこういった記述もある。


『アル・ロウグリッド殿が養子に迎えた子は、黒目黒髪の男児。血は争えないもので、フリック陛下の若い頃に似た面影をしている』


 この記述にはおかしな点がある。


 フリック帝は、赤髪赤眼の人物であるからだ。


 ではメイド長のスザーナは、なぜ黒目黒髪の子がフリック帝の若い頃に似た面影だと書き残したのか。


 ここで、フリック帝の出生に関する一つの説が大いに注目されることとなった。


 そう、剣聖アルフィーネの幼馴染で若くして亡くなった冒険者フィーンだ。


 冒険者フィーンは、第三代剣聖アルフィーネと同じく黒目黒髪の青年だったとの証言が、帝国初期に編纂されたとされるハートフォード王国史の中の一文に残されている。


 メイド長スザーナの証言と、アル・ロウグリッド=剣聖アルフィーネという二点を繋ぐと、この青年冒険者フィーンこそが、フリック帝の謎とされている前半生なのではと筆者は考えた。


 剣聖アルフィーネと冒険者フィーンは、王国末期にそれぞれフリックとアルと名と容姿を変え、それぞれが新たな人生を歩んだのち、また出会い、子をなしたという推論ができてしまう。


 研究者にこの推論の正否を問えば、一笑に付されてしまうだろうが、私にはそのように思う確信がある。


 それは、エネストローサ家の嫡子の幼名はアル、長女はアルフィーネという決まりがあり、ロウグリット家の嫡子の幼名はフィーン、長女はノエリアという決まりだ。


 ただ、幼名であるため、成人の際に付ける名によって改名されるが、正式名としては残るようになっている。


 これらの決まりはフリック帝が決め、二家ずっとこの決まりを守り、嫡子や長女の名を受け継がせてきているからだ。



 『フィーン』、『アルフィーネ』、『アル』、『ノエリア』の名を正式名の中に持つ者は、フリック帝の血を受け継ぐ者として帝室にその名を記され、男子には皇位継承権が与えられるのだ。


 この点を以って、前述のフリック帝と正妃ノエリアとアル・ロウグリッドの関係性及び、帝国成立時から続くフリック帝の前半生論争に終止符を打てることを、これから帝位に昇る筆者は望む。


 筆者 フリームス帝国第八代皇帝ヨハン・アル・エネストローサ。



 長年調べ続けたフリック帝の謎を追った文章を書き上げたことで、私は満足感に浸っていた。


 これが正解なのか、それとも的外れなのかは正直よく分からない。


 ただ、昔から我がエネストローサ家とロウグリット家の奇妙な関係性に対し、好奇心がありそれが高じて、自らの責務を放り出し学者になりたいと思う時もあった。


 だか、それもかなわず。


 明日には、亡くなった父の跡を継ぎ、正式に皇帝となる。


 その前に論文として形に残しておきたかったのだ。


「ヨハン陛下、まだ書いてたんですか? アレでしたよね? フリック帝の謎でしたっけ?」


 声をかけてきたのは、ロウグリット家の嫡男アスレイ・フィーン・ロウグリットだ。


 彼もまた私とともに明日には、帝国近衛騎士団長の大命を受ける身だった。


「ああ、我が家と貴殿のロウグリット家の関係に非常に興味があってね。でも、明日からは皇帝としての責務を果たさねばならないので、今日中に仕上げようと思ってね」


「たしか、うちの家がフリック帝の血を受け継いでるって話でしたっけ?」


「ああ、そうだ。私はそのように解釈している。私とアスレイは事実、兄弟だしな」


「義理のですけどね。姉上は元気ですか? またワガママ言ってませんか?」


「ノエリア……もといアレシアのワガママには慣れておる。幼馴染だからな。貴殿もそれは知ってるだろう」


「姉上を幼名で呼ぶとまた怒られますよ。なにせ正妃ノエリア様の御名を汚すって散々親から言われて育ってますし」


「そうだった。気を付けるとしよう」



 今回、私が帝位に就くにあたり、配偶者として迎えたのはロウグリット家の長女アレイア・ノエリア・ロウグリットだった。


 幼き時からともに過ごし、気心の知れた女性ではあるが、色々な意味で型破りな令嬢である。


 けれど、芯の強い女性であるため、困難な道を進むことになる私のよき協力者になってもらえそうだと密かに期待している。


「ところで、その論文は発表されるのですか? 帝位に昇る前に書いたとはいえ、学者たちが見たら卒倒しそうな内容ですが……」


「だろうな。書いたことで満足したということもある。この論文に関しては帝室書庫の特別保管庫行きになると思うな」


「もったいない。面白い視点だと俺は思いますよ。そうだ、明日の戴冠式で封印の間から出される魔剣ディーレに聞いてみます? 魔力が切れて封印されてますが、封印が解けた彼女ならこの問いに答えられると思いますよ」


「魔剣ディーレに問うか……。だが、フリック帝以降、誰一人彼女を起こせた者はおらぬが」


 それができれば、謎は一気に解けるな。


 皇位継承権に関する謎が解けるのも興味があるが、それ以上に、この困難な時に皇帝となる私に、フリック帝の相棒と言われた魔剣ディーレが力を貸してくれることを願うこととしよう。




 剣聖の幼馴染がパワハラで俺につらく当たるので、絶縁して辺境で魔剣士として出直すことにした。(WEB版) 完



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WEB版の長らくのご愛読ありがとうございました。書籍版1~3巻、コミック1~2巻も好評発売中なので、よろしくお願いします。

書籍版4巻も製作決定しておりますので、そちらもまた発売が近づきましたら応援して頂けると幸いです。


あと、カクヨムのみで連載している『異世界転生軍師戦記』もお時間あれば読んで頂けると幸いです。

剣聖の幼馴染とはまた毛色の違うハーレム国盗り軍師物となっております。

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