最終話:元剣聖と魔剣士と令嬢魔術師
夜となり、アルたちの倒したドラゴネットや魔物の肉を使った、ささやかな宴が催され、俺たちだけでなく、必死に村づくりをしてきた若者たちも緊張を解いて楽しむ姿があちこちに見えた。
「フリックさん、ちょっといい」
俺の姿を見つけたアルが、小屋の裏にくるように手招きをしてきた。
手招きに誘われるように、人目の少ない小屋裏に向かうと、先を歩いていたアルがこちらに向き直った。
あまりにアルが急に振り返ったため、身体がぶつかりそうになる。
「おっと、危ない!」
「あ、ごめん!」
ぶつかりそうになったアルの顔が、黒目黒髪だったアルフィーネの顔と被る。
「謝るのは、俺のセリフじゃなかったけ?」
「フリックさんは、『いつ』の『誰』の話をしてるんですか?」
「つい最近の話の気もするけど、遠い昔の話の気もする」
「奇遇ですが、ボクも同じ意見ですね」
王都の辺境伯の屋敷で、自分は冒険者アルとして生きると宣言して以来、俺をフィーンと呼ぶことはなくなった。
俺もアルのことを、アルフィーネと呼ばないように意識している。
俺の中でも彼女の中でも、剣聖アルフィーネと、その相棒フィーンはその生涯を終え、新たに青年冒険者アルと真紅の魔剣士フリックとして生きる道を選んでいるからだ。
「で、俺に何か用事だった?」
「ええ、そろそろボクたちは村を出ようかと思って。シンツィア様もガウェイン様もここに残ってくれるみたいだし」
アルは、真っすぐに俺の眼を見つめて、村を出ることを教えてくれた。
何となくそんな感じはしていたが、やっぱり出ていくのか……。
お互いが名も容姿も変え生きて行くと決断した以上、元の関係には戻れないと思ってはいたが。
「そうか……行く先の宛はあるのか?」
「分かんない。けど、メイラやマリベル、ソフィーも着いてきてくれるって話だから、きっとなんとかなると思う」
本当は怖がりで臆病で心配性だから、ずっと一緒に育ってきた俺以外には心を許すことが、できないと思ってたアルフィーネ。
そんな彼女が同じくらいの年齢の女性たちと打ち解けて、新たな道を歩み出すと言ってくれたことに嬉しさが湧き上がってきていた。
「そうか、アルには大事な仲間ができたんだな」
「うん、とっても大事な仲間。おかげでボクはこうやって一生懸命に生きてられるからね!」
胸を張って笑顔を浮かべているアルを見て、 守るべきか弱い女の子は成長し、苦難を自ら乗り越えるため、人の手を借りながらも努力する大人の女性に大成長したと確信できた。
今のアルなら、俺が子供の時に決めた彼女の守るという誓いを、ここで終わらせてもいい。
人目に怯え泣いてたアルフィーネを守ることが、幼い俺の使命だと思った誓い。
けれど、成長してもワガママと甘えてくるやめない彼女に苛立ち、王都で絶縁を突き付けた時には、すっかりと忘れ果ててた誓い。
その誓いが、俺たちの関係を繋いでいた。
今ここで、その誓いを終わらせ、俺たちは新たな関係を紡ぐため、お互いに別の道を進む。
「アル……」
「そんな顔をしないでください。ボクも新しい夢に向かって新出発するつもりなんですから」
「新たな夢?」
「はい、ボクは本物の『剣聖』を目指そうと思います。もちろん、剣の技だけでなく、人格も磨き上げ、今も多くの人に慕われる初代剣聖様みたいな『本物』です。その時は真紅の魔剣士フリックさんと、手合わせをしてもらおうと思ってます」
自身が初代剣聖の複製だと知っているアルだが、冗談とは思えないほど真剣な顔で『本物の剣聖』を目指すと宣言していた。
本物の剣聖か……今のアルなら、きっと時間はかかるけどなれるだろうな。
アルはいつの間にか自分の夢まで見つけたのか。
俺も負けてられない。
「分かった。その時は遠慮なしの全力でやり合おう。俺も剣聖となったアルにボコボコにされないよう、自身の魔法剣を鍛えあげ、失望されないようにしとく」
「それは楽しみだ。でも剣聖として再会した時、絶対に遠慮なしの全力での対戦を剣に誓えます?」
俺は鞘に収まっていたディーレを引き抜く。
『ふぁ!? マスターご飯ですかー? 今は食べられませんけど―』
「相変わらずのディーレちゃんね。でも、彼女が承認なら忘れられることもないですね」
アルもガウェインに作ってもらった小剣を一振り引き抜くと、ディーレの刀身に重ねた。
『な、なにか、起きたら責任重大なことの証人になってます!』
「我が相棒たる魔剣ディーレに賭けて誓う。冒険者アルが真の剣聖となり、再会を果たした時、持てるすべての力を以って、立ち合うこととする」
重ねた刀身が擦れ、キィンと澄んだ金属音を発する。
「……フィーン、バイバイ……」
聞き取れないほどのか細い声で、顔を俯かせたアルが、そう呟いたように聞こえた。
「何か言った?」
「ううん、何でもない。じゃあ、ボクはこのまま村を出て行くよ」
「い、今からか? もう夜も更けてるが」
「メイラやマリベルやソフィーたちが、待ってるから行かないと。ノエリア様にはよろしく言っておいて」
アルの視線の先を追うと、荷馬車に乗ったメイラやマリベル、ソフィーたちの手招きしてる姿があった。
「そうか、気を付けて行くんだぞ。あと、拾い食いとお腹出して寝ないようにな」
「分かってます。ボクはそんな子供じゃないですから、心配無用」
ニコリと笑ったアルは、メイラたちに手を振り返すと、俺のもとを駆け去っていく。
これで、良かったんだよな。
うん、良かったんだ。
「フリーーーック! ノエリアを選んだあんたがトンデモなく後悔するくらい、アルをいい女にしてみせるからね! 再会したら絶対に悔しがらせてやるんだからぁ! 覚えてなさいよ!」
「メ、メイラ! 何恥ずかしいこと言ってるのさ! ボクは男として生きるんだからね!」
荷馬車から身を乗り出したメイラの言葉を聞いて、焦った様子を見せたアルは駆け去る速度をあげた。
俺は、その背中を見送りながら、一言呟く。
「……またな、アルフィーネ……」
アルを乗せた荷馬車は、夜の森に消えていく。
「はぁ、はぁ、はぁ! アル様たちは!」
急いで駆けてきたのか、ノエリアの息は乱れていた。
「旅立っていったよ。彼は『真の剣聖』を目指すという新たな夢に向かって、仲間とともに一歩を踏み出した。ノエリアにはよろしく言っておいてくれと、アルから伝言されてる」
「そんな……せっかく友達になれたのに……。黙って出て行かれるなんて……」
「また、帰ってくるさ。その時、アルに失望されないように俺たちも頑張らないと」
「やはり、わたくしのせいなのでしょうか?」
ノエリアは自分が俺の婚約者になったことで、アルが出ていったと思っている様子だった。
アルフィーネが、俺にとって恋人だったかと問われたら、今なら違うと断言できる。
彼女は、俺にとって守るべき『家族』だった。
そして、大人になって守るべき必要はなくなり、自分の目標に向かい歩き出している。
というのが、俺の解釈だ。
正直、アルの内心は俺に推し量ることはできない。
ただ、俺がフリックとしてともに、新たな人生を歩みたいと思ったのは、ノエリアだった。
「そんなことはないさ。きっとないと思う。それにノエリアには、きちんと伝えておかなきゃと思ってたから、ちゃんと言っておくよ」
俺が彼女の肩に手を置くと、顔を俯かせていたノエリアが顔を上げた。
「伝えておくことですか……」
アイスブルーの綺麗な瞳が、俺の眼を捉えてくる。
「ああ、色んなことが重なって大事なことを伝え忘れてた。今、言っていい?」
「は、はい。ど、どうぞ!」
顔を赤くして身体を硬直させたノエリアの姿が、とてもいとおしく感じられた。
「俺が好きなのはノエリアだ。っていうか、その前に俺がノエリアのこと好きになっていい? 婚約の話が先に進んじゃって、まだ確認してないから実はとっても不安なんだ」
ずっと言いたくても言えなかった言葉を彼女に対し投げかけた。
周囲に流され婚約する流れになっているが、意思の確認をしてないので、こちらの一方的な想いなのではと感じている。
俺を見上げていたノエリアは、アイスブルーの瞳から大きな粒の涙を流して震えていた。
「も、もしかして、やっぱりダメだったか? ノエリアが嫌なら婚約はなかったことにするが!?」
大粒の涙を流していたノエリアが、俺の手を力強く握り返すと、大きく首を振っていた。
「違います。違うんです。嬉しくて、声が出なかった。本当にわたくしでよかったのですか?」
「ああ、ノエリアがいい。それで、返事だけど……」
「こんなわたくしでよければ、フリック様の隣にいさせてください!」
それだけ口にすると、ノエリアがこちらに飛び込んできて、彼女の柔らかな唇が俺の唇に触れた。
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