159:新たな門出



 ヴィーゴから突き付けられた最後の選択から一ヶ月。


 俺はまだアビスフォールの周辺にいる。


 なぜなら、新たにこのハートフォード王国に住むことになった若者たちの世話をしなくてはならなかったからだ。


 世界が崩れ滅びゆく異世界から、次元を超えて渡ってきた異世界人たち。


 そのことを知る者は、王様と辺境伯、さらに辺境伯家でも一部の者たちしか知らない。


 一般の人たちには、彼らが魔境の森の奥にある高山を越えて亡命した異民族だと伝えてもらってた。


 本当のことを国民に伝えれば、惨禍で被害に遭った者の感情を刺激し、戦争の引き金になりかねないと王様と辺境伯様も判断したため、そういった話になっている。



「フリック様、ようやく村らしくなりましたね。ここまでの物を一ヶ月でできたとは……」


「ああ、もとから移住地として、この場所に住み着く予定だったらしい。すぐに生活の基盤を整えられたのもそのおかげだ」



 隣にいたノエリアが目を細めて見つめる先には、アビスフォールを囲むように建てられた白い外壁の小屋がいくつも林立している。


 林立する小屋を作った建材は、ヴィーゴが、インバハネスの水晶鉱山基地で生産し、アビスフォールの施設の再下層に作った保管庫にしまわれていたものだ。


 テントを作るような感覚で、非常に簡易に組み立てられる小屋があったおかげで、六〇〇〇名が雨露や魔物に襲われることなく安全に過ごせている。


 そして、生活に必要な水も、魔境の森に降り注ぐ雨水を貯蔵するものが、地下施設に作られており、飲み水の確保も数日経たずにできていた。


 あと食糧も未知の加工技術で長期保存を可能とした携帯食料が、地下貯蔵庫に積み上げられており、ざっと計算しただけでも、六〇〇〇人が数年食うには困らない量があることが判明していた。


 事実だけ完結に伝えると、魔境の森の最深部にあるアビスフォールに、いきなり人口六〇〇〇人の村が一ヶ月でできあったのだ。



「すごい技術だなと思う」


「たしかにすごいと思います。あの方たちがいた世界は、魔法文明も凌駕した文明かもしれません。ですが、これからはこの地の住民。彼らの異質すぎる文化は、他の住民と軋轢を産み出しかねないため、フリック様やわたくしたちが上手く調停せねばならないかと思います」


「ああ、そうだな」



 ヴィーゴの死後、渡ってきた者たちが託されていた情報をもとに、必要物資を取りに地下施設に再び降りたのだが、俺たちが倒したアビスウォーカーの死骸や白い装束を着た者の死体は、その姿を一切残さずに溶けるように消えていた。


 もちろん、ヴィーゴの死体もなく、アビスウォーカーになれなかった物の死骸も一切の痕跡を消していた。


 たぶん、そういった毒や仕掛けをヴィーゴたち自身が設置していたものと思われる。


 なので、渡ってきた者たちは、俺がヴィーゴを討ったことを知らないし、ヴィーゴたちが何をしていたのかも本当に知らなかった。



「正直、生活の基盤は整ったけど、あの子たちをこのアビスフォールの地でどう導いて行けばいいか、さっぱり見当がつかない。強力な魔物も周囲に徘徊する地だしさ」


「それはわたくしにも分かりません。ただ、父からはフリック様とともに、この地をしっかりと治めよとだけ……」



 今回の件を伝えた辺境伯様から、即座にアビスフォール周辺部の土地が俺に下賜され、同時にフェルアド子爵という爵位が与えられ貴族にされていた。


 辺境伯ロイドの後継者指名という意味での貴族への叙任ではあるが、領民たちへの発表はまだ正式な婚約をしていないため見送られているままだった。



「ノエリアを巻き込むような形になって済まないと思ってる」


「いえ、わたくしはフリック様をお支えすると決めておりますので遠慮など無用です」


「そう言ってもらえると助かる。いきなり貴族なんて言われて、俺も困ってるんだ。ただの孤児あがりの冒険者なのにな」



 俺たちの出生に関しては、あの場にいた者たち全員が口を噤んでいるし、シンツィアから辺境伯とノエリアの祖母たちには事実が伝わっていると聞かされていた。


 創り出された人類。


 今でも、夜に寝ているとヴィーゴの声が聞こえた気がして目が覚める。


 出生に関しては変えられない事実であるため、気にしないようにしているが、ふとした時に心の底から浮き上がってくる。


 けど、みんなが傍にいてくれるので、浮き上がってきたものを閉じ込めることには成功してる。


 一方でノエリアも、自分の出生に対し、母が行ったことを受け止めるのに必死で、毎日、朝と晩、近くの野営地跡に作られた母親の墓で語り合うように瞑目している。


 俺たち三人にとって、出生の秘密は浅くない傷となって残っているが、それぞれがその傷を受け止めようと頑張っていた。



「あ、アルさんたちが周囲の警戒から戻ってきたみたい。荷馬車に後ろからドラゴネットの尻尾が見えてますね。今晩の夕食に提供してもらえるよう頼んできます」



 ノエリアは周辺の魔物退治に出ていたアルたちを見つけると、彼女たちの荷馬車に駆け寄っていった。


 アルもまた自分の出生を知り、同じ苦悶を味わっているが、彼女もまた信頼できる仲間の助けを借りて傷を受け止めようと努力を続けていた。


 子供の時のまま、大人になったと思ってたアルフィーネが、俺の助けを必要せず、自分で立ち向かっている姿を見て、一抹の寂しさを感じたが、それ以上に兄妹よりも近しい彼女の成長した姿がとても嬉しく感じている。



 甘えてくる彼女に対して、俺も依存して過保護すぎたんだ。


 色々とあったけど、アレは俺たちが、大人に成長するために必要な儀式だったんだと思いたい。



 集まってきた子供たちやノエリアに、笑顔で応えるアルの姿がそこにあった。



「フリック、ちょっといいかしら?」



 アルたちの姿を見ていた俺に、声をかけてきたのは、鎧姿のシンツィアだ。



「いいですけど、何です?」


「うん、あの、あのね。あたし、ここに永住するわ。あの子たちの面倒もみたいしね。ここはけっこう危険だから護衛もいるでしょ」


「シンツィア様がいてくれるなら、とても助かりますが……。いいんですか?」


「弟子たちを助けるのも師匠の務め。それにダントンやフィーリア、ライナス師匠もフロリーナと一緒の墓地に埋葬してあげたいしね。あたしは墓守しながら、ここでゆっくりと朽ちていくつもり」



 シンツィアは、ライナス師を失い、再建途上の魔法研究所の所長にと推されてるらしいが、本人が固辞をしているとノエリアから聞いている。



 固辞してる理由は、俺たちの存在を作り出した罪悪感だよな。


 気にするなって、俺たちからは言えるわけでもないし。


 本人の好きにさせてあげた方がいいだろう。



「分かりました。シンツィア様には、村の守護者としてもっと働いてもらいますね。やることは山のようにあるし、暇をしてる時間はないと思いますんで」



 努めて明るい声を出して、シンツィアに発破をかける。


 考え込めば、後ろ向きになってしまうだけだと思うので、彼女には悪いが遊んでる暇はないほど一緒に村のために働いてもらうつもりだ。



「…‥ありがとね。そうしてもらうと助かるわ」



 シンツィアはそれだけ言い残すと、年若い子供たちが集まってきた広場に歩いていった。

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