158:最後の選択



 青白い光が室内を白く染める中、ディーレによって胸を貫かれたヴィーゴは膝を突く。



「カハッ!」



 肺と心臓を貫いたことで、溢れた血がヴィーゴの口から溢れ出し、床を赤く染めた。



「はぁはぁ、ゲフゲフっ! もう、遅い。私との交渉は成立したぞ。だが、安心しろ、私は君たちとの約束を守る。ボリスに君らの出生の秘密が漏れることはない。ゲフゲフッ!」



 無理に喋ったことで、咳とともに溢れ出す血の量が増した。


 ヴィーゴは内ポケットから、何をかを取り出すと、首筋に刺す。



「そんな話はどうでもいい! 早く、この扉を閉める方法を教えろ!」


「はぁ、はぁ、止まらんよ。我らの世界に残された最後の核融合炉がエネルギー産み出し続ける限りな。こちらの時間で換算すれば三日ほどしかないが」


「三日?」


「はぁ、はぁ、言っただろう。我らは移住地を求めていると。そのためになりふりは構っておられぬ状況だった。時間的に追い込まれ、手荒な手段になったことに対しては、計画に関わった私たちの死を以って償う」



 ヴィーゴの周囲にいた白い装束の者たちは、青白い光に包まれた室内の中で、マスク内に血を吐いて次々に倒れ伏していく。



 毒か!?


 味方にまで、こんな酷い仕打ちをするなんて!



「ヴィーゴ、貴様は味方の命まで!」


「彼らはとうに命を捨てていた。同胞をこちらの世界に移住させるためにな。ふぅ、ふぅ。そして、私も命が惜しいわけではないのだよ。ゲハ、ゲハッ!」



 新たに吐き出された血の量は、さきほどよりさらに増え、ヴィーゴの命の灯が残り少ないことを示している。



「おかげで交渉は成立し、あとは選択をフリック殿たちに任せるだけとなった。本来ならボリスのもとで魔素汚染の少ない地下都市生活を予定していたが……。君らに出会ったことで計画を大いに変更できた。そのことについては感謝という言葉ではなりないほどだ」



 計画が変わった? ボリスを裏切ったのは、執拗にアビスウォーカーの消息を追った俺たちのせいだと言いたいのだろうか?



「探し求めた人体へ後天的に付与できる強力な魔素抗体の持ち主が、君ら超人計画の複製体だったのだよ。フリック殿から採取した血のおかげで、我らのすべての同胞は、この地に住む資格を得れた。ゴフ、ゴフ」



 俺の血? ああ、あの村での戦いの時か!


 俺の血から何かを作り出したってことか?



「この地に移住をすることに決まった同胞の若者たちに、私らが犯した罪のことは一切教えておりません。こちらでのことを全て伏せ、魔素抗体提供と移住成功に尽力をしてくださったのは、英雄フリック殿だと伝えおります。未来を失っていた同胞たちの若者たちは、新たな地に導いてくれたフリック殿に心酔し、歓喜に打ち震えながら嬉々として次元門を渡り、地上に出てきているはずです」


「俺がヴィーゴたちの移住に尽力した? お前は同胞にも嘘を吐いているのか!」



 ヴィーゴは、自らの力を振り絞り、胸を貫くディーレから逃れると、俺の方に向き直った。



「後ろ暗い事実は、この地で手を汚した我ら『フォーリナー』の実行組織が地獄に持っていけばいいだけの話。新たな移住先に希望を膨らませた同胞には、新たな指導者のもとで穏やかにこの地で暮らせればよいのですよ。それが私の願いだ」


「ずいぶんと自分勝手な言い分だな」


「ええ、私は自分勝手な男なんですよ。はぁ、はぁ、ハートフォード王国に、未曽有の災厄を引き起こしたアビスウォーカーを使役した、巨悪の組織『フォーリナー』を射ち果たした英雄フリックは、異世界から渡ってきた新来の民の指導者となり、その民とともに英雄ロイドの跡を継ぎ、王国の安寧を守るため尽力し、その名を歴史に留めることとなる。英雄譚の最後にピッタリの言葉ではないですかな。ゴフ、ゴフ」


「そんな筋書きのために、どれだけの人が犠牲になったと思う」


「六十万ほどの命を消しましたな。フリック殿の選択次第では、あと六〇〇〇人ほど増えるかもしれません。その選択は私の中では存在しないものですがね」



 胸から溢れ出る血を片手で抑え、ヴィーゴは壁の機器を操作する。


 新たに映し出された映像には、アビスフォールのある地上周辺でマスクを外し、喜びを爆発させたように抱き合う若い男女の大群衆が見えた。



 あれがヴィーゴたちの同胞……。


 門を越えても、アビスウォーカーにならずに済んでいるということか。



「さぁ、私の命もあと少し。フリック殿には『選択』をして頂きたい。我らの最後の同胞六〇〇〇人を一人残らず討ち果たすか、彼らの新たな指導者としてこの地に迎え入れるか。どちらかを選びたまえ!」


「なっ! 選べだって!?」


「そうだ。『選択』しろ。はぁ、はぁ、早く!」



 すでにヴィーゴは蒼白の顔色をして、荒い息を吐きながら、壁にもたれかかるように立っていた。



 選べだって? 俺に? 六〇〇〇人を殺すか、異世界から来た者たちをこの地の住民として受け入れるかを……。


 そんな大事な選択を一介の冒険者に過ぎない俺にしろと。



 視界の端に映る映像には、さらに数を増した若い男女の喜び合う姿が見える。



 くっそ、選べるわけないだろうが……。


 相手は、俺たちより若そうなただの人だぞ!



「フリック様……」


「フリックさん……」



 アルもノエリアも、映像を見て俺と同じように苦悶の表情を浮かべていた。



 二人の想いも言いたいことも分かるし、ヴィーゴの言う『選択』が非常に卑劣な行為だとも思う。


 けど、俺には進んで人殺しにはなれる勇気はないよ。


 亡くなったダントン先生だって、フィーリア先生だって、きっと殺せなんて言わないはず。



 俺は死ぬゆくヴィーゴの眼前にディーレを掲げた。



「我が魔剣ディーレを証人とし、『フォーリナー』の指導者ヴィーゴからの問いに答える。異世界よりこの地に渡りし、新来の民たちの守護者として、彼らがこの地で暮らすための尽力を惜しまぬことをこの剣に誓う!」


「……フリック様……」


「フリックさん……いいの?」


「ああ、犠牲になった人の怒りや憎しみは俺が全部背負うことにしたよ。その方が、人を殺すよりもずいぶんと楽な気もするからね」



 それでも、これから俺が背負うものは軽くない。


 ハートフォード王国に、アビスウォーカーに命を奪われた家族を持つ者は多い。


 異世界から渡ってきた彼らの存在を知れば、命を狙う者も多数現れるだろう。


 それら諸問題のことも、全て自分が背負うと決めた。


 我ながら、本当に損な性分をしていると思う。



「よき選択をされた。これで盟約はなされた。これより我が同胞たちは、新たな指導者となった英雄フリックのもと、この地で末永く幸せに暮らすことを命ず! では、さらばだ!」



 最後に力を振り絞って言葉を発したヴィーゴは、寄りかかっていた壁からずり落ちると、その目を閉じて命が尽きた。


 ヴィーゴの最後の言葉は、地上にいた若者たちにも聞こえていたようで、口々に俺の名を呼び歓声をあげている映像が流れる。

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