157:交渉成立

「母がそんなことをしていたなんて……嘘ですよね……」


「残念ながら、ノエリア殿がこの世に存在している限り、フロリーナ氏が行ったことは事実として存在します。我が子すら、研究の糧として


「ああ、言い忘れておりましたが、ここに来る途中でアビスウォーカーと人の姿が混じった怪物と出会ったでしょう。あれは、我らの同胞が次元門の通過時に魔素マナの大量被ばくをして変異した姿です。人でありながら、身体が異形と化す。アビスウォーカーはそうやって生まれた怪物なのですよ。そして、強化するために私が色々と手を加えた。どうです。フリック殿たちと変わらぬ存在でしょ?」



 アビスウォーカーが元は人間だっただと!?


 ああいった姿に作られた存在ではなく、人が変異した姿。


 あの通路であった怪物はアビスウォーカーになりきれなかった人の果てか。



 凶悪な怪物だとずっと思っていたアビスウォーカーが人の成れの果てだと知り、自分の中で大きなショックを受けた。



「複製され戦闘用に改造された人間と、元人間から変異し改造された怪物。どっちも人の狂気が生み出した同じものです。違いますか?」



 違う……と、言い切れない。


 俺がヴィーゴの言う通り『超人計画』によって創られた強化人類だとしたら、アビスウォーカーとなにが違うのか自分でも上手く言えない。



「実に滑稽ですな。ろくに魔法の練習もせずに上級魔法レベルの魔法を杖なしで撃ち続けられたり、一〇代女性が並みいる男性剣士たちを押しのけて、魔竜を退治できるほどの剣術を独学で体得したり、常人に比して圧倒的な魔力を得られるなどという人が普通なわけがない。普通に考えれば、おかしいなと思うべきところが多々あったはずですが」



 俺たちが病気にもならず、丈夫な体を得たのは創られた存在だったから……。


 アルフィーネの卓越した身体能力や剣技もすべて最初から与えられていた才能。


 俺の魔法に関しても生まれる前にから与えられていた力。


 アルフィーネは生まれる前から求められた剣聖になるべくしてなり、俺も建国王と同じく剣と魔法の才能を持った魔法剣士となるべくしてなった。


 そして、ノエリアも母親が望んだ魔術師として最適な能力を持つ者になっている。


 全て、こうなるように仕組まれていたということなのか……。



「フリックさん! ヴィーゴに耳を貸さないで! あいつの口から出る言葉は常に嘘よ! ノエリア様も自分の母親がそんなことをすると思うの!」



 惚けていた俺の肩を叩いたアルが、へたり込んでいたノエリアを抱え上げる。



「アルフィーネ……」


「今だけフィーンって呼ぶけど、あたしたちが得た力は、シンツィア様が言ってくれた通り、必死の努力をして行った鍛錬の積み重ねの結果よ! ノエリア様もそうでしょ! 生まれなんか関係ない! あたしたちは怪物なんかじゃなくただの人間。それ以上でも以下でもないわ!」


「アル様……」



 ノエリアを抱え上げたアルは、向けられた筒先に怯えることなく、ヴィーゴに向かい小剣を突きつけた。



 普通の人間で、それ以上でも以下でもないか……。


 たしかにそうだ。


 俺はアルフィーネの幼馴染フィーンとして生まれ育ち、今は好きになったノエリアのため、魔剣士フリックとして生きると決めた、ただの男。


 それ以上でも以下でもない。



 アルの迷いのない言葉で、俺の中に広がっていた出生の秘密へのモヤモヤした気持ちが晴れていく。



「本来なら、大襲来の終息でフリック殿とアルフィーネ殿はダントン氏たちによって廃棄される予定だったらしいですし、ノエリア殿もフロリーナ殿が生き残っていれば、魔法に一切触れることなく、辺境伯家の令嬢として普通に暮らしていたと思います。が、運命というのは残酷ですな」



 人によって創られた命を宿した人モドキとヴィーゴに言われようが、俺は俺だ。


 他の誰でもない。


 ノエリアだって、アルフィーネだってそれは同じだ。


 誰かの代わりでも人モドキでもない。


れっきとした感情を持つ人間。


 それに、ダントン院長先生もフィーリア先生も、俺とアルフィーネを特別扱いせず普通の子と同じように扱ってくれた。


 ライナス師だって、辺境伯様だって、シンツィア様だってノエリアを普通の子として扱ってくれている。



「母を亡くしたノエリア殿はライナス殿のもとで魔法に傾倒。廃棄予定だったフリック殿とアルフィーネ殿は、ダントン氏とフィーリア氏が孤児として養育し、それぞれが実力を開花させてしまった。そして、貴方たちとの邂逅が、私たち『フォーリナー』が長年探し求めた移住手段を与えてくれたとは、運命の神というやつは相当にひねくれ者と言うしかない」



 ヴィーゴはダントン院長の手記やライナス師の手記を俺たちの前に投げ捨てると、自分の言葉に酔い、饒舌に口を動かしていた。


 やがて、ヴィーゴは言葉を吐き出しつくしたようで、手元の操作をするとシンツィアを映し出していた映像が途切れた。


 シンツィアの映像が途切れると、ヴィーゴはアルが突き出した小剣の先に身を晒す。


 アルが神速の突きを繰り出せば、金属の球が到達する前に、心臓を貫くことができる位置にいた。



「さて、これが隠され続けた貴方たちの出生の秘密だ。もちろん、この話が外に漏れれば異質な者を排除したがる人類にとって、君たちは敵となる。辺境伯でも庇い切れないだろう。なにせ、君らは強化されたアビスウォーカーよりも断然強く、ジェノサイダー以上の破壊力を持つ世界最強の戦闘力を持った者たちだ。普通の人々は君らの存在を恐れ、排斥しようとする力は強くなる。もはや、ハートフォード王国に君らの安住の地はなくなるだろう」



 王国の民が災厄をもたらしたアビスウォーカーに恐怖したように、俺たちの出生を知れば同じように恐れ、排斥をするようになるというのか。



 俺の脳裏に人々が武器を持って、こちらに迫る妄想が浮かんだ。


 すぐに浮かんだ妄想を、首を振って否定する。



「そんなことにはならないさ」


「そうかな? 人は君らが思っているよりも利己的な生物だ」


「ああ、分かってるさ。俺もその利己的な生物である人だからな。自分の知らない生き物とかに恐怖を感じるだろうし、命の危機を感じれば排除することもするだろうし。事実、アビスウォーカーを俺たちは排除してきた」


「そこまで理解していても、まだ人を信じられると?」


「ああ、そうだ。俺には信じることしかできない」



 俺の答えを聞いたヴィーゴは額に手を当てると、腹の底から大きな声を出して笑い出した。



「さすが、英雄候補生。疑うことを知らぬ純真な心をお持ちのようだ」


「笑われようが、俺は俺を育ててくれた人や関わってくれた人を信じたい。ただ、それだけだ」


「自らの出生の秘密を守るため、我らと交渉する気はないということかね?」



 ヴィーゴの問いに俺は無言で頷き返す。


 アルやノエリアも俺と同じように頷き返した。



「君たちは、自分たちの立ち位置をこの期に及んでまだ理解してないようだ。私は君らと交渉するため、ボリスには未だ君らの出生の秘密を伝えてはおらぬが……。彼の者が君らの出生の秘密を知れば、フリック殿を後継者指名した辺境伯と、その後援者となった新たな王を人類の敵として非難し、排除するために内乱を起こし、多くの血が流れるのは必定だ」



「ボリスが内乱を起こすだって……俺たちが原因でだと……。そんなわけが……」



 それに、ボリスは役職を返上し、当主を次男に譲って隠棲したはず。


 そんな男が、内乱を主導するなんてことをするのか。



「私が仕掛けたジャイルの暴発で、宰相を辞職し、当主の座を譲ったとはいえ、ボリスの野望は尽きておりません。アレはそういう男です。長い付き合いになってしまったので、私にはアレの心が読めるようになってしまった」



 大きな野心を持つボリスの手先として、ジャイルを操り、王国の裏側で二度目の大襲来に向けて準備を進めてきた仲間のくせに。


 長い付き合いの雇い主のことを、他人事みたいに言うなんて……。



「ヴィーゴ、お前もそのボリスの手先だろが」


「『だった』と言わせてもらいましょうか。今は袂を分かちました。今回は独断で動いております。先ほども申し上げましたが、我らはフリック殿に乗り換えたと言ったはず」



 真の雇い主だったボリスすら、裏切ったということか。


 そこまでして、俺たちに交渉を求めた意図はなんなんだ!?



 ヴィーゴは、俺たちの困惑した顔を見ると、ひとり納得したように頷き始めた。



「これまでのやりとりで私が決断した乗り換えは成功だと確信した。それに交渉もほぼ成立の見通しが立ちました」


「フリック様は交渉しないと申し上げたはず! 何を勝手に、話を進めて――」


「フリックさんもボクもノエリア様も交渉には応じない! そう言っている。本当にくるっているのか!?」


「この場で、私たちの存在を知ってもらい、ご自身の出生の秘密を聞いてもらったことで、こちらとの交渉は成立しております」



 言ってる意味が分からない!


 何のためにこんな手の込んだことまでして、俺たちをここに呼び込んだんだよっ!



 さらに困惑の度合いを深めた俺たちを無視するように、ヴィーゴは手近の機器を操作し始めた。


 作動音とともに奥の壁が左右に開き、ガラスで仕切られた奥には、漆黒の穴が姿を現し始める。


「なんだっ! 奥の壁が開いていく!」


「ガラスの向こうは……漆黒の穴!?」


「あれが本当のアビスフォールなのかもしれません」



 ガラスの仕切りの奥に現れた漆黒の穴の周りに、次々に青白い稲妻が迸る。


 稲妻の数が増えるにつれ、漆黒の穴から眩しい光が漏れ出し、室内を真っ白に染め上げていた。



「次元扉が開く! 我らが同胞よ。ここが待ちに待った新たな移住地だ! 水も食糧も住む場所もふんだんにある! そして、魔素を帯びた猛毒の大気も魔素抗体さえあれば、マスクは要らぬのだ! この地で生き延びよ!」



 さらに青白い稲妻を増やし続ける穴に向かい、ヴィーゴが諸手をあげて叫んでいた。



 この光……。もしかして大襲来の予兆って言われた光の柱か! ヴィーゴはやっぱり大襲来を引き起こす気だ! 交渉すると言われ油断した!



「ヴィーゴ! やめろっ! お前の同胞は、こっちの世界にくるとアビスウォーカーになると自分で言っただろう! また大襲来を引き起こす気か!」



 ディーレを引き抜いた俺は、光に目をくらませた周囲の護衛の隙を突き、眩い光を放つ穴に向け諸手をあげて哄笑していたヴィーゴの胸を一気に貫いた。

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