sideアルフィーネ:フリックの行方


 ※アルフィーネ視点



 数日の荷馬車での旅を終え、フリックとなったフィーンがいると思われるインバハネスの冒険者ギルドの建物が見えてきている。



「アルお兄ちゃん、メイラお姉ちゃん、あれが目的地だよねっ! ユグハノーツよりは小さいみたいだけど、冒険者さんたちが集まってるところ。そこにアルお兄ちゃんの探してるフリックさんがいるんだよね」



 御者席に座っていたマリベルが、インバハネスの冒険者ギルドを見て喜んだ声をあげていた。



 マリベルが言う通り、あの場所にきっとフィーンがいる。


 剣も魔法も超一流の真紅の魔剣士フリックとして、辺境伯家令嬢ノエリアの護衛任務に就いてるはずだ。


 ここに来るまでの数日間、色々と頭の中でどうしたらいいのか考えてきたけど、対面の時が近づいてきたらなんだか緊張してきたみたい。



「アルお兄ちゃん緊張してるの? 手が震えてるよ?」



 隣に座るマリベルが震えていたあたしの手にそっと自分の手を添えて、心配そうにこちらを見上げていた。



「ううん。大丈夫。ボクはどんな結果も受け入れるって決めてるからね。でも、心配してくれてありがとね」



 あたしはマリベルの頭をそっと撫でてあげてた。



 メイラやマリベルが一緒にいてくれるから、あたしはフィーンとのことをきちんと清算しようとここまで来れていたのよね。


 一人だったらと考えたら、絶対にこんなところまで来れてなかったなぁ。



 改めて二人の同行者に対し、感謝をしている。


 そんなことを考えていたら、メイラの運転する荷馬車が冒険者ギルド前の馬止めに停まっていた。



「さって、着いたわよ。私は古代遺跡群が多いから何度か遺跡調査の依頼を受けにここの冒険者ギルドには来たことあるけど、獣人たちはけっこう人族嫌いの人が多いから言葉には気を付けていくわよ」



 馬止めに荷馬車の馬を繋いだメイラが表情を引き締めていた。


 メイラのその表情が物語るかのように、周囲の獣人たちはあたしたちのことを物珍し気に見ている。



「そうなの? ボクはデボン村の人たちがけっこう友好的だから、獣人は聞いてたよりも人族を嫌ってないのかと思ってたけど」


「デボン村の人たちが特別に友好的だったんだと思うわ。ほら、元々鉱山の人たちと交流してたし、フィーン君たちの件もあったからね」


「マリベルはアルお兄ちゃんもメイラお姉ちゃんも嫌いじゃないし大好きだよ」



 マリベルは幼いながらも本当に気持ちの優しい子で、色々とあたしたちの世話を焼いてくれたりしてくれていた。


 この旅に出るまで人付き合いは苦手だったけど、メイラとマリベルに出会えたことや、色々なことを経て少しだけ自分が成長できたと実感している。



「アルきゅんもいいけど、マリベルちゃぁ~んもしゅきいい!」



 マリベルの言葉を聞いたメイラが眼をウルウルさせたかと思うと、口先を尖らせて彼女に抱き付こうとしていく。



「はい、メイラ姉さん。そこから先はダメって言ったよね!」



 あたしは、マリベルに抱き付いてちゅーをしようとしていたメイラの顔を手で受け止めると、グイと押しのけていていた。



 旅に付いてきてくれたマリベルにもしものことがあれば、マルコさんに顔向けできないから気を付けないと。


 メイラは隙を見せると、すぐに抱き付いてちゅーしてくるからね。



「アルきゅんのけちー。マリベルちゃんは私の嫁なんだからねー。もう、マリベルちゃん抜きじゃ生きていけない身体にされちゃったんだから」


「他の人が聞いたら誤解するようなことを言わないの」


「だって、事実だからしょうがないでしょ。マリベルちゃんが朝起こしてくれないと起きれないし、ご飯も一人で食べられないもの」



 いや、それはあたしと旅してた時ちゃんと自分でしてたわよね?


 ただ、たんにマリベルが色々とやってくれるからサボってるという気がしてならないんだけど。



 マリベルに必死に抱き付こうとしてもがくメイラの顔を見て、あたしは思わずため息を吐いていた。



「マリベルがお嫁に行くのは、お仕事いっぱいしてお金持ちの人って決めてるから、メイラお姉ちゃんもいっぱいお仕事頑張ってね。お金いっぱい持ってるならお嫁に行くのを考えてもいいかも」



 抱き付かれそうになっている本人は、ニコリと笑みを浮かべてメイラを見ていた。



 優しくて気遣いができて、色々と世話を焼いてくれるマリベルだけど、幼いながらも経済観念はすごくしっかりしたものを持っている子だったわね。


 ずっと父とともに貧乏暮らしをしてきたと本人が言っていたので、お金に対してはけっこうシビアなところも見せていた気がする。



「あぐぅ! マリベルちゃんのためにいっぱい、いっぱいお金稼ぐから、捨てないでぇ!」



 お金を稼ぐようにと言われたメイラが、更に必死な形相で抱き付こうともがき始めていた。



「メイラ、危ないから暴れない」


「アルお兄ちゃんも、メイラお姉ちゃんも危ないから暴れないのー。ほらー、もうすぐギルドの入口に着くよ」



 暴れるメイラを押さえててバタバタしていたおかげで、緊張する間もなく冒険者ギルドの入口の前にまで来ていた。


 ギルドの入口には獣人の冒険者たちが暇そうにたむろって話をしている姿がチラチラと見える。



 この中にフィーンがいるのね……。



「止まれ、人族の冒険者がなんの――」


「おい、こいつユグハノーツの冒険者徽章を付けてるぞ」


「フリックさんたちの関係者か?」



 入口にいた狼の獣人が、あたしの徽章に視線を向け、ユグハノーツの冒険者だと知ると怪訝な態度を改めていた。


 相手の獣人はフリックになったフィーンのことを知っているようなので、あたしは情報を聞きだしていく。




「貴方たち、真紅の魔剣士フリックの行方を知ってるの?」


「フリックさんの行方? さぁ、最近ギルドには姿を見せてないけど、ギルドマスターからの依頼でも受けてるんじゃないか?


「今、この街にいないの?」


「ああ、いるならあのでっかい翼竜の姿が街の上空に見えるはずだが、最近は見てないな」



 狼の獣人はフリックの騎乗する翼竜が飛んでいたであろう街の上空を指差していた。



 冒険者たちが姿を見てないってことは、何かしらの依頼を受けて街を離れているってことかしら。


 だったら、ギルドに直接聞いた方が早いかもしれないわね。



「アル、どうやらフリック君はいなさそうね。中でギルド職員に居場所聞いてみる?」



 話を聞いていたメイラもあたしと同じことを考えたようで、同じことを提案してきていた。



「う、うん。そうだね、何か依頼を受けて街を離れているなら聞いてみた方が早いかも」


「おじさんたち、色々と教えてくれてありがとね。アルお兄ちゃん、メイラお姉ちゃん早く行こう!」


「お、おぅ。役に立てたようで何よりだ――って、オレはまだお兄ちゃんだぞこんちくしょうめ!」



 マリベルが情報を教えてくれた狼の獣人にちょこんと頭を下げると、あたしとメイラの手を引いてギルドの中に入っていった。


 昼を過ぎているせいか、冒険者ギルドの中は閑散とした様子を見せている。


 ギルドの中は依頼受注のラッシュを過ぎているため、窓口担当の受付嬢たちも夕方のラッシュに備えてゆっくりと休憩時間を過ごしてる様子だった。


 その窓口に行く前にちらりと待合室を覗いてみたが、目立つ赤髪の魔剣士の姿は見えなかった。



 やっぱり、いないか。


 さっきの聞いた話だと依頼を受けて街の外にいるっぽいし。



 ギルドの中にフィーンの姿が見えなかったことで、あたしはなぜだか安堵した気持ちになっていた。


 会う決意は固まっているけど、いざ会えると思うとさっきみたいに緊張してしまう自分がいる。



 会えると思っていたフィーンの姿がなく、そのことで心が乱れた自分の弱さを見せつけられていた。



「アル。やっぱり、さっきの冒険者たちが言った通りいないみたいね」


「フリックさんってたしか真っ赤な髪と眼をした魔剣士さんだよね?」


「あ、うん。そうよ。いないみたいだし、窓口に行こうか」


「そうみたいね。チラッと見てもいなさそうだし」


「じゃあ、早く行こう。あっちだよね」



 マリベルがあたしの手を取ると、窓口カウンターの方へ向かって走り出した。


 窓口カウンターに着くと、休憩していた受付嬢の一人がすぐにこちらの姿を見て応対に出てきてくれる。



「いらっしゃいませ、依頼の受注でしょうか?」


「いえ、少し用事がありましてギルドマスターギディオン様へ取り次いでいただきたいのですが。ボクたちの身分はこちらの書類で辺境伯様が保証してくれてます」



 あたしはポーチから辺境伯家の紋章が描かれた小さな羊皮紙を対応に出てくれた受付嬢に差し出す。


 羊皮紙には、辺境伯があたしたちの身分について保証をするとの内容が書き連ねられていた。



 この羊皮紙は、身分を隠したままのあたしがフィーンを追うなら、色々と困ったことも起こるだろうと言って、辺境伯様が旅立つ前に届けてくれた羊皮紙だった。


 これまでの旅では使う必要はなかったけど、フィーンの所在をギルド側に聞くためには、こちらの身分を保証してもらうのが一番手っ取り早く話が通じると思い、ありがたく使わせてもらうことにした。



「こ、これは! エネストローサ家の紋章!? 辺境伯家の使いの方ですか!? そ、早急にギディオン様への面会を取り付けますのでお待ちください」



 羊皮紙の紋章を見た受付嬢は、慌てて窓口の奥に駆け出していく。


 あたしたちがエネストローサ家の関係者と知られたことで、それまでゆったりと休憩していたギルド職員たちの視線が一気にこっちに向くとざわつき始めた。



「エネストローサ家からの使いって、もしかしてノエリアお嬢様の件かな……」


「金髪碧眼の若い剣士ってところから見ると、騎士団の人か? あ、でも冒険者徽章付けてるな。冒険者っぽいぞ」


「獣人の幼い子も一緒だし、もう一人の女性は装備からして遺跡探索者っぽいな。不思議な組み合わせだぞ。何者?」



 ギルド職員たちから向けられる視線が気になり始めた頃、先ほどの受付嬢が戻ってきた。



「お待たせしました。ギディオン様が面会されますので、こちらへおいでください」


「早速面会を取り次いで頂き、ありがとうございます」



 あたしたちは受付嬢にお礼を言うと彼女の後について、二階にあるギルドマスターの執務室へ向かった。

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