155:出生
ヴィーゴは、異様な目の輝きを見せたまま、笑みを浮かべ俺たちの方へ近寄ってきた。
「で、私たちとの交渉に入る前に、君たちの出生についてまずはお伝えしておかねばならんことがあるのですよ」
「出生についてだと?」
この期に及んで俺たちの出生について話したいだなんて、本当に意味が分からない。
ノエリアはともかく、俺とアルフィーネは大襲来で両親を失ったただの孤児でしかない。
「ええ、フリック殿、アルフィーネ殿、ノエリア殿。君ら三人が人を超える存在であることをお伝えしておかねば、私との交渉に応じてくれないと思いますのでね。でもその前に人質はお返ししますよ」
ヴィーゴは拘束していたノエリアを解放すると、こちらに向けて歩かせた。
「フリック様……」
「怪我は……ないね」
「はい、無事です。足手まといになってしまい申し訳ありません」
すぐにノエリアを拘束していた縄を解く。
「いいや、ノエリアのおかげでここまで無事に来れた。足手まといだなんて思ってない」
交渉するための人質として、捕えていたノエリアを解放する意図はなんだ?
解放し交渉すると油断させて、こちらを全員殺すつもりか。
白い装束の者たちの筒先は、こちらに向けられたままで、いつでも金属の球を撃ち出せる状態にある。
「ここにフリック殿とアルフィーネ殿が育った孤児院の院長だったダントン氏が書いた手記がある。強い癖字ですが、見覚えがあるでしょう?」
ノエリアを解放し両手が空いたヴィーゴが、服の内ポケットから一冊の本を取り出して、こちらに見せてくる。
たしかにあの癖の強い字は、ダントン院長の文字に見えるけど。
チラリとアルの方を見ると、俺と同じことを思ったようで、頷きを返してきた。
「ここには今から二〇年前、大襲来で混乱の最中にあったハートフォード王国の王立魔法研究所が行ったある実験計画についての詳細が記されております」
ダントン院長とフィーリア先生が、ライナス師の直弟子だってこの間知ったけど。
王立魔法研究所でなんの研究をしてたのかは、本人たちもシンツィアも教えてくれなかったよな。
あの手記は、ダントン院長がまだ孤児院を開く前に書いた手記か。
ヴィーゴは、ダントン院長の手記の中身がこちらに見えるようにページをめくる。
「計画名は『超人計画』。計画実施監督者はライナス殿。研究助手としてダントン氏、フィーリア氏、シンツィア氏、そしてフロリーナ氏の四名が参加していると書かれております」
「超人計画って、あれはジャイルがでっち上げたニセ計画のはずじゃ?」
「ええ、私がジャイル様にお伝えした内容はこちらで勝手に作り上げたでっち上げです。ですが、この手記に残されている内容は、実際に実施された計画内容」
本当の『超人計画』が存在しただって……!?
それも、ダントン院長やフィーリア先生だけでなく、ライナス師やシンツィア様、フロリーナ様まで参加した計画が存在した。
こちらを見るヴィーゴの唇が吊り上がるのが見てとれた。
「簡単に説明させてもらうと、魔法文明時代の遺物である魔導器に、人を複製するというものが存在しておりました。ライナスたちは、その人類複製機を使い、剣と魔法を極めたとされるハートフォード王国建国王と、その妻であった最強の剣士で初代剣聖を複製したのですよ」
ジャイルが、でっち上げで喋っていた内容とほとんど変わらないじゃないか!? 複製人間を作る魔導器だって!? そんな物が魔法研究所に本当に存在してたのか?
それに複製した人間の元となったのが、建国王と初代剣聖?
そんなおとぎ話みたいなことが、本当に実施されたわけが――。
「それだけでもかなりのものですが、彼らはその複製体に対し、さまざまな魔法的儀式を使い、竜の血よる身体組織の強化や、巨大魔結晶移植などで魔力量の強化措置を施し、人類を超える存在としてこの世に産み落としたのです」
なんだ、それ……。
人を複製しただけでなく、いじくり回したってことかよ。
いや、そんなことをあのダントン先生たちがしてるわけがない。
俺は手記を持ち、口の端を吊り上げて薄く笑うヴィーゴの顔を睨みつけた。
そんな俺をあざ笑うかのようにヴィーゴは次のページをめくる。
「『超人計画』第一案の被験者となった複製体に付けられた名がここに」
ページには癖の強いダントン院長の字で『フィーン』と『アルフィーネ』という名が記されていた。
「フリック殿とアルフィーネ殿だったというわけです」
「っ!?」
「驚かれるのも仕方ありませんね。関係者は一人を残して全員口を噤んであの世に旅立たれましたからな」
俺とアルフィーネが魔導器によって複製され、色々と強化された者だって。
そんなの嘘だ。
全部、ヴィーゴのでまかせだ!
俺とアルフィーネはだたの……ただの孤児だ!
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