154:狂人



 ヴィーゴのいた壁が左右に分れると、こちらに進めと言わんばかりの通路が現れた。



「フリックさん、アル。足手まといになっちゃってごめん」


「アルお兄ちゃん、フリックさん。マリベルたちは大丈夫だから進んで」


「二人は私が必ず守ってみせるから、アルは先に行って」


「みんな……」



 アルは、光る格子に囚われた三人を心配そうに見つめていた。



「ヴィーゴの思惑通りに動かされるのは気に入らないけど、ノエリア様と三人を助けるためには進むしかないみたい」


「わたしも同意見だな。とどまったところで、状況の改善は見い出せん。相手が来いというんだから行くしかあるまい」


「そうですね。進むしかない。三人とも絶対に助けるから、待っててくれ」



 囚われた三人は無言で頷きを返してくれていた。



「シンツィア様もこれ以上進むのは危ないんで、ここで待っててください。ノエリアは必ず俺が助け出してきますから」


「動けないんじゃ、足手まとい以下だしね。ごめん、フリック。ノエリアのこと頼むわね。絶対に助けてあげて」



 バラバラになって地面に転がったシンツィアの鎧に向かって頷き返す。



「先に進もう」


「うん」


「心得た」



 俺はガウェインとアルを連れ、新たに開いてできた通路の奥へ駆け出した。



 金属製の床の通路を進むと、光が自分たちの進む先を照らし出しだしていき、しばらくするとガラス壁に変化していた。


 ガラスの壁の向こうには、緑の液体が満ちており、人とアビスウォーカーの混じったような怪物が、こちらを恨めしそうな顔で見つめている。



 アビスウォーカーの死骸だろうか?


 薄気味悪い……。まるで、人がアビスウォーカーに変化したように見えるな。


 こんな物を通路から見えるようにしてるなんて、悪趣味としか言えないぞ。



 アルもガウェインも俺と同じような思っているらしく、顔をしかめながら通路を進んでいた。


 やがて、通路は壁に突き当たった。


 次の瞬間、それまで先を照らしていた光が赤に変わり、激しい明滅を始めたかと思うと、騒がしい音が通路内に鳴り響いた。



「なんだ!? どうなっている?」



 けたたましい音とともに、来た方からガラスの割れる音が連続して聞こえたきていた。



「ガラスが割れる音がしてる。もしかして、さっきのやつらは死んでなかったのかも」



 通路内を赤い光が乱舞する中、来た道から人とアビスウォーカーの混じった怪物が猟犬のように四つ足で駆けてくるのが見えた。



「来たぞ!」



 駆け寄ってきた怪物の爪を避けると、人らしき頭部を刀身で貫く。


 頭部を貫かれた怪物は四肢を痙攣させると、地面に倒れ込んだ。



 弱い! 新しいアビスウォーカーじゃないのか!?


 今までで一番弱いぞ。



 数こそ多いものの、襲ってきたアビスウォーカーもどきの怪物は、今までのとは比べ物にならないほど弱く、魔法剣すら使うことなく撃退することができていた。



「コロシテ、コロシテ……ラク二ナリタイ」



 喋った!? アビスウォーカーが喋るなんて聞いたことがない!?


 これはアビスウォーカーじゃないってことか?



 飛びかかってきた怪物たちは、口々に『コロシテ』と叫び、長く伸びた爪でこちらの首筋を切り裂こうとしつように襲いかかってくる。



「フリックさん、この怪物って……」


「アビスウォーカーにしては変だよな」



 アルもあまりの手応えのなさに、困惑しているようで、剣筋が鈍っているのが見てとれた。



「フリーーック! 扉が開いてきた! こやつらなら、わたし一人で十分。とっとと先を急げ!」



 ガウェインの声に平静さを取り戻す。


 行き止まりだった壁が割れ、さらに奥へ進む通路が現れていた。



「ガウェイン師匠、無茶だけはしたらダメですからね。ディーレの修理はガウェイン師匠にしか頼めないんですから」


「分かっとる。自分の最高傑作を放置して死ぬ気などないわ。早くノエリアを取り返してきて、わたしに抱擁させろっ!」


「それはノエリアが決めますから!」


「くぅ、師匠の言いつけを守らん弟子は破門するぞ! ああ、クソ。アルもとっとと行け!」


「は、はい。ご無事で!」



 群がる怪物たちを体当たりで一気に弾き飛ばしたガウェインと入れ替わるように、俺とアルは現れた通路に飛び込んだ。


 俺たちが飛ぶこむのと同時に、開いていた壁は一気に閉じてしまっていた。



「さて、ようやくお話ができるようになりましたな。おっと、動くと銃弾の餌食になるのでお気を付けください。障壁が魔法で構築できない今、銃弾の雨はさすがにお二人でもかわせないでしょうしな」



 部屋の内部には、ヴィーゴとノエリア以外に、金属の球を撃ち出す筒をこちらに向けた白い装束を着た者が四〇名ほどいた。



 障壁が張れないとなると、身体強化魔法を最大限に発揮しても、ヴィーゴの言う通り全部避け切るのは無理か。


 どうにかして、不意を打てればいいんだが……。



 こちらの考えを読んだのか、白い装束を着た男の筒先から、金属の球が撃ち出され、頬を掠めていく。



「変な考えは捨てて、私との交渉に集中してもらえるとありがたい。交渉が成立したあかつきには、ノエリア殿もさきほど捕えた三人も無事に解放いたしますので」


「交渉をする気はない。だが、ノエリアは無事に返してもらうし、お前の野望も阻止させてもらう」


「それでこそ、英雄譚の主人公たる者の答え。やはり、フリック殿に乗り換えた私の判断は間違っていないと信じたい」



 笑みを浮かべたヴィーゴの眼は、もはや正常な人とは思えないほど、異様な輝きを宿していた。

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