153:白い部屋



 淡い光だけが周囲を照らし出している中、動く床は地中深くに向かって降下を続けていく。


 すでに、入口あたりの光は見えない位置まで潜ってきていた。



「床が降りていく速度からすると、ここらへんが、きっとアルとわたしが扉を見つけた深さくらいだと思う」


「まだ、床は地下に向かって動いてるようだが」


「ボクたちがもぐった場所よりも、さらに下に施設があったとか?」


「マリベルたちが働いてた区画以外があったなんて、初めて知ったよ。でも、急に知らない白い装束の人が増えたり減ったりしてたから、ひみつのお部屋があったのかも」


「ひみつの部屋ね。コソコソと動き回るヴィーゴが好みそう」



 がらんどうの鎧のシンツィアからは、表情を窺い知ることができないが、言葉には苛立ちを感じ取れた。



 床は動き続け、さらに深い場所へ向かって降下していく。



「止まった! ここが終点かな?」


「マリベルとメイラは下がって。俺が先頭に立つ」


「扉が開くわ。油断しないように」


「分かってます」


 床が動きを止めると、目の前の壁だった箇所か、左右に開き始めた。



 くっそ、眩しい。


 光が強くて、よく見えないぞ!



 淡い光が灯す光しかない、薄暗い穴を降下してきていたため、強烈な光の強さに目が眩みかけていた。



「真紅の魔剣士フリック殿とその後一行様。ようこそ、我が『フォーリナー』の拠点へ」



 強烈な光の向こう側に、ヴィーゴとノエリアの姿がぼんやりと浮かび上がっている。


 光の強さに徐々に目が慣れていくと、扉の向こうには巨大な真っ白い空間が広がっているのが見えてきた。



 いったい何のための部屋だ。


 数十人が動き回っても十分に余裕なくらい大きな部屋だぞ。



 周囲を警戒しながら、部屋の中に入っていく。



 アビスウォーカーや、敵の気配は今のところしてないが。


 あのヴィーゴとノエリアはまた幻影だろうか。



「さて、皆さんにはここで外の汚れを落としてもらいますよ。これから降る雨は人体には無害なのでご安心を」



 ニヤリと笑ったヴィーゴが何かを操作すると、背後の扉が閉まり、天井から滝のような雨が一気に降り注いできた。



「っ!?」



 雨が降り出したかと思うと、シンツィアの使役していた土のゴーレムたちが姿を維持できなくなり、もとの土くれに戻っていく。



「ああ、人体には無害ですが、魔素マナには敏感に反応しますので、身体のないシンツィア殿には猛毒かもしれませんな」


「くっ! ヴィーゴ! 鎧から周囲の魔素マナが吸収できない。これじゃ、身体を動かすことが……」



 大量の雨を浴びたシンツィアが、膝を突いたかと思うと、本体代わりだった鎧がバラバラになって崩れた。



「シンツィア様! 大丈夫ですか! いったい何が起きて!?」


「大丈夫。残ってる魔力で意識は保てるわ。でも、あの雨が周囲の魔素マナを綺麗さっぱり洗い流したらしいから、わたしが鎧にかけてた使役魔法を解除された。完璧に制御してたノエリアの使役魔法が解けた理由がこれだったわけね」


魔素マナが洗い流された?」


「そうとしか思えない。この場所だと外に影響する魔法は行使できないし、魔力の自然回復もしないわ。自然界ではありえない場所になってる」


「わたしの身体強化魔法は解けておらんが?」



 ガウェインが、身体強化魔法で増量した自らの筋肉を誇示してくる。



「内部に蓄積した魔力をもとにした魔法には干渉してないってことよ。攻撃魔法や、使役魔法、支援魔法でも外部に干渉する魔法は使えないと見た方がいいわ」


 ゴーレムや小動物を操る使役魔法は、外にある魔素マナに干渉してるから、魔素マナがすべて消え解けたということか。


 攻撃魔法が使えないって話だけど、魔法剣はどうなんだろうか?



『やってみます』



 ディーレが俺の意思を読んで、魔法剣を発動させた。



 魔法剣は使えるって感じか。


 けど、魔力が回復しないとなると無駄遣いはできない。



「こちらが有利な場所をと思いましたが、魔法剣は発動させられてしまうようでしたな。では、交渉を聞いてもらえるよう、さらに魔力を削らせてもらいましょう」



 魔法剣の発動を察したヴィーゴが、再び何を操作していく。


 すると、白い壁が左右に割れアビスウォーカーたちが姿を現した。



「キシャアアア!」



 新たに現れたアビスウォーカーは、特徴的な黒い鱗はほとんど持たず、真っ白な身体をした個体たちであった。



 早いっ! 今までとは段違いに素早い動きをしてる!



 あっと言う間に距離を詰めてきたアビスウォーカーの爪が頬を掠めていく。


 ディーレで反撃しようと、体勢をととのえようとしたが、息を吐く暇もないほど素早い攻撃を繰り出してくる。



 避けるのが精いっぱいか。


 見切れる速度の攻撃じゃない。



 白いアビスウォーカーの猛攻は、休むことなく続いていた。



「ああ、そのアビスウォーカーたちは原型に近い試作型でしてね。攻撃本能と素早さに特化してるんで気を付けてください」



「ぬぅううんっ! はぁあああっ! 素早かろうが捕まえてしまえばこちらのものよ!」



 肩口に爪を受けたガウェインが、そのままアビスウォーカーの身体を抱擁するように締め上げる。


 苦しんだアビスウォーカーが悲鳴を上げると、身体が上下に分断された。



「ふぅううう! やってやったが、地味に痛いぞ」



 肩口に爪を受けたガウェインは、地面に血を滴らせていた。



「ガウェイン師匠、無理はしないでください!」


「今、無茶をせんでいつするのだ。わたしはノエリアを奪還せねばならんのだ」


「そう……でしたね」



 ガウェインの言葉に奮起した俺は、ディーレを構え直すと、襲い掛かってくる白いアビスウォーカーの群れに突っ込んでいく。



 攻撃魔法が使えないなら、魔法剣でぶった切っていくしかないんだ。


 ちゃんと、相手の動きを見ればいい。


 剣士としては超一流まで到達してないけど、剣聖アルフィーネの剣を受けてきた者として恥じない腕を見せないとな。



 群がるアビスウォーカーの爪を見切り、紙一重で避ける。



 生じた隙を突いて、魔法をまとった刀身をアビスウォーカーの身体に打ち込んだ。



「ギャアアァアア!」



 魔法剣を受けた白いアビスウォーカーは、いつもとは違い、魔法剣がかなりの効果を発揮して身体が炎上していた。



「効いてる!」


「まぁ、試作でしたのでね。通常型のアビスウォーカーが持つ対魔法用の黒い鱗を持っていないのですよ。攻撃本能が高く、素早いのですが、魔法に対しての抵抗値がほぼゼロの個体です。遠距離の魔法に対し非常に弱い個体になってしまった。限定された場所なら強いはずですがね」



 戦いを見守っているヴィーゴは、炎上して地面に倒れ伏した白いアビスウォーカーに視線を向けた。



 ヴィーゴのやつ、俺たちにアビスウォーカーの弱点を教えるなんて、何を考えているんだ。



 群がってきた白いアビスウォーカーの攻撃をかい潜り、できた隙を突いて次々に魔法剣で斬り伏せ炎上させていく。



 見る間に白いアビスウォーカーの数は減っていた。


 だが、同時に魔力が消費され、底が感じられるまでに減ってきていた。



「まぁ、試作型じゃこれが限界ですか。では、そろそろここからはご無礼しましょう。ああ、交渉の成功率を上げるため人質は増やさせてもらいますよ」



 ヴィーゴが機器を操作したかと思うと、マリベルとメイラとソフィーがいた地面から光でできた格子が発生していた。



「メイラ、マリベル、ソフィー!」


「おっと、アル殿、その格子には触らない方がいいですよ。触れたら、塵一つ残さずにこの世からおさらばするくらいの威力ですので。彼女らの命が助けたいなら、私の言うことを聞いてください」


「くそ、ヴィーゴ、いったい何がしたいんだ!」


「ですから交渉だと申し上げたはず。では、次の部屋へお進みください」



 それだけ言うと、ヴィーゴの姿は白い巨大な部屋からかき消えていた。

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