外伝 第五話 呼び出し

 冒険者の人たちとの実戦形式での打ち合いで、あたしが完全勝利した日の夜、ダントン院長先生夫妻に院長室にフィーンとともに呼び出された。


「アルフィーネ、食事の時も注意したけど、木剣は持ち歩かないって言ったわよね?」


 今日初めて剣に触れてからずっと、片時も離さず手の届く範囲に持ち歩いているのを、フィーリア先生に何度も注意を受けた。


 でも、剣があればあの不快な視線を感じず、脳内に再生されるあの声も聞こえなくなるため、あたしは取り上げられないように抱え込むと、首を振って拒否をする。


「フィーリア先生、アルフィーネを許してあげてください。剣があると安心できるって本人は言ってるんで」


「でも、常に持ち歩くのはお行儀は悪いでしょ?」


「たしかにそうですけど……」


 フィーンがチラリとこちらを見てくる。


 あたしは、頑なに首を振って拒否の姿勢を見せた。


 今までなら、フィーンが困った顔をしてたら、彼の言うことを聞いてたけど、人生で初めて自分の意思を示した。


「フィーリア、大人しいアルフィーネが珍しく自分の意思を示しているんだし、剣を携えることで落ち着くなら、そう叱ることでもなかろう」


 あたしの方を見て苦笑していたダントン院長先生が、フィーリア先生に剣を持ち歩くことを許可するように取り計らってくれた。


 ダントン院長先生は、これまでも夜怖くて泣いてた時、夢の話を聞いてくれたりとか、不安感を和らげるためにと、フィーンと一緒の部屋で寝起きしていいとかを許してくれた優しい大人だ。


 世間で言うところのお父さんって言う人は、ダントン院長先生みたいな人のことを言うんだと思う。


 そうなると、いつも怒ってるフィーリア先生がお母さんかな。


 あたしとフィーンも孤児院にいる子たちと同じように大襲来で両親を亡くしている。


 生まれてすぐに両親が亡くなったと聞いているため、あたしたちは親の顔を知らない。


 だから、二人があたしたちにとっての親みたいな人だと勝手に思っている。


 優しいダントン院長先生からの助言で、眉間に皺が寄っていたフィーリア先生も表情を緩めた。


「もうー、ダントンはアルフィーネに甘いわね。しょうがない、木剣の携行はしてもいいけどちゃんと鞘にしまってベルトで吊ること。練習以外では人に向けない。アルフィーネ、この二つ、ちゃんとお約束できるかしら?」


「はい! 約束します!」


「あら、珍しく元気に即答したわね。そんなに剣が気に入ったの?」


「はい、剣があるとすぅっと意識が研ぎ澄まされて、あの視線と声が聞こえなくなるんです。それに身体も自由に動くから、すごく楽しい!」


 フィーリア先生を心配させるようなことを言っちゃったかな。


 でも、剣を握ったことで世界が変わったのは事実だし。


 あたしの話を聞いたフィーリア先生は、それまでの表情を引き締め、心配そうに肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。


「そう……。でも、剣の練習はほどほどにね。女の子だから怪我とかしたら大変だし」


「はぁーい」


「剣を持ち歩く許可をもらえてよかったね。でも、アルフィーネはベルトと鞘を作ってもらえるのかいいなぁ」


 フィーンが木剣を抱えているあたしを羨ましそうに見てくる。


 生まれてからずっと一緒に育ったため、今日の訓練の様子から、彼も剣術に興味があるのが見て取れた。


「あ、あのぅ。フィーンの分も一緒にお願いできますか?」


「え? 俺の分まで」


「おや、フィーン君も欲しいのかい?」


「え? あ、はい。俺も欲しいかも……」


 ダントン院長先生は、少しだけ考え込む仕草をしたが、すぐに頷き返してくれた。


「いいよ。二人分、作ってあげよう。けど、素人が作るからいいものを期待したらダメだぞ」


 ダントン院長先生は、少しだけ照れた顔をしながら、フィーンの頭を撫でる。


 お揃いの剣の鞘とベルトを作ってくれると聞いて、嬉しくなったあたしは、ダントン院長先生に抱き付く。


「ありがとう! 院長先生! フィーンの分も作ってくれて!」


「贅沢はさせてあげられてないから、これくらいのことはしてあげないと」


「ダントンも二人に本当に甘いわね。なら、アルフィーネとフィーンのために帯剣用のベルトと鞘を早急に作ってよ。でも、きっと二人を見て、他の子も欲しがるから頑張ってね」


「だよな……頑張るかぁ」


 ダントン院長先生は、それだけ言うと院長室から出て孤児院の中にある工房の方へ向かった。


「さて、じゃあ二人は部屋に戻っていいわ。夜も遅いし、すぐに寝る準備をしてね」


「「はぁーい」」


 フィーリア先生と別れ、院長室から出ると、部屋までの帰り道、先を歩いていたフィーンが急に振り返る。


「アルフィーネ、俺はもっと剣を上手く扱えるようになって、ちゃんと守ってあげられるようになるから安心しててくれよ」


「うん、ありがと。いつも近くにフィーンがいてくれるから、あたしは安心してこれた。でも、これからはちょっとずつ自分でもやってみる」


「そう……か。なら、困ったことがあったらすぐに言ってくれよ。俺が絶対に助けるから」


「うん!」


 それから二人で部屋に戻り、就寝の準備を終えると、疲れていたフィーンはすぐに眠ってしまった。


 あたしは目が冴えて寝られなかったので、今日あったことを秘密の日記帳に書くことにした。

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