外伝 第四話 覚醒


「よろしく、お嬢ちゃん」


 剣を構えて、冒険者の前に立つと、自然と周りの雑音が消え、景色が一変する。


 あの構えからして、あたしに向かって打ち込んでくる気配はないみたい。


 こちらが打ち込むのを狙って、隙を見せてるのね。


 なら、今見えてる隙の部分に打ち込んで行っても、相手は対応できないはず。


 雑念が一切なくなった頭の中で、こちらの打ち込みに対し、相手が動くであろう動きが再生されていく。


 何十、何百の動きが再生されるが、どれもあたしが相手に打ち込んだ形で勝負がついていた。


 これなら、どんな打ち込みを返されても対応できそう。


 でも、あたしなんでこんなことを想像できるんだろうか?


 今まで、一度も考えたこともないのに?


 自らの脳内に剣のやりとりが再生されたことに疑問を覚えたが、それ以上に実戦形式で戦うことへの高揚感が勝ったため、深く考えることはしなかった。


 深呼吸をして打ってこない相手を見据えると、時間の流れが一気に遅くなる。


 中段で刺突の構えをとると、冒険者の人に向かい駆け出す。


「そんな無防備に突っ込んできていいのかい? 手加減するとはいえ、木剣が当たればそれなりに痛いよ」


 あたしは冒険者の人の言葉を意に介さず、刺突の構えを崩さないまま、相手の剣が届く範囲に踏み込む。


 相手が動く――! 上段振り下ろし! 半歩、横にズレ!


 冒険者はあたしが何百も想像した動きの中の一つと同じ動きを見せたため、想像した通りに身体を動かす。


 身体の反応が少しだけ遅い――っ! けど、これならギリギリいけるはず!


「なっ!? 避けた!」


 冒険者の振り下ろした木剣が、左肩ギリギリを掠めていく。


 見えた! 鎧の継ぎ目、脇の下! あそこに突き込めば、あたしの勝ち!


 振り下ろした木剣をかわしたことで、脇の下への隙が大きくなる。


「そこっ!」


 刺突を放った剣先に身体中の力を一気に乗せた。


「ぐあぁ! いてぇ!」


 木剣は狙い通り、冒険者の人の鎧の隙間である脇の下に突き当たった。


 狙い通りにできた! 剣を持つとこんなにも身体が自由に動くんだ! 剣ってすごいや!


 刺突を受けた冒険者は痛みで悶絶したようで、手にした木剣を落として、地面にうずくまってしまった。


「ア、アルフィーネ。すごい、冒険者の人倒しちゃった!?」


「え? あ、うん。そうだね」


 フィーンに言われて、改めて自分がしたことに気付いた。


 かなり年上の冒険者の人と、剣で打ち合いをして勝ってしまったのだ。


「泣き虫のアルフィーネがあんなに強いのかよ。どうせ、まぐれだろ。まぐれ」


「冒険者の人が、女の子だからって油断しただけだろ」


「まぐれじゃないなら、他の人と打ち合ってもらえよー」


 訓練を受けていた年上の子たちが、あたしが冒険者の人に勝利したのが信じられないようで、文句を言い募ってくる。


「アルフィーネは冒険者の人とちゃんとやって勝ったじゃないか! 俺はそう見えたよ!」


「お嬢ちゃんの剣捌き見てたら、真面目にやってみたくなったな。次は私にやらせてくれ」


 うずくまった冒険者の人を介抱してた別の冒険者の人が、あたしに試合を申し込んできた。


 剣を使った実戦はとっても頭が冴え渡るし、身体も動くし、楽しいし、何よりもずっと頭の中を支配してたあの蔑んだ目と声が聞こえなくなる。


 それだけで、心が軽くなるからいいことだらけ。


 あたしはすぐに申し出を受けて、剣を構え直した。


「さっき腕前は見せてもらったから、手加減はなしにしとくぞ」


 新たに試合をすることになった冒険者の人は、油断が見えたさっきの人よりも隙がない。


 構えからして、さっきの人よりも段違いに腕が立ちそうな人だ。


 打ち合いを組み立てる想像も、さっきの人よりさらに多くなっていた。


 きっと、さっきの人よりも強い……けど、勝てない相手じゃない気がする。


 先ほどとは違い、ジリジリと相手との間合いを詰めるように剣を中段に構えたまま、近づいていく。


「さっきみたいに飛び込んでこないか。君は剣の素質があるのかもしれないね」


 向こうもこちらの動きに合わせるように、ジリジリと間合いを詰めるように少しずつ近づいてきた。


 その間も、冴え渡る頭の中で相手が繰り出して来るであろう手をいくつも想像していく。


 無限にも思えたその時間を切り裂いたのは、相手の方だった。


「キェェェェェ!」


 気合とともに繰り出された左斜めの上からの斬撃は予想したよりも早かった。


 早いっ! でも、これくらいなら逸らせるっ!


 斬撃を木剣で受けると、相手の力を上手く使い、自分の木剣の上を滑らせるようにして体勢を崩させる。


「ほぅ、受け流しも完璧か!」


 体勢は崩したのに、反撃する隙がまだほとんど見えない! また、来る!


 冒険者の人は崩した体勢をすぐに整えると、新たに横なぎの斬撃を放ってきた。


 踏ん張って、受け止める! そうすれば――。


「早い! 子供とは思えない反応の速さ!」


 相手の横なぎを小さな身体のあたしが木剣で受け止めたことで、少しだけ向こうに動揺が見えた。


 でも、まだ隙ができるまでは至っていない。


「連撃を受け止められたからには、悪いが手数で押させてもらう!」


 冒険者の人は、一旦剣を引くと再び構え直し、息も吐かせぬ連撃をあたしに浴びせかけた。


 右、右、上、右下、左上、左、左、下っ!


 繰り出される連撃を予想して、最小限の動きが相手の攻撃をかわす。


 身体は素直に反応を返してくれて、呼吸を荒げることなく、相手の攻撃をしのぎ切った。


「かわし切っただと!?」


 数度にわたる斬撃は冒険者の人の呼吸を乱し、それまで見せなかった隙が見えるようになる。


 見えた! これであたしの勝ち!


 注意が散漫になった足元に向け、低い横なぎの斬撃を打ち込む。


「くそ、足元だと!?」


 相手は息が整っておらず、かわそうにも身体を動かすことができず、斬撃は膝裏を捉えた。


「あぐぅ、膝裏を狙うとは!」


 斬撃の痛みで、膝が崩れた冒険者の右肩がちょうど打ち込みやすい位置にまで下がったのを確認すると、そこに向かって振り上げた木剣を渾身の力を込めて振り下ろした。


「ぐぅう! 強い!」


 冒険者の人は肩を押さえると、そのまま地面に倒れ込む。


「ふぅ、勝てた」


「アルフィーネ、すごい。すごいよ。二人目の人にも勝った!」


 フィーンがとっても喜んでいるけど、周りの人たちは驚いた顔をしてこちらを見ている。


「まさか、二人も倒されるなんて……」


「まさかな……」


 その後、残りの冒険者の人たちとも試合をさせてもらったが、あたしは全ての人に圧倒的な勝利を納めることになった。


 剣を始めて握ったこの日から、あたしの世界はそれまでの暗く陰鬱のものから一転して、輝かしい世界に変貌を遂げた。 

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