外伝 第三話 世界の変化
「やあぁっ!」
「そんな打ち込みだと隙だらけだぞ」
冒険者の人は、年上の子が振り下ろした木剣の勢いを、自らの木剣で逸らす。
自然と打ち込んだ子の体勢が崩れて、よろけた格好になった。
「孤児院を卒業して冒険者として生きて行くなら、戦う術を磨かないと生き残れないからな。半端な腕だと、魔物の餌になるだけだぞ」
年上の子たちの打ち込みを受ける冒険者の人たちが、話す言葉はあたしの耳には入ってこず、彼らが行っている打ち合いの動きに視線が釘付けだった。
なんで、あんなに無駄な動きが多いのかな? 相手が年下の子だから、わざとやってあげてるんだろうか?
あれくらいの動きしかしないなら、一本くらい簡単に取れちゃいそうだけど。
チラリと隣に順番を待つフィーンの顔を見たが、彼は打ち合いを前にして昂揚しているようで、目をキラキラさせていた。
『フィーンは、あの冒険者の人に勝てそう?』
彼があの冒険者の人たちの腕をどう見てるのか気になったので、小声で尋ねた。
「え? 勝てるかって? んー、どうかな。やれなくはなさそうだけど、何とか隙を突ければって感じ? アルフィーネは勝てるの?」
「分かんない。フィーンがどう思ってるのか気になったから聞いただけ」
フィーンは勝てるか分からないと言っているが、あたしには勝てる筋道が見えていた。
想像した通りに身体がしっかりと反応してくれれば、きっとあの冒険者の人たちに負ける気はしない。
やがて、打ち合いはフィーンの番になり、剣を握った彼が冒険者の人の前に出る。
「フィーン、頑張って!」
「う、うん! 大丈夫! 俺はアルフィーネを守るために強くならないといけないから!」
剣を構えたフィーンは、冒険者の人と相対する。
「君はさっきしっかり素振りができてた子だね。遠慮せずに全力打ちかかってきていいよ」
「分かりました! いきますっ!」
フィーンは頭を下げ姿勢を低くすると、相手の脛に向かって横なぎの斬撃を繰り出す。
「おっと、そんな奇襲は受けないよ」
冒険者の人は、フィーンの斬撃を読んでいたようで、軽く飛んで横なぎの斬撃を避けた。
「俺もそれは計算してます!」
フィーンは相手が飛んだのを見ると、斬撃を止め、素早い動きで剣を構え直し地面を蹴って、刺突を繰り出した。
「あぶねぇ!」
フィーンの放った刺突は、冒険者の腹部を捉えそうになるが、間一髪のところで木剣で打ち払われてしまった。
「君のは、子供のする動きじゃないな。油断が全くできないよ」
冒険者の人が剣を構え直すと、さっきから見せていた隙が消えた。
やっぱり、年下の子を相手にしてたから、わざと隙を見せてたみたい。
でも、まだ動きに無駄なところもあるし、隙は完全に消えてない。
あたしは、フィーンと相対している冒険者の動きの変化をジッと観察していく。
「もう一本お願いします!」
「いいよ。どこからでも打ち込んできて」
再びフィーンが剣を構える。
さっきと違い、冒険者の人に目に見えるような大きな隙はなくなった。
フィーンもそれを察したようで、中々相手に向かって踏み込めないでいる。
剣術って、面白い! 相手との目に見えないやりとりがある世界だ。
こんな面白そうなことを今までなんでやってこなかったのかな。
フィーンの立場になって、相手の隙を狙い、一本を取るための動きを想像していくだけで、身体中の血が湧きたち今までにない高揚感が広がっていく。
今日、初めて剣を握ったことでそれまでの世界が一変している気がした。
「来ないなら、こっちから行くよ」
隙を見出せず動けないフィーンに対し、冒険者の人が先に動いた。
先ほどのフィーンと同じように頭を低くして、懐に飛び込み、脛を狙って横なぎの斬撃を繰り出す。
「フィーン、飛んじゃダメ! 受け流して!」
「受け流すの!?」
飛んでかわそうとした彼に、木剣で斬撃を受けるように助言する。
横なぎの斬撃は囮で、フィーンが飛べば、冒険者の人はさらに距離を詰めてくる動きを見せた。
懐に飛び込まれれば、飛んでるフィーンに回避するすべはなくなる。
「ほぅ、あっちのお嬢ちゃんには読まれたか」
フィーンが冒険者の人の横なぎを木剣で受け流したことで、狙いが変化する。
「でも――これはどうだ?」
冒険者の人は、フィーンが斬撃を受け流したことで体勢が崩れたことをすでに見抜き、次の動きを見せた。
あの動き、きっと投げ技がきちゃう!
自分に見えた冒険者の動きを伝える前に、冒険者の人は持っていた剣を手放すと、体勢を崩したフィーンの襟首に手を掛け、上手く足をひっかけると地面に投げ飛ばした。
「ぐぇ、投げ技!? ゴホ、ゴホ」
地面に叩きつけられたフィーンは、木剣を取り落とし、打ちつけた痛みによって咳き込んだ。
「まぁ、ちょっと邪道だったけど、君の腕に敬意を表してって思って欲しい。最初の刺突といい、さっきの受け流しの反応といい素質はすごいよ。卒業する時になって冒険者になるなら、うちに欲しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます。でも、俺はアルフィーネを守るために剣を覚えたいだけですから」
「へぇ、そうか。残念だ。気が変わったらいつでも言ってくれ」
冒険者の人は、地面に倒れ込んだフィーンに手を差し出して助け起こしていく。
「はい、卒業までに考えときます」
フィーンはそれだけ言うと、落とした木剣を拾い、こっちに戻ってきた。
「アルフィーネ、あの時、なんで飛ぶなって言ったの?」
「だって、冒険者の人が次に動く姿が想像できたから……投げ技がくるって言う前に動かれちゃったけど」
「次に動く姿が見えた!? ほんとに?」
「うん、たしかに見えたよ」
「俺、ぜんぜん分からなかった」
あたしが冒険者の人の次の動きが見えたというと、フィーンは少しショックを受けた様子だった。
「最後、そっちのお嬢ちゃんは打ち合いをやるかい?」
他の全ての子が打ち合いの練習を終えたようで、冒険者の人たちに散々に打ち込まれ、地面に大の字になって寝転がっているのが見えた。
少し緊張するけど、さっきの動きなら、身体さえ反応してくれれば、かわせないこともないはず。
剣を握って変わった気がする自分の力が通じるか、ちょっとだけ試してみたいな。
あたしは無言で頷くと、冒険者の前で剣を構えた。
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