外伝 第二話 剣の力

「よーし、これから剣術の手ほどきをしてやるから、希望者は中庭に出てきてくれー」


 ダントン院長先生による勉強の時間が終わった教室に、孤児院の卒業生で、王都で冒険者になった人たちが入ってきた。


 年頃の男子たちは一斉に席を立ち、冒険者たちの後について中庭に出ていくが、その中にフィーンの姿もあり、一人で教室に残るのが嫌であたしも釣られて中庭に向かった。


 剣術指導を受けようと中庭に出た子は一五人ほど、卒業が近い男子がほとんどで一〇歳未満はあたしとフィーンしかいない。


 冒険者の人は一人一人に、木製の剣を手渡していた。


「アルフィーネ、剣の練習に参加なんて大丈夫なのか? ダントン院長先生もびっくりしてたけど」


「だって、フィーンが参加してるし、教室にひとりぼっちなんて嫌だから……」


 ヒソヒソとフィーンと話し合っていると、冒険者の人が木剣をあたしの目の前に差し出してきた。


 訓練に参加するという建前がある以上、受け取らないわけにはいかない。


 差し出された木剣をフィーンと一緒に受け取る。


 木剣は木を削り出して剣の形にしただけのもので、お世辞にもいい出来の物とは言えない品物だった。


 そんな粗末な木剣の柄を握ると、不思議と意識が鮮明に研ぎ澄まされる今までにない感覚が身体を貫いた。


 なに? これ? こんな感覚初めてなんだけど!? 剣を握ると力が湧いてでてくるみたいな感じ!?


「はい、じゃあ、みんなに木剣が行き渡ったようだし、構えてみて」


 見よう見まねで冒険者の人と同じ構えをしてみる。


 感覚がさらに研ぎ澄まされていき、時間の流れが遅くなった気がした。


「アルフィーネ? 大丈夫なの?」


 構えたまま、固まっていたあたしを心配してフィーンが声をかけてきた。


「あ、うん。大丈夫。なんか、すごく気分がいいみたい」 


「そ、そう? ならいいけど」


「じゃあ、そのまま木剣を上に振り上げていって、真っすぐに振り下ろす。さぁ、やってみて」


 冒険者の人がやったように木剣をめいっぱい振り上げると、そのまま振り下ろした。


 剣先は空気を切り裂くように音を出し、身体が重さから解き放たれたかのように軽くなる。


 この感覚! すごいっ! 身体が自由に動く!?


「ア、アルフィーネ!?」


「え? なに? フィーン? どうしたの?」


「どうしたのって、それはこっちが聞きたいよ! なんでそんなに鋭い打ち込みができるの!?」


「なんでって、あの冒険者の人の真似しただけだよ? 何かおかしいの?」


 いつの間にか周囲の人の視線が、あたしに集中していたが、フィーンが近くにいるのと、剣を握ったことでいつも感じる不安感を一切感じないでいる。


 こんなに気分がいいのなんて、初めてかもしれない……。


 剣を振るって、とっても楽しいことなのかも。


 もう一度、さっきと同じように構え、頭上から一気に剣を振り下ろしてみた。


「すごいね……君。その歳でしっかり構えて、上段から身体がブレずに振り抜けてるよ」


 先生役の冒険者の人もあたしの素振りを見て、目が点になっていた。


 もしかして、これってすごいことなの? でも、普通にみんなできることだよね?


「あたしだけ見られるのも不公平だし、フィーンもやって見せて」


「え? あ、うん」


 あたしに促されたフィーンが、同じように構えて頭上から剣を振り下ろした。


 やっぱり、フィーンもあたしと同じようにできてる。


 あたしが特別にできるってわけでもないよね。


「そっちの子もかなりできてるね。二人とも剣を握るのは初めてだよね?」


「えっと、そうですね。今回初めてダントン院長先生に許してもらえたので」


「はい、あたしはフィーンの付き添いで参加してるだけです」


 明らかに年下のあたしたちが見せた剣捌きに年上の男子たちは驚いているけど、フィーンもできたし、割と簡単にできることだと思われた。


「他の子たちも、年下の子に負けないようにしっかりと素振りしてくれよ」


 冒険者の人の声かけで、年上の男子たちが、各々手にした剣を振り下ろしていく。


 格好はフィーンよりもさまになってないけど、やっぱ普通にみんなできてるみたい。


 それにしても、剣を振るのは楽しい。


 嫌な視線も気にならなくなるし、不安感も剣を振ってる時は消えていく。


 もう一度構え直したあたしは、他の子たちと同じように、再び上段から木剣を振り下ろす素振りを続けた。



「はぁ、はぁ、もう腕が上がらないや……。アルフィーネはなんでそんなに涼しそうな顔をしてるのさ?」


 フィーンは一〇〇回を超える素振りに、疲れた様子を見せ、呼吸を荒げて片膝を地面に突いていた。


「全然、疲れないや。剣を振るのって楽しいね。フィーンはもう疲れたの?」


「ぜ、全然疲れてないさ。俺ももっと振れるよ!」


 他の子たちも素振りが五〇回を超えたころから、膝を突いてへたりこんでしまっている。


 なんで、こんなに楽しいことで疲れちゃうんだろうか? 無駄に力を込めてるのかな?


 力を抜いて振り抜くだけのことなのに。


 あたしは疲れた顔をしているみんなの顔を不思議な気持ちで眺めた。


「はい、じゃあ素振りはここまでだな。みんな、無駄な力みが多くて疲れただろう? 一番、疲れてなさそうなのはそこの女の子だけだしな」


「へ? あたし? ですか?」


「そう、一番無駄のない素振りをしてたのは、君だけだったね。本当に剣を振るのは初めて?」


 冒険者の人の問いに、あたしは頷くことしかできなかった。


 剣なんて、今まで一度も握ったこともないし、振ったのも今日が初めてだ。


「そうか……世の中に天才ってのはいるのかもしれないなぁ」


 冒険者の人は一人で何か納得したような顔をした。


「まぁ、でも剣術は素振りだけじゃないしね。次は、オレたちと打ち合いという形で実戦に近い形式でやろう。みんな、休憩は終わりだから準備して」


「打ち合い……」


「実戦形式かぁー。真剣に打ち込んでもいいのかな?」


 フィーンは顔をキラキラとさせて、冒険者の人の方を見ている。


 打ち合いってなると、怪我する可能性があるんじゃないかな。


 痛いのはやだなぁ。なんとか、痛くないようにしないと。


 あたしは、手にしていた木剣をしっかりと握り直し、冒険者たちとの実戦形式の打ち合いに参加することにした。

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