外伝 第六話 鍛錬

 ダントン院長先生の作ってくれたフィーンとお揃いの帯剣用のベルトと鞘を付けて、常に木剣を持ち歩くようになって三ヶ月。


 孤児院のあるリスバーン村は雪の降る季節になって、もともと少ない人の往来がさらに減り、ひっそりとした新年を迎えている。


 そんな新年を迎えた孤児院で、あたしはというと、日課となった剣の素振りをフィーンと一緒に行っていた。


「二〇〇! ふぅ、やっと身体が温まってきた」


「はぁはぁ、アルフィーネ、ちょっと息が上がって――」


「ごめん、フィーン。飛ばし過ぎちゃったかも」


 フィーンの息が切れて、膝に手をあてているのを見て、自分の素振りのペースが速かったことを知った。


 剣を振るのが楽しくて、夢中で素振りしちゃってたから気付けなかった。


 いつも気を付けなきゃって思ってるんだけど、やっぱり夢中になっちゃった。


「だ、大丈夫! 休憩できたから、打ち合いの練習しよう! 今日も俺から攻めるね。絶対に一本取ってみせるぞ」


 少しだけ呼吸が整ったフィーンが木剣を構える。


 剣の手ほどきをしてくれた卒業生の冒険者の人はすでにおらず、また孤児院の年上の子たちでは全く相手にならないため、自然とフィーンと二人で剣の練習をするようになった。


 基本的な構えだけしか教えてもらえなかったが、それだけで十分な気もしている。


 あたしとしては剣術が上手くなるということよりも、ただ一心に剣を振るっているのが楽しいからだ。


 フィーンは色々と構えの型とか、剣の振り方を知りたがっているみたいだけど。


 剣の手ほどきをしてくれた冒険者の人たちは、冬の雪が溶けるくらいの時期にまた来ると言ってたから、その時に指導してもらおうって話し合ってる。


 フィーンの呼吸が落ち着いたのを見計らい、あたしも剣を構える。


「どこからでもいいよ」


「うん、じゃあいくよ!」


 感覚を研ぎ澄まし、フィーンが繰り出してくるであろう剣筋を想像の中に読み込んでいく。


 これまでの打ち合い練習の中で、彼が繰り出した剣筋は全て記憶しているため、百近い数が脳裏に浮かび上がる。


 その百近い剣筋とその他に考えられる剣筋を足し、今日の体調や環境を考慮した中で、繰り出す可能性の高い手を選び出す。


 今日の初手は疲労が溜まってるし、すぐに決着を付けようと、きっと飛び込んでくるはず。


 あたしはかわすか、受け流すか、それとも――。


 フィーンが動き出す気配を感じたため、すぐに自身の対応に決断を下し、身体を反応させた。


「なっ! アルフィーネ!?」


「飛び込んでくることは分かってたから、そうはさせない」


 飛び込ませないように、フィーンの動きに先んじてこちらが動き距離を詰めた。


 あたしとフィーンの木剣が交差し、押し合いからの力比べが始まる。


 剣を手にしたことと、三ヶ月の鍛錬で身体に力がみなぎってきていた。


「強いっ! けど、これなら!」


 フィーンは力ではかなわないと見て、自身の力を引き、体勢を崩そうとしてくる。


「それじゃ、あたしから一本は取れないよ。フィーン」


 フィーンの動き想定済みのため、あたしは押す力を弱め、離れようとしたフィーンの手に向け、斬撃を放つ。


「くっ、斬撃が早い。けど――」


 必死の表情であたしの放った斬撃を捌いたフィーンだけど、もうこの段階で彼の勝ち筋は残されていない。


 捌かれた剣先を勢いよく引き力を込めると、間合いを詰め、防御がおろそかになったフィーンのみぞおちに刺突を撃ち込んだ。


「ぐえ、嘘だ。早すぎて見えないや」


「ご、ごめん、フィーン」


「だ、大丈夫。俺は丈夫だからっていつも言ってるだろ。これくらい平気さ」


 みぞおちを押さえ、膝を突いたフィーンは心配ないと言いたげに苦痛に歪む顔を隠そうと、ニコリと笑う。


 その顔を見てると、自分が悪いことをしたかのような感覚に陥る。


 けど、村であたしの剣を受けられる人は、大人も含めフィーン以外、誰一人いなくなっていたこともあり、ずっと甘えさせてもらっているのだ。


「今日はこれくらいにしとこう。もうすぐ、朝ごはんになるし。練習してて遅れるとフィーリア先生に怒られちゃう」


「あ、ああ。そうだね。そうしようか。また、夜ご飯が終わったあと練習しよう! その時はちゃんと一本取るから!」


 立ち上がったフィーンは自身の木剣を鞘にしまうと、膝についた土ぼこりを払った。


「うん、フィーン、あたしの練習に付き合ってくれてありがとね」


「なんでそんなこと言うの? 俺も剣術は強くなりたいと思ってるし、実際強くなってるからこっちも助かってるよ」


「ほんとにそう思ってる?」


「ああ、早くアルフィーネから一本取って、俺の剣で守れるようにならないといけないからね」


 一番身近にいてくれて、あたしに安心感を与えてくれる存在。


 それがフィーンだ。


 剣を一緒に練習するようになっても、その思いに変化はなかった。


「フィーン君、アルフィーネ、みんなが朝ごはんを待ってるから剣をしまって早く来なさい!」


 食堂にこないあたしたちに痺れを切らしたフィーリア先生が、窓から顔を出して早く来るように呼んできた。


「アルフィーネ、早く食堂に行かないとまたお手伝い増やされちゃう」


「そ、そうだね。早く行こう!」


 あたしはフィーンの手を引くと、急いで食堂に向かった。

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