外伝 第七話 疫病除けの儀式


 食堂についたあたしたちは、フィーリア先生からのお小言をもらったが、短い時間で済んだ。


 すぐさま自分の席に着いて朝食をとると、あたしとフィーンと同じ今年七歳になる子たちだけ食堂に残された。


 残された理由はすぐにピンときた。


 そう言えば、いつもこの時期にやってたなぁ。


 ついにあたしたちも疫病除けの儀式をするんだ。


 一五歳の成人まで、半分を過ぎた祝いでもあり、今後怪我や疫病にかからないことを祈って、親が繁栄の象徴である麦の穂の刺青を子供の首筋に入れるのが、ダントン院長先生の生まれた地方の風習だそうだ。


 ダントン院長先生自身も親から入れてもらったそうで、自分の子供だと思って育てている孤児院の子たちには自分の手で刺青を入れている。


「さて、みんなも今年には七歳だ。そのお祝いも含め、疫病除けの刺青を入れさせてもらうよ。ちょっと痛いかもしれないが我慢してくれ」


 食堂の椅子に腰かけたダントン院長先生は、あたしたち七歳になる五人の子の前でそう言うと、鋭い金属製の針とインク壷、そしてお酒らしい液体をお盆の載せてある台車を自分の近くに寄せた。


 痛いのか……やだなぁ……。


 上の子たちでも泣いた子もいたって聞いてるし。


 でも、みんなやってもらってるからなぁ。


 ダントン院長先生の近くにある台車の上に置かれた金属製の針を見て、緊張からゴクリと喉が鳴る。


「アルフィーネ、大丈夫! 俺が最初に行くし、アルフィーネの番の時は手を握っててあげるから、頑張ろう!」


 フィーンもこれから行われるであろうことに対し、緊張感を漲らせた顔をしてこちらを見た。


「みんな、そんなに心配しなくてもいいわよ。ダントンの腕はいいから、痛いのほんのちょっとだけだし。どうしても我慢できないならお薬で痛み和らげてあげるから申し出て」


 フィーリア先生も苦いお薬を入れた瓶を持って、ニコリと笑顔を浮かべた。


 あのお薬、とっても苦いから絶対に飲みたくない。


 少しくらいの痛みならちゃんと我慢しよう。


 他の子たちも蒼い顔色をしてるため、同じことを思ったようだ。


「じゃあ、フィーン君からいこうか。こっちの椅子に座って」


 金属製の針を持ったダントン院長先生が、フィーンを目の前の椅子に手招きした。


「は、はい! お願いします!」


「そう、緊張しないでいいから力を抜きなさい」


 ダントン院長先生は、緊張したフィーンの肩に手を置く。


「は、はい」


 お酒を浸した布で首筋を消毒すると、インクを付けた羽ペンで麦の穂の下書きを書き込んだ。


「さぁ、行くよ」


 下準備を終えたことで、羽ペンを金属製の針に持ち替えたところで、あたしは見ていられなくなり、手で目を覆った。


「いぎぃ……いてて。でも、これくらいならアルフィーネの剣を受けた時の方が……」


「フィーン君、喋っちゃダメだよ」


「は、はい」


 視界を覆っているため、二人のやりとりは声しか聞こえない。


 フィーンの苦悶の声だけが聞こえてくる時間が過ぎていった。


「はい、終わり。よく我慢したね。さすがフィーン君だ」


「終わったらこっちね。刺青の腫れが引くまでは包帯巻くわよ」


 覆っていた手をどけると、刺青の入れ終わったフィーンは、フィーリア先生の方に行き、首に包帯を巻かれていた。


 心配になったあたしはフィーンのもとに駆け寄る。


「フィーン、大丈夫?」


「うん、ちょっとだけ痛かったけど、我慢できる痛みだったよ。きっと、アルフィーネも大丈夫」


 チラリと横を見ると、すでに次の子がダントン院長先生によって、首筋の消毒を受けていた。


 フィーンは大丈夫って言ったけど、やっぱり怖いよ。


 さ、最後にしてもらおうかな。


 順番をどこにしてもらうか、迷っている間に結局最後になってしまった。


「さぁ、最後はアルフィーネか。みんな大丈夫だったのを見てたから安心できたはずだね?」


「はい、たぶん。で、でも怖いからフィーンの手を握ってていいですか?」


「あら、最近は自分で何でもやれるようになった気がしてたが、やっぱりまだフィーン君に頼らないとできないこともあったのね。フィーン君も心配してるみたいだし、ダントン許可してあげて」


「ああ、いいだろう。フィーン君、すまないがアルフィーネの手を握っててやってくれ」


「はい! アルフィーネ、俺がついてるから大丈夫!」


 フィーンがあたしの手をしっかりと握ってくれたことで、刺青を入れてもらう決心がついた。


 目を閉じると、ダントン院長先生に全てを任せる。


 消毒するための布のひんやりとした感触と、お酒の匂いが鼻に届く。


 羽ペンの先で下書きが書かれていくたび、こそばゆい感覚が押し寄せてきた。


「さて、痛いかと思うが我慢してくれ」


 ひやりとしたかと思うと、チクリと刺される痛みが首筋に走る。


 あたしはグッと、唇を噛み、フィーンが握ってくれてる手をギュッと握り返した。


「アルフィーネ、大丈夫、俺がそばにいるから」


 フィーンの励ましに勇気づけられ、閉じた眼から零れそうになる涙をこらえる。


 それからチクチクと針を刺された痛みが、永遠と思えるくらい続き、あまりの痛みで途中で気を失いかけた。


「よし、終わり。よく、我慢したね。あとはフィーリアに包帯を巻いてもらいなさい」


 無言で刺青をしていたダントン院長先生が、そう声をかけると、背後からフィーリア先生も声をかけてきた。


「泣かなかったし、えらいわね。しばらくは腫れるだろうから、すぐに包帯をして化膿しないようにしないと」


 フィーリア先生の前に置かれた椅子に座り直すと、まだ腫れてジンジンとした痛みを発する刺青に綺麗な包帯を巻きつけてくれる。


「アルフィーネ、大丈夫だった?」


「うん、フィーンのおかげで我慢できた」


 気絶しかけた時も、フィーンの手のぬくもりのおかげで、何とか意識を保つことができた。


 あれだけの痛みの中、彼がそばに居てくれなかったら、とうに気絶して倒れてたと思う。


「はい、じゃあ、みんな集まって」


 あたしの首筋に包帯を巻き終えてフィーリア先生が、刺青を入れ終わった子たちを呼んだ。


「みんなの七歳の誕生日をお祝いして、あまーいお菓子を用意したわ」


 フィーリア先生は、食堂の奥に置いてあったお盆を手に取ると、集まってきた子たちの前のテーブルに置く。


 甘いお菓子! 何かな! 料理上手なフィーリア先生が作ってくれたのだからきっとおいしいんだろうなぁ。


 甘いお菓子という言葉で、首筋の痛みが気にならなくなる。


「今日はカスタードプディングを作ってみたわ。切り分けるから待ってね」


「「「「「うわーい、やった!」」」」


 みんなフィーリア先生の作る甘いお菓子が大好きだ。


 もちろん、あたしも好き。


 甘いものを食べると幸せな気分になれる。


「アルフィーネ、フィーリア先生のカスタードプディングだって! 他の子たちには内緒しとかないとね」


「う、うん。みんな大好きだもんね」


 孤児院は色んな人からの寄付で成り立ってると、常々先生たちから言われてる。


 ただ、僻地の孤児院であるため、寄付はあまり多くない。


 自然と卒業した子たちの仕送りが、頼りになってると聞いたことがある。


 そのため、孤児院では野菜や小麦、家畜も自分たちで世話をして自給自足に近い生活だ。


 だから、砂糖をいっぱい使う甘いお菓子とかは、たまのご褒美とか、誕生祝いの時くらいしか食べられない貴重品であった。



 フィーリア先生が切り分け、お皿に乗せたカスタードプディングにみんなの視線が集中する。


 我慢してる子の喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。


「本当ならもっといっぱい食べさせてあげたいんだけどね」


「至らないわたしらを許してくれると助かる」


 ダントン院長先生とフィーリア先生が申し訳なさそうに、みんなの前に切り分けたカスタードプディングの乗ったお皿を並べていく。


「いいえ、先生たちがいてくれるから俺たちは今まで生きてこれました。これからも、迷惑かけるかもしれないけどよろしくお願いします!」


 フィーンがみんなを代表する形で、先生たちに感謝の言葉を返してくれた。


 あたしも二人には感謝をしても、しきれないほどの恩を感じている。


 自然と二人に頭を下げた。


 他の子たちも同じように感じたようで、みんなが先生たちに頭を下げる。 


「フィーン君……みんなもありがとう、その言葉だけで色々と慰められるよ」


「さぁ、みんな食べていいわよ」


「「「「いただきます!」」」


 それからは、フィーリア先生が作ってくれたカスタードプディングを惜しむように堪能して、幸せな気持ちになった。


 やっぱり甘いものは幸せになれる。


 今日の幸せを忘れないように日記帳に書いとかないと。


 大人になるまでに、フィーリア先生からお菓子の作り方を聞いておかないといけない。


 自分で稼げるようになった時、自分でも作れるようにしときたいし。


 成人まであと七年か、長いようで短い気もする。

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