94:対面


「嘘だろ……」



 貴族街に繋がる城門には、吊るされて日が経ち少し腐乱した女性の遺体が、長い黒髪を風になびかせている。


 吊るされている人は、身長や身体つきからしてアルフィーネと同じ年代の女性に見えた。



 黒髪の若い女性……。


 やっぱり、処刑されたのはアルフィーネだったのか。



 吊るされている女性がアルフィーネなのかと思い、それを拒絶するためか全身が震えはじめた。


 ただ、黒髪の若い女性というだけでアルフィーネだと断定する情報を得られないため、自分の中であの遺体は彼女だと思えず否定する気持ちも強かった。 

 


 黒髪は珍しいけど、俺たち以外に居ないわけでもないし。


 他の別人ってこともあるよな。


 もっと近くで確認しないと、あの遺体がアルフィーネだって確証が得られない。



 城門に近づこうとすると、ノエリアが背後から俺の外套をギュッと握って引き留めてきた。



「フリック様……。門は近衛騎士が目を光らせてます。インバハネスの件もありますし、ラドクリフ家の注目を浴びるようなことは控えて頂けると」



 ノエリアからの忠告にふと我に返る。


 城門の周りには多くの近衛騎士の鎧を着た者たちが、不審者を探すような目で周囲に視線を向けていた。


 冒険者になって五年間、王都に暮らしていたが、こんなにピリピリとした空気を感じたことは一度たりともなかった。



 ノエリアの言う通りか……。


 王都に入る検問ではフリックを名乗っても止められることはなかったから、まだインバハネスの件はジャイルに届いていないと思ってたけど。


 ここで俺が近衛騎士と諍いを起こせば、ノエリアのことを危機に晒しかねないか。



 動揺していた心を一旦落ち着けると、問題を起こさずに確認する方法を考えることにした。



 高いとはいえ城門の上までは身体強化すれば楽に登れる。


 けど、城壁を登ってる姿を近衛騎士に見つかれば、吊るされた遺体を取り返しにきた者と断定されかねない。


 そこで俺の身元がバレれば、一緒に居るノエリアや彼女の父である辺境伯にまで迷惑がかかってしまう。


 姿さえ見られなければ近寄っても大丈夫なはず。



 俺は問題なく吊るされた遺体に近寄れるための方法を思いついたので、心配そうに俺を見ていたノエリアの耳元にその方法を囁いた。



『近衛騎士に見つからないようにしてもう少し近くで見たいから方法を考えてた。支援魔法に自分の姿を隠す魔法があっただろ、あれで周りの景色と同化すれば気付かれずに近寄れると思うんだが』


迷彩カモフラージュの魔法ですか……。気配もフリック様くらいの剣士ならある程度消せますし、その状態なら誰も気が付かないかも』


『じゃあ、それで行ってくる。もし、俺が近衛騎士に見つかってもノエリアに迷惑がかからないようにどこか安全な場所にいて欲しいんだが……』



 ノエリアは何か俺に言おうとしたが、一旦口を紡ぐと顔を伏せる。



『ノエリア……頼む』



 俺に何か言いたいのを我慢している彼女に優しく囁きかけた。


 やがて、意を決したように顔をあげたノエリアが口を開く。



「承知……しました。わたくしは貴族街のエネストローサ家の邸宅に入ります。あそこであれば父の家臣たちがいますし、近衛騎士団も簡単に踏み込むことはできない場所ですので」


「すまない。確認したら俺も必ず行くから待っててくれ」



 俺はノエリアの頭をそっと撫でる。


 彼女は俺の身体に抱き着いて顔を埋めてきていた。



「約束ですよ。必ず、エネストローサ家の邸宅へお越しください」 


「ああ、約束する」



 やがて俺から自分の身体を引き離したノエリアは、一人で近衛騎士たちが厳重に守ってる貴族街への入り口に消えていった。


 俺はその姿を見送ると、広場にある木の陰に入り、魔法の効果範囲外に鏡を置くと、外套を目深に被り魔法の詠唱を始めていた。



「我が身を隠す不可視の大鏡となり周囲に顕現せよ」



 魔法が発動すると、俺の視界は薄っすらと青い膜で染まっていった。



 姿を消す迷彩カモフラージュの効果範囲はたしか数歩分。


 範囲内に入られたら、迷彩効果は解けて、青い視界は普通に戻るんだったな。


 離れた所に置いた鏡には、俺の姿は映ってないし発動は成功してる。



 俺はノエリアに教えられた魔法の効果を確認し、姿が消えてることを確認すると身体強化魔法を使用し、近衛騎士たちが多数たむろする城門へ気配を殺して近づいていった。



 迷彩カモフラージュの魔法は近衛騎士たちに対し、大いに効果を発揮し、俺は見つかることなく城門を登っていく。


 少しずつ登っていくと、吊られている女性の遺体に近づいてくる。



 遠くから見えた時はそう酷い状態じゃないと思ったけど……。


 近くで見るとかなり腐乱が進んでるな……。



 真横まで近づくと、俺は一番気になっていた首筋の刺青を確認することにした。



 ここに刺青がなかったら、この人はアルフィーネじゃないはずだ……。


 頼む、刺青が有ってくれるな!



 俺は祈るような気持ちで吊るされ女性の衣服を脱がし、首筋を露出させた。



 ――!?


 嘘……だろ……嘘だ。



 露出させた女性の首筋に小さな小麦の穂の刺青が彫られていた。



 この刺青は、俺たちの村にあった孤児院の子供にしかないはず……。


 まさか、まさかだよな。アルフィーネ!


 お前、なんでこんなところで吊るされてるんだよっ!


 貴族になって、いい暮らしして、俺よりもっといい男と付き合って幸せに暮らしてるはずだろ! なんで、なんでだよっ!



 アルフィーネだと断定せざるを得ない刺青の存在を見て、俺は叫び出したい衝動を必死で抑えていた。


 その間もアルフィーネと過ごした日々が一気に俺の脳裏をよぎっていた。


 一緒に同じ飯を食って育ち、恋心も抱いた家族とも恋人とも言える存在であり、自分の存在を一番抑圧してきた憎い相手でもあるアルフィーネが死んだという事実が俺の心をズタズタに引き裂いてかき乱していく。


 よく分からない感情の行き所がなくなり、不意に嘔吐感がこみ上げたが、吐くわけもいかず我慢する。



 いったい俺が去った後に何が起きたんだよ……。


 いったい、何が……。



 だが、俺の問いに吊るされた女性は答えてくれなかった。

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