93:王都フラグーン

 俺たちは王都フラグーンまで、馬車であと一日となる場所にあるボリカッサの街で今夜の宿を見つけていた。



 この街は王都で依頼を受けて魔物討伐に行く時、アルフィーネとよく宿を取った思い出の街で、今日の宿もノエリアたちには言っていないがフィーン時代に定宿にしていた宿であった。


 自分がフィーンかとバレるかと思ったが、容姿が一変してるため、宿の主人も俺だとは気づいていない。


 そんな宿の一室で、ここに来るまでに立ち寄った街で時間を見つけては、剣聖アルフィーネの聞き集めた情報を一人で整理していた。



 聞き集めた情報によれば、王都に城門に吊るされている女性の亡骸はアルフィーネの容貌に酷似しているらしい。


 俺が王都を去ってから、それまで一度も休まなかった近衛騎士への剣術指導を休んだとか、長い休みを取って北の大都市アルグレンまで旅に出たとか、色々とアルフィーネらしくない行動をしていた話が集まってきていた。



 そして、北への旅行から帰ってきたら病気となって、それからジャイルに処刑されるまで顔を見た者はほんのわずかな人だったらしい。


 すべて住民たちが人伝てに聞いた噂話であるため、真偽のほどは定かではないが、俺が絶縁してからのアルフィーネは色々とおかしかったようだ。



 ほんと、何やってるんだよ……。


 貴族だったんだから、俺の代わりくらいいくらでもいただろう。


 俺が居なくなったくらいで、うろたえるなんて全然アルフィーネらしくない。


 俺が知ってるアルフィーネなら、居なくなったことをこき下ろして、笑い話にして、新しい相棒を要領よく見つけて――



 情報の整理をしていたら、ふとアルフィーネのことを思い返し、視界が滲んできていた。


 そんな時、部屋の扉がノックされた。


「あ、あのフリック様、今お時間よろしいでしょうか?」


 ノックの主はノエリアだった。


「ああ、ちょっとだけ待ってて。今開けるから」



 俺は滲んだ涙を服の裾で拭うと、ドアを開けた。



「こんな時間に珍しい。何か用事だったかい?」


「……いえ、用事というほどのものではありませんが……」



 ノエリアはうつむきながら、自分の服の裾を弄りモジモジした様子だった。



 やっぱノエリアも俺の様子がおかしいことをかなり気にしてるんだろうな。


 アルフィーネとのこと、俺の正体のこと、きちんとノエリアには伝えるべきだろうか。


 彼女を騙しているつもりはないが、俺が剣聖アルフィーネの相棒である剣士フィーンだったことは事実なのだから。



 ここにくるまでの道中、アルフィーネのことを考えるたび、ノエリアとのことも考えていたのだ。


 生まれ変わったフリックとしての気持ちと、捨て去ったはずのフィーンとしての気持ちが入り混じり、俺の心は常に揺れ動いてしまっている。



 アルフィーネが処刑されたと聞いてなければ、こんなに苦しむことなく、フリックとしての人生を歩めたはずなのにな。


 今俺の心を締め付けてるのが、アルフィーネから植え付けられたトラウマによるものか、逆に俺が彼女に残していた未練からなのか分かってれば、ノエリアにこんな顔をさせずにすんだはずなのに。



 心配してくれるノエリアに対し申し訳なさでいっぱいになる。



「そうかい。だったら、王都フラグーンまであと一日だから、今日は早めに休んで明日は朝早く出よう。王都の城門をくぐるにはけっこう時間がかかるんだ」


「そ、そうですね。承知しました。スザーナにもそう伝えておきます。では、おやすみなさい」


「あ、ああ。おやすみ」



 服の裾を弄ってモジモジしていたノエリアが、ちょこんと頭を下げるとそのまま廊下を走っていく――。


 けれど、途中で立ち止まると俺の方を向き直り、顔をあげてこちらがビックリするくらいの声で叫んだ。



「あ、あの! フリック様が何者であったとしても、わたくしはかまいませんし、気にしておりませんから! ですから、元気を出してくださいませ――フリック様のそんな顔を見るのはわたくしも辛いです……」



 ノエリアからの言葉に、俺は立ち竦むことしかできなかった。


 しばらく無言で固まったままだったが、やがて俺はノエリアへの返答を口にしていた。



「ああ、ありがとう。明日、王都で俺のことはノエリアにすべて話すよ。話を聞いたうえで一緒に旅ができないと思えば、俺は一人で辺境伯様の依頼を遂行するつもりだ」



 ノエリアはアイスブルーの綺麗な瞳にいっぱいの涙を貯め込み、零れ落ちそうになるのを我慢していた。


 そして、そのまま自分の部屋の方へ廊下を駆けていった。



 明日、明日にはすべて決着する。


 宙ぶらりんになってたアルフィーネとともに過ごしたフィーンとしての気持ちに決着をつければ、俺はフリックとして残りの人生を生きていく。


  

 俺は部屋に戻ると、明日に備えて早めの就寝をすることにした。



 翌朝、日が登る前にボリカッサの街を出ると、俺たちは王都フラグーンへ馬車を走らせた。


 王国最大の都市である王都フラグーンへ向かう道は、行き交う馬車も辺境とは比べものにならないほど多く、街道は混雑をしていた。


 だが、それも早めにボリカッサの街を出たことで、まだ明るいうちに王都の城門前にまで来れていた。


 ただ、街に乗り入れる馬車の渋滞が酷かったのと、翼竜であるディモルが王都に近づくとインバハネスの時以上の混乱を招くため、王都の近郊に多数作られている馬車の待機所でスザーナに留守番を任せ、ノエリアとともにディードゥルに乗って王都の城門前に来ていた。


「着いた。王都フラグーン。ハートフォード王国の首都で最大の都市だ」


「わたくし、王都は久し振りですね。たしか魔法研究所のライナス師を訪ねて以来です」


 腰に掴まるノエリアも幾度かこの王都を尋ねてきたことはあったようだ。


 王国の心臓とも言われる経済の中心地王都フラグーンに住む住民たちは、忙しそうにせかせかと早足で歩いている。


 検問も馬車の方は混んでいたが、歩きや馬で入る人の列は思ったよりも空いていた。


 俺はさっきからしきりに城門の上を見るが、吊るされていると言われていたアルフィーネの姿はない。


 処刑からすでに二週間。


 すでに降ろされて、火葬されてしまったのだろうか。


 そんな俺の視線を察したのか、後ろに乗るノエリアが耳元で囁いてきた。


『フリック様、こちらの城門でなく、王宮に向かう途中にある貴族街の城門の方かもしれません』


 そうか……貴族街への城門。


 そっちの方の可能性が高いな。


『すまない、王都に入ったらそっちを確認してみる』


 やがて検問を抜け、王都に入ると見慣れた道を進み、王宮へ行く途中にある貴族街への城門の前に到着した。


 そして、その城門には黒髪の若い女性に見える死体が吊るされているのが目に飛び込んできた。

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