38:食事会の席で


「んんっ!! ノエリアよ。今日は少しおめかしをし過ぎではないか? それに、あー、そのなんだ……むぐぅ」



 咳ばらいをしたロイドがなにかを言いたげだったが、ノエリアの沈黙サイレンスによって口を封じられパクパクさせていた。



「ロイドも無粋だなー。ノエリアが無い胸を……むぐぅ」



 なにか胸のことを言おうとしたガウェインが、同じように沈黙サイレンスによって無音化していた。



「父上もガウェイン師匠も少し口が過ぎるように思います。今宵はフリック様が魔獣ケルベロスを討伐した祝いの席だと申したではありませんか」



 いつもは質素な魔術師のローブ姿のノエリアだったが、今日は身内の食事会とはいえ、貴族の令嬢らしい衣装を着て着飾っていた。


 あらためて貴族の令嬢らしい格好をしているのを見ると、ノエリアが大貴族であるロイドの娘だということを思い出させてくれた。



 普通に喋ったり、一緒に行動してたりとかしてたけど、本来ノエリアは貴族だったな。


 王都の貴族たちとは違い過ぎて普通に接してきてたけど、本当は不敬だって言われてもおかしくないよな。



 ノエリアから酒杯に酒を注いでもらいながら、そんな考えが俺の頭をよぎっていた。



「フリック殿、そう緊張されることもないですぞ。ここは身内だけの席なので礼儀作法などという無粋なものは持ち込んでおりませんし」


「は、はぁ。マイス殿がそう言われるなら……」


「マイスの言う通りです。フリック様を労うための酒宴ですので。よろしければ、そちらの酒杯にお酒を注がせてもらってもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ。ありがとう」



 ノエリアがワインの入った銀製の容器を持つと、空になっていた俺の酒杯に新しいワインを注いでくれた。


 その様子を見ていたロイドからの視線の圧力があがる。



 一方、ガウェインはやたらとニヤニヤして俺の方を見ていた。



 なんか、居心地が悪いんだけども……。



 俺は恐縮しながら、ノエリアに注いでもらったワインを口にしていた。


 そんな微妙に居心地の悪い会食の場に、一人の白髪の老魔術師が入ってきた。



「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ノエリア嬢はいい弟子をとられましたな。私も貴方の師匠として鼻が高い」


「ライナス様……フリック様は便宜上、わたくしの弟子となっているだけだとお伝えしていたはずです。魔法の才能はわたくしなんか足元にも及びません」



 入ってきた白髪の老魔術師は、ノエリアの魔法の師匠であるライナスであった。



 あの人が叡智の賢者と呼ばれるライナスか。


 王国で魔法に関する知識においては一番と言われてる人だな。



「こ、これはご挨拶が遅れました。フリックと申します」



 ノエリアの師匠ということで、俺にとっては大師匠に当たる人だ。


 俺は座っていた席を立つと、ライナスに向かって頭を下げた。



「ノエリア嬢の弟子ならば、私にとって孫弟子。そんなに堅苦しい挨拶はしなくてもよろしい。魔法の才能を持つ者は等しく魔法を探求する同志であると思っておるのでな」


「そ、そうでしたか。失礼しました」


「おぅ、ライナスも来てたのか。そのフリックは面白いぞ。わたしの身体強化魔法を使いこなしてるからな!」



 沈黙サイレンスの効果が解けたらしいガウェインがライナスに話しかけた。どうやら二人は知り合いらしい。



「以前よりノエリア嬢からフリックの報告は受け取っていたが、昨日そういった報告を直接受けている。それにしても、おぬしの変態的魔法を継承する者がおるとは思わなんだ」


「わたしもノエリアにこそ身体強化魔法は教えていたが、うまく扱えなかったから諦めていた。だが、フリックが継承してくれて助かったぞ」



 そう言えば、ガウェインは鍛冶師でもあって魔術師でもあったな。


 そういった繋がりでライナスと面識があったのだろう。



「ガウェインもライナス師もマイスもフリックに甘いな。わしは剣の才能しか認めてないからなっ!」



 ロイドも沈黙サイレンスの効果が解けたようで、俺のことを話していたガウェインとライナスに食ってかかっていた。



 あれはいちおう認めてもらえていると思っていいのかな。


 英雄と呼ばれてる人に剣の腕を認められるのは嬉しいが。



「ふぉ、ふぉ、ふぉ。どうやらロイド殿もまだまだご健勝の様子。ですが、堅苦しい英雄の看板を継いでくれそうな若い人材も見つかりましたな」


「ライナス師、フリックには才能はあるが、まだまだ鍛えねばならんこともたくさんある男だ。簡単に英雄の看板をくれてやることはできんのだ」


「父上もライナス様もフリック様が困っておりますので、そういった話はまた別のところで行ってくださいませ。今日は労いの酒宴ですよ」



 話がややこしい方へ流れそうになった気配を察したノエリアが、二人に釘を刺して話題を変えてきた。



「へへっ! 二人ともノエリアに怒られてやんのー! ふふっ!」


「ガウェイン! お前、わしがフリックの魔剣の所持を許したから首が飛ばなかったことを忘れてるぞ! 王国の法に触れるインテリジェンスソードなんぞ作りおって! わしがどれだけ王都の貴族連中に文句を言われると思っておるのだ! それにこの前、街に翼竜で乗り付けたことは許してないからなっ! 今度こそ、魔境の森送りにしてやる」



 ガウェインにからかわれたロイドが、普段の冷静さとはかけ離れた怒声を上げていた。



 やっぱりガウェインの破天荒さにキレたロイドが、追放を言い渡してヤスバの狩場に居たんだろうな。


 古い知り合いだって言ってたけど、昔からこんな感じで喧嘩をしていたのかもしれない。



「まぁ、まぁ、ロイド様。落ち着いてください。ガウェインも反省しているはずですので……」



 取っ組み合いになりかけた二人の間にマイスが入り込んロイドを押さえていた。



「反省してまーす。どうかお許しくださーい」



 ガウェインが鼻をほじりながら、完全にからかった様子で反省の言葉を口にしていた。


 次の瞬間――



 ロイドのこめかみに青い筋が盛り上がっていくのが見えた。



「うぬぅううっ!! マイス、放せ!! おい、すぐにわしの剣を持て!! この狂人鍛冶師をぶった斬ってくれる!!」


「父上、ガウェイン師匠。これ以上騒がれるなら、この場からの退席を求めます」



 ノエリアが喧嘩寸前の二人に冷たくそう言い放った。


 騒いでいた二人が急に動きを止めて固まっていた。



「ご、ごめんてー。ノエリア、ちょっとした冗談じゃないかー」


「そ、そうだぞ。わしがガウェイン如きにキレるわけがあるまい」



 喧嘩寸前だった二人は、顔に思いっきり水をぶっかけられたように冷静さを取り戻していた。

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