44:アビスウォーカー対策会議


 騎士団を用いてのアビスウォーカーの捜索は、その後一週間徹底的に続けられたが、あの二体以外の姿は見られなかった。


 その報告をマイスから受けたロイドは、いちおうの安全が確認されたということで都市の封鎖を解除していた。



 そして、魔境の森でのアビスウォーカー捜索をユグハノーツの冒険者ギルドに属する高ランク冒険者への常設依頼とする決定も同時に出していた。



 封鎖が解除された街は、一旦落ち着きを取り戻した。


 だが、アビスウォーカーの復活を感じさせる生物が現れたことで街の空気は重苦しいままであった。



 そんな中、俺はロイドの屋敷に呼び出されていた。


 今はロイドを座長としたアビスウォーカー対策の会議が行われている。


 出席者はライナス、ガウェイン、ノエリア、マイス、冒険者ギルドマスター、そして俺だ。



「騎士団の半分は引き続き、魔境の森の捜索に充てていますし、冒険者ギルドからも高ランクの冒険者を優先的に捜索に参加してもらうように依頼しております。けれど、現状はあの二体以外発見の報告は上がってきておりません」



 騎士隊長のマイスが上がってきた報告書を読みあげていた。



「あの二体だけが大襲来から二〇年間、魔境の森に隠れ潜んでいたということか?」


「その可能性は低いかと。魔境の森は魔物の数が多いですが、その魔物目当てに冒険者が結構な頻度で討伐に入っていましたので、二〇年も未発見ということはあり得ないと思います」



 ロイドからの疑問をマイスが否定していた。



 俺もあれだけ強い個体だったら、魔物との闘いでもかなり派手な戦闘になったはずだと思うし、その戦闘が魔境の森に入っていた冒険者に今の今まで見つからなかったとは思えない。


 なので、最近、新たにあの付近に現れたのではないかと思っていた。



「アビスフォールから新たに這い出してきた個体ってことじゃねぇのか? 前回の大襲来もあの穴から這い出してきたんだろ?」


 マイスの報告を聞いていたガウェインがそう口を開いていた。


「だが、前回の大襲来には予兆があったのだぞ。アビスウォーカーが這い出す前、あの大穴から怪しげな光の柱が立ち昇ったのをお主も覚えておるだろう。今回はそんな前兆が一度もなかったのだぞ」


 ガウェインの話を今度はロイドが否定していた。



 大襲来が発生する前に、そんな光の柱が上がっていたのか。


 俺がいた村の大人はそんな話してなかったから、初耳だ。



 初耳の情報に接したことで、ここは二〇年前の大襲来において最前線だったのだと改めて分かった。



「そういえば、そうだったな。わたしは剣を打つのに夢中だったからあまり覚えておらんが、街の者がそんなことを言っていた気がする。だとすると、あいつらはどこからきた?」



 ガウェインの問いに対し、それまで黙って話を聞いていたギルドマスターのアーノルドが、控えめに手を上げていた。



「恐れながら申し上げます。実のところ、王国各地の街にある冒険者ギルドの総会がありまして……。前回の総会に参加した際、耳にした話ですが、どうも各地で今回のアビスウォーカーに似た個体が目撃されているようです。他の街の冒険者ギルドはその報告を重要視せず追跡調査をしてないそうでして……」


「な、なんだと! なぜ、そのような話をわしのところにあげて来ぬのだ!! その話はいつ聞いたのだ!!」



 アーノルドの報告を聞いたロイドの顔色が朱に染まっていた。



「は、はい。半年ほど前でして……これまでも、稀にアビスウォーカーを見たという報告が各地の冒険者ギルドに上がっていたのですが、それら全てが駆け出し冒険者による偽の報告だったのです。そのため、総会の席でも話題にはのぼりましたが重要視されておりませんでした……。ですが、今回は大襲来を生き延びた冒険者から報告を受けたため嫌な予感がしてロイド様に報告をさせてもらった次第でして……」


「馬鹿者が……半年も前にそのような話が出ていたら、もっと手の打ちようがあったのだぞ。油断していたとしか言えない失態だ」


「も、申し訳ありません。まさか、まだアビスウォーカーが存在してるとは思いませんでした。今回の失態の責任を取り、私はギルドマスターの職を辞することにいたします」



 叱責されたアーノルドは蒼白な顔色となり、身体をちぢまらせて頭を下げていた。


 そんなアーノルドの様子を見たロイドはめんどくさそうに手を振っていた。



「いまさら失態の責任を取らせて解任し、冒険者ギルドの運営に混乱を招いても得はあるまい。こたびのアーノルドの失態は任命したわしに帰することにした。失態は仕事で取り返せ」


「は、ははっ!」


「その代わり、今後アビスウォーカーに関する話は例え噂話であってもすべてわしに上げよ」


「承知しました。仕事に精励させていただきます」



 とりあえず、アーノルドの解任はないようだが、彼の話によれば王国各地でアビスウォーカーらしき姿は散見されていたらしい。


 魔境の森で見つかった二体だけということはなさそうであった。


 

「そうなると、この新種は王国内にそれなりの数が居るかもしれねぇってことか」



 アーノルドの話を聞いていた、ガウェインが腕を組んで考え込んでいた。



「王にはすでに早馬でことの次第を伝えておるが……王都の貴族たちは取り合わぬだろうな。とりわけ、宰相と近衛騎士団長のラドクリフ家の親子はわしの報告を握りつぶすかもしれん。あいつらはアビスウォーカー対策でわしの権限が拡大することを嫌うであろうし」


「ラドクリフ家ですか……私からも王に進言いたしますが、ラドクリフ家が反対に回ればロイド殿の報告はなかったことにされそうですな」



 声を上げたロイドとライナスの顔に暗い表情が浮かぶ。



 ラドクリフ家って言えば、アルフィーネが剣聖の称号を受けて、貴族になった時に後援してくれた貴族だったよな。


 その後、近衛騎士団の剣術指南役という仕事もくれたはず。



 でも、アルフィーネはジャイルのことを毛嫌いしてたよな。


 俺も三度ほど会ったが、好きになれそうにない人柄だったし。



 けど、アビスウォーカーがまた溢れ出すかもしれない時期に、権力闘争なんかしてる場合じゃないと思うんだけど。


 王都の貴族はそれだけアビスウォーカーに対する恐怖が緩んでいるんだろうか。



「こりゃあ、王国はあてになりそうにないようだ。この際、わたしの作ったインテリジェンスソードの量産化をして魔法剣を覚えさせるべきかのぅ」


「ガウェイン、それは時期尚早だ! 早まるな! フリックの一振り程度なら、わしの権限で誤魔化せるが。王国の法に触れる物を大量生産するには王の裁可を得ねばいかん」



 この知性を持つ魔剣の量産か……。


 なるほど、こいつみたいに魔法を自分で使ってくれるなら、魔法が使えない剣士でも魔法剣を使えるということか。



「王国の裁可かー。あの新種がウロウロしてるなら、んなもんを悠長に待ってる余裕はないな。知性化がダメなら、魔法を封入する方法を考え出せばいいんだろ? それなら、王国から文句言われねえだろ」


「はぁ!? なんだ、その剣は」



 ガウェインがまた変なことを言い始めていた。



 魔石に魔法を封入する剣とかってどんな剣だ。


 また、とんでもない魔剣とかこさえ始めるんじゃないだろうか。



「魔法の発動体に使ってる魔石に魔法を封入する技術を確立できそうなんでな。それさえできればライナスがやった火炎武器ファイアウェポンに似た効果を剣に付与できるはずだ」


「ほう、私の火炎武器ファイアウェポンですかな? まだ、安全性が確保できておらんから、ガウェイン殿の剣が完成するならそちらを優先して欲しい。王国が動かぬ事態もありえるのでできる準備はしておいた方がよいかもしれませんな」


「ふむ、知性化させないのであれば、剣を作ることを禁じる法はないからな。それならば許可と資金を出そう」


「ロイドの金で剣づくりしまくりかー。できれば、屋敷に工房が欲しいなー。ヤスバの狩場は遠いしなー」



 ガウェインがわざとらしい声で、ユグハノーツに戻りたいことを伝えていた。


 その提案にロイドは迷いの表情を浮かべたが、彼はアビスウォーカーに対抗できる武器を欲していた。



「くっ! 足元を見おって……仕方あるまい。以前の工房はちゃんと残してあるから今度こそ問題を起こすなよ! マイス、あとで鍵を渡してやれ」


「承知しました」


「いやっほー! 言ってみるもんだー」



 ニコニコ顔のガウェインであったが、やっぱり素行不良であの地に流されていたことが判明していた。

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