45:旅立ち


「これでいちおうアビスウォーカーに対する対抗策は確保できたが……ギルドマスターから上がった王国各地でアビスウォーカーの姿を見たという方にも対策をせねばならんな……」



 そう言ったロイドの視線が俺に向けられていた。


 俺はこの会議には魔法剣のことで呼ばれたと思っていたので、ロイドからの視線を受けると嫌な予感がした。



「フリック、実は頼みたいことができた。この依頼を受けてくれれば、前金も依頼料も弾むし、白金等級にもしてやるし、色々と便宜も図ってやる。やってくれるか?」



 依頼内容が提示されていない依頼だ。


 これは、普通なら絶対に受けてはいけない類の依頼である。


 王都の冒険者時代、この手の依頼で魔竜退治をするハメになって痛い目を見ていたので即答をためらった。



「辺境伯様、内容を先に言って頂けますか? 返事はそれからです」


「まぁ、お前ならそう言うと思った。わしからの依頼は王国各地のアビスウォーカーの噂の追跡調査を依頼したいのだ。あの個体と同程度のが王国各地を跋扈していると仮定するとフリックの腕と魔法がないと頼めない案件だ」



 やはり、さきほどギルドマスターから上がってきた、アビスウォーカーの遭遇報告の確認調査だったか。


 とはいえ、あの強さの個体が王国内を跋扈してたらどれだけの被害が出るか分からない。


 王国の危機に対して、俺の力が役に立つんであれば、受けるべきだよな。



「承知しました。辺境伯様のご依頼承ります」


「そうか、受けてくれるか。すまんな、危険な依頼であることはわしも重々承知しておる。苦労には必ず報いてやるぞ」


「いいえ、俺の力が誰かの安全な生活を守るために使えるなら光栄です」



 俺がロイドからの依頼を受けると申し出ると、ライナスも同じように俺に視線を向けて何か言いたそうにしていた。



「ライナス様も俺に依頼事ですか?」


「ああ、フリック殿にはとても依頼したいことがあるのだ。ロイド殿の依頼とともに受けてくれるであろうか?」


「俺にできることであれば」


「そう言ってもらえるとありがたい。この二〇年、大襲来で多くの魔術師を失ったにも関わらず師弟制度を維持したせいで魔法は退化したと言っていい状態だ。さきのアビスウォーカーとの戦いでも攻撃魔法は効果を発揮せずに無効化されている。このまま、あのアビスウォーカーが跋扈すれば魔術師の対抗手段は支援魔法だけとなる。そうならずに済むようフリック殿には王国各地にいる稀少魔法を習得している魔術師から魔法を習ってきて欲しいのだ。そして、新たな魔法を創造して欲しいのだ。受けてくれるだろうか?」



 俺が色々な魔術師に弟子入りして、新しい魔法を創り出すだって!?


 そんな大それたことをするほどの知識も技量も魔法に関しては持ち合わせていないんだが。



 ライナスの表情は冗談を言っているようには見えなかった。



「フリック様であれば、稀少な魔法に対しても偏見はないでしょうし、適任かと思います。ライナス様、わたくしでよければフリック様の開発する魔法の記録係として旅に同行をしたいのですが。よろしいでしょうか?」


「おお、フロリーナの娘であるノエリア嬢が一緒であれば変わり者が多い魔術師たちもフリック殿を受け入れてくれるかもしれん。是非、同行を頼む」



 話がノエリアの同行という方になると、ロイドが席を立っていた。



「ライナス師、ノエリアをフリックと一緒に旅をさせるなど――(パクパク)」



 あ、いつものが飛んだ。


 相変わらずノエリアは変わった愛情表現をする子だ。



「父上からのご依頼もわたくしがお目付け役としてフリック様に同行し、きちんと役目を果たせと申しているようです」



 娘の言葉を聞いたロイドが首を一生懸命に振っていた。



 きっと違うと言いたいのだろう。


 俺も最近は慣れてきて、沈黙中のロイドの言いたいことが分かってきた。



「さすがロイド殿、フリック殿の旅に大事なご令嬢を随伴させるとは」



 ライナスはノエリアの言葉を信じたようで、感動し目頭を押さえていた。



「では、フリック様の同行者はノエリア様という形でよろしいですね。二人とも冒険者ですし野外行動には問題もありませんな」



 マイスがロイドの返答を待たずにさらっと話を進めていた。



 いちおう家臣なのに、主君の意向を無視して大丈夫なのだろうか。


 魔法習得の旅も兼ねるとなると、魔法の専門家であるノエリアに同行してもらうのは、危険な使い方をしないためにもありがたいが。



「ロイド、いい加減に親馬鹿は卒業しないとな。ノエリアのためにも」



 沈黙サイレンスで口を封じられたロイドの肩をガウェインがポンと叩いていた。


 ロイドのこめかみに青筋が走っていた。



 このあと会議は紛糾したが、ロイドも条件付きでノエリアの同行を認めることとなった。




 三日後。


 旅立ちの準備を終えた俺は、待ち合わせの場所である冒険者ギルドの建物の前でノエリアの到着を待っていた。


 すると、背後に衝撃を感じる。



 振り向くと、そこには目鼻立ちが非常に整い、中性的な魅力に溢れた金髪碧眼の青年が立っていた。


 金属製の甲冑と腰に二振りの小剣を指しているところを見ると、二刀を使う剣士の冒険者のようである。



「ごめんなさい。ちょっと、急いでいたので……」


「いや、こっちこそ邪魔な位置に立っててすまなかった」



 ぶつかった青年に謝ると、俺は場所を移動した。



「アルー! 待ってよー。置いてかないでー」


「メイラ、早く」



 アルと呼ばれた青年は、馬止めに馬車を止めていた連れの女性を急かしていた。



 二人は冒険者コンビって感じかな。


 専用の荷馬車を持ってるとなると、結構な高位の冒険者なのかも。



 そんな二人の冒険者を見ていたら、背後から声がかけられた。



「フリック様、お待たせしました」



 声の主は旅の準備を終えたノエリアであった。


 紆余曲折があったものの、専属の世話係であったスザーナを連れて行くことで俺の旅への同行を許可された。


 そのスザーナは道路の方で荷馬車を停めて待っていた。



「いや、俺もさっききたところだから。さて、じゃあ旅立つとするか。最初はどこだっけ?」


「アビスウォーカーの捜索と稀少魔法を習得している魔術師がいる場所を勘案して、ここから東に三週間ほど行ったインバハネスに向かいましょう」


「インバハネスか。一度も行ったことない場所だな。たしか、獣人の街とか言われてる場所だろ?」


「ええ、住民の多くが王国では珍しい種族である獣人たちです。色々ときな臭い噂のある街ですが、アビスウォーカーの目撃例が一番新しいそうですので」


「目撃例が新しいとなると、まだいる可能性もあるな。急ぐとしよう」



 俺はノエリアに合流すると、上空を自由に飛んでいたディモルに指示を出して、一路インバハネスの街へ向かうことにした。

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