sideアルフィーネ:逃亡生活


 ※アルフィーネ視点



 メイラの荷馬車に潜り込んだあたしは、彼女の同行者として王都の城門を出ることとなった。


 衛兵たちにジャイルの手が回っていないか心配だったが、あたしたちが出た時はなんらいつもと変わりない様子で衛兵はちらりと荷馬車の中を覗いただけだった。


 その際、あたしはメイラの服を借り、まぶかに外套を被っていたが顔を見せろと誰何されることはなかった。



 難題だと思われた王都脱出はなんら問題なく達成されたが、その後も用心を続け、食糧と水の補給以外で街に立ち寄ることは避け、ほとんどの旅程を荷馬車での野営で過ごしていた。


 メイラも遺跡調査専門の冒険者である『エクスカベーター』であるため、野営には慣れていた。



 そんな逃亡生活を二〇日近く続けて、ようやくユグハノーツまであと三日ほどの距離にある街に寄った際、気になる情報に接していた。


 目的地であるユグハノーツの近くにある魔境の森でアビスウォーカーが見つかったらしく、街自体が城門を常時閉ざして閉鎖をしているとメイラが食料品店の主人から聞き出してきていた。



 なので、今、私たちはフィーンが立ち寄ったであろうユグハノーツの街に入ることができず、食糧や水を補給した街の郊外で野営をしていた。



「それにしてもアルフィーネは、こんな場所まで追いかけてくるなんて失踪した元恋人のフィーン君にぞっこんなのねぇ」


「……分かんない。でも、あたしがずっと彼に酷いことをしてきたのは謝らなくちゃって思ってるの。子供の時からずっと彼に甘えてきてたし、恋人だって周囲に言いふらしたのもあたしで、フィーンから好きだって言われたわけでもないし……。彼の方が成熟してたから、精神が幼くって嫌いだったあたしの面倒をずっと見ててくれてただけかもしれないし」



 二〇日ほど旅を続けてきたことで、メイラともかなり打ち解けていた。


 ちょっと接触過剰気味だけど、とても面倒見がよくて、話しやすいさっぱりとした性格をした女性だった。



 彼女のさっぱりとした物言いと人懐っこさに、いつの間にかフィーン以外の他人に対し常に被っていた仮面が剥がれ素の自分をさらけ出していた。



「ふーん、でも恋人関係で一緒に暮らしてたなら、ほら、男女の関係くらいあったでしょ? 嫌ってたら、普通一緒には暮らさないだろうし」


「…………」



 あけすけなメイラからの質問にあたしは答えを詰まらせた。


 フィーンとはずっと同じ宿や屋敷で暮らしてきたけど、そういった関係になったことは一度もなかったのだ。



 一回でもそういった関係があれば、こんなに嫌われてるのかもと不安に思うことはなかったんだろうけど……。


 周囲に恋人だって言いふらした後も、フィーンからそういった行動はなかったし、あたしからそういった行動を起こしたこともなかった。



「え? まさか……一緒に暮らしててまだ処――」



 メイラの言葉に自分の頬が熱くなるのを感じていた。


 そして、自然と目から涙が溢れ出していた。



「ちょ!? なんで泣くの? アルフィーネ、ちょっと、ちょっと」


「ごめん、なんでか知らないけど涙が出てきたの。そうだよね……男女が一緒に暮らしてて、そういうことなかったら、やっぱ嫌われてたんだよね。嫌いなのを幼馴染だからって我慢してたフィーンが、あたしの馬鹿さ加減に愛想を尽かして失踪しちゃったんだよね」


「え、あ、いやきっとそういうわけじゃないと思うわよ。ほら、アルフィーネは美人だし、人気者だし、おっぱい大きいし、フィーン君も恋人だって言われて戸惑ってただけなんだと私は思うわよ」



 本当にメイラの言う通りなら、どれだけ嬉しいことだろうか……。


 でも、きっとフィーンはそうは思ってない。




 わがままで自分勝手で嘘つきなあたしから逃れられて喜んでいるはず、自分がフィーンの立場だったら絶対にそう思うから。


 だから、フィーンを見つけたら今までのことを謝罪して、あたしを見守ってくれてたことに対する感謝の気持ちを伝えて……。その後は、どこか彼のいないところでひっそりと暮らそう。



「メイラ、慰めはいらないから……ね。あと、添い寝も禁止!」



 湿っぽい話で泣きだしたあたしを慰めようとしてくれたメイラだったけど、寝床に寝袋が一つしかなかったのが見えた。


 なので、額に手刀を打つ。



「あぅ、なんでぶつの! 添い寝はいいじゃん! この前はおっぱい触るの我慢したわよ」


「ダメな物はダメ。あたしとメイラで旅のルールは決めたよね。添い寝なし、身体には触れない、ちゅーはしない、守れなかったら即解散って」


「ああぁ……解散ラメェエエ……今夜も自粛します」


「『今夜も』じゃなくて、ずっとだからね」


「あぅ……」



 ガクリと首を垂れたメイラであったが、彼女が同行してくれているおかげであたしは足跡をほとんど残さずに行動ができていた。


 いつジャイルがあたしに手配をかけるか分からない状況であるため、あたしとしてもメイラに頼らざるを得ない。



 それに一人だとフィーンのことを考えて落ち込んで復活できなかっただろうけど、今は彼女が湿っぽい空気を変えてくれるので精神的には非常に助けられていた。



「でも、メイラにはとっても感謝してる。そうだ、お礼の意味を兼ねてちょっとの間、膝枕くらいならしてあげるわ」



 あたしの言葉を聞いた瞬間―――


 うなだれていたはずのメイラが、あたしの肩を両手で掴んで顔を輝かせていた。



「ほ、ほんと!? いいの? 膝枕?」


「お礼としてね」



 ウキウキした顔のメイラは、スッとあたしの膝に頭をのせていた。


 そして、すぐに寝息を立てていた。



 相変わらずメイラの寝つきの良さはすごいわね。


 これは彼女の特技なのかしら……。



 それからしばらく膝枕をしてあげて、彼女を寝袋へ入れると、自分の寝袋を取り出して寝ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る