sideアルフィーネ:アルフィーネ、男装剣士として再出発する

 ※アルフィーネ視点



 一週間後、ユグハノーツの閉鎖が解除されたため、あたしたちはやっと目的地に到着することができた。


 ただ、ユグハノーツの街へ来る途中の道端で、近衛の鎧を着た人物が冒険者らしき人とたむろっている場面に遭遇していた。



 ジャイルを人質にヴィーゴを脅して、フィーンの足跡の情報を手に入れたので、逃亡したあたしの目的地として重点的にユグハノーツの捜索をしているようであった。


 逃亡中に街でメイラが仕入れてきた情報によれば、世間的にはあたしはまだ剣聖であり、近衛騎士団長の別宅で病気療養中ということになっていたのだ。



 そこでメイアと話し合った結果、フィーンを捜索するためには行動の自由が不可欠のため、容姿を変えた方がいいという結論に達していた。



「ほ、本当に切っちゃうの? そんな綺麗な黒髪を……もったいないわよ」


「バッサリと短く切って、あたしがアルフィーネだって思われないようにしないとハサミ借りるね」



 髪が飛び散らないように、荷馬車の床に敷物を広げると、長い黒髪を持ち上げハサミでばっさりと切った。


 切れた黒髪がハラハラと敷物の上に零れ落ちる。


 生まれてから初めて、肩より上のショートカットにした。



「ああ、切っちゃった……もったいない。もったいない」


「髪の毛なんてまた伸びてくるし、それよりも今はあたしがアルフィーネだってバレない方が先決よ」


「それなら、名前も変えないと……。いくら容姿を変えてもアルフィーネって呼んだら疑われるでしょ。それにどうせ変えるなら性別も偽った方が発見されにくいと思うの」



 敷物に落ちた髪をかき集めていたメイラが、偽名と性別の偽装を提案してきていた。



 たしかにあたしが男になって名前を変えれば、ジャイルの追手に見つかる確率ももっと少なくなるか。


 男の子か……そっちの方がいいかも。


 どうせ、髪も短くしたし。



「メイラのアイディアを採用するわ。あたしは今日からアルフィーネをやめて、アルって名乗るわ。どう? 男の子っぽい名前じゃない?」


「アル? たしかに男の子っぽいけど……男の子は『あたし』って言わないわよ」


「じゃあ、オレ……はなんか嫌だし、ボクって言えばいいかな?」



 敷物に落ちた髪を拾い集めていたメイラが、顔を上げるとあたしの顔をジーっと見てきた。


「もう一回言ってみて?」


「ボクはアルっていう名だ」



 男の子になりきるため、意識的に声を低くしてみた。


 ジーっとメイラの視線があたしの顔に注がれる。


 そして、いきなり抱きついてきた。



「んーーーっ!! イケる!! アルは男の子でもイケるわよっ! はぁああ、しゅきいいいっ!」



 いきなり抱きつかれたので、とりあえず防衛本能が働き、メイラの脳天に手刀を打った。



「あぅう!! 痛いけど、しゅきいいっ!」


「ちょっとメイラ、離れなさい。解散するわよ」


「らめぇええ、捨てちゃらめえぇえっ!」



 メイラの声が外まで響き、街の人がチラリと荷馬車の中を覗いてきた。



「おや、痴話喧嘩かい? 兄ちゃんも若そうなのに女を泣かせちゃいかんぞ」



 外套を羽織っていたおかげで身体のラインが見えず、覗いてきたおじさんはあたしのことを若い男だと勘違いした様子だった。



「い、いえ。違いますから。この人はボクの姉なんで……」



 覗き込んできた街の人に対し、咄嗟にそう答えていた。



「そうなんです。うちの弟が姉の私を置いて旅に出るっていうから今止めてたんですよ。おほほほ」



 メイラがそっとあたしの前に立って、街の人の視線から見えないようにしてくれた。


 

「そうだったのかい。兄ちゃんもお姉さんをあまり困らせないようにな」


「はぁ、お騒がせしました」



 あたしはメイラに半分隠れつつ、ペコリと頭を下げた。



 髪をかなり短くしたことで、パッと見は若い男にも見えるようね……。


 これならジャイルの追手を撒くこともできるかしら。



「ふぅ、焦ったわ。いや、でもそこまで髪を短くしたら男の子って言い張ってもいいかもね。イケメンだし、女の子にモテるかも。でも、身体のラインが出ちゃうのはどうするの? アルはおっぱい大きいし」



 街の人を追い払ったメイラが、男になるためには邪魔な存在である胸をどうするのかと聞いてきた。



 この胸を切り取るわけにもいかないし……なにかいい方法でもないかな……。



 そう思いながら周囲を見ていると、金属製の甲冑を着込んだ騎士の姿が目に飛び込んできた。



 アレだ! 重くなるのがいやでずっと革鎧を着てきたけど、胸を隠して男装するなら金属製の甲冑を着れば外からは分からないはず。



「メイラ、お金貸してくれない?」


「アルにならいいけど何に使うの?」


「アレを買おうかと」



 自分たちの前を通過した騎士の鎧を指さすと、メイラもあたしの考えに気付いたようであった。



「金属製の甲冑……。ああ、たしかにアレなら胸板厚めのサイズを買えばアルの胸も隠せるわね」


「でしょ。で、ついでに剣も欲しいんだけど……安物でいいから小剣二振りほど買いたいの」



 あたしはずっと剣を愛用してきた。


 だが、逃亡者となった今、剣聖アルフィーネとして知られた剣の構えを取るわけにもいかない。


 なので、刺突を使いやすい小剣を二振り持つことで、完全に自分の存在を消すことにした。



「じゃあ、どうせなら髪色とか瞳の色も変える? このユグハノーツには、そういったことを専門でやってくれる店があるの。辺境は色んな問題を抱えた人が来るからね」


「へぇ、そんな店があるんだ。どうせなら、完全に別人になった方が追手から身を隠しやすいし」


「そうと決まったら、まずはそのお店に行こう! と、その前に」



 メイラが荷馬車の入り口の布を閉めた。


 そして、おもむろに手をワキワキさせるとあたしに近づいてくる。



「そのおっぱいをしまわないとね。ぐへへへ」


「大丈夫、自分でやるから」



 あたしは近づくメイラの顔を手でグイと押し返した。



「あぅ、ちょっとだけ先っぽだけ触らせてくれれば我慢するからぁ!」


「メイラ、それ以上騒ぐとここにす巻きして放り出すけどいい?」


「ああ、らめぇえええっ……大人しくしゅるからぁ」



 メイラが半泣きで床に倒れ伏したのを見たあたしは、着ていた服を一旦脱ぐと、女性らしさを強調している胸に布をきつく巻きつけた。




 メイラが連れて行ってくれたのはロランという人の店だった。



「いらっしゃい。うちにどんなご用で?」



 店主らしき男の人が怪訝そうな顔であたしたちを見ていた。



「実は私の弟のアルが色々と問題を起こしてね……。ちょっと、身を隠したいのよ。噂だとこの店は事情持ちだと髪色とか瞳の色を変えてくれるとか聞いたんだけど」


「ふーん、姉さんとは似てない弟だな。可愛い顔して、なにをやらかしたんだか……」



 店主の視線が厳しさを増していた。



 近衛騎士団長に剣を突き付けて、屋敷から逃げ出してきましたとはいえないわよね……。



 答えに困ったあたしに助け舟を出してくれたのは、メイラだった。



「うちの弟は母親の連れ子だから似てないの。それに、ほらこの顔立ちでしょ。王都で暮らしてたんだけど、変な貴族に気に入られて小姓になれとか迫られて相手の貴族に手傷を負わせちゃったわけよ。こう見えても凄腕の剣士だからね」



 メイラが絶妙に嘘と本当のことを混ぜ込んだ話を店主の男の人に話していた。


 大筋は合っているので、あたしも思わず頷いていた。



「そうだったのか! それならそうと早く言ってくれたらよかったのに! 王都の貴族連中相手に事を構えてユグハノーツに逃げ込んだ奴には支援を惜しまねぇ。本当に王都の貴族はクズばっかりでしょうがねえな。真面目で一本気のやつらがこの辺境都市に流れてくるのも頷けるぜ」



 店主はたいそう王都の貴族を毛嫌いしているようで、最初に見せていた怪訝そうな態度を一変させると、温和な笑顔を浮かべて話しかけてきた。



「よかった。で、うちの弟の髪色と目の色を変えたいんだけどできるかしら?」


「ああ、お安い御用だ。髪色の方はオレが担当する。そうだ、まだ名乗ってなかったな。オレはこの店の店主でロランだ」


「私はメイラ、弟は――」


「ボクはアルです」



 あたしたちはお互いにロランと名乗った店主と握手を交わす。


 彼が髪色を変えてくれるらしいが、いったいどういった原理なのか聞いてないので少し不安になった。



「あ、あの。髪色を変えるのって大丈夫なんですか? その身体とかに影響は……」 


「染色は人体に無害なのを確認した魔物由来の特殊な薬液でやるから、毛根から色が変わっちまう。つまり、一度でも染色すると今後髪が伸びても色は染色した色のまま伸びるんだ。で、髪色はどうする? 綺麗な黒髪を何色に変えたい?」



 人体には無害だと聞いて、ひとまずの安心感は得た。


 だけど、魔物由来の薬液らしいのが少し引っ掛かるが、今は切羽詰まった状況のため店主の言葉を信じるしかない。



「金髪とかにしてもらえますか? 元の髪色から一番遠い髪色にしたいので……」


「ほぅ、金髪かぁ。にいちゃんの髪質だと綺麗な金髪に染まるだろうな。まるで、女性みたいに細くてさらさらしてるし、クズ貴族の野郎が小姓に欲しがったのも分かる気がする。おっし、いいぜ。金髪で染めよう。じゃあ、目の方は思いっきり貴族っぽく碧眼とかにしてみるか? にいちゃんが金髪碧眼になったら目鼻立ちからして貴族然として若い女の子がきゃあきゃあ言うだろうな」



 ジーっとあたしの顔を見ていたメイラの顔もパァっと明るく輝いて見えた。



「それ、いいわね。すごく似合うと思う。うちの弟は王子って言われてもおかしくないわね。うんうん、それでいきましょう!」


「よし、じゃあ偽眼士にはすぐに連絡をしておいてやるから先に髪の毛からやるとしよう。こっちの席に座ってくれ」



 ロランに勧められた席にあたしは座った。


 目の前の鏡には髪が短くなったとはいえ、二〇年間ずっと見慣れた剣聖アルフィーネの顔が映し出されていた。



 それからロランによる髪の毛の染色は丁寧に行われ、知り合いの偽眼士が作った魔物素材から削り出したという硬質ガラス製の偽眼を挿入すると、鏡に映った自分は全くの別人になっていた。


 金髪碧眼で中性っぽさを残した男とも女とも言える顔立ちができあがっていたのだ。



「これがボクなの……全然違うんだけど……」


「どうだ? これなら、変な貴族の野郎もお前さんだって気付かないだろうな。ただ、また別の変なやつに声をかけられるかもしれんが」



 ロランが腕を組みながら、自分たちの仕事の出来栄えに満足した顔をしていた。



 たしかにこれならあたしが剣聖アルフィーネだって分かる人はほとんどいなくなるはず……。


 装備や剣も変えたら、それこそフィーンでも分からないんじゃないだろうか……。



 そんなあたしを熱っぽい視線でメイラが見ていた。



「アルぅーっ! しゅきいいいいっ! ああ、食べちゃいたいっ!」



 抱きつこうとしたので、メイラの顔をグッと手で押しのけた。



「姉さん、人前だから落ち着いてくれる」


「はぁああ、しゅきいっ!」


「ははは、弟思いのいい姉さんだな。お代は三〇〇〇オンスでいいぞ。訳あり連中にはいつも格安だからな」



 ロランがあたしに抱きつこうともがいているメイラを見て笑っていた。


 彼からみれば、あたしたちはとても仲のいい姉弟に見えるのだろう。



「ふぅ、取り乱しました。あまりにも弟が可愛すぎるのでつい……お代はすぐに」



 メイラが財布から金貨を出すと、あたしたちはロランにお礼を言って外に出た。




 それから武具を買い揃え、金属製の甲冑と小剣を二振り手に入れると、フィーンの徽章が拾われたというユグハノーツの冒険者ギルドへ馬車を走らせていた。


 全くの別人に変化したあたしは、フィーンの情報を集めるため、アルという名を使い駆け出しの冒険者になりすますことに決めていた。



「メイラ、ユグハノーツの冒険者ギルドってあそこ?」



 目の前に迫ってきた建物の壁にドラゴンが炎を吐いている意匠が大きく描かれていた。



「そうよ。あそこがユグハノーツの冒険者ギルドって――アル!」



 失踪したフィーンのことを聞きたくて、待ちきれなかったあたしは馬車から飛び降りると、冒険者ギルドの入り口に向かって駆け出す。


 冒険者ギルドの入口へと走りながら、呼び止めるメイラに気を取られたことで、入り口付近で人待ちをしていた男性冒険者とぶつかってしまった。



「ごめんなさい。ちょっと、急いでいたので……」


「いや、こっちこそ邪魔な位置に立っててすまなかった」



 相手の男性冒険者は真っ赤な髪を短髪に狩り込み、瞳も赤く、剣まで赤い風変わりな冒険者だった。


 けど、立っている姿勢に隙がないことからかなりの剣の腕を持っている人物に思えた。



 辺境は腕の立つ冒険者が集まっていると聞いたけど、この人はその中でもずば抜けた人なんだろうな。


 こんな腕を持った人が冒険者をしてるこの辺境でフィーンがやっていけてるのかな……。


 それとも、もう別の街に移動しちゃってるかもしれないから早く情報集めないと。



 男性冒険者はフィーンのことを考えていたあたしに軽く頭を下げると、別の場所に移動していった。



「アルー! 待ってよー。置いてかないでー」


「メイラ、早く」



 荷馬車を馬止めに繋いでいるメイラを急かし、メイラと合流するとユグハノーツの冒険者ギルドに入っていった。

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