sideアルフィーネ:獣人の子

 準備を終えると、メイラが差し出した器具を大木に縛り付けた縄に取り付け、穴の中に降りていく。



「アル先に行くね」


「ちょっと、メイラ。早く降りすぎ」



 すいすいと壁を蹴って、メイラは下に降りていた。


 遺跡調査を専門でやってきた彼女は、こういった穴の中に入る技術は得意なようで、あたしは遅れずについて行くのがやっとであった。



「お先ー!」



 大きく壁を蹴ったメイラの姿が穴の奥へスッと消えて行った。


 上を見ると、すでにかなりの深さにまで潜ってきており、穴の中から見える空は薄っすらともやがかかり始めていた。



「ちょっと!? メイラ」



 先に降りていったメイラを追いかけるように、あたしも壁を蹴って穴の中に降りて行った。




 さらに降りて行くと、日の光がもやにさえぎられて、周囲は薄暗くなってきていた。


 先に降りていたメイラは、すでに自分が見つけていた隠し扉の場所を詳しく調べ始めているのが見えた。



「やっと追いついた。メイラが見つけた扉はここなの?」



 切り立った崖のような穴の中で、今いる場所だけが少し出っ張っていてる。


 けれど、出っ張っていると言っても大人が二人立てば埋まってしまうほどの狭い足場でしかなかった。


 作業しているメイラの横で縄を解くと、その作業を見守ることにした。



 こんなところをよく見つけたわね……。


 こんな場所に扉があるなんて言われてなかったら誰も気が付かない。



 到着したあたしに目もくれず、メイラは継ぎ目なくただの壁だと思われた場所へ持参した水筒から壁に水を流していく。



「水が途中で壁に消えてる!?」


「そういうこと。水が途中で消えるってことは、ここが隠し扉ってことよ。つまり、この壁のどこかに開閉装置が仕込まれてるはずなんだけど……」



 ポーチから小さめの木のハンマーを出したメイラが壁をコンコンと叩き始めた。


 今までにない真剣な表情で壁の音を聞いているメイラを見て、彼女が遺跡調査専門の冒険者だと再認識していた。



「ここね。たぶん、こうしてっと。ほら、あった」



 音に異変があった場所を先が平たく尖った鉄棒でこじると、壁の一部が開き、目当ての開閉装置らしきものが出てきた。



「これを回せば開くはずよ。アル、準備はいいかしら?」


「ちょっと、待ってランタンを点けるから」



 扉を開ける気満々のメイラに準備を促され、あたしは急いで荷物からランタンを二つ出すと、火を灯して明かりを確保した。



「いいわよ」


「じゃあ、いざ探索開始!」



 そう言ったメイラが装置のハンドルを回し始めると、扉が音を立てて真横に動き始めていた。


 一方、あたしはいちおう何かが飛び出してきた時のために、小剣を引き抜きランタンで扉の中を照らしていく。



 すると――


 暗闇の中で動くものが見え、こちらに向かって飛び出してくるのが見えた。



 て、敵!?



 とっさに手にしていた小剣を突きだそうとするが、ランタンの光が照らしだしたのは獣人の幼い子だった。



 こ、子供!?



 敵かどうかの判断ができず、あたしは攻撃することへためらいが生まれていた。



 武器はない。


 相手はこどもだし、とりあえず取り押さえるだけにしておこう。



 一瞬で相手が丸腰であると判断し、飛び出した獣人の子供を捕まえると怪我をさせないように捕まえた。



「何者? なんでこんなところに獣人の子がいるの?」


「み、みず……水が欲しいの」



 捕まえた獣人の子は唇がカサカサになっており、軽い脱水症状があるように見えた。



「水? これ飲んでいいわ」



 目の前に水筒を差し出すと獣人の子はひったくるように取り、グビグビと中身を飲み始めていた。



 とりあえず、こちらへの敵意はなさそうだけど。


 なんでこんな人里離れた場所のしかも誰も来ないはずの穴の中に獣人の子がいたのかしら。



 水を飲む獣人の子を見て、ますます目の前の場所の意味がよく分からなくなっていた。



「ふぅ……干からびて死んじゃうかと思った……お姉さんたちは父様たちに言われてきたの? 父様は隠れてろって言ってたけど、もう隠れなくていいのかな?」



 水をがぶがぶと飲んだことで落ち着いた獣人の子があたしたちを見て、自分の父親があたしたちを派遣してきたのかと聞いてきた。



「いや、そういうわけじゃないけど……。とりあえず、まず名前から教え合いましょうか。ボクはアル。で、そっちが――」


「メイラよ。お嬢ちゃんのお名前は?」


「マリベル……父様から言われて来てないとしたら、お姉さんたちは泥棒さん? ここは大事な場所だからバレたらダメなんだって父様たちが言ってたのだけど」



 地面に座り込んでいるマリベルの視線が険しさを増していた。



 泥棒って言われると違うって言いたいけど……。


 この場合、不法侵入になるのかしら。



 返答に困ったあたしは、チラリと隣のメイラに視線を送った。



「ふふふ、マリベルちゃん。私たちは捜索隊よ。冒険者ギルドからこの場所を色々と調べてこいって許可を受けてるの。だから、私たちは泥棒じゃないわよ。ご理解してもらえるかしら?」



 メイラは得意げにユグハノーツの冒険者ギルドの意匠が入った地図をマリベルに見せていた。



 たしかにメイラの言ってることは一部合ってるけど……。


 捜索は上の周辺部だけで、穴の中まで捜索する許可は出てないんだけどなぁ。



 そんなことを思いながら、マリベルの様子を見てると、彼女はメイラの見せた地図を食い入るように見ていた。



「あーーー! これ父様たちと一緒にいた!!」


「え? 何が一緒にいたの?」


「これっ! これだよっ! 気持ち悪い人!」



 マリベルが指差したのは、地図に添えて書かれていた捜索対象であるアビスウォーカーであった。

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