21:グライド大峡谷を行く
冒険者ギルドから出ているグライド大峡谷行きの馬車は幌もなく、けして快適とはいえない乗り心地であった。
だが、歩きで移動するよりは格段に早く目的の場所に到着していた。
一緒に同乗してきた冒険者たちが荷台から降りるのに続いて俺たちも降り、停留所となっている小屋の方へ向かっていた。
すでに俺たちを送ってきた馬車は小屋で待機していた冒険者たちを乗せ、ユグハノーツへと引き返している。
今度は日暮れにここまで迎えにきてくれる。もし乗り遅れると小屋で一泊するか歩いて帰るより選択肢がなくなるのだった。
「こっち側はまだあんまり来たことなかったな」
「グライド大峡谷は、南の壁とも言われるヤウェハ山から流れ出した水が削りだしたとも言われてますからね。今は水量も減ったそうですが」
そう言ってノエリアが崖の下を流れる川を指差していた。
「たしかにかなり細い川が一本流れてるだけのようだ」
「ただ、ヤウェハ山に大雨が降ると、ここは洪水になるそうです。数十年に一度くらい、この大渓谷が水で埋まるらしいです」
「こんな広い渓谷が水で埋まるとか想像できないな」
グライド大峡谷は、王都近辺の渓谷地帯とは違い、幅も広く深い。圧倒されるような風景であった。
とはいえ、いつまでも大自然を堪能している暇はない。
俺はさっそくポーチから地図を出すと現在位置を確認した。
「目的地のヤスバの狩場までは、このグライド大渓谷の裂け目に沿って南下して、ヤウェハ山麓まで突っ切るという感じか」
「グライド大渓谷の魔物は魔境の森に比べれば数が少ないので、そう危険度は高くないと思います。問題は魔境の森に近いヤスバの狩場ですが、わたくしは討伐依頼で何度か訪れてますので道案内はできるかと」
「ああ、助かる。ノエリアに道案内してもらって早めに着けば、ガウェインさんに剣の製作依頼をした後、ヤスバの狩場で魔法を練習する時間も取れると思うしな」
「承知しました。では、早速出発いたしましょう」
俺たちは地図の確認を終えると、ヤスバの狩場に向け、グライド大渓谷を南下することにした。
渓谷を右手に見ながら、もくもくと二人で歩く。
俺も特におしゃべりな人間ではないが、ノエリアは本当に魔法のことか依頼に関すること以外の無駄なことを喋らない。
日没までに戻るという時間の制限があるため、渓谷の上に生えている灌木の間を少し早歩きで進んでいた。
だが、俺とノエリアは体格差があり歩幅も違うので、次第にノエリアの息が上がり遅れ始めていた。
遅れたノエリアが追いつくのを待とうとした瞬間、彼女に向かって急降下してくる物体が見えた。
「ノエリア、伏せろ!」
「え? はい」
俺の声に反応したノエリアが地面に素早く伏せる。
冒険者だけあって、何事かが起こったのだと直ぐに判断してくれたようだ。
「空気の刃となりて、我が敵を斬り裂け。
ノエリアに向け急降下してきた物体は、
大空を飛んでいて、ノエリアを獲物と認識して急降下してきたらしい。
その
俺の魔力によって、空気でできた刃が
しかし、
「避けられたな」
「
地面に伏せたノエリアも自分へ何が迫っていたかを確認したようだ。
「相手が飛んで素早い場合、フリック様ならどんな魔法を選択します?」
ノエリアは自分が狙われているのが分かっていながらも、慌てた様子を見せずに俺に魔法選択の質問をしていた。
けれど、護身のための杖はしっかりと握っており、いつでも魔法は発動させられる態勢にはなっていた。
「俺だとこれか。見えざる空気よ。堅き障壁となって周囲に発現せよ。
「え?」
魔法が発動し、ノエリアを包み込むように不可視の空気の壁ができた。
本来なら矢や魔物が放つ飛来物に対し、空気を堅くして壁を作り身を守る魔法だが――
急降下してきた
「これなら必中だろ?」
「え、ええ。そうですね。こういう使い方は初めて見ましたが。たしかに素早くて上から襲ってくる相手には必中かもしれません」
ノエリアは見えない壁にぶつかって潰れた
どうやら、答えは違ったらしい。
相手が勝手に近寄ってくるなら、あれで十分だと思うんだが。
確認のため師匠の答えを聞いておくか。
「実際、ノエリアが撃とうとしてた魔法はなんだった?」
「
「なるほど、単体だともったいないかもしれないが、対多数だとそっちの方が魔力を節約できそうだ」
「いや、でも今回はわたくしの方が勉強になりましたね。また屋敷に帰ったら注釈を書き起こさないと」
ノエリアは伏せていた地面から立ち上がると、服に付いた土を払いながら、
「一般的な使い方ではないということだったか……」
「え? ええ、矢避けや飛来物から身を守るのには使いますが、飛行系魔物の急降下から守るために使う方は見かけたことはないです」
服の土を払い終えたノエリアは、潰れた
魔法で作られた空気の壁にぶつかった際に、負ったダメージを確認しているようだ。
「師弟制度の建前として、わたくしがフリック様の師匠とさせてもらっていますが、色々とこちらも勉強させてもらっていますので、教えた魔法は使途を定めず自由に使ってください」
彼女のおかげで魔法が使えるようになったので、王国が定める師弟制度によって現在ノエリアが俺の師匠となっている。
だが、彼女は魔法の効果や呪文こそ教えてくれるが、その魔法の一般的な使用用途までは詳しく語らなかった。
そんなノエリアの指導が気になったので、知り合いになった若い魔術師にチラリと聞いたが、師匠となった魔術師は指南書があるものはそれに従い、使用用途もキチンと教えるそうだ。
今さっきの話を聞くと、ノエリアとしては俺には用途を定めず、自由に魔法を使わせたいようであった。
おかげでさっきのような使い方をするようになっていた。
「ああ、約束したとおり、俺が危ない使い方をした時は止めてくれよ」
「心得ております。さて、わたくしのせいで少し遅れておりますので先を急ぎましょう」
魔法が与えた効果を手帳に書き留めたノエリアが、潰れた
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