36:燃える魔剣
前脚を斬り裂き、痛撃を与えたことでケルベロスの標的は俺たちに集中した。
「ガァオオオオオオオオッ!!!!」
吠えていたケルベロスが俺に向かって飛びかかると、長く飛び出した前脚の爪で身体を狙って引っ掻いてくる。
だが、負った傷のせいか最初に比べて勢いも速さもなかった。
これは反撃の機会だ!
爪を魔剣で防いで滑らせ勢いを逸らすと、体勢を崩したケルベロスに斬撃を叩き込む。
一撃、二撃、三撃。
斬撃は確実にケルベロスの前脚に傷を増やしているが、すべて致命傷までは与えられないでいた。
【マスター! なんか、ケルベロスに傷を負わせた箇所を舐めたら煙が上がってます!】
「は? 煙?」
反撃を食らったケルベロスは一旦、俺たちと距離を取っていた。
そのケルベロスを見ると、俺たちが傷を負わせた前脚を自分の舌で舐めており、魔剣が言ったように黒い煙が上がっていた。
「まさか……も、もしかしたら回復してる? いや、そんなまさか……」
「いや、回復してるぞ。フリックが与えた傷口が塞がっていってる」
ケルベロスの様子を見ていたノエリアとガウェインから嫌な話が聞こえてきた。
あの強さで回復持ち……とか……ありえないだろ。
中途半端な攻撃だとあいつは自己回復して倒せないというのか……。
けど、魔法は毛皮で威力が低減されてしまうし……剣では致命傷を与えられそうにないし……。
一体どうすれば……。
相手が回復手段を持つと知り、攻め手を欠いた。
魔法は弾かれるし、剣単体では傷は浅すぎる……。
剣で斬って魔法くらいの威力を出せないか……。
剣の刀身に魔法効果が乗れば、傷ももっと深く与えられそうだけど……そんな魔法ないよな……。
【ないなら魔法を作ってみたらどうです! マスター! 燃える刀身とかでも大丈夫です! メラメラ燃えますから! 頑張ります!】
「魔法を作るってな……そう簡単に……燃える刀身!?」
魔剣の言葉を聞いて、脳内に燃え上がる炎をまとった剣の映像が浮かんだ。
魔法剣か……ありっちゃありだな……刀身に魔法を宿らせる魔法剣。
さっき魔剣が見せていた斬り裂いた敵に魔法効果の追撃が加わる魔法なら……いけるか。
魔法の効果が発生する形はある程度想像ができた。
やってみるか……現状のままだとこっちがケルベロスの餌にされてしまうだけだし。
そう決めると、想像から浮かんできた呪文を口にする。
「燃え盛る炎よ、わが剣に宿りて敵を焼き尽くせ。
魔法はみごと発動し、魔剣の刀身は真っ赤な炎に包み込まれることになった。
【はわわ! 火事です! 火事! 火が出ました!】
「お前、自分でメラメラ燃えるって言ってただろ。だから、燃やしただけだ。問題はあるか?」
【な、ないです! 全く無いです! 大丈夫です! ちょっとびっくりしただけです!】
刀身からいきなり火が出たので魔剣も驚いていたようだ。
それと、あと二人も口を開けてこっちを見ている。
「フリック様、なにを……して?」
「なにって……あいつには魔法を低減する毛皮があるし、剣の傷だけじゃ回復されるし、斬ったうえで魔法のダメージが乗らないかなと思って作ったんだけど……ちなみに威力は最高設定にしてあるが……ダメか?」
ノエリアの顔に『その発想はなかった』と言いたげな表情が浮かんでいた。
「ダメじゃないですよ。フリック様の剣と魔法を融合させた最適解かもしれません。刀身に魔法効果を乗せるとは……まったく考え付きませんでした」
「いや、試しにやってみただけだし、それにあのケルベロスに通じるか分からないし」
「きっとフリック様の魔法の威力と剣の腕なら……あの魔獣を討伐してしまいそう」
期待に満ちた視線がノエリアから向けられていた。
「もし通じなかったら、魔法であいつの視界を塞いで全速力で逃げるしか手がなくなるけど」
「……この場を逃げきれても、傷を負わされた魔獣ケルベロスは匂いをたどってわたくしたちを追ってくるでしょうし」
「逃げ切った人は?」
俺の問いかけにノエリアが無言で首を振った。
傷を与えた者で、魔獣ケルベロスから生き残った者はいないということか。
「分かった。絶対にあいつは俺が倒す」
無事にケルベロスを退治してユグハノーツに帰還したかった。
魔獣の餌が人生の終着点になるのだけはごめんこうむりたい。
「燃える刀身か……フリックのやつ、面白い機構を作り出すネタを提供してくれたな。これは次回作に生かそう」
若干一名、危ない鍛冶師がいるが、大事故を引き起こさないようにだけして欲しい。
そうしてる間にケルベロス側も傷を癒し終え、戦いは仕切り直しとなった。
「おしっ! 行くぞ! 頼むぞ、魔剣!」
【は、はい! メラメラ燃えます! 頑張ります!】
刀身に炎をまとった魔剣を握り直すと、傷を癒し終えたケルベロスに向かって駆けだした。
同時にノエリアもガウェインもディモルも、牽制や囮を再開してくれた。
だが、ケルベロスはそれらに一切見向きもせず、俺に向かって一直線に駆けてきた。
「狙いは俺だけってことか!」
「ガァアアアアアア!!」
まるで、『そうだ』と言わんばかりにケルベロスは俺に向かって飛びかかってくる。
ケルベロスの方も俺に対して魔法も毒霧もあまり効果がでないと察したのか、直接攻撃を選んできていた。
迫る爪や牙を紙一重で避ける。
上下左右から息を吐く暇もない攻撃が俺に降り注いできた。
やがて、攻撃に目が慣れると、隙を見つけることができた。
「そこだっ! 食らえ!!」
燃え盛る炎をまとった刀身がケルベロスの前脚を斬り裂いていく。
次の瞬間――
刀身によって斬られたところ以外の穴という穴から盛大な炎が噴き上がっていた。
最大限の威力を込めて発動させた魔法剣だったため、傷口で発動した魔法の炎がケルベロスの身体の内部に拡がっていったようだ。
「ガァアアアアアアアアアっ!!!」
身体中の穴から炎を噴き出したケルベロスが痛みのあまり地面を転がってのたうち回る。
どうやら効果は抜群だったようだ。
「効いてるな」
【はい、効いてます! 追撃です! 追撃!】
「分かっている。燃え盛る炎よ、わが剣に宿りて敵を焼き尽くせ。
魔法剣は一太刀で効果が消えたので、追撃するために再び魔法剣を発動させる。
そして、地面を転がってのたうち回るケルベロスに近づくと、胴体の中央に炎をまとった刀身を突き刺した。
「ギャワウウウウウウウーーーーン!」
ケルベロスはしばらくの間、ビクンビクンと動いていたが、やがて身体中から盛大な炎を吹き出すと絶命していた。
「勝ったな……ふぅ……」
緊張が解けると、制御していた身体強化魔法も一緒に解けた。
そのまま、ケルベロスの死体の上に座り込む。
そんな中、ケルベロスの身体に突き立ったままの魔剣は刀身をまぶしく光らせていた。
【魔物の核です! 因子大量ゲットです! 美味しいです! ウマーウマー! 成長しちゃってる感じです! どれくらいかって言うと『ガンガン行こうぜ!』が『もっと、ガンガン行こうぜ!』になったくらいです!】
その例えで言われると成長してるのかよく分からないんだが……。
それは本当に成長してるのか?
【ちょっと因子が美味しすぎて、取り乱しました! ケルベロスから取り込んだ因子で魔法は新しく一〇個ほど記憶できるかなって感じです! ちなみに毒、炎、雷、魔法抵抗系はちょっぴり威力が上がってる感じです!】
ケルベロスの使ってた系統と特性を取り込んだって感じか。
【ですです。威力はまだまだマスターには及びませんけど、お手伝いできることは増えたはず! これからドンドン成長するんで! 頑張ります!】
魔剣がそう言うと、刀身のまぶしい光がおさまった。
「フリック様ー! ご無事ですねー!」
ケルベロスの死骸の下にまで駆け寄ってきたノエリアから無事を確認する声がかけられた。
「ああ、ノエリア大丈夫だ! 問題ないぞ! 魔法剣も意外と使えるだろ?」
「威力あり過ぎです! これほどの威力が出せる魔法が発見されたとなると魔法研究所に急いでレポートを送らないと……ああ、でもフリック様だけの特殊事例かもしれないし、どう説明すれば……」
ノエリアは俺が使った魔法剣の扱いをどうするか決めかねてオロオロとしていた。
たしかにちょっと威力がありすぎたかもしれないか……。
俺は周囲に漂う肉の焼けた匂いを嗅いで、自分の編み出した魔法剣の威力を考えていた。
「すげーもん、見せてもらった。これは魔法剣に対応した剣を量産した方がいいかもしれんぞ。剣に魔法の威力を乗っけるとはな。剣と魔法の融合かぁー、これは面白い。面白いぞ」
ガウェインも死骸となったケルベロスの身体を検分して、次なる武器製作の案を練っていた。
そこはかとなく不安だが、腕は確かなので危なくない物を是非製作して欲しいところであった。
その後、討伐の証としてケルベロスの頭を斬り落とすと、俺たちは工房に戻ることにした。
こうして俺の終生の相棒となる魔剣の初めての生贄は、ユグハノーツで魔獣として恐れられていたケルベロスとなった。
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