sideアルフィーネ:辺境伯からの依頼

※アルフィーネ視点



 辺境伯ロイドの屋敷に呼びされたあたしたちは、応接間に通されていた。



「呼び出してすまないな。色々とこちらも困ったことが発生してるのだ」



 椅子に座るロイドやその横に立つマイスの顔には疲労が色濃く出ており、彼らの言う困ったことがかなり大変なことだというのが察せられた。



「いえ、こちらも色々とお世話をして頂いておりますので」


「そう言ってもらえるとありがたい。今日、アルたちを呼び出したのは依頼があってな」


「依頼ですか? ボクたちに?」


「ああ、事情を知っている者を派遣せねばどうにもならん気がする依頼でな。アビスフォールの件は関係各所にかん口令を敷いているため、事情を詳しく知る者が少ないのだ。わしやマイスが説明しに行くわけに行かぬし」



 そう言えば施設の話を詳しく知っているのは、あたしたち以外だと目の前の二人しかいなかった。


 参加していた冒険者や騎士団員たちには厳しい情報統制がされていて、詳細を詳しく知る人は限られていた。



「そこでボクたちに依頼というわけですか……。ですが、ボクらは一介の冒険者にすぎませんよ?」


「その方が良いのだ。一介の冒険者の方が連中の警戒が緩む」


「警戒が緩むとは?」


「実はこのユグハノーツには近衛騎士団の連中が身分を隠して大量に入ってきておる。わしの家臣たちから、それらしい人物がうろついて色々と嗅ぎまわっているとの報告が上がってきておるのだ」



 近衛騎士団の連中って……。


 それってあたしの捜索に来てた連中のことなんじゃないかしら……。


 連中はたぶん、王都から逃げ出したあたしたちの情報を集めてたんだと思うんだけどな。



 辺境伯ロイドはあたしを探しにユグハノーツに潜入している近衛騎士団の連中を、ジャイルが施設の存在を知られていないか情報を集めていると勘違いしている様子だった。



 あたしは辺境伯ロイドに身分を明かすべきか迷った。


 だが、今ここで剣聖アルフィーネがユグハノーツにいるとバレたら、まだこの街にいるかもしれないフィーンが知ってまた姿を隠してしまうかもしれない。


 そう思うと身分を明かすのをためらう自分がいた。



「え、えっと。そんなことになっていたんですね。全然知らなかった」



 適当な相槌の言葉でしらばっくれた。


 口から出たその言葉に、自分は本当に卑怯な女なのだと思わされる。


 こういう自己中心的な考えや行動がフィーンを自分から遠ざけたと分かっていながら、今もまた行っている自分が唾棄したくなるほど汚い女に思えて仕方なかった。



「連中は人探しを隠れ蓑にしてるらしいがな。なんでも王都からきた黒髪の若い女を探してるらしい。どうせ、情報収集するための口から出まかせだと思うが」


「きっとそうですね。それでアルと私に頼みたい依頼とは何ですかね? マリベルにはお仕事をしないと世話をしてもらえないので何でもご依頼は受けるつもりですが」



 話がまずい方向に流れそうなのを察したメイラが、機転を利かせて依頼の方に引き戻してくれた。



「ああ、そうだった。依頼の件だったな。実は旅先にいるわが娘ノエリアに会って、アビスフォールの地下施設の話を詳しく教えてきて欲しいのだ」


「辺境伯様のご令嬢にですか?」



 王都できいた噂だと、辺境伯の一人娘ノエリアは令嬢でありながら、冒険者をしていて、更に重度の魔法オタクだって話だったけど。


 そんな子にあの地下施設の話を伝えるというのはいったいどういうことかしら。



「ああ、今は凄腕の冒険者である真紅の魔剣士フリックとともにわしの密命を受けてインバハネスのデボン村におるのだ。たしかマリベルの出身地はデボン村であったな?」


「あ、はい。そうです」


「その近くに水晶の鉱山があるのを知っておるか?」


「ラハマン鉱山です。父様たちはそこで働いてましたから。マリベルも鉱山のお仕事を手伝ってました」


「ならば話は繋がった。そのラハマン鉱山の連中は、アビスフォールの地下施設を修繕していた連中と同じ奴らだと思われる」



 辺境伯ロイドの中では話は繋がったようだが、あたしにはさっぱり何のことだか理解ができないでいた。



「実はノエリア様からラハマン鉱山に居座る連中がジャイル殿と繋がっていて、しかもアビスウォーカーを使役してるのではという連絡が入っておりまして……それに鉱山で働いていた獣人たちが行方不明になっているそうで……」



 こちらが不思議そうな顔をしていると、あたしの表情に気付いたマイスが補足で説明をしてくれた。



「なるほど、ラハマン鉱山で働いていたマリベルたちがアビスフォールの地下施設に来ていたとなれば――」



 ようやくあたしの中でも話が繋がった。



「近衛騎士団長のジャイル様が色々と裏で動いてるということかしらね。アルの王都での件もあるし」


「わしはそう睨んでおる。だが、相手は王国でも屈指の大貴族だ。しっかりと証拠を固めなければ言い逃れされてしまう。そうならんようにわしも動いておる。だから、人探しをしているアルたちには悪いが今回の依頼を受けてくれぬか? ジャイルはわしを疑っておるとなれば、手紙でのやりとりは危険すぎるのでな。信頼できる者を派遣したい」



 一介の冒険者を簡単に信頼すると公言する辺境伯ロイドは、貴族としてはやはりかなり変わり種の人だった。


 王都の貴族なら持って回った言い方で、こちらに言質を与えるようなことは絶対にしない。


 自分に責任が及ばないよう、幾重にも責任の所在をはぐらかして冒険者を動かす貴族が大半なのだ。



「辺境伯様はボクたちがその情報を近衛騎士団長様に持ち込むとは思いませんか?」

 

「わしは人を見る目はたしかだと自負しておる。お主はそんな器用な芸当はできぬであろう?」


「あ、ぅ」



 辺境伯の返答に言葉が詰まってしまった。


 たぶん、今の状況でジャイルの顔を見たら、速攻で剣を抜き首を飛ばす自信はあった。


 もともと大嫌いなやつだったが、更に後ろ暗いことへ関与していると知り、大嫌いから倒すべき悪に進化していた。



「その反応であれば、アルがわしを売ることはないな。ゆえにこの依頼を受けて欲しい。事態は急を要すのだ」



 辺境伯ロイドは懇願にも似た声で、あたしたちに依頼を受けて欲しいを頭を下げていた。



「……分かりました。辺境伯様のご依頼をお受けいたします」


「おお、そうか! では、すぐにでも頼む」



 あたしは依頼を受けることに決めると、すぐに出立の準備を整え、メイラとマリベルを連れてインバハネスの南あるデボン村へ向かうことにした。



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