106:育ての親


 先に院長室に入って、しばらくノエリアと雑談をしながら二人の帰りを待っていると、院長夫妻が戻ってきた。



「いやーすまない。待たせてしまったようだね。子供たちがあの翼竜を見たいって聞かなくてなー」


「それにしても、あの翼竜はどうしたの? 人に懐かないって聞いたことがあるんだけど?」



 院長室の窓の外には、村の入口で翼を休めているディモルたちの姿が見えていた。


 応接用のソファーに腰をかけた二人に対し、ディモルのことを説明していく。



「あの翼竜はディモルという名で、俺の大事な相棒なんです。ユグハノーツの南で出会ってからずっと一緒に旅をしてまして。俺が指示しない限り、絶対に人は襲わないので安心してください」


「ほぅ、フィーン君があの翼竜を手懐けたというのか……」


「そう言えば、村にいた時はアルフィーネの剣の稽古の合間に、動物の世話をけっこう喜んでしてたわね。翼竜が動物なのかは判断しかねるけど……。まぁ、危害を加えないと言うなら子供たちに触れさせてあげたいわね。長命な竜種に触れると長生きできるって話もあるし」


「ええ、いいですよ。話が終わった後でディモルの身体をお湯で拭いてやりたいんで、その時でよければ子供たちにも手伝ってもらえれば助かります」



 俺はフィーリアの申し出を二つ返事で受けた。



「ありがと、子供たちが喜ぶわ。それで一緒にいるそちらの女性がエネストローサ家の令嬢となると、フロリーナ様の娘のノエリア様よね?」



 フィーリアの視線が俺の隣に座るノエリアに向けられていた。


 ダントンの方も辺境伯令嬢が俺と一緒にいる理由が気になっているようで、チラチラとそちらへ視線を向けている。



「わたくしはフリック様――いや、フィーン様のお供として付いてきただけなので――」



 二人の説明を求める視線が俺の方に向いた。



「あ、ええっと。どこから話せば――」


「アルフィーネ様の件からお伝えした方がよいのでは? ああ、でもそれだとフィーン様の容姿が変わった理由が分からなくなってしまいますね。最初から説明した方がよろしいかもしれません」



 この村に来た理由をどこから話すか困っていると、ノエリアが助け舟を出してくれた。



 育ての親と思っている二人に、アルフィーネとのことを伝えるのは心苦しいが、伝えないと話が進まないよな。


 二人は今も俺がアルフィーネと組んで冒険者やってると思ってるだろうし。



 俺は意を決すると、二人に事情を話すことにした。



「実は、俺は今アルフィーネと別れてフリックという名でユグハノーツで冒険者をしてまして……。辺境伯令嬢のノエリアとともにある依頼を遂行中でして……」


「フリック? なんでまたアルフィーネと別れてまで、名前を変えて、姿まで変えて辺境のユグハノーツで冒険者をしてるんだ? この前帰ってきた時は剣聖に任じられて貴族になったアルフィーネとともに冒険者稼業を頑張ると言っていた気がしたが」


「その件ですが……。あの後、俺とアルフィーネとの間ですれ違いが大きくなって、彼女とは絶縁して名と容姿を変えて冒険者として一から出直した次第です」


「フィーン君がアルフィーネと絶縁!? 本当なの?」



 俺がアルフィーネと絶縁したと聞いた二人の顔は驚いたままであった。



 たしかこの前来た時は、アルフィーネが貴族なった時に買った屋敷で一緒に暮らしてるって報告してたもんな。


 それが絶縁したって聞いたら、そりゃあ驚くか。



「ええ、まぁ、本当です」


「その表情からすると、問題はアルフィーネの方にあったようだな? あの子には常々周りの人に気を配りなさいと言っていたんだが……。そうか、フィーン君も……」



 院長であるダントンは、子供の時からアルフィーネの性格のことを心配して色々と忠告をしていたが、当の本人は気にする様子も見せずに聞き流していたことを思い出していた。



「子供の時から人の言うことを聞かない子だったしね……。幼馴染のフィーン君からも愛想を尽かされてしまったのね」



 フィーリアも幼少時からアルフィーネに手を焼いていたことを思い出したのか、俺が絶縁したと聞いてため息を吐いていた。



「あ、あの……。もしかして、二人はアルフィーネのこと全く聞いてませんか?」



 俺の話を聞いてあきれた様子を見せていた二人の態度に、アルフィーネの身に起こったことを知らないのではという疑念がよぎっていく。



「ん? フィーン君が絶縁したというのは今聞いたが、他に何かやらかしているのかね?」


「あの子は色々と他人と摩擦を起こす子だったけど、剣聖様になって少しは落ち着いたかと思ったのだけど……」



 この反応……。


 二人はアルフィーネが近衛騎士団長の暗殺未遂犯として替え玉が処刑され、逃げ回っていると知らない気がする。


 それとも、知ってて誤魔化してるのか?


 嘘が上手な人たちだって思わないけども。



「もしかして、お二人はアルフィーネが剣聖の地位を剥奪され、近衛騎士団長暗殺未遂犯として処刑されたことを知らない――」


「はぁ!? アルフィーネが処刑!? そんな馬鹿な!?」


「な、なにを言っているの!? たしかに問題は多いけど処刑されるようなことをする子じゃ!?」



 やっぱり二人のこの反応……。


 アルフィーネの身に起こったことは知らなそうだ。


 となると、アルフィーネがこの村にいる可能性も低いし、立ち寄った形跡もないかも。



 俺は狼狽する二人を落ち着かせるため、今までに集めた情報を話すことにした。



「アルフィーネが処刑されたわけじゃなくて、替え玉の女性がアルフィーネとして処刑されてるんです。本人の行方が全くの不明で俺たちは彼女がこの村に来たんじゃないかと思って来たんですが……その様子だと」


「そんな、あのアルフィーネが……行方不明……無事なのか?」


「王都で剣聖としてしっかりと務めを果たしていると思ったのに……」



 説明を聞いても二人から狼狽した様子が消えずにいた。



「確認のためお聞きしますけど、この村にアルフィーネは来てませんよね?」


「去年フィーン君と来て以来、顔を出していない」


「ええ、ダントンの言う通りよ」


「そう……ですか……」



 ほんと、アルフィーネのやつどこまで逃げたんだよ……。


 ここにも顔を出してないとなると、本当にどこに行ったか分からないぞ。



「とりあえず、俺が手に入れた情報だと逃げ出して無事に生きてる可能性が高いので、もしこっちに顔を出したらエネストローサ家に連絡を寄越すように伝えてください」


「逃げ出しているとなると、あのアルフィーネが簡単に捕らえられるとは思えないしな……。分かった、こちらに顔を出したらすぐにエネストローサ家に連絡させる」


「生きて逃げているなら、あのアルフィーネのことだし、なんとかしてるはずよね。孤児院から脱走して何日も険しい山を駆け回ってた子だし」



 処刑されたと聞いて驚いていたダントンとフィーリアだったが、アルフィーネが生きて逃げていると聞いてほっと安堵している様子だった。



 たしかに全力で逃げるアルフィーネを捕まえるのは、俺でも骨が折れるかもしれない。


 彼女が冒険者時代のことを思い出し、サバイバル上等で野山に入られて気配を消されたら、見つけ出せる気がしないな。



 院長夫妻とのやり取りを黙って聞いていたノエリアが、俺の袖を引いて耳打ちをしてきてた。



『どうやら、ここにもアルフィーネ様は顔を出しておられぬ様子。フリック様の中で他にどこか当てはありますか?』


『いや、ちょっともうないかもしれない……』



 その様子を見ていたフィーリアが、何かを感じ取ったのか、俺とノエリアを交互に見ていた。



「もしかして、フィーン君はノエリア様とそういう仲かしら? それが原因でアルフィーネと――」


「え? いやいやいや違いま――違わないけど、そういうことじゃなくて――。ノエリアとは、アルフィーネと離れてから出会ったんであって――」


「ひゃうっ!? ち、ち、違いま――。そういうことではなくてですねー。わたくしとフリック様は――」



 フィーリアの問いかけに二人して動揺し、しどろもどろの返答を返していた。

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