105:孤児院

「ここがリスバーンの村なのねー。はー、ほんと田舎って感じの村だわー。あっ! ディモルも山を越えてきたのね。あっちから来た方が早かったんじゃないの? ディモル、こっちよ。こっち!」



 村の様子を見ていたノエリアの肩に止まっていたシンツィアの骨の鳥が、飛び上がると高い山を越えて降りてきたディモルの方へ飛んでいった。


 使役魔法の達人であるシンツィアは、ディモルやディードゥルとの意思疎通が問題なく行えており、今回は空から来るディモルを誘導してもらっていたのだ。



「シンツィア様、ディモルのあの様子を見てから言ってくださいよ。寒さに強い翼竜でも身体があれだけ凍りついてるんですから、人間なんて凍死しちゃいますって」



 山を越え村に降りてきたディモルは、俺たちの姿を見つけると緩やかに高度を落として降りてきていた。


 地上近くまで降りてきたディモルは、身体に着いた霜を取ろうと、翼を羽ばたかせていく。



「ディモル、ご苦労さんだったな。すぐに孤児院でお湯をもらってくるから待っててくれ」


「クェエエ!」


「フリック様が育った孤児院は、あの村の真ん中にあるお屋敷みたいなところですか?」



 地上に降りたディモルを出迎えると、村を見ていたノエリアが孤児院の場所を指差していた。



「ああ、どうやらディモルの姿を見て、孤児院のみんなが顔を出したようだ。事情を説明してくるよ」


「わたくしも一緒に行きます。スザーナ、ディモルたちの面倒を見ておいてくれる? フリック様と先にお話をつけてきますので」


「あたしはついて――ちょっと、ディードゥル!?」



 ディモルの周りを飛んでいたシンツィアを、ディードゥルが口で咥えて捕まえていた。


 シンツィアがあまりに騒がしいので、問題を起こさないように捕まえておいてくれるらしい。



「すまない、ディードゥル。シンツィア様の相手をしといてくれ」


「ちょっとー、あたしも連れてけー。ディードゥル放してー」



 俺はディードゥルの返事を待たず、ノエリアの手を引くと孤児院に向かって駆けだした。




 孤児院に着くと、不安そうな顔をした子供たちとともに院長夫妻が顔を出していた。



「お騒がせしてすみません。あの翼竜はエネストローサ家の所有物で、人に危害を加えませんので安心してくださいませ」



 困惑した顔を浮かべていた孤児院の人たちに、ノエリアが丁寧に頭を下げて回っていく。



「チラリと見えた紋章はエネストローサ家のものと思いますが……まさか、ロイド様のご令嬢であるノエリア様でしょうか?」



 すぐに院長夫妻も相手がエネストローサ家の令嬢だと察し、恐縮した様子を見せていた。



「名乗りが遅れました。わたくし辺境伯の娘のノエリア・エネストローサと申します。こたびはこちらの――」


「ダントン院長、フィーリア先生、ご無沙汰しております。俺です。フィーンです。あの翼竜はディモルって名前で俺の相棒なんで大丈夫ですから!」



 久しぶりに再会した院長夫妻は、少し困惑こそしているがこの前会った時と変わらない様子を見せている。


 

 ダントン院長も少し痩せた気がするけど、つぶらな茶色の瞳とボサボサの茶色い髪はそのままだ。


 奥さんであるフィーリア先生も、意志の強そうな赤い瞳と綺麗な長い赤い髪は、年齢を感じさせないほど艶やかなままでいる。


 二人ともそろそろ五十歳超えてるんだよな……。


 もう少し稼いで楽をさせてあげたいけど。



「えっ!? フィーン君? たしかに声はフィーン君だけど……その恰好は……」



 院長であるダントンは、フィーンと名乗った俺の姿を見てさらに困惑した表情を浮かべていく。



「綺麗な黒髪も真っ赤な短髪になってるし、澄んだ黒い目もわたしと同じ赤い目に……本当に何があったの?」



 フィーリアの方も俺の変身した姿を見て、夫と同じく困惑した顔を見せていた。



「色々と事情があって、こんな格好なんですが……。ちょっと外で話をするのも憚られる内容ですから、中で話させてもらっていいですか?」


「え、あ、ああ。分かった。みんな、部屋に戻って勉強の続きをするように。今から私はフィーン君たちと大事な話があるからね。ほら戻って戻って。フィーン君、先に院長室に行っててくれるかい。私は子供たちを教室に帰してから行くから。フィーリアも手伝ってくれ」


「はいはい、みんな教室に戻ってね。格好はかなり変わっちゃったけど、この子はフィーン君だから安心しなさい。はいはい、後でまたあの翼竜を見せてもらいましょうね。ほらー、そこ教室に戻りなさーい」



 ダントンが翼竜を見に外に出てきていた孤児院の子供たちを教室の方へ押しやると、フィーリアも彼を手伝って、外に出てきていた子供たちを教室に戻していく。



 邪魔にならないよう言われた通り、先に院長室へ行っておくか。



「ノエリア、先に院長室に行っていよう。こっちにあるんだ」


「は、はい。承知しました。そういたしましょう」



 俺は勝手知ったる孤児院なので、ノエリアの手を引き、ダントンとフィーリアを待つため院長室に向かい歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る