sideアルフィーネ:謎の施設 前編


「はぁ!? ちょっと、自分が何言ってるか分かってるの?」



 マリベルの突然の告白にあたしは目が点になっていた。


 自分たちが探しているアビスウォーカーと一緒にいたと、目の前の幼い獣人は言っているのだ。



「だって、その似顔絵にそっくりなんだよ。父様たちも気味悪がってたけど、雇い主の人から他の人に言うなーって言われてたもん」



 自分の言ったことを否定されたと捉えたマリベルが口を尖らせて、あたしに抗議をしてきた。


 まだ幼く獣化が進んでない彼女は、人間の子とほぼ同じのような見た目だが、茶色い髪の毛の中に見える小さな垂れた猫耳が、彼女が獣人である事を物語っていた。


 

 可愛いって言うと怒るかしら……。


 世間の人が言ってる妹ってこんな感じなのかもしれないわね。



 ずっと自分とフィーンのことしか考えてこなかった自分でもそう思えるくらい、幼い獣人のマリベルは可愛さに溢れている子だった。


 そんなマリベルにメイラもかなり興味を抱いているようで、あたしに対する態度とは違い真面目に話しかけていた。



「えーっと、マリベルちゃんって言ったわね。この似顔絵に描いてある生物はアビスウォーカーって言って、ものすごーく怖い生物なんだけど。それって父様たちから教えてもらっていないの?」


「マリベルだって母様から聞いてたアビスウォーカーかもって思ったけど、父様が違うって言ったから違うんだもん」



 たしかにメイラの言った通り、このハートフォード王国でアビスウォーカーのことを大人から教えられないなんてありえない。


 孤児院で育ったあたしでも、何度も言われてきたことだし知らないわけないわよね。



 でも、マリベルの父親はメイラの地図に描かれている生物を見て、アビスウォーカーじゃないと何で言ったのかしら?


 マリベルの父親がアビスウォーカーを知らないってわけじゃないだろうし。


 マリベルも嘘を吐いてるようには見えないし。


 何かよく分からなくなってきちゃったわ。



「ちょ、ちょっと待ってね。色々整理してもらっていいかしら。ボクは頭がこんがらがってきそうだよ」



 話が複雑になりそうな気配がしたので、一旦整理をすることにした。



「そ、そうね。まず、マリベルはどこに住んでるの? ここはお家じゃないわよね?」



 そんなあたしの気配を察したメイラが、マリベルに確認するように話を聞いていた。



「当たり前だよ。マリベルだってこんな暗くてかび臭いお部屋の中で暮らしてないよー!」



 マリベルはここが家かと聞かれたことが心外だったようで、プンプンと怒った表情をしていた。



 怒っていてもマリベルの可愛さは損なわれず、むしろ色々と構ってあげたくなってしまう。


 世の中にこんな可愛い子がいたなんて……。



 思わず頭を撫でようかと出した手に気付き、すぐに引っ込めていた。



「マリベルはインバハネスの街から父様の一行が運んだ荷馬車の荷物に隠れてついてきたの。こう見えてもかくれんぼは得意なんだよ」


「インバハネスから荷馬車に隠れてきたの!?」



 獣人であったから、ユグハノーツから来たとは思ってなかったけど……まさか、インバハネスとはね。


 荷馬車の荷物に隠れてって――。


 相当な気配の消し方よね。


 インバハネスってここから東に行った方だし、かなり遠いはず。



「うん、二週間くらいかな。お昼に寝て、夜にみんなが寝てる時に荷馬車のご飯食べてた」



 この歳でそんな行動をするなんて……大胆すぎない?


 ずっと見つからずに父親についてきたなんて、見かけによらずに行動派の女の子なのね。



「で、この施設に到着した時に父様たちに見つかって、一人で帰らせられないから雇い主の人には内緒でここでみんなと一緒に暮らしてたんだ」



 マリベルの父親たちは自分たちで来たのではなく、誰かに雇われてこの場所へ来ていたようだ。



「もしかして雇い主がこのアビスウォーカーだったの?」


「ううん、違う。父様たちが話してたのを聞いた限りだと、インバハネスの領主様の家臣の人みたい。なんでも、ここの施設を直す手伝いをすれば、インバハネスの街をもう一回獣人の国にしてくれるとか言ってた。あと、よく分からない言葉で喋る人たちも何人かいたし、その中にこの気持ち悪いのもいたの」



 マリベルも詳しくは知らないらしく、父親から聞かされた話を教えてくれていた。



 インバハネスの領主の家臣が雇い主……。


 それにここは何かしらの施設であって、修繕のために人をわざわざ派遣してきたらしい。


 あと、インバハネスを獣人の国にするってどういう意味だろうか……。


 ハートフォード王国の一都市が勝手に独立とかできないと思うんだけど。



「インバハネスの領主って言うと、二年前に近衛騎士団長のジャイルが領地としてもらってたはず……。そこからわざわざ、こんな最果ての地にあるアビスフォールに何の施設を建ててたのかしらね」



 マリベルの言葉に何やらきな臭い話が混じってきてるのを察し、隣にいたメイラも顔を曇らせていた。



「それで、二ヶ月くらい父様たちはここの修繕を手伝ってたんだけど、三週間くらい前に急に修繕を止めて父様たちだけ連れて出て行っちゃったの」


「二ヶ月前!?」



 マリベルの父親たちは二ヶ月も前から、このアビスフォールの地下施設で修繕の手伝いをしていたそうだ。



 でも、その時期だとここら辺は魔物討伐に来る冒険者くらいか。


 人が増えたのはつい最近だってレベッカも言ってたしね。



「他にもいたけど、その人たちはもっと前からって言ってたよー」



 マリベルの証言によれば、かなり前からこの地下施設が運営されていたとのことだ。



 一体何のためにこんな施設をこんな場所に……。



 話を聞き進めるたびにあたしの頭の中で疑問が増えていった。

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