sideヴィーゴ:わずかな希望
「すまない。私としたことが感情を表に出しすぎた。お前が持ち帰った情報は、同胞の中で永遠に語り継がれる価値のあるものだ」
「ヴィーゴ様は狂ってなどおられません。我ら同胞の未来ため、自らができることをされているだけです」
「この世界の数十万人と、自分の世界の数十万人を殺した私だぞ。狂っていなければならんのだ。狂わねば、このようなことはできん」
私は傍らで息を潜めて立つ、異形の怪物に視線を向けた。
人の姿を模した怪物。
アビスウォーカーと呼ばれ、ハートフォード王国の多くの民衆を殺し回った忌むべき生物。
その忌むべき生物を作り出したのは、科学者であった私だった。
人を救うために始めた研究で、多くの人を殺し、心が壊れた私は狂ったままこの世界で生きている。
ただ一つの願いを果たすためだけに、研究の成果を使い、この地の権力者に取り入り、人に言えない後ろ暗いことをやり、組織を充実させた。
「だが、それもこの出会いのために仕組まれた天の配剤かもしれん。超人計画は人を超える存在とも言える強化人類を作り出した。たいがいの病気に屈しない抵抗力の高さ、膨大な
「未発見の抗体持ち……」
私の言葉を聞いて、同胞の若者の顔色が変わった。
この世界で産まれた人類や生物は全て等しく
逆に、少ない人類は魔法を使えず、生物であれば魔物化しやすくなると判明している。
少しでも
しかし、一切の
二〇年前の失敗で追い詰められた我ら同胞が、この地でマスクなしで生きるのに、なくてはならないものである。
数を減らした同胞の中で、この抗体を持つ者は0.1%もなく、多くが
それを防ぐには、
「魔物やこの地に住む幾多の種族を切り刻み、抗体獲得の方法を探し求めたこの二〇年が無駄ではなかったと思いたい」
「この世界に三人しか存在しない強化人類のあの三人なら、きっと……我らが探し求めた物を持っているはず」
これが私の独りよがりな願望であることは重々承知している。
けれど、二〇年間抗体の獲得方法を探し求め、ほとんどの希望を失い行き詰っていた我らには降って湧いた僥倖に思えていた。
「今回の任務はフリックたちの暗殺であったが変更する。ボンボン息子でしかないジャイルの機嫌伺いなどをしている暇はない。まずは、計画の中枢にいた三人の魔術師の拉致を第一目標とする。第一目標を完遂後、第二の目標はフリックとノエリアからの血液入手だ。同胞のためなんとしても完遂するぞ」
「承知しました。絶対に成功させてみせます!」
「そう、気負うな。冷静にやらねば、成功率は下がる。相手は大襲来の時から強化したアビスウォーカーを倒したフリックたちだ」
「は、はい!」
「今回連れてきてるのは、フリックたちが倒した強化アビスウォーカーよりも、更に戦闘に特化させた個体であるジェノサイダーたちだ」
私はポケットから出した端末を操作する。
護衛で自分の傍に立つアビスウォーカーの奥の風景が揺らめいたかと思うと、巨大な体躯をした異形の者が三体現れていた。
強い分、体躯が大きすぎて目立つのが難点だが、光学迷彩の外套さえあれば、秘密裏の移動もできていた。
ジェノサイダーは私が施した改造により、内蔵火器や強固な皮膚、屈強な骨格を得て強化アビスウォーカーに比べ、数十倍の戦闘力を持つ怪物になっている。
「フリックたちがいくら強化されたとはいえ、人類が単体でこの怪物に勝つのは不可能であると断言させてもらう。三体にフリックたちの相手をさせ、その隙に超人計画の関係者を我らで攫う」
「ははっ!」
「では、日が暮れたら行動開始する。その時まで休息せよ」
私は若者を下がらせると、日が暮れ始めた村に視線を移す。
このチャンス、絶対に逃がさぬぞ。
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