48:謎の魔法
昼食を終え、旅を再開する。
草原が続く丘陵地帯を縫うように、街道をガタゴトと荷馬車が進んでいった。
なにごともなく旅程は進む。
そろそろ日が地平線まで落ちかけているため、本日の野営の場所を探そうとしていた俺の視界に、草原の奥で何かが戦っている様子が見えた。
もう少し明るければ、上空を飛んでるディモルが鳴き声で教えてくれただろうけど。
さすがにここまで暗くなると、ディモルの目ではみつけられなかったか。
上空を飛んでいるディモルから、なんの警戒も発せられなかったため、俺は即座に身体強化魔法の
「フリック様? 急に呪文を唱えられたようですがどうかされましたか? もしかして魔物ですか?」
手綱を握っていたスザーナが、魔法を発動させたことで、なにごとか起きたのだと察したようだ。
「日没と反対方向の草原の奥で何かが戦っているみたいなんだ。ディモルも見つけられてなさそうだし、いちおう用心のために偵察しようと思ってね」
荷室に居たノエリアも、俺の呪文に気付いて御者席に顔を出してきた。
「もしもの時、わたくしが援護はいつでもいたします」
「ああ、その前になにが戦っているかだけは確認しないと。飛び出していって追い剥ぎでしたじゃ、笑えないからな」
辺境の街道とはいえ、魔物や動物に襲われているフリをして、助けにきた冒険者や隊商の人から金品を奪おうとする追い剥ぎが皆無だとは言えなかった。
俺一人の旅なら対処は簡単だが、荷馬車を始めスザーナやノエリアを連れての旅なので、慎重な行動をしなければならない。
「フリック様なら追い剥ぎ程度、即座に無力化できるかと思いますが」
「まぁ、そうなんだけどね。用心を怠ってたら、命はいくつあっても足りないって、隊商の警護の時に先輩に言われたんだ」
「なるほど……のどかな馬車旅が続いていたので油断していたかも。これは、わたくしも気を引き締めなければなりませんね」
ノエリアも手にしていた杖を構え、いつでも魔法が放てる体勢をとっていた。
全員が警戒態勢に入ったのを確認すると、俺は強化した視力で戦闘を行っている者たちを見定めることにした。
どうやら人っぽいのと、動物が戦っているようだ。
日暮れが近くて、暗くなりかけているため、視力を強化してもそれくらいしか分かりそうにない。
獣人には夜目が利くのがいるらしいけど、俺じゃ暗闇を見通せないか
街道に近いから隊商か冒険者だと思うが……追い剥ぎと判断できる材料はないようだ……。
あの様子だと魔物に襲われているのかもしれないから、助けないわけにはいかないか。
「人が動物に襲われてるから、ちょっと助けてくる。ノエリアは馬車とスザーナさんを守ってくれ。スザーナさんは馬車を止めずに走らせて」
「承知しました。馬車はこのまま街道を進みます。ノエリア様、護衛のほどよろしく」
「心得ました。フリック様、無理はなさらずに」
「ああ、分ってる。ディモルも上空から警戒して馬車に近づく者を威嚇してくれ!」
「クェエエ!」
ノエリアとディモルに馬車の防衛を託し、俺は身体強化魔法を発動させると、日没間近の草原を目標に向かって駆けていった。
素早く移動する中、強化された視力に戦っている者の姿がはっきりと見えてきた。
人っぽいのは、身体全体をすっぽりと覆う全身鎧と外套を着た体格のいい剣士か。
その剣士を襲っていた動物は
戦っている者たちの様子が分かると、周囲の状況を素早く確認していく。
周囲には、他に魔物の気配も人の気配も感じられなかった。
移動速度が速く、近づいてたてがみからの匂いを嗅がせて相手を混乱させ、蹄の強力な蹴りを食らわせるのが得意なはずだが……。
俺は目に飛び込んできた戦闘の様子に、少しばかり違和感を覚えていた。
違和感の正体は、素早い動きで相手を翻弄する
普通なら、
用心のため、気配を殺して近づいていく。
近づくにつれ戦っている者たちの声も聞こえてきた。
「このバカ馬がっ! このあたしに刃向かうとは不遜な獣め!」
「ブルヒィヒィーン!」
「あ、いてっ! また、噛んだわね! 今度こそ絶対に馬肉にして売り捌いてやる! 安心しなさい骨は有効利用してあげるわ!」
全身鎧の剣士と
あの剣士……魔物である
普通、あいつの体臭をあんな近くで嗅いだら、混乱して平静ではいられないはずなのに。
不穏な気配を感じ、俺は助けに入るのをいったん止め、喧嘩の動向を注視することにした。
息を潜めてみていたら、剣士かと勝手に思っていたが、全身鎧を着た人が外套の中から出したのは魔術師の杖であった。
「今から肉片にしてやるから、そこで大人しくしてなさい! 我が手に集めし
全身鎧の魔術師が魔法を唱えると、周囲の地面が急に窪み、噛みつこうとしていた
重力魔法……あれってたしか地属性の上級魔法だったよな。
杖を使っているとはいえ、上級魔法を使えるとなると、あの全身鎧の人は結構な腕前を持つ魔術師だな。
何者? 冒険者なんだろうか……。
俺が相手のことを考えているうちに、
「ふぅ、大人しくなったわね。ちょっと、急ぎの旅だから急かしただけなのに反抗するなんて。これだから生ものは困るわ。さてっと、骨だけは有効活用させてもらいましょうかね。形を失いし骨よ、わが
全身鎧の魔術師が魔法の詠唱を終えると、
なんだ……この魔法……。
聞いたことも、見たこともないんだが……。
「ブルフィフィーン!!」
光がおさまった時には、
「よしっと、手間をとって遅れたわね。ちょっと、そこのあんた。その肉はあげるから今見たことは他言無用にしてね」
「え? 気付かれてた」
魔法の効果範囲に入らなかったから、結構な距離をとって潜んでいたんだけど、なんでバレてたのだろうか。
上手く気配を消してたはずなのに。
俺が離れて様子をうかがっていたことを、相手に知られていたと分かり、とっさに魔剣に手がかかる。
「あったりまえよ。気配は殺してたみたいだけど、それだけ魔力を垂れ流してたら嫌でも気付くわ。あと、その物騒な剣は抜かないでね。抜いたら、あんたも骨にするかもよ」
全身鎧の魔術師は、骨になった|混沌馬《ケイオスホースに跨ると、杖をこちらに向けてくる。
元々助けるために来ていたので、相手が助けを求めていないなら戦うべき理由は俺にはなかった。
なので、俺はすぐに魔剣の柄から手を離した。
「こちらも助けようとしただけで、戦う気はない」
「賢い選択ね。さっきも言ったけどそのお肉はあげるわ。ほどよく潰れたから焼いたら美味しいかもね。じゃあ、あたしは急ぐから」
それだけ言うと、全身鎧の魔術師は骨の馬を駆って街道に戻りインバハネスに向けて駆け去っていった。
いったい何者だったんだろうか……。
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