sideアルフィーネ:逃走者アルフィーネ



 別宅から飛び出すと、目の前に幌付きの荷馬車が走っていた。


 あたしは荷馬車に飛び乗ると、御者席にいた女性を幌の中に押し倒した。


「な、なに――むふぅ」


「喋らないで!悪いけどこの荷馬車はあたしが頂くわ。けがはさせたくないから大人しく従ってくれるかしら?」



 女性は革の鎧や武装をしている様子から冒険者のようにも見える。


 歳はあたしより上で三〇歳になるかならないかくらいに思えた。



 彼女は必死でもがいてあたしの手を口から外そうとしていた。



「大人しく、大人しくして。荷馬車だけ使わせてくれればいいの。分かる?」



 あたしの問いかけに大人しくなった女性がコクコクと頷いた。


 どうやら理解してくれたらしい。



「今から手を外すけど騒がないでね。それと、服を借りるわ。いい?」



 女性はコクコクと頷き、分かったという意思を示している。


 どうやらこの荷馬車は、押し倒している女性の住処らしく、生活必需品がすべてそろっていた。



 手を外すと、女性はふぅと安堵の息を吐いた。



 その時、外でジャイルの手の者があたしの名を叫び探す声が聞こえた。



「こんな美女が男達から逃げてるのね?……アルフィーネ?っていうと、あの剣聖アルフィーネ様……よね?黒髪の美女、わー、噂通りの美女!」



 女性はあたしのことを知っていた。


 そして、外でジャイルの手の者が探してる状況にピンときた様子であった。



「じゃあ、詳細な説明は省くけど、貴方の荷馬車を貸して――」



 女性はあたしを床に押し倒すと、すぐに上から毛布をかけた。



「ちょっと……!?」


「しっ、黙ってて! あいつらが近づいてるから!」



 外の足音が荷馬車に近づいてきた。


 荷馬車の中を誰かが、外から覗き込んだようだ。



 とっさに女性があたしの髪に布をかぶせ、追手から見えないようにしてくれたようだ。



「ちょっと! あんたら、人の荷馬車覗いてるんじゃないわよっ! こっちはお楽しみの真っ最中なのよ! あっち行って!」


「それはすまない。黒髪の女を見なかったか?この付近で見たという話があってな。彼女は病気療養中で危険な状態だ。すぐにでも屋敷で静養させねばならんのだ。見てないか?」


「そんな女、知らないね。にやけ面を覗かせるんじゃないよ。とっととあっち行って」



 女性は必死で追手の誰何を逃れる手伝いをしてくれていた。


 だが、追手の男は怪しんでいるようで、なかなか立ち去ろうとしない。



 業を煮やした女性はあたしに囁いた。



『ちょっと引くくらい派手に喘いでね』


『え?』



 そう言うと、女性はあたしの首筋にキスをしてきた。



 派手に喘げとは、そういう意味か……。



 女性の意図を察したあたしは、自分の中で一番使わないと思っていた裏声で、娼婦も裸で逃げ出す嬌声を上げた。



「ちっ、真昼間から女同士で乳繰り合いかよっ! あの潔癖な剣聖アルフィーネが女と乳繰り合ってるわけねえか。すまん、邪魔をしたな。せいぜい、やり過ぎるなよ」



 追手の男は、あたしの恥ずかしいほど大きな嬌声に辟易したのか、中身を改めずに立ち去って行った。



「ふぅ、ありがとう。助かった――」


「美女のほっぺ美味しい。もっとペロペロしていいかしら? ちょっとだけ、ちょっとだけだから」



 女性は追手が立ち去ってもあたしのほっぺを舐め回そうとしたので、とりあえず頭に拳骨を食らわせた。



「いたーいっ! アルフィーネ様を助けようとしただけなのになんでー?」


「助けてくれたのはありがたいけど、それとこれは別ね。ああぁ、なんで胸揉んでるのかしら?」



 女性がゴソゴソと寝巻の中に手を入れて、あたしの胸を揉んでいたので、手刀で手をはたき落す。



「あぅ、ほっぺだめって言うから、おっぱいならいいかなって思って」


「そっちもダメ。そう言えば貴方、名前は?」


「私? 私はメイラよ。遺跡調査専門の冒険者をしてるわ」



 遺跡調査専門の冒険者……ああ、だからこの荷馬車が住処みたいになっているのね。


 長いと数カ月は遺跡周辺で暮らす人もいるって言うし。



 荷馬車の中に整理されて収納されている物を見て、メイラの仕事を理解できた。



「メイラ、この荷馬車譲ってくれるかしら?」


「急に乗り込んできて荷馬車を譲ってと言われてもねぇ。そうだ! アルフィーネ様の唇にちゅーさせてくれたら譲っても――」


「無理」



 唇を尖らせて迫ってきたメイラを手で押しのける。


 彼女はどうやら女性が好きな女性なような気がしてならない。



「その代わりと言ってはなんだけど、あたしの屋敷の物を何でもあげるわ。どうせ、もう戻ってくることもないし」


「無理、私意外とお金に困ってないもの。それよりも、アルフィーネ様と一緒に同行してみようかしら? 二人で愛の逃避行……素敵だと思うの」



 メイラが目をキラキラと光らせて、こちらを見ていた。


 その姿にこめかみのあたりが痛む。



 辺境のユグハノーツへ行くのに荷馬車は欲しい。


 メイラはちょっと癖がある人間かもしれないが、いちおう助けてくれた恩人だ。


 同行を無下に断るのも心苦しい。



 それに一人より、二人の方が追手の追跡を撒ける可能性も高いはず。


 彼女が裏切らなければという条件付きだが……。



 その点に関してはあたしの目は当てにならないので、不安がある。


 だが、かといって追手がかかった状態で荷馬車もなく辺境へ向かうのはかなりの困難があった。



 選択肢の少ない状態と判断し、あたしは苦渋の決断をして彼女と同行することにした。



「分かった。メイラにも同行してもらうわ。あたしは王都を出て、辺境都市ユグハノーツに行きたいの。連れてってくれるかしら?」


「おっけー。じゃあ、移動がしやすいように冒険者ギルドであっち方面の依頼を受けてくるわね。依頼のあるなしで出入りの確認はかなり違うから」


「分かったわ。そこはメイラに任せる」


「人込み行くからとりあえず、今の服を脱ぎ脱ぎしましょうねー。あらー、アルフィーネ様、おっぱい大きいわね。あたしの服だときついくらいかしら」


「!?」



 そう言ったメイラがあたしの服を簡単に脱がすと、自分の服の中から合うものを探していた。


 脱ぎ着が容易な寝巻だったとはいえ、一瞬の隙を突かれて脱がされていた。



 メイラって何者!?



 そんなことを思いながらも、あたしは手近にあった毛布で身体を隠した。


 こうして、あたしは変な同行者と一緒にフィーンを探すための旅に出ることにした。

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