31:フリック、翼竜を飼う


 魔境の森での材料集めを終え、ガウェインの工房に戻ってきた時には日が暮れかけていた。


 帰宅すると、ガウェインは材料の入った背嚢バッグを担いでいた。



「フリック、わたしはすぐに作業場で作業に入るからな。翼竜の世話は任せていいか?」



 ディモルとは別にガウェインが捕まえた翼竜も家の前で大人しく翼を休めていた。


 その翼竜の世話を俺に頼んできていた。



 餌にする狂気猪マッドネスボアもいっぱい持ち帰ってきてるので、毛皮などを剥いで処理したら肉を食べさせるつもりでいた。



「はい、ちゃんと餌を与えておきますよ。何か手伝うことがありましたら、言ってくださいね」


「おぅ、まだ身体強化魔法も全部教えてないからな。剣を作りながらそっちも進めていくから覚悟しとけ」


「承知しました」



 それだけ言うとガウェインは作業場に消えていった。


 入れ替わるように母屋から留守番をしていたノエリアが外に出てきた。



「フリック様……!? えっと、この大きな翼竜と大量の狂気猪マッドネスボアの死骸は……」



 ノエリアが翼竜の姿を見て立ち止まっていた。



「えっと、こいつはディモル。とりあえず、俺の相棒になった子かな。ちゃんと言うことを聞いてくれるし、襲ってこないから大丈夫だよ」


「はぁ……翼竜の調教法はガウェイン師匠から聞いて知っておりましたが、実際に成功させた人を見たのは、師匠以外では初めてでして。しかも、この子は翼竜でもかなり体格のいい部類。そんな子を従えるなんて……」


「クェエエー!」



 ノエリアにガタイがいいと褒められたのが嬉しいのか、ディモルは軽く羽ばたくと鳴き声を上げていた。



「そうなの? ガウェイン様のお手本通りにやっただけ……ちょっと魔法は使ったけど」


「さすが……フリック様ですね。それで、この翼竜はどうされます?」



 ノエリアの顔に困惑の表情が浮かんでいた。



 えっと……そういえば、翼竜を乗り回してる冒険者なんて見たことないもんな。


 でも、乗ってみると結構便利だし、ディモルも懐いてくれてるから世話をしたいが。


 街中とかに降りなきゃ大丈夫だよな。



「ディモルを飼ってもいいかな? ほら、餌はちゃんと俺がとってくるし、人を襲わないように言い聞かせるし、意外と強面だけどディモルって頭いいんだ」


「クェエエっ!」



 ガウェインに聞いたところ、翼竜は背中を取られて自分より強いと認めた相手には絶対服従するように本能に刻まれているらしい。


 なので、ディモルは俺の指示を忠実に実行してくれていた。



「このままユグハノーツに連れて行ったら、即座に撃ち落とされるかと思いますが……」


「……だよね。郊外で飼育する場所とか確保するしかないかな」



 郊外のどこか人目に付かない場所でディモルの飼育場所を確保か。


 野良冒険者に間違って退治されないようにしないと。



 ディモルを飼うための場所をどうしようかと考えていたら、ノエリアが俺の袖をちょこんと引っ張ってきた。



「いえ一つだけ、衛兵や騎士たちから襲われない方法があります。それに飼う場所もなんとかできるかと」


「そんな方法があるの!?」



 色々と問題が発生しそうなディモルの飼育だが、ノエリアが解決策を考えてくれたようだ。



「大きな布に我が家の紋章を書いて、ディモルの首からぶら下げておけば少なくともいきなり攻撃されることはないはず。飼育場は我が家の裏庭にある騎馬用の牧場の一部でいかがかと。提供を父上にお願いしてみるのもありかと思いまして」


「エネストローサ家の紋章? それって……ディモルがエネストローサ家に所有されるってこと?」



 俺の言葉を聞いたノエリアが急に慌て始めた。



「あ、いや。そうことではなく……フリック様のディモルが街中でも問題なく飼えるように少しでもわたくしがお手伝いできればと思った次第。ただ、それだけです。ふ、深い意味はありませんのでご安心を」



 ノエリアが顔を火照らせて、手をブンブンと振ってディモルを所有する意志を否定していた。



 そうか……意外とノエリアもディモルを気に入ってくれたんだな。


 だから、そうやって色々と手を回してくれるんだろう。



 たしかにエネストローサ家の紋章をぶら下げた翼竜ならいきなりは攻撃されないだろうし、あの砦みたいなお屋敷の裏には牧場もあったのか。


 あそこなら宿からも遠くなくて助かる。



 ノエリアからロイドにとりなしを頼んでもらうとしようか。



「そういうことなら、剣ができてユグハノーツに戻る時にはノエリアから辺境伯様にお願いしてもらえると助かる」


「は、はいっ! わたくしがなんとかしてみせます」



 そう言うと指で服を弄ってモジモジしていたノエリアがパッと顔を輝かせて、普段とは違い裏返った声で返事をしてくれていた。



「ディモル、よかったな。ノエリアがお前をユグハノーツで飼えるように動いてくれるらしいぞ。感謝しないとな」


「クェエエ!」


「!?」



 喜んだディモルがノエリアをくちばしで咥えると、背中に乗せて飛び上がっていった。


 俺もディモルがノエリアを落とさないようにするため、一緒に乗り込む。



 そして、しばらく三人で日暮れが迫るヤスバの狩場を遊覧飛行することにした。


 その最中、ノエリアが地面に落ちないよう、俺に掴まってもらうことにした。彼女は高いところが苦手なのかやたらと緊張していたらしく真っ赤な顔をして脂汗を流して終始無言だった。


 地上に戻った時には荒い息をしてフラフラしていた。



「すまない、高いところは苦手だったか?」


「ひぇ!? あ、いや、違います! 何でもないですから大丈夫ですからっ!」



 どうも今日のノエリアはいつもと様子がおかしい気がする。


 声もいつもの抑揚のないのと違って、裏返ったりしていた。



 もしかして風邪でも引いたのだろうか。


 昨日は一睡もしてないとかいって、今日は寝てたみたいだし体調を崩しているのかも。



「もしかして熱があるか? 顔も赤いし?」


「ちが、違いま――」



 俺がノエリアのおでこに手を当てると、彼女の熱量が一気に上がったような気がした。


 これは本格的にマズいかも……。


 もう少し休養してもらった方がいいな。



「おでこ熱いから、大事をとってベッドで横になろうか。飯は俺が作ってもっていくから寝ててくれていいぞ。さぁ、行こうか」


「あ、あぁあの……違う、違うんで――」


「大丈夫、冒険者だって風邪くらいはひくから」



 俺は小柄なノエリアを抱っこすると、母屋のベッドに運び、夕食の支度とディモルたちの餌を準備することにした。

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