sideアルフィーネ:真実

 あたしたちは辺境伯の屋敷に着くと、玄関に待ち構えていたメイドによってロイドたちが待つ応接間にと案内された。


 先導してくれているメイドについて応接間に入ると、騎士隊長のマイス、ギルドマスターのアーノルド、受付嬢のレベッカ、そしてなぜか床屋のロランが来ており、ロイドと何やら話し合っているのが見えた。



「おお、やっと来たか。待ちかねたぞ、さぁそこに腰をかけてくれ。きっと話は長くなる」



 あたしたちに気付いたロイドから応接間に設置されている椅子に座るよう促され、とりあえず用意されていた椅子に腰を掛けていった。



「それで、辺境伯様からの褒賞とはなんでしょうか? それも重大なという話ですが」


「それはな……お主が探している人物に関しての情報をこちらが手に入れたかもしれないという話だ」



 フィーンの情報!?


 やっぱりこのユグハノーツにいたの!?



 辺境伯ロイドからもたらされた言葉にあたしは慌てて身を乗り出していた。



「探し人の情報ですか!」


「ああ、黒髪のフィーンという名の剣士を探しているんであったな?」


「あ、はい。そうです!」



 ロイドはあたしの様子を見て満足そうな顔をした。



「そうか、では手に入れた情報に間違いはなさそうだ。『剣聖アルフィーネ』殿」



 ロイドが発した言葉にあたしは身体が硬直していた。



 身元がバレた……。


 なんで……名前も性別も容姿も変えてるのに。



「な、なんの話でしょうか? この子はあたしの弟のアルですよ。剣聖アルフィーネ様なんて関係はないですから」



 メイラがあたしの服を引っ張り、無理やりに椅子に座らせる。


 そして、硬直して返事ができなかったあたしの代わりに辺境伯ロイドの問いに答えていた。



「心配は無用だ。わしとアルフィーネ殿は共通の敵を持つ間柄。それに身を隠す理由もだいたい察しがついておる。マイス、アルたちに報告を頼む」



 ロイドはあたしを庇おうとしてくれたメイラを諭すように座らせると、傍らに控えていたマイスを呼んでいた。


 呼ばれたマイスが椅子から立つと、手にしていた紙の束を読み上げ始めた。



「ロイド様よりフィーン殿の捜索及び、アル殿の素性を調べろとの下命がありましたので色々と辺境伯家の伝手を使い情報を集めさせてもらいました。アル殿がお探しの剣士フィーン殿は、剣聖アルフィーネ殿が冒険者として活躍されていた際の仲間であった白金等級の冒険者だと判明しております。このことに間違いはありませんか?」



 マイスの確認するような視線があたしに浴びせられた。



「は、はい。フィーン殿はアルフィーネ殿と冒険者としてコンビを組んでいたのは間違いないです。けど、ボクは剣聖アルフィーネ様ではありませんよ」


「ちょ、ちょっとアル!?」



 マイスの質問に答えたあたしをメイラが止めようとしてきた。



 ここで黙っていたらフィーンの情報がもらえないかもしれないし、それにあたしがアルフィーネだって認めなきゃ問題はないはず。


 せっかく探してるフィーンの情報が手に入るチャンスなのだから。



 あたしは目線でメイラに謝罪の意思を伝えた。



「アル殿の素性に関しては後ほど報告させてもらいますので、今はフィーン殿の報告をさせてもらいますね。お探しのフィーン殿が最後に王都で冒険者として依頼を受けたのが数ヵ月前。その際、一緒に組んだ冒険者はアルフィーネ殿ではなく他の白金等級の冒険者でその依頼は達成しております。冒険者としては王都のギルドでも屈指の実力者でしたが、アルフィーネ殿の活躍の影に隠れてかなり過少な評価を受けていた様子だと報告が上がってきております。そして、そのフィーン殿は王都から失踪し、行方不明になっているとの噂も収集しました」



 たしかにマイスの報告通り、フィーンの実力は王都の冒険者でも屈指だったと思う。


 ただ、あたしがフィーンのことを正当に評価しなかったこともあるし、あたしの付属物と軽く見てた人もたくさんいた。



「マイス殿からご相談を受け、白金等級のフィーン殿の情報を各都市の冒険者ギルドのマスターたちに照会をしましたが、その名で依頼を受けた足跡はまったく見つかりませんでした」



 ギルドマスターのアーノルドがマイスから促され、自らが調べた情報をあたしたちに報告してくれていた。



「つまり、アーノルド殿の報告から推察するところによると、フィーン殿は白金等級冒険者の身分を捨てて身を隠していると思われます。もしくは別名で冒険者登録をして別人として生きている可能性も捨てきれません」



 マイスの提示した可能性は冒険者としてずっと生活してきたフィーンが選びそうなものであった。



 別人として……。


 そうか……あたしと同じように身分も地位も名も容姿すら捨てて……。


 その可能性はあるかもしれない。


 もしかして、このユグハノーツですれ違ってたかも。



 その時、あたしの脳裏にはユグハノーツの冒険者ギルドの入り口ですれ違った真っ赤な髪と瞳をした青年冒険者の顔が浮かび上がってきていた。



 なんで、あのフリックとかいう冒険者の顔が浮かぶの?


 フィーンとは全然似ても似つかないのに……。



 浮かんだ赤髪の冒険者の顔を脳裏から振り払うと、あたしは報告を続けるマイスの方に向き直った。



「足跡の途絶えたフィーン殿ですが、このユグハノーツで黒目黒髪の若い剣士の冒険者というくくりで情報を集めてみたら、面白い情報が引っ掛かりましてな。ロラン殿、報告を頼みます」



 この場に呼び出されていた床屋のロランが、あたしの前にくると謝罪の意志を視線で送ってきていた。



 きっと、あたしが剣聖アルフィーネではないかという話はあの人から漏れたのかもしれない。


 口は堅そうな人だけど相手が領主となると黙っているわけにもいかないか……。


 でも、ロランにもあたしたちの素性はきちんと話してないから、誤魔化せる気はする。



「アル殿すまない。オレは実は辺境伯家の密偵でな。床屋をやりながらユグハノーツに潜り込んでくる変なやつらの情報を収集して報告してるんだわ。アル殿のことは特に辺境伯家に害が及ばないと見て放置してたけどな。できればオレの身分に関しては口を閉じておいて欲しい。アル殿が欲しいとっておきの情報を渡す代わりにな」



 辺境伯家の密偵であることを喋ったロランは、そう言うと二枚の似顔絵をあたしに向かって差し出していた。


 差し出された一枚目の似顔絵は、あたしがさきほど思い浮かべていた真紅の魔剣士フリックという若い冒険者の似顔絵だった。



「これは?」


「フィーン殿が王都で失踪して二週間後、このユグハノーツでうちの店を利用した黒髪の若い剣士の冒険者が姿を変えた似顔絵だ」


「フィーン殿が失踪して二週間後ですか……」


「王都からこのユグハノーツは馬車を利用してだいたい二週間ほどかかる。それに黒目黒髪は珍しいしな。年齢もフィーン殿に近い。もう一枚の似顔絵も確認してくれ」



 ロランに促され、フリックの似顔絵をめくり、下に隠れたもう一枚の似顔絵を見た瞬間、声が出なくなった――


 似顔絵はあたしが他の女性にモテないようにと、前髪を長くさせて目を隠し自信なさげな顔をしているフィーンに酷似していた。



 こ、これってフィーン!? フィーンよね?



「そいつが真紅の魔剣士フリックになる前の男の顔なんだが。アル殿がお探しの人物であってるか?」



 声が出ず、あたしは黙ってうなずくことしかできなかった。



「そうか、いちおう再確認するが探しているフィーンという人物に首筋の付け根辺りに小さな麦の穂の刺青はあるかい?」



 孤児院の子が院長夫妻に疫病除けとして入れてもらった刺青まで!?


 きっとフィーンだ。


 間違いない、真紅の魔剣士フリックがフィーンなのかも。



 あたしはロランからの確認に大きく頷いていた。


 すると、静かに話を聞いていたレベッカが急に立ち上がると一枚の住所を書いた紙を差し出してきた。



「アルさん、もしかしてこの村の住所と孤児院の名前に見覚えとかあります?」



 レベッカの差し出した紙に書かれた住所は、あたしとフィーンが育った孤児院の名前と村の名前とが記されている。



「あるけど、こ、これは?」


「フリックさんが匿名で送金をした住所です。孤児院らしいんですが名前を出したくないとおっしゃられてたので引っ掛かっていたのですが」



 フリックとフィーンが重なっていく情報が新たにレベッカからも提示されていた。


 あたしの中でフィーンとフリックの姿が重なっていく。



 でも、フィーンには魔法の才能は……。


 違う、あたしが調べさせなかったんだ。


 あたしと違ってフィーンにはものすごい魔法の才能があったとすれば……。



 その発想に至り、あたしの中でフィーンとフリックが完全に重なった。



 あたし、あの時フィーンとすれ違っていたんだ……。


 なんで気づけなかったのかな……。


 ずっと一緒に暮らしてきた幼馴染なのに。



 容姿を変え、名を変えていたとはいえ一番身近にいた人を見逃した事実にあたしはかなりのショックを受けていた。

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