sideアルフィーネ:天才と凡人


「そういうわけでわしはアルの探しておるフィーンという人物が、真紅の魔剣士フリックと同一人物だと判断した。どうだ、アルはフリックが探してる人物だと思うか?」



 ロイドの問いかけにあたしは混乱したままの頭で答えを口にしていた。



「わ、分かりません。けど、現状で教えられた情報だとあたし・・・が探していたフィーンの可能性が――」


「ちょっと! アル!」



 メイラが急にあたしの服の袖を強く引いた。



「何? メイラ? あたしは今とても大事な話をしてるんだけど!」



 フィーンの情報に接し焦っていたあたしは、振り返っていつもと同じ口調でメイラに話かけてしまった。


 その様子を見て、メイラの顔色が青くなる。



「アル~」



 メイラの泣きそうな顔であたしが何をしでかしたのかようやく察した。



 しまった! いつもの癖で、あたし・・・って言っちゃった。


 辺境伯たちがあたしの素性を怪しんでたのを忘れてたわ。


 まずい……どう誤魔化そうかしら……。



 チラリとロイドの方に視線を送ると、半ばこちらの正体を察しているようで笑いを堪えているのが見えた。



「アル、そなたは嘘が苦手であるな。メイラには感謝しておいた方がよいぞ」


「辺境伯様……ボクは――」



 正体を誤魔化そうと口を開いたあたしをロイドが手で制してきた。



「誤魔化さなくともよい。そなたの素性は判明しておる。髪色や髪型、性別も剣術の型までも変えておるが、ハートフォード王国第三代剣聖アルフィーネ・ウォルフォード殿であろう?」



 ロイドの隣に立っていたロランが、あたしに向けて手を合わせて謝罪をしていた。


 この中であたしとメイラ以外に、今のアルの容姿になる前を知っているのは彼しかいなかった。



「そうロランを責めんでやってくれ。彼は妻の実家を継いだ成り上がり貴族のわしによく仕えてくれた大事な友でもあるのだ。それにわしはアルフィーネ殿と敵対する気はない。むしろ、ジャイルやラドクリフ家の野望を阻止するため手を貸して欲しいと思っている」



 ロイドが一歩進み出るとあたしの手を握ってきた。


 その手のひらは、剣の練習でできたと思われるタコでごつごつとしており、彼が王都の貴族と違い剣一つでこの地位まで昇りつめたことを印象付けていた。


 返答に困ったあたしは助けを求めるようにメイラに視線を送った。


 けど、メイラは何も言わず首を振るだけであった。



 もう誤魔化す手段はないってことか……。


 ジャイルが暗躍している以上、アルフィーネという身分がバレるのは避けたかったけど。


 ロイドにはフィーンの情報を提供してもらった恩もあるし……。


 それにラドクリフ家という共通の敵もいる間柄。



 あたしは状況を一生懸命に整理し、ロイドの申し出を受けるかどうか考えていた。



「まぁ、素性は認めなくともよい。わしも剣聖アルフィーネ殿よりもただの冒険者アルを信用しておるのだからな。過去は気にしておらぬ」



 ロイドはニヤリと笑うとあたしの肩を軽く叩いてきた。


 あたしはすでに剣聖アルフィーネとしての地位は捨てたので、アルという冒険者を信用してくれるロイドに好感を抱いた。



「ありがとうございます。では、ただの冒険者アルとして辺境伯様のお手伝いをさせてもらってよろしいでしょうか?」


「よかろう。この場にいる者はすべて口が堅いと思うが、この件は他言無用といたす」



 アルフィーネだという言質を与えずとも、ロイドはそれを許してくれた。


 すでにあたしの中でアルフィーネという名の価値は、フリックとなったフィーンに対し、過去の行状を謝罪するためだけしかない。


 それさえきちんと終われば、あとは二度とその名を名乗るつもりはなかった。



「そうしてもらえるとありがたいです。ボクはただの冒険者アルとして生きるつもりですので」


「ああ、それでよい。それに面白い情報も王都から伝えられているしな」


「面白い情報?」


「実は剣聖アルフィーネ殿は、すでに近衛騎士団長ジャイル暗殺未遂犯として処刑されておるのだよ。王都の城門にその身を吊るされておるようだ」



 えっと、言ってる意味がよく分からない。


 あたしはまだ生きているし、ユグハノーツにいるのになんで?



「それはオレから報告させてもらうぜ。お嬢ちゃんに懸想してた近衛騎士団長ジャイルを袖にして逃走し、恋人のフィーンを探しにユグハノーツに来たことで、焦ったジャイルの野郎は剣聖アルフィーネが大きな病気にかかり別宅で療養してることにして、剣聖不在のことに対しお茶を濁していたんだ」



 戸惑いの顔を見せたあたしにロランが事情を説明してくれていた。



「病気療養……あ、だからユグハノーツまでくる間の街でも誰も騒いでなかったのね」



 メイラも王都からユグハノーツに来るまでの間、途中で立ち寄った街の住民の噂を集めてくれていたが、あたしのことが噂に昇っていなかったことを不思議がっていた。



 大きな病にかかって病気療養なら取り立てて騒がないわよね。


 その前にフィーンの件で長期で休暇をもらっていたし。


 ジャイルはあたしが捕まるのも時間の問題として病気療養と王様に報告したというわけね。



「メイラ嬢ちゃんの言う通り当初は誰も気にしてなかったが、あまりにも期間が長くなって、王様が怪しみ始めてな。しきりに療養中のアルフィーネに会わせろとジャイルに詰め寄っていたらしい。けど、ほらお嬢ちゃんはこっちで冒険者の仕事してただろ。見つからなくて追い詰められたジャイルが替え玉の女を暗殺犯に仕立てて剣聖アルフィーネとして処刑しちまったということさ」



 ロランの話を聞いてあたしの脳裏にニヤケたジャイルの顔が浮かび上がった。



 ジャイルのやつ……関係ない人を巻き込んだうえ殺すなんて……。


 あの時、キチンと首を切っておくべきだったわね。



 ジャイルが行った身勝手な行為にあたしは怒りを感じギュッと拳を握った。



「ボクがジャイルの首を刎ねておくべきでした……」


「アルフィーネ殿の身代わりに亡くなった女性には悪いが、おかげで王の信頼はジャイルから離れてきている。宰相ボリスの息子で近衛騎士団長という要職に就いているジャイルを糸口にラドクリフ家の悪事を暴かねばならん。鉱山の件といいアビスフォールの件といいラドクリフ家は二度目の大襲来を狙っておる気がしてならんのだ。それだけはどんな手を使っても阻止せねばならん。わしの嫌いな権力闘争をしてでもな」



 ロイドも静かではあったが、怒りの感情を表に出し、ラドクリフ家の悪事を暴く決意を見せていた。



「それにジャイルの嘘をあばくため、アルにはアルのままでいて欲しいという思惑もあるのだ。名も容姿も地位も剣の型も捨てたが、アルの身体には剣聖アルフィーネの剣術が染み込んでいるからな。身体に染み込んだ剣術はそう簡単には抜けないのはわしがよく知っておる。それに剣聖アルフィーネの剣術は唯一無二の我流剣術。この世に一人しか使えない剣術となれば、本人の証明になろう」



 唯一無二の剣術……。


 たしかに村で少し剣の型を教えてもらった以外は自分で練習してきたけど。


 あれって普通に誰もできることじゃなかったの?


 だって、ほらフィーンだってあたしほどじゃなかったけど使えてたし。



 自分の剣術が我流だという認識はあったが、ロイドから他の誰にも使えないと言われて驚いた。



「そうなのですか? ボクの剣術っていたって普通かと思ってましたけど」


「……アルとして使ってる二刀流も普通の人にはかなり癖の強い剣術だし、わしが王都に出向いた際見せてもらったアルフィーネの剣術は独創的過ぎるものだったぞ」


「誰でもできるかと思ってました」


「天才は時に凡人を過大評価するようだ。あのような剣術を凡人は扱えん。もちろん、わしも凡人だからそなたの剣術など扱えぬぞ」



 英雄と言われた剣の達人のロイドでもあたしの剣術は使えないなんて。


 そうすると、フィーンって曲がりなりにもあたしが教えた剣術を扱えてた。


 そんなフィーンをあたしは過少な評価しかしてなかったみたいだ。



 あたしと組まずソロや他の人と依頼を受け始めたらフィーンの評価が上がっていったのも今なら頷ける。



「ボクはフリックにちゃんと謝らないと……。辺境伯様、今一度フリックたちがいるインバハネスに行きたいのですがよろしいでしょうか?」


「そなたならそう言うと思っていた。ユグハノーツにいる近衛騎士団の連中は綺麗にしたが、ラドクリフ家の息のかかった者はまだおるかもしれん。大事な物は相手の懐に隠しておいた方が案外見つからぬと思うので、インバハネスに行ってフリックに会ってくるがよい」


「は、はい! ありがとございます! では、すぐに出ます!」


「ちょ、ちょっとアル! 待って!」


「メイラ、急いで!」



 あたしが急いでインバハネスへ旅立つ準備をしようと部屋を出ようとすると、それまで黙っていたマリベルが口を開いた。



「アルお兄ちゃん、メイラお姉ちゃん。マリベルも一緒に行くから! 父様を助けてもらった恩は返さないと。父様、一緒に行っていいよね?」


 急に突拍子もないことを言い始めたマリベルがチラリと父親の顔を見ていた。


「ああ、マリベルが自分で決めたのなら行きなさい。私はこの場所で待っているからな」


「うん、父様がいつも言ってた助けられたら恩返しをちゃんとしてくるね! 行ってきます」



 そう父親に告げたマリベルはあたしとメイラの手を引く。



「そういうことなので、二人ともよろしくお願いします」


「よろしくって言われても……危ないかもしれないし……ねぇ、メイラからも――」


「マリベルたん、しゅきいいっ! 頑張って働くからね!」



 マリベルの同行を断ろうとしたら、メイラが彼女に抱き着いて離れなかった。


 その様子を見ていた応接間にいた面々から笑いが漏れる。


 その空気に押され、あたしはマリベルの同行を断ることができなかった。



 その後、あたしたちは急いで旅の支度を終えると、最後にフリックたちと会ったデボン村へ向かうことにした。

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