sideアルフィーネ:謎の文明

 辺境伯ロイドと部下のマイスに悪戯をしかけられ、剣を抜いて構えてしまったあたしは、すぐに剣を鞘に納めると、謝罪の意味を込めて膝を突いて二振りの小剣を差し出す。



「し、失礼を致しました。こちらには害意はありませんのでお許しを」


「よい、先ほども申したがこちらが仕掛けた悪戯だ。謝罪の必要はない。それにしてもフリックといい、アルといい、これほどの腕を持つ若き剣士が出て来るとはな。王国も捨てたものじゃない」



 そう言いながら、ロイドは『差し出した小剣をしまえ』と視線で訴えてきた。


 あたしは逆らわずに差し出していた小剣を腰のベルトに差し直す。



「ボクの腕などまだまだです」


「謙遜は王都だと美徳だが、この地では無用ぞ。実力こそが辺境では求められるものだ。実力さえあれば、年齢は関係ない」


「そのお言葉、胸に留めておきます」



 あたしはあらためて辺境伯ロイドに対して頭を下げた。



「わしの騎士団であれば、いつでもお主の席を用意しておく。この調査が終わったら考えてみてくれ」


「は……はぁ!? ボ、ボクが騎士ですか!?」



 唐突に告げられた辺境伯ロイドからの言葉にあたしの頭は混乱していた。



 な、なんでそんな簡単に身元の怪しい冒険者を騎士団に採用する!?


 辺境伯ロイドは元冒険者で積極的に冒険者を騎士に採用しているとは、貴族たちの噂で聞いてたけど……。


 仮にも貴族に連なる騎士なんですけど。



 あたしが王都でジャイルから騎士に推薦された時に起きた騒動を考えれば、辺境伯ロイドはありえないほど気楽に騎士採用の勧誘を口にしていた。



「ア、アルフィ―――じゃなかった。アル! 辺境伯様の騎士だって! フグゥ――」



 隣で話を神妙に聞いていたメイラが、驚いて大声をあげたのでとっさに口を塞ぐ。



 危うく本名がバレるところだった。


 メイラは喜んでるけど、騎士となると色々と身辺を調べられるはず。


 あたしが剣聖アルフィーネとバレたら、王都のジャイルにも居場所がバレる可能性が高くなる。


 そうしたら、追手がこの地に大挙してくるだろうし、フィーンの足跡を追えなくなる可能性も高くなってしまう。



 あたしはメイラの口を塞ぎながら、辺境伯ロイドの提案した騎士採用の勧誘を断ることにした。



「大変ありがたい話ですが、ボクは姉とともに人を探しておりまして……今はその人を見つけるまでどこにも仕える気はありません」


「そうか……。では、その人探しが終わってからでも良いので、頭の片隅に留めておいてくれ」


「承知しました」



 あたしはそう答えることしかできなかった。



 今はフィーンを探し出して謝罪することだけで精いっぱいで、その後のことなんか考えてる余裕はない。


 あたしの残りの人生については、フィーンに謝罪をしたあと考えればいい。


 アルフィーネに戻るのか、アルのままでいるのかも含めて。



 フィーンを見つけた後のことを考えると、暗く深い沼の底に落ちていきそうになるが、それは自分が招いた事態なので甘んじて受け入れるつもりである。



「アル殿を勧誘できなかったのは痛恨事ですが。人探しが終わった後に再度勧誘させてもらうということにしましょう。ロイド様、話は変わりますが、アル殿たちが見つけた施設の捜索も順調に進んでいる様子です」



 あたしの意志が固いと見たマイスが、話を変えてくれていた。



「そうであったな。メイラ殿の見立てだと、あれは古代魔法文明の施設ではないとのことだが……」



 話題が施設の方に移ったため、メイラの目が途端に輝き始める。



「そ、そうなんです。あれは私も初めてみる文明の施設で、その施設にいた獣人の子の話だと『でんきとかがく』の技術をもった文明が作った施設らしいのです」


「なんだその『でんきとかがく』とは? 魔法とは違うのか?」



 メイラの説明に辺境伯ロイドも困惑した顔を浮かべていた。


 実際にあの施設を見てるあたしでも、魔法のような効果を発揮する施設の設備を見ているため、説明しろと言われると魔法っぽい何かとしか言えない気がする。



「ちらっと施設を見た限りだと、魔法とは違うエネルギー源で動いているとしか思えません。古代魔法文明の技術である魔力炉も見当たりませんし」


「だから別の文明の技術か」


「はい、未発見の新たな文明の施設かと。ただ、やたらと新しい感じがしてて、できてまだ五〇年も経ってない気もいたします」



 メイラは遺跡調査に特化した冒険者であるため、色々な知識を持ち合わせている。


 その知識を動員して考えた結果。


 あの施設が作られたのはそう古い時代ではないとのことだった。



「アビスフォール自体は相当昔からあるが……施設ができたのが五〇年程度だと!? いったいどういうことだ」


「それに関してはあの施設の役割も分かってませんし、誰が何の目的で作ったのかも分かっていません。それに修復も行われていたようですし。保護した獣人の子がそう証言しております」


「その報告はきいておる。獣人の子はインバハネスの南にあるデボン村の出身らしいな。あんな僻地から何を運んできてたのかは知らぬが……。それに行方の分からぬ獣人たちも気になるし、それを率いていたアビスウォーカーと変わった言葉を話す者たちも気になるところだ」



 辺境伯ロイドにもこれまでに判明している情報は全てアーノルドから上げられていた。



 メイラによれば、あの施設には何か怪しい気配がプンプン匂うらしい。


 フィーンを探すのを一旦休止して、追手を撒くためにアビスフォールにきていたが、思わぬ大事件に巻き込まれてしまった気もしていた。



「保護した子は元気に働いているそうですな。アル殿たちが保護者を買って出たとか」


「あ、はい。それはボクたちが助けたので責任があるかなと思いまして。あの子自身がかなりしっかりしてる子なんで、保護者というかご飯を食べさせてもらっているというか」


「ハハハ、それは頼もしい子だな」



 保護したマリベルは、『お仕事しないとご飯は食べちゃいけないの』と言っていて、今は野営地の冒険者ギルドが作った仮設の軽食店で給仕兼料理担当の仕事を手伝っていた。


 つまり、そこであたしたちはご飯をたべさせてもらっている状態だった。


 頼もしいというか、逞しい子なんだと思う。


 

「ええ、まぁ、頼もしすぎる子です」


「できれば、父親の行方も突き止めてやりたいものだな」


「ええ、そうですね。見つけて再会させてあげたいです」



 施設の人間に連れて行かれたマリベルの父親たちの行方は未だに不明のままなので、冒険者ギルド側も施設だけでなく、アビスフォール周辺もくまなく捜索を続けていた。


 そんな話をしているとテントの中に慌てた様子の騎士が駆け込んできた。



「た、大変です! 施設の崩落した箇所でガレキをどけていたら人骨が――」



 慌てて駆けこんできた騎士の発した言葉に、その場にいた全員の顔色が変わっていた。

 

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