102:剣聖の素顔
情報を持っていなかったソフィーに別れを告げ、冒険者ギルドを後にすると、ノエリアを伴いアルフィーネがその腕に惚れ込んで剣の製作を依頼していた鍛冶師ニコライの店に顔出していた。
「ひっく。もう今日は店じまいしてるんだがな。明日出直してくれ」
すでに日が暮れており、夜のとばりが王都を覆っている時間であるため、ノエリアと俺の姿を見たニコライはめんどくさそうな顔をして追い払うような仕草をしてきた。
相変わらず、仕事をする気があるのかないのか分からない人だな。
この様子だと今日も一日朝からずっと飲んでたんだろう。
強烈な酒の匂いと床に転がる酒瓶の数を見て、事情を話しておいたはずのノエリアも驚いた顔をしてニコライを見ている。
ガウェインも変人だったけど、このニコライも負けず劣らずの変人なんだよな。
酒精が身体中に漲らないといい剣は打てないって、常日頃公言してて、気が乗って作る剣の出来も超傑作から見習い鍛冶師以下の出来までと幅が広すぎるし。
それでも当たりを引けば、ガウェインの打ったディーレに引けをとらない業物の剣を打ってくるから、冒険者からや貴族からの依頼には事欠かないらしいけど。
「店じまいのお時間とは思いましたが、ニコライ様にお聞きしたいことがありまして、失礼かと思いましたが店を訪ねさせてもらいました」
「魔術師のお嬢ちゃんがうちの店に用事だって――!? おい、そこの赤髪の坊主! お前が腰に差してるのはガウェインの作った剣か!?」
ノエリアの姿を椅子に座ったまま酒に酔った半眼でうさん臭げに見ていたニコライが、俺の腰にあったディーレを見て、急に立ち上がるとこちらに駆け寄ってきていた。
「こりゃあ、拵えだけからでも相当にいい出来の剣だ……。坊主、鞘から出していいか?」
断ると剣マニアのニコライがヘソを曲げて、ノエリアの話を聞いてくれなくなるだろうしな。
見てもらう分には問題はないからいいか。
俺は了承の意味を込めて無言で頷く。
「ほぉおお、こりゃあ傑作と言ってもいい出来だぞ。刀身まで真っ赤……。被膜みたいなのが刀身を覆っているのか。魔石まではめ込んであるし、魔法にも対応してるのか」
ニコライは、それまでの酒に酔っていた姿からは想像できないほど、真剣な表情でディーレの出来を確かめていた。
ディーレが禁制品である知性を持つ魔剣とかって言えないけど。
剣単体として見ても、相当な業物であるのは間違いない。
「あの筋肉馬鹿鍛冶師の野郎がこんないい出来の剣を拵えるとは。さすがは英雄ロイドの専属鍛冶師という看板に偽りはないか。坊主、お前ガウェインか英雄ロイドに相当気に入られたようだな。こんな出来のいい剣を持てるのはどっちかに認められた奴しかいないはずだ」
ニコライが手にしていたディーレを鞘にしまうと、俺に返してきた。
「さしでがましいようですが、我が父ロイドも師匠であるガウェイン様も実力を認めた魔剣士様ですので、魔剣ディーレを持つ資格は十分な御方かと」
「魔剣ディーレ。銘を持つ剣か。たしかに銘を持つに値する品格はあるな――って!? お嬢ちゃんはもしかしてあの英雄ロイドの娘か?」
「申し遅れました。わたくしはノエリア・エネストローサと申します。そして、そちらの魔剣の持ち主はフリック様です」
ノエリアの素性を知って、ニコライはディーレを持ったまま固まっていた。
「英雄ロイドの娘がうちの店に用事――はっ! ついにあの筋肉馬鹿鍛冶師に嫌気が差してオレの剣が欲しいと――」
こりゃあ、色々と勘違いしちゃってるかも。
たしかニコライの夢は英雄ロイドのための剣を打つことだったはずだよな。
娘が訪れたら、そういうことかと思ってもおかしくないか。
「あ、いえ。そのお話ではなく。剣聖アルフィーネ様の件で色々とお尋ねしたいことがありまして、訪問をさせていただいた次第です」
何やら喜んだ様子のニコライに、努めて冷静な態度でノエリアが訪問理由を説明をしていた。
「アルフィーネの件だって? あの剣馬鹿娘は何をとち狂ったのか近衛騎士団長を斬って処刑されちまったじゃねえか。せっかく、オレが丹精込めて仕上げたあいつにしか扱えねぇ剣も渡せずじまいであの世に逝っちまったぞ」
ノエリアの訪問理由がアルフィーネのことだと分かると、ニコライはそれまでの喜んだ顔を一変させ、また席に座って酒瓶を口に咥え始めていた。
アルフィーネのことを聞いて、不機嫌そうに席に戻ったニコライを見ていて、二人で王都に来たばかりのことを思い出していく。
ニコライとの付き合いは、俺たちが冒険者になってすぐお互いに贈り合ったあの剣を拵えてもらって以来だからもう五年か。
孤児院から王都に出てきて、冒険者登録してすぐに訪ねたのがニコライの店だったよな。
当時から酒に酔って剣を打ってたけど、なけなしの金をはたいて打ってもらった剣の出来は、お世辞にもいい出来とは言えない物だった。
でも、当時の俺たちにはその出来の悪い剣のおかげで、剣の性能に過信せず剣技を高めるいい効果を発揮してくれていたんだよな。
特にアルフィーネはどんななまくらな剣でも剣技でカバーして戦う技術を磨いていたし。
ニコライとは最初に贈り合った剣での縁がもとで、アルフィーネも俺もずっと彼の打つ剣を使ってきていたのだ。
魔竜ゲイブリグスを討伐した時に使った剣も、彼の打った剣だったが討伐した後にボロボロになった剣を見せたら、アルフィーネと口喧嘩になっていたのを思い出していた。
口喧嘩といっても、お互い剣のことに関しては凝り性だったので、本当に細か微妙な感触の違いを擦り合わせる意味での話し合いみたいなものだったけどな。
普通に周りから見てた人には口喧嘩してるようにしか見えなかっただろうけど。
ほとんど他人に対して素の自分を見せようとしないアルフィーネが、素のまま自分を出してたのがニコライだったと思う。
「わたくしの家が掴んだ情報ですと、アルフィーネ様が生きておられる可能性があるとのことでしたが?」
椅子に座り酒瓶を咥えたニコライに対し、ノエリアが自分の持つ情報を包み隠さずに相手に伝えていた。
たぶん、アルフィーネ生存を隠さずに伝えて相手の反応を見る気だろう。
嘘は付けない人だと事前に伝えてたから、ノエリアも単刀直入に聞いたようだ。
「ほぅ、あの剣馬鹿娘が生きている可能性があるだと……。そんな情報どこで手に入れたんだ?」
酒瓶を咥えて中身を飲み干そうとしていたニコライの手が止まり、ノエリアの方を睨み返してきていた。
反応ありか? ニコライはアルフィーネの行方を知ってる?
「耳聡い者から我が家に注進がありましたので、我が父は剣聖アルフィーネ様を騎士団の指南役として迎えたいと常々申しておりました。生きておいでなら、当家に迎え入れるのもやぶさかではありません」
「あの剣馬鹿娘がエネストローサ家の騎士団の指南役か、そりゃあ面白れぇ話だ。ハートフォード王国最強の騎士団とまで言われてる辺境伯の騎士団なら骨のある剣士がたくさんいるだろうよ。少なくとも弱卒近衛みたいなところで腕を余して精神を病むこともなかったはずさ」
ノエリアを睨み返したニコライは、表情を緩めるとどこかアルフィーネを懐かしむような様子で誰に聞かせるまでもなく話していた。
「率直にお聞きしますが、生存しているアルフィーネ様がニコライ様のもとに匿われてるということはありませんか?」
「あの剣馬鹿娘がうちにいるだって? そいつはおかしな話だ。オレがあいつと最後に会ったのはたしか……。フィーンの野郎が姿を消す直前で、あいつの誕生日に贈るための剣の仕様を話し合った日が最後だった。アルフィーネのやつはフィーンの剣の癖や筋肉の付き方まで細かく知ってやがって、それに合ういい出来の剣を作れとうるさく言いやがった。あいつにとってみればフィーン専用の剣の製作はノロケみたいなもんだったんだろうが、ボサッとしてたフィーンに伝わってたか分からんがな」
アルフィーネのやつ、そんな話を俺に一切してこなかったぞ。
いつも乱雑にニコライの剣を渡してきて、明日からこっちを使えって強制された記憶しかないんだが。
「フィーンが失踪してからは、執事のヴィーゴが彼の行方を聞きにきたくらいで、アルフィーネはパタリと顔を見せなくなった。生きてるなら、アルフィーネ専用の剣とフィーン専用の剣を渡してやりてぇよ」
ニコライはふてくされたようにカウンターの下から取り出した二振りの剣を置いていた。
拵えは俺とアルフィーネがお互いに贈り合った剣と全く同じか。
でも、こっちは外から見てるだけでもディーレに匹敵するくらいいい剣に仕上がってる。
チラリとニコライの話を聞いていたノエリアを見ると、何か考え込んでいる様子だった。
ノエリアからしたら、俺とアルフィーネの昔話はあまり聞きたくない話だよな……。
無理を言って付き合わせてるけど、ニコライのところが終わったら後は自分一人でやった方がいいかもしれないな。
「わたくしも英雄ロイドの娘なので、剣の良し悪しは多少分かりますが、この出来からするとアルフィーネ様はフィーン様を相当深く愛しておられたのですね」
「まあな。剣馬鹿のあいつにとっては、専用の剣を贈ることが相手への最大の好意だと思うぞ」
「………」
ノエリアは無言でアルフィーネがニコライに発注した剣に視線を落としていた。
「もう一度、お聞きしますがニコライ様はアルフィーネ様の行く先を知っておられるとか、匿っておられるということはありませんよね?」
視線を剣からニコライに戻したノエリアが確認するようにもう一度アルフィーネの行方を聞いていた。
「ああ、知らんし匿ってもいない。あの剣馬鹿娘は、ああいう性格だし友達もあまりいなかったからな。恋人のフィーンが去った後は色々と心労が重なって発狂して近衛騎士団長を斬ったかもしれんと一瞬思ったが、あのアルフィーネが逆上していたとはいえ相手を仕損じるとは思えなかったんでな。オレも薄々何かあったのではと思ってたところだ。それに近衛の連中が黒髪の若い女を血眼で探してるって噂もあるしな」
ニコライはソフィーと同じような感想を話していた。
ニコライのところにも顔を出してないとなると、街でアルフィーネと付き合いが深かった人はいないよな……。
本当にどこにいるんだよアルフィーネのやつは……。
「そう……ですか。分かりました。もし、アルフィーネ様から接触があれば、我がエネストローサ家が保護をする気があるとお伝えくださいますでしょうか?」
「ああ、あいつは辺境で剣を振ってる方が似合うからな。説得して引き摺ってでも連れてく。その際は剣聖専属鍛冶師のオレも一緒にユグハノーツに店を出させてもらうがいいか?」
「ええ、我が父も腕の良い鍛冶師は常に求めておりますので喜ぶことでしょう」
「そうなると、オレもオレの伝手を使ってアルフィーネの行方をもう少し詳しく調べてみるよ。分かったことがあったらエネストローサ家に伝えておく」
「ご配慮ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
ニコライは酒瓶をカウンターの上に置くと、ノエリアとガッチリ握手を交わしていた。
その後、ニコライの店を出た俺たちがだったが、自分の中で王都で彼女が助けを求めそうな心当たりのある人物に当たってみたものの、成果らしい成果がなかった。
もしかしたら、もう王都から逃げ出してどこかに行ったのかも……。
王都の外でアルフィーネが立ち寄りそうなのは……。
孤児院か……。
あそこなら、逃げ出したアルフィーネが隠れてそうな気もしないではない。
「ノエリア、アルフィーネの探索を付き合ってくれてありがとう。王都には居なそうだし、後は一人で故郷の孤児院を訪ねてみるよ」
そう言った俺の手をノエリアが強く握ってきた。
「フリック様、わたくしも一緒にまいります。いや、行かせてください。わたくしにはもっとフリック様がどのような生活をして過ごしてきたのかを知る必要があります」
目に涙を溜めて俺を見上げているノエリアを見たら、一人で行くから大丈夫とは言えなくなっていた。
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