sideノエリア:令嬢魔術師の涙

 ※ノエリア視点



 一〇日ぶりにユグハノーツの屋敷に戻ってきたのだが、短い期間で色々と……本当に色々なことが起きていた。


 フリック様の説明では要領を得なかったので、代わりに起きたことを父上に説明するだけで、疲れ果て自室に戻るとベッドに倒れ込んでいた。



「ふぅ、なんとかディモルの件も、魔剣の件も認めてもらえた……やはり、フリック様が魔獸ケルベロスを討伐したというのが決め手でしたわね」



 ベッドに横になりながら、フリック様が魔法剣を発動させて魔獣ケルベロスを倒した場面を思い返していた。


 フリック様は魔法剣という自分の中に全くなかった発想で、ユグハノーツの人々が恐れていた魔境の森の魔獣ケルベロスをいともたやすく倒してしまった。



 本当にすごい……彼は将来、英雄と呼ばれている父上を超える存在になる人かも……。


 それくらい才能に溢れている人。


 魔法に関しては数百年に一度の大人材と言われてもおかしくない。



 最近、そんなフリック様のことを考える時間が増えてきていた。


 いや、増えてきたというより四六時中考えていると言っていい。



 朝起きて、夜寝るまでほとんどの時間、視線はフリック様を追い続けている。


 最初のことがあるので、嫌われているのは理解しているが、どうしても彼の姿を追うのをやめられなかった。



 それでも、ガウェイン師匠のところでは一緒にディモルに乗って遊覧飛行をしてくれた。


 本当にあの時は、ディモルから落ちないように抱えてくれていた彼の顔が近すぎて、体中から変な汗が出るほど緊張した。



 でも、短い時間だったけど一緒にいられて幸せ過ぎた。


 おかげで戻ってきても身体が火照ったままだった。私が風邪を引いたかと勘違いされたフリック様が、私を抱えてベッドまで運んで下さるという余禄まで得てしまった。



 もう幸せ過ぎて、そのまま気を失うかと思ったけど、なんとか堪え切ることができていた。



 そんな嬉しいことが起きたガウェイン師匠の工房での生活も終わって、彼はユグハノーツの宿に戻っていった。



 彼のことを思い出し、ベッドの下に隠してある借りたままの彼の外套を取り出し匂いを嗅いだ。


 一呼吸するだけで落ち着く。



「はぁ……普通に好きですって言える関係を築くべきでした……」


「言えばよろしいのではないですか? ノエリア様もきちんと恋愛ができる大人になられたようで、私は嬉しいです」



 自室に誰もいないかと思って油断していたら、専属メイドのスザーナがいつのまにかベッドサイドに立っていた。



 スザーナにフリック様の外套の匂いを嗅いでたのを見られてしまった……。



 まったく予想してなかった人物に見られたことで、身体が固まってしまった。



「遊び相手としてノエリア様とのお付き合いが始まり、すでに二〇年……魔法オタクだったノエリア様が、最近は女性らしくなられてきました」



 スザーナがウンウンと一人で頷いている。


 紫の髪をまとめあげ、茶色い瞳でわたくしを見ているメイド服の彼女は、エネストローサ家にずっと仕えてくれている家臣の一族の出のメイドだった。



 五歳ほど彼女の方が年上のため、自分の遊び相手として一緒に育ち、成人してからは専属のメイドとして仕えてくれている。


 間柄は雇い主とメイドであるが、実際は姉のような存在であった。



 わたくしはすぐにフリック様の外套をベッドの下に隠すと、スザーナに今見たことを口止めした。



「ス、スザーナ、このことは父上には内密にしておいてください。ただでさえフリック様には嫌われているのに父上からガミガミ言われたら、彼がもっと気分を害してしまうから」


「承知しております。ノエリア様がせっかく嫁に行く気になっている御方がいるというのに、ロイド様のあのご気性では一生嫁にいけなくなりそうですからね。あと殿方の着ていた外套の匂いを嗅いでいた事は言いません」


「ん~~~~、スザーナ!」



 改めてスザーナに自分のしていた行為を言葉にされて、身体中が恥ずかしさで火照ってしまう。



「ついにノエリア様にも春が訪れたのですね。このスザーナ、嬉しさでむせび泣きそうです」



 エプロンの端で目頭を押さえているスザーナであるが、ずっと冒険者と魔法研究に没頭していたわたくしに事あるごとに結婚を勧めてきていたのだ。



「フ、フリック様はべつにそういう対象では……ないわ」



 そう言うと、スザーナがベッドに座っていたわたくしの肩を掴んできた。



「そんなひっこみ思案では殿方は落とせません! 無い胸は増やせませんが、お化粧とか所作を改めれば、ノエリア様は元の素材はいいのですから、フリック様もイチコロのはずですよ」


「む、胸はしょうがないでしょう……って違う。いや、だからフリック様はそういう対象では」


「この私の目が誤魔化せるとでもお思いですか?」



 ジロリとスザーナの茶色い瞳ににらまれる。


 幼い時から一緒に育ってきた彼女には、なにを隠しても全て見透かされてしまうのだ。



 それ以上の反論ができず、わたくしは『ぷう』と頬を膨らませていた。



「魔獣ケルベロス討伐の功労者を労う席を設けるようロイド様に進言して、フリック様をお呼びしてはいかがでしょう。その席で綺麗に着飾って化粧を施したノエリア様がフリック様を歓待すれば完璧なはずです。いつもの味気ない魔術師のローブ姿から着飾った令嬢になりましょう」


「わたくしがフリック様を歓待するのですか?」


「ええ、他に誰がいますか?」


「無理、無理、無理っ! そんなことしたら、絶対に嫌われますから!」



 提案を拒絶したわたくしを見て、スザーナが『ふぅ』とため息を吐いていた。



「では、私もお手伝いします。それで、よろしいでしょうか?」



 スザーナが隣で色々と助言してくれるなら……フリック様を不快にさせずに歓待をできるかも……。


 そうしたら少しは彼の近くにいても嫌われないですむようになるだろうか。



 スザーナの提案に心の中がもやもやした気持ちでいっぱいになる。


 この歳になるまで一切感じてこなかった感情に振り回される自分がもどかしい。



 戻れるなら最初にフリック様に出会った日に戻りたい……。


 わたくしはなんであんな魔力合わせとかいう愚かな行為と、生活の監視をするなんていう恥ずかしいことをしてしまったのだろう。



 そんなことを思い返していたら、目頭から涙が溢れてきていた。


 スザーナに泣き顔を見られたくないので、手で顔を覆うと涙が止まらなくなった。



「な、なんで泣いているんですか? そんなにフリック様の歓待をするのが嫌なのですか?」


「違う、違います。泣いてませんし、フリック様の歓待はしたいです……」



 わたくしがそう言うと、スザーナは抱き寄せて頭を撫でてくれた。



「うんうん、そういうことですか。ノエリア様はいい恋してますね。その恋が成就できるように私も精いっぱいご助力いたします」



 その後、スザーナとともに父上に魔獣ケルベロスの討伐の殊勲者であるフリック様を労う宴席の開催を提案した。


 父上は、わたくしがフリック様の歓待をすると聞いて少し難色を示したが、マイスとスザーナに押し切られて渋々了承をしてくれた。

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