122:戒厳令の王都
王都の出入り口である城門前に来ると、街に入れず溢れた人の数はさらに増えていた。
すでに数日近く封鎖されているようで、食べ物が腐り出す前に積み荷を路上で売り捌こうと店を開いている猛者の姿もチラホラ見えた。
「本当に城門が封鎖されておりますね。大襲来以後、昼間に王都の大門が閉じられたことはなかったと聞いたことがありましたが……」
「ああ、俺も昼間に閉まっているのは初めて見た」
閉められた門の周りには、馬防柵が築かれ完全武装の近衛騎士団と衛兵たちが多く行き交い、城門に近づこうとする者を威嚇するように睨みつけている。
「城門が閉じられてしまっては、王都への出入口は……ありませんね」
「まぁ、城門が閉じられていたら、壁を越えていくしかないよな」
ライナスや院長先生夫妻のこともあり、時間が惜しいので隠蔽の魔法を使い、王都を取り囲む城壁を登り侵入することにした。
「それしかありませんね……」
ノエリアも視線の先にある城壁を見上げていた。
「ディードゥル、すまないがここでスザーナたちが来るのを待っててくれ。送ってくれてありがとな」
俺がそう言ってディードゥルの首筋を撫でると、『あとでディモルとともに必ず追いつく』とでも言いたげにいなないていた。
「大丈夫だって。あんまり無茶すると、エネストローサ家にまで迷惑がかかっちまうだろ」
ディードゥルから降りた俺は、彼をなだめる。
「すぐに戻りますから、ディードゥルは大人しく待っててください」
ノエリアもディードゥルの首筋を撫でると、彼は王都に入るのを諦めたのかその場に座り込んで『分った』と言いたげにいなないた。
「すまん、助かる。ノエリア、行こうか。隠蔽の魔法は頼んだ」
「え? あ、はい?」
俺はノエリアを抱き抱えると、隠蔽で姿を消し、近衛騎士団や衛兵の溢れる城門の脇をすり抜け、城壁を登り始めた。
『しっかりと掴まっててくれよ』
『はい、お、重くないですか?』
『これくらいどうってことない重さだよ。荷物満載で、落ちたら絶対死ぬような絶壁を登攀した時よりはマシさ』
ノエリアを背負い、魔法で姿を隠した俺はそびえ立つ城壁をひょいひょいと登っていった。
高い城壁の上に出ると、王都の様子が一望できた。
人がほとんど外にいない。
ひっそりとして、これが本当にあの王都の昼間の姿なんだろうか。
街で見かけるのは完全武装の近衛騎士たちと、衛兵、そして王国軍の兵士の姿しかなかった。
「誰も外にいませんね。戒厳令をこれほどまでに厳しく運用してたとは思いませんでした」
「ジャイルは王都で王の次に軍事決定権を持つ、近衛騎士団長だしな。王国軍も動員されてるみたいだ」
「貴族街の方がさらに物々しい感じですね」
ノエリアの視線が、王城の手前にある貴族たちの住む屋敷が集まった区画に注がれた。
俺も同じように貴族街に視線を向けると、冒険者ギルドのある下街に比べても、行き交う兵士の数は多く見えた。
「我が家の周りも凄い数の兵士がいます」
「王の信頼が篤い辺境伯家が動くとジャイルも困るから、多くの兵士を張り付けて威嚇しているんだと思う」
「でしょうね。おばあ様に関しては王都の貴族の方に多大な伝手を持っておられますから、声を出されるとマズいと判断してあの数がいるのでしょう」
辺境伯家の屋敷を取り囲む近衛騎士団の数を見て、ライナス排除の強硬手段に出たジャイルの焦りが手に取るように感じられた。
「一度、おばあ様に会って、王都の現在の状況を把握した方がいいかもしれません。ライナス師匠のことや色々な情報を集まってきてるはずなので」
ノエリアの言う通り、やみくもに王都の中を探し回るよりは、色々な情報が集まってきてるカサンドラの助力を借りた方が時間を短縮できそうか。
事態を静観していれば、難を逃れられるはずの辺境伯家を巻き込むことになるのは心苦しいけど……。
今は頼るしかないよな。
「また、ノエリアの家には迷惑をかけてしまうな」
「いえ、ライナス師匠が謀反人として処刑されれば、弟子であるわたくしも連座となり、そしてなし崩し的に我が家もジャイルから謀反人認定されかねないかと思います。これは我が家の問題でもありますので、フリック様を巻き込むことを心苦しく思っています」
俺が頭を下げると、ノエリアも一緒に頭を下げていた。
そうか……師匠の不祥事は弟子も連座で責任が発生するんだったな。
謀反人で囚われたライナスの直弟子として名を知られたノエリアが無事で済むという保証はないか。
それにジャイルからすれば、娘の不祥事を突破口に父であるロイドも一気に葬り去る好機と見ているかも。
「辺境伯様が謀反人なんて、この国の誰一人として信じないと思うが……フレデリック王も」
「それは分かりません。父は王のそばにおらず、ジャイルはそばにおりますので……」
讒言を吹き込まれれば国を救った英雄すらも命は危ういということか。
これはますます、ジャイルを野放しにするわけには行かなくなった気がする。
「すぐにカサンドラ様に会いに行こう」
「はい、屋敷に通じる抜け穴はわたくしが知っておりますので、そこから屋敷に入りましょう」
「抜け穴?」
「万が一の時の脱出路です。父上がおばあ様を無事に逃がせるように作れと強硬に主張して作ったものです。下町から入れますのでご案内いたします」
「分かった。すぐにそこから屋敷に行こう」
俺はノエリアを再び抱き抱えると、彼女の指示に従って抜け穴の入口へ向かった。
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