123:絶望的危機


 ノエリアの先導で下町の片隅にある廃屋に来ていた。


 王都でも特に荒んだ地区で、廃屋の周囲にはガラの悪い連中がたむろしている様子が見えた。



 廃屋にたむろしていたガラの悪い連中が、俺たちを見て無言で近づいてくる。


 とっさにノエリアの前に立つと、腰のディーレに手をかけた。



 近づいてきた連中は、俺がディーレに手をかけたのを見ると、それまでの表情を一変させ、目の前で膝を突き、頭を垂れていた。



「フリック様、ノエリアお嬢様ですな。わしらはこの抜け道の番をカサンドラ様から任されておる者。切り捨てるのは勘弁してくだせぇ」



 膝を突き、頭を垂れた男たちは、自分たちはエネストローサ家の抜け道を守る者だと告げていた。



「おばあ様より、聞き及んでおります。初めてお会いしますが、事情があってこたびはこちら側から屋敷に入りたいのですがよろしいでしょうか?」


「承知、すぐに準備させやす」



 頭を垂れたままの男が、横にいた部下らしい者たちに合図を送る。


 指示された男たちは廃屋の中庭にある井戸の蓋をどかし始めた。



「あそこが出入口?」


「へぇ、枯れ井戸になってます。元からあった古い時代の下水路を改修して屋敷にまで繋がっておりやす。先導するもんを付けるんで、そいつの後ろを進んでくだせぇ。追手用にそこら中に罠が仕掛けてあるんでさぁ……。おっといけねぇ、こいつはエネストローサ家の人しか喋っちゃいけねぇ話だった」


「フリック様はおばあ様より許可を得た人なので、問題はありません」



 機密を漏洩したかもと焦っていた男は、ノエリアの一言でほっと安堵していた。


 そんな間にも、空井戸の下に降りる準備はできたようで、部下たちが俺たちを手招きをしてくる。



「準備ができたようでさぁ。さすがに近衛騎士や王国軍、衛兵も下水道までは巡回してないんで大丈夫だと思いますが、道中は気を付けてくだせぇ」


「承知しました。先導してくれる方の後を慎重についてまいります。さぁ、フリック様参りましょう」



 俺は頷くと、ノエリアとともに空井戸の中に入った。


 すえた匂いのする下水道跡を松明をかざした先導者の後ろを注意して進み続けると、やがて突き当りそこから梯子をのぼると、エネストローサ家の屋敷の地下倉庫に出た。



 先導してきた人を見送ると、出入口が発覚しないようにきちんと閉め、周りを見渡した。



「無事に屋敷に入ることができましたね。上の階への入口はこちらです」



 ノエリアは俺の手を引くと、薄暗い地下倉庫の中を進み始めた。


 そして上の階に出ると、そこにはカサンドラとサマンサの姿があった。



「おばあさま、ご無事のようで何よりです」


「なに、あの腰抜けジャイルが我が家に喧嘩を吹っ掛けるほどの胆力などあるものか。どうせ、青二才のボンボン息子が父親からの重圧に負けて暴発したんじゃろ」


「その言いようだと、カサンドラ様の方で何か情報を掴んでいると?」



 俺の問いにカサンドラは頷いていた。



「サマンサ、フリック殿たちにも今回のジャイルの暴発の背景を教えてやるがよい」



 カサンドラの後ろに控えていたサマンサが、一礼すると手にした書類に書かれた内容を読み上げていく。



「三日ほど前、ジャイルが急にフレデリック王に対し、魔法研究所のライナス師が国家転覆を図るための兵器として、魔法文明時代の魔導器を使い人造人間を製造する技術の研究をしていたとの報告をしました」


「人造人間の製造技術?」


「その場に居合わせた貴族から収集した話だと、ジャイルがライナス師謀反の証拠として出したその計画は『超人計画』という名で、人を超えた人とも言うべき超人類を作り出す計画だそうです」



 人を超えた人を造り出す技術……。


 そんなことができるのだろうか。



「ライナス師匠がそのようなことを研究されるはずがありません。魔法研究所でも人を造り出す魔法技術は禁忌に指定されているはず」


「ノエリアお嬢様の師匠にあたる御方なので、非常に言い難いのですが……。ライナス師は逮捕に訪れた者から『超人計画』のことを聞かされると、反論せずに逮捕されたとの証言も出ております」


「そんな!」



 ノエリアは師匠であるライナスが逮捕理由に対し、反論をしなかったとの報告を聞いて顔を蒼ざめさせていた。



 反論せず逮捕されたのが、謀反を認めたのか、それ以外の理由だったのか分からないけど。


 ライナスは抵抗を見せずに捕まったらしい。



「一部の貴族から流れてきた話だと、『超人計画』はライナス直弟子であったダントン、フィーリア、シンツィアといった魔術師が計画したもので、弟子の不祥事に連座したとの憶測も飛び交っていますが……」


「院長先生たちが関わっていたって!?」



 サマンサの口から聞かされた名に、自分を育ててくれた二人の名が出て動揺が隠し切れなかった。



「院長先生とは? いったいどういった方なのですか?」


「俺の生まれ育った孤児院を運営してくれているのが、ダントン先生とフィーリア先生だった。その二人がライナス師の弟子だったのは、つい最近知ったけど……計画に関わってたなんて聞いたことない」


「孤児院の経営ですか……。ジャイルの報告では、その二人がライナスを唆し超人計画を主導したとの話です」



 先生たちが国家転覆なんて計画するわけないじゃないか……。


 たしかにいつも国は援助金を渋るってぼやいてたけど。


 そんな理由で国をひっくり返そうなんて思う人たちじゃない。



「そんなの嘘だと思う」


「私もそう見てます。今回のライナス師の謀反騒動はジャイルに都合が良すぎる。ですが、当人が黙して逮捕されてしまったことで既成事実化が進んでいるのです」



 虚偽なら王の前に出て潔白を証明すればいいだけなのに……。


 ライナスはなんで黙したままなのか。



「私らもライナスが捕まったのは、信頼篤いフレデリック王の前で弁明する機会を得るためだと思うていたが……。一切口を開かぬらしい。フレデリック王がライナス処刑を止めているが、このまま無言を貫けば……」



 カサンドラもライナスの行動に困惑した表情を浮かべている。



「悪いことに、ライナス師逮捕と同時に近衛騎士団は魔法研究所を接収し、計画に記された該当の魔導器を発見したとの報告まで上がってまして……。ライナス師とその直弟子の処刑は時間の問題と、王の周囲の貴族は噂しております」



 サマンサの報告を聞き、俺はライナスや院長先生夫妻の救出がいよいよ困難な状況になりつつあることを感じていた。

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